恋人 ①
霧の街にポツリと取り残されてしまったジョースター一行は馬車を借り人口約六百万人を誇るパキスタンの首都、カラチへ入った。
カラチの街は首都ということもあり大型車のクラクションの音や人々の活気溢れる声で満たされている。
「おっ、ドネルケバブがあるぞ。腹ごしらえでもするか……すまない六人分くれ」
馬車を止めたジョセフが手網を承太郎に渡し店主に声をかける。本日の昼食はこのドネルケバブのようだ。
ドネルケバブ……それは肉の塊を棒に刺し回転させながら表面を焼くもので、焼きたてをナイフで削ってパンにのせて食べるーー所謂中東方面のハンバーガーである。
六人分と言ったジョセフにエンヤの分もあるんだとアゲハは自然と目を細めると隣で横たわる彼女へ視線を向け、口を開こうとしたところでそれをやめた。
「なァ アゲハ、 お前絆創膏の替え持ってねーか? いかんせん口の中だからよォ〜すぐに剥がれちまうんだ」
前の座席に座るポルナレフが話しかけてきたのだ。アゲハはそれに対して一拍置いてから「ちょっと待ってね」と言うとすぐに鞄の中にあるSPW財団印の救急セットを探りはじめた。
「……あ、ごめん。口腔内用のパッチは無いみたい。血が止まったのなら絆創膏はいらないんじゃないかな? 消毒だけにしときなよ 」
「それもそうだな……メルシーボークー」
ポルナレフの顎に手を添えたアゲハはガーゼに消毒液を一滴だけ垂らすとそれを彼の舌に当てた。ポルナレフの舌がガーゼ越しに脈打つ感覚が伝わる。
ベンキといっても所詮はスタンドの幻覚だったというのにちょっと気にし過ぎじゃないかとアゲハは苦笑いを浮かべた。しかし自分がその立場だったら……と考えると彼への思いを早急に改めざるを得なかった。
「千円(百二十ルピー)」から始めていた値段交渉を「四百二十五円」で終えたジョセフが半分以下まで値段を吊り下げられて満足そうに馬車の方を振り返ると、驚いたことにそこには目を覚ましたエンヤ婆がこちらを凝視していた。更に様子がおかしいようでガタガタと震え涙も流している。
「おいッ! みんなそのバアさん目を覚ましておるぞ! 」
「なにィ!?」
ジョセフの叫び声に驚いたポルナレフは舌にガーゼを当てていたアゲハの指を思わず噛む。アゲハは「ぎゃあッ!」とはしたない声を上げると自身の指を凝視する……そこには彼の唾液と消毒液が光を纏っていた。
「わしは! 何もしゃべっておらぬぞっ! な……なぜお前がわしの前に来るッこのエンヤが……DIO様のスタンドの秘密をしゃべるとでも思っていたのかッ! 」
震えるエンヤの視線の先には先程までジョセフと値段交渉をしていたドネルケバブ屋の男。
男がかけていたサングラスを外した瞬間、エンヤ婆の外眼角や内眼角……鼻の穴や口の中からも奇妙な触手が複数飛び出してきた。エンヤ婆は痛みからか悲鳴を上げるが触手による猛攻は止まらない。
「DIO様は決して何者にも心を許していないということだ……口封じをさせていただきます。そしてそこの五人……お命頂戴いたします」
男は纏っていたベージュ色の上着を脱ぎ捨てると屈強な体を馬車から降りた承太郎達に見せつける。
その間も触手はエンヤ婆の頭の中、外を好き勝手に暴れ回る。やがてそれはエンヤ婆の核となるところまで犯し尽くしてしまったのか、彼女は大量の血を噴き出した。
「わたしの名はダン……
目を覆いたくなる様な光景にアゲハは無意識のうちに歯を食いしばる。そんなアゲハの指にはポルナレフの歯型がくっきりと浮かんでいた。