正義 ⑥
「だからどこなめちまったか? なんてどーでもいいことじゃあね〜かよォ〜」
オホーンオオホーンと大きな声で咳払いをするポルナレフは赤面しながらも小さな声で「ベンキ」と言葉をもらす。それに「えっ?」とわざとらしく耳元に手を当てながら聞き返すジョセフにアゲハはすでに承太郎から聞いているんだろうなぁと苦笑いをうかべた。
「今……なんかベンキとか聞こえましたが」
負傷したアゲハの右肩に包帯を巻きながら花京院は小声でそうこぼした。それに堪えきれないといった表情のジョセフは口元を抑え吹き出さないように我慢している。
「実はもう知っているんだよ。こんな面白いことからかわずにおれるか……ウククッウクックッ」
本当に愉快に、面白そうにコソコソと花京院に耳打ちするジョセフにポルナレフはようやく気づいたのか「あッ」と声を上げ、癇癪を起こす。
「このくそじじッ! からかってやがったのか! クソーッ! フン、薬はもういい!! 」
「悪かったよポルナレフ。手当してやるよ、手当しないとバイキンが入るからな」
拗ねそうになったポルナレフに笑いながらも謝るジョセフ。ポルナレフのムスッとした顔と目が合ったジョセフは再び「ベンキをなめたから」と呟くと堪えきれずに地面をドンドンと叩きながら笑った。
「はは……ポルナレフったらツイてないね? 」
「……君よかマシさ。こんな小さな身体に、いくつ傷を作るつもりだい? 」
怪我の具合の話ではなくてからかわれ方の話なんだけどーーと、アゲハは一瞬頭の中で反論を唱えようとしたがすぐに口をつぐんだ。
目先でどこか怒ったような瞳をした花京院と目を合わせるのを躊躇ったアゲハは静かに目を伏せて「ごめんなさい」と意味もない謝罪の言葉を絞り出した。
ホル・ホースの放った黄金の弾丸がアゲハの右肩に被弾すると、それは銃創を作ることなく身体に侵入していく。彼女のスタンドを知る承太郎達三人はそれを確認するやいなや安堵し、ポルナレフは興奮気味に声を上げた。
「撃たれた場所に傷がつかない!これは間違いなくッ アゲハのスタンド「
メガロポリス・パトロールの弾丸を撃ち込んでから数十秒後、ピクリと瞼を痙攣させたアゲハはそのさらに数十秒後、目を開いた。喜びで顔を歪めるポルナレフに力ない笑みを返したアゲハは何とかその場で承太郎の手を借り上体を起こすと創り出した数個の弾丸をエンヤ婆に撃たれた傷跡に挿入した。
「承太郎、ポルナレフ……」
「アゲハ……」
起きてそうそう、アゲハは悲しそうな声で二人の名前を呼んだ。この場で唯一名前を呼ばれなかったホル・ホースはそれでも彼女を気にかけてみせた。
「アゲハ! 悪かった! おれが……おれがもっと早くお前のところへ行けていたらッ」
次に言葉を発したポルナレフはその勢いままに負傷しているアゲハに抱きついた。アゲハは一瞬痛みから歯を食いしばり目を見開いたが、絶対に悲鳴は漏らさなかった。
「それはちがうよ。ポルナレフは少しも悪くない!悪いのはエンヤだもの!」
アゲハは隣で膝を着いた承太郎に視線を向け「だよね?」と同意を求めるように問いかける。
「ああ そうだな。……だが今はそれよりもお前の手当てが先だぜ」
呆れたように帽子のつばを手で下げた承太郎がそういうとポルナレフは慌てた様子でアゲハの元から飛び退く。「悪い」と平誤りしたポルナレフはゆっくりと優しくアゲハの体を持ち上げた。
「ありがとう ポルナレフ 」
「気にすんなよ これぐらい。どうってことないぜ!」
どちらともなく目を合わせたアゲハとポルナレフはお互いに口元に弧を描き、目じりを下げた。その様子を確認した承太郎は足元で泡を吹くエンヤ婆を背負う。
「ホル・ホース 貴方もありがとうーーって あれ? いない 」
「フン! いいんだよ!アイツのことは ほっとけほっとけ! 今はジョースターさんの所へ急ごうぜ」
「ーー痛っ!?」
回想に思い耽っていると不意に左肩の銃創にアルコールワッテを当てられたアゲハは身体を大きく跳ねさせると痛みから生理的な涙を滲ませた。目前で黙々と治療に取り掛かる花京院の表情は未だ険しいものだった。
「僕に謝ってもどうしようもないだろう。それよりももう少し袖を捲ってくれないか」
「う……うん 」
アゲハが半袖セーラーの袖をぐっと持ち上げ捲るとそこには彼女の白い二の腕と、それにそぐわない赤黒い銃創が顕になった。それに顔を顰めた花京院は止血、洗浄、消毒を手早く済ませると最後に鎮静剤を打ち込んだ。
「それにしても こんな数の弾丸を受けてよく耐えきったな。 一体どんな方法で切り抜けたんだ?」
花京院はアゲハの身体に開いた六ヶ所の創痕をマジマジと見つめる。四肢に四発、体幹の腹部辺りに二発。そのうち腹部は盲管銃創で承太郎のスタンド「星の白金」の精密機動性に頼り弾の摘出を行うまでの重症だった。
「シリンダーに装填してた最後の一発が『眠りにつく』スタンドの弾丸だったの。 『撃たれた事に気づく前に意識を失わせる』ことが出来たから身体的ショックのみで精神的ショックを受けずに済んだんだよ」
「まあエンヤが適当に撃たないで頭とか胸を撃ってたら今頃フツーに死んじゃってたと思うけど……」と上記の言葉を苦笑いで補足したアゲハは自身の腹部に巻かれた包帯を指でそっとなぞった。
「……無事にまた君の顔が見れてよかった 」
花京院のアゲハよりも一回りほど大きな手が腹部をさする彼女の手の甲に重ねられた。予想よりも遥かにジットリと濡れていた花京院の手にアゲハは一度ギョッとした顔をうかべたが、すぐに眉を八の字に下げると困ったように、それでいて嬉しそうに笑った。
「ありがとう 花京院。 ……へへへ そういって貰えたらすごく嬉しいや」
すると一人外の様子を見ていた承太郎が不意に「外にでてみろ」とこちらに目線を向けずに言い放った。それに気づいたジョセフ達は緩めた顔を引き締め、アゲハは花京院に支えられるようにして立ち上がり外へ赴いた。
「えっ……?」
アゲハの口から驚きの声が上がるがそれも無理はない。目の前に広がる景色が霧の街から荒野の墓場へと変貌していたのだ。それはすなわち今まで滞在していたホテルのみならず『街全体』がエンヤ婆のスタンドの範疇であったということを示唆していた。
「スタンドの霧全体で墓場を街やホテルに仕立てあげ墓下の死体共と我々は話をしていたんだ……このバアさん、とんでもない執念のスタンドパワーの持ち主じゃ」
少しだけ体を傾けてエンヤ婆の顔色を伺ってみたアゲハは特に異常なさそうな彼女を見て、隣に立つ花京院に聞こえないばかりの溜息を零す。エンヤ婆には今まさに殺されそうになったばかりだが決して恩情がないというわけでもなかった。
「どうしますか? 意識を失っていますがこのままここに置いていくのは我々にとって危険です……再び復讐してきますよ」
「うむ……承太郎とも相談したがこのバアさんなら一緒に連れていく」
ジョセフの迷いのない言葉にポルナレフの驚きの悲鳴が上がる。彼は心底嫌そうに手振り身振りを交えて否定の言葉を叫ぶ。
「このババァには喋ってもらわなきゃならんことが山とある。例えばこれから襲ってくるスタンド使いは何人いてどんな能力なのか、エジプトのどこにDIOのやつは隠れているのか……そしてDIOのスタンド能力はどんな正体なのか? 」
「このバアさんからそれを聞き出せれば我々は圧倒的に有利になる」
「確かに……」
アゲハは承太郎とジョセフの言葉に感心の言葉を付属させると横目で再びエンヤ婆を見た。荒野のド真ん中で丸くなって気絶しているエンヤはどこまで情報を知っているのだろうか?
「そう簡単に口を割るとは思えませんが」
「ご……拷問でもするのかあ ババァだから楽しそうじゃあねーが! 」
「ご、拷問……ッ!? 」
ポルナレフの過激な「拷問」という言葉にネガティブな反応みせたアゲハを安心させるかのようにジョセフは「隠者の紫(ハーミット・パープル)」を手に巻き付けると彼女を含めた全員の前に見せつけた。
「わしの「隠者の紫(ハーミット・パープル)」を忘れるなよ。テレビにバアさんの考えを映し出せばいい」
「なるほど!……ちくしょう墓場にゃテレビはねーから次の街でか〜」
この中の誰かがーーもしくは自分が拷問をする光景なんて絶対に見たくないと思っていたアゲハはホッと胸を撫で下ろした。
すると突然、ジョセフ達が乗ってきたランドクルーザーのけたたましいエンジン音が辺りに轟く。みな一斉に車へ目を向けるが時すでに遅し、ホル・ホースが車に乗り込み、エンジンをふかしていた。
「おれはやっぱりDIOの方につくぜッ! また会おうぜ もっともおたくら死んでなけりゃな!!」
してやったぜ!と言わんばかりに握り拳を空にかざしたホル・ホースはポルナレフの制止の声を無視して荒野を荒々しく進んでいく。でこぼこ道を猛スピードで走るものだから勢い余って車体が何度も浮きあがっている。
そしてそんな彼の姿がこぶし大ぐらいまで小さくなった頃、急にホル・ホースは振り向き叫び声を上げた。
「アゲハ! お前のために一つ忠告しておく!そのバァさんはすぐに殺したほうがいいッ! さもないとそのババァを通じてDIOの恐ろしさを改めて思い知るぜきっと! 」
「……何を言ってるんだあの野郎〜」
ポルナレフの悔しそうな声と遠ざかっていくランクルのエンジン音だけが辺りを支配する。
遠くに行ってしまうホル・ホースの姿にアゲハは少しばかりの寂しさを覚え、口を尖らせた。
「私……まだお礼言えてないのに 」