激戦シンガポール!
DIOからの刺客②
完全に仕留めた!そう思っていたアゲハは目の前でケロリとした様子で立ち上がった花京院典明に若干の憤りを覚えていた。
今の二発は不発に終わってしまったが、私にはまだ次がある。アゲハのスタンド「メガロポリス・パトロール」はいくらでも弾丸を創り出すことが出来る……そんな能力なのだ。
アゲハはきつく握っていた左拳に弾丸を創り出すと弾倉を外し装填を始めた。
花京院の目の前に立つDIOからの刺客である少女は予想外の出来事に不満を覚えたのか眉間に皺を寄せる。
真剣な眼差しの彼女はどこから出したのか分からない弾丸を五発銃に込めると、こちらへ銃口を向け、ブロンズ色の銃弾を発砲した。
(僕の予想が外れていなければ彼女のスタンドは弾丸の軌道を操作するような能力ではないだろう)
花京院は先程の弾丸を弾いた際に一つの仮説を立てていた。
ガードの位置を一点集中させていたとはいえライフル銃のパワープラス何らかのスタンド能力による補助を受けた弾丸を無傷で弾き返せるほど自分のスタンドは逞しくは無いはず。
そう考えれば彼女のスタンドの破壊力は高い方ではないし、むしろゼロに等しいのではないかと考えていたのだ。
(しかしーー傷口から血が出ていなかったことや痛がる素振りも見せていないことが何よりも気になる!仮説通りにスタンドパワーがほぼゼロだとしてもライフル銃のパワーにより皮膚は間違いなく引き裂かれているだろうに)
花京院は頭の中で目の前の少女についてぐるぐると考える。そして放たれていた弾丸がこちらに向かってきていることをふと思い出すと自身のスタンドをキラキラとエメラルド色に光らせ、そのスタンドエネルギーを発射した。
「エメラルドスプラッシュ!! これでお前の銃弾を相殺させてもらおう!」
と、言ったものの少女の弾丸の数は銃声からして四発。花京院のエメラルドスプラッシュはその倍以上の数のエネルギーを打ち出している。相殺どころか彼女にダメージを与えることも出来るだろう。
(ン……? まて、今ぼくは何発放ってきたと言った?)
そこまで頭をよぎった花京院は改めて自分へ向かってきている弾丸の数を正確に数える。
(よ……『四発』だ!! 彼女が込めたのは『五発』だが今撃ったのは四発だったんだ!! )
そして奇妙なことに目の前の少女はエメラルドスプラッシュのエネルギー弾をちらりとも見ようとせずただじっと花京院の方を見ていた。発砲後の残心の姿勢も無く、むしろ姿勢を崩しリラックスしているようにも思えた。
そして一拍間を置いて放たれた最後の一発は飛び交う無数のエネルギーの間を通り抜け花京院の胸を貫いた。
(圧倒的……ッ!圧倒的な射撃センスだ……不規則に放たれているかのように見えるエメラルドスプラッシュの郡の中にある一片の隙間を縫ってぼくの方まで銃弾を通すとは!)
花京院は被弾した胸をするりと撫でる。少しばかりの熱のみを残し血が流れるどころか傷口ができる気もしない。身体を貫いたはずの銃弾の異物感ははまるで自身のからだの中で薬のカプセルが解けていくようにスゥーっと消えてしまっていた。
花京院は胸を撃たれたショックからか動かなくなった身体の中で唯一動く目をぐるりとまわしエネルギー弾から逃げ惑う少女の様子を伺う。
しかしそれも不意に目が痛くなるようなポップなピンク色に全て奪われてしまった。花京院の身体を覆うように被さってきたのはぷにぷにとしていてひんやりとしたその触り心地の間違いなく大きなピンク色の「スライム」だった。
ガチャン、と弾倉をはめ込み、リロードが無事に完了したと告げる音が頭上で聞こえてきた。
スライムに完全に飲み込まれる前にハイエロファントの触手をたくみに操り小さく空気穴と寝返りを打てるぐらいのスペースを上手く作った花京院はその場で静かに少女の次の動向を探る。
しかし、彼女の放った弾丸はそのままスライムの上から寸分狂わずに花京院の足の甲目掛けて飛び、被弾した。そして奇妙なことに先程自信を胸を貫いた弾丸と同じように撃たれたはずの足の甲はわずかな温かみのみを残し、傷跡は愚か痛みも感じられない。
そして気がつくと静まり返った花京院の部屋から彼女の気配は既に消えていた。
十分な警戒をしながらスライムから這い出でる。案の定そこに彼女の姿はなかったがなんとも言えない違和感にかられた。
シンガポールーーもとい外国という非日常の中にいるのだからそれも仕方ないことなのかもしれないが。
花京院は辺りへの警戒を怠らないに気をつけながら内線で別の部屋にいるジョセフに電話をかける。同じ階に宿泊しているがより早く襲撃があったことを伝えるには電話が手っ取り早かった。
「つ、繋がらない……!!」
しかし、結果は繋がらなかった。そもそも呼び出し音すら聞こえない。花京院が不審に思い電話機を調べるも電話線が切れているわけでもなく、電話機本体もおかしな所はないように見えた。
花京院は思い切って部屋の外に出た。不自然なことに廊下には人っ子一人おらず、何よりも気配すら感じない。
何か異常なことが起こっているということは分かるが今はそれよりも先にジョースターさんに刺客が部屋に訪れてきたことを伝えなければ!!と花京院は自分の部屋からエレベーター側へ一部屋跨いだ所にあるジョセフの部屋の扉へ向かった。
「ジョースターさん!! アヴドゥルさん!! 僕です花京院です!! 」
ドンドンと荒々しくノックをして、花京院は返事も待たず思い切って部屋へ入る。部屋から出ていった少女がジョセフ達を襲撃しているとも限らないからだ。
「なっ、何ッ!? 」
しかし、そこには少女の姿どころかジョセフたちの姿も無かった。部屋に置かれている私物からこの部屋がジョセフとアヴドゥルの部屋であることは間違いないのは確かであるというのにだ。
(な、何が起こっているのだ……? ホテルのぼくの部屋からこのラウンジに着くまでホテルの利用者どころか従業員ともすれ違わなかった……)
すぐに踵を返し、階段を使ってラウンジまで降りた花京院はさらに驚きの光景を目にした。
なんとロビーに誰も立っていないのである。不用心だとかそもそもホテルとしてどうだろうかなど花京院の頭の中で色々な言葉がよぎる。
だがしかし、ここにいても何も始まらないーーと意識を一変させるとホテルの玄関を抜けた。
そんな花京院の視界いっぱいに広がるのはシンガポールの街並だった。法律で取り締まっているだけあってゴミが少ない綺麗な街。何一つだっておかしな所は無いように思えたーーただひとつ、街に人の姿が見えないことを除いては。
「ウッ! ……こ、これは!?」
すると突然、一発の銃声が聞こえ、すぐには対応しきれず腹の辺りを撃たれる。そしてやはり銃創には痛みがなく、代わりに白色のトロリとした液体がベタリと付着していた。
(これはなんだ?見慣れない液体だ……。それにしても銃声が聞こえてから1秒もかからずに僕に着弾したということは恐らくあの少女は500mほど離れたあたりにいるのだろう)
着弾した液体を手で払えばそれは重力に従い地面に落ち、コンクリートに吸い込まれていく。
この状況は花京院にとって完全に不利であった。相手の少女の広すぎる射程距離に複雑で未だ未知なスタンド能力。
(はやく……はやく見つけなければ、僕は……死ぬ!!)