正義 ②
「この町のどこかにスタンド使いが潜んでいる可能性が高い……ッ この濃すぎるほどの霧も奴らにとっては絶好のチャンス……今夜はもう油断は禁物ですね」
死んだ男の元へやってきた警察は死体を担架に乗せるとボソボソとなにか口にしながらゆったりと歩き出した。
不審な死を遂げてしまった遺体になんの反応も示さない警察官にジョセフ達は思わず息を飲んだ。やはり、この街の住人はどこかおかしい。 先行していた老婆が杖を強くつくとこちらに振り返る。町に到着した際には霧が深くて見えなかったが少し歩いた先には立派なホテルがあったようだ。ファサードの飾りが目を引くそれはそれは立派なホテルが目の前に現れた。
「ささ! ジョースター様、あれがわたしのホテルですじゃ……ご案内いたします……よって、ついてきてくだしゃれ」
にっこりと笑顔を見せた老婆はホテルまでの道のりを小さな体でジョークを挟みつつゆっくりと進んでいく。
「……ホテルはいまほかにお客様はおりませぬが夕食はお肉がよろしいですか? それともお魚がいいですか? 」
「待ちな婆さん……あんた 今ジョースターという名を呼んだが……なぜその名が分かった? 」
承太郎の揺さぶりをかけるような言葉に老婆の足は動きを止めた。先を歩く老婆の表情はジョセフたちからは見えなかった。
ほんの数秒あけて老婆は笑みを浮かべながら振り向いてポルナレフを包帯の巻かれた手で指した。
「嫌ですねぇお客さん、今さっきそちらの方がジョースターさんって呼んだじゃありませんか」
「え! おれ!? そういやあ……呼んだような……」
驚いて目を見開きながら自分の顔を指さすポルナレフに老婆は肯定の言葉を付け加えると人の名前をすぐに覚えてしまうのは職業病のようなものだと笑った。
「おかみさんよ ところでその「左手」はどうしたんだい? 」
「あ……これ? これはヤケドですじゃ……「としのせい」ですかのォーウッカリ湯をこぼしてしまってのォ」
ポルナレフが指摘したのはもちろんそのぐるぐるに包帯に巻かれていた「左手」だ。
老婆はヤケドしたという趣旨を笑いながら答えていく。
「「とし」? 何をおっしゃる! こーして見ると四十くらいに見えるよォ デート申しこんじゃおーかなぁ へへ! 」
「ヒャヒャ! からかわないでくだしゃれよお客さん ンンンン!」
ポルナレフと老婆はそんな微笑ましいやりとりをすると二人とも大口開けて声を出して笑った。
ひとしきり笑い終わり再びホテルへ向けて歩きだそうとした時だった、後方からドサリと何かが倒れ込む音が聞こえたのだ。
振り向いたジョセフ達が見たのは倒れたアゲハの姿だった。最後方を歩いていたアゲハの元へポルナレフは直ぐに駆けつけると体を抱きあげ彼女の名前を叫ぶ。
「おいッ!アゲハ! ……クソッ! 意識がないぜ!? 」
「気付かぬうちに敵のスタンド使いの攻撃を受けたのかもしれん……周りに何か不審なものはないか? 」
アゲハの体を抱き抱えながらあたりを警戒してスタンドをだすポルナレフ。ジョセフと花京院はあたりの様子を注意深く観察している。
そんな中、承太郎は老婆の方を見つめるーー彼女はそれに気づいているようでちらりと鋭い眼光を浮かべるとポルナレフの方まで向かい左手でアゲハの前髪をあげた。
「大量に汗をかいているようじゃ……もしかしたら熱があるのかもしれんですじゃ」
老婆の言葉にポルナレフも自分のおでことアゲハのおでこを交互に手にあて熱を測る。
確かに体温があがっているような気がするーー彼はそう言うと、敵スタンドによる攻撃ではなかったことに安堵しチャリオッツを自身の裡にしまった。
「そういやあ朝食の時から調子が悪そうだったぜ……こいつ。慣れない旅に疲れが出ちまったんだろうな」
意識のないアゲハを背負ったポルナレフはジョセフ達を安心させるようにそう言った。
花京院も内心、老婆の発熱という言葉に納得していた。アゲハから内緒にして欲しいと頼まれていたためここで口には出さないが朝食のとき、彼女自身の口から昨日の夜アイスを合計三個食べたことを聞いたのだ。そりゃあ体の調子がおかしくなったっておかしくないだろう。
なるほどそういうことかと気を取り押してジョセフ達は再びホテルへ足を進み始めた。
次に私が目を覚ました時に見えたのはどこかの一室の天井だった。
すぐに横にしていた体を起こすとベッドに備え付けられたカーテンの隙間から部屋を見渡す……が見覚えのない光景に思わず眉を寄せた。
(正直に言うと車の中で眠ってしまってからの記憶が一切無い……ここはどこかのホテルだろうか? )
しかしホテルの一室……というにはこの部屋は広すぎる。どちらかというと民家の一室といった感じだろうか。
私は先程まで眠っていたベッドから降りようと真っ赤な絨毯へ足を下ろしたその時だった。
隣の部屋からだろうか? 近くで「チリーン」と呼び鈴を鳴らす音が聞こえたのだ。
音を立てないようにしてカーテンを引き直すと唯一この場に残っていたリボルバーに実弾を六発と特殊な弾丸を一発込め相手の動きを伺った。
その時だった隣の部屋からお婆さんの泣き声が聞こえたのだ。
私はその声を聞いた途端、心臓がどくんと跳ねた。聞き覚えのある声だった……何度も聞いたし、忘れられない声だった……。
(エンヤ婆……ッ! エンヤだ! 私やDIOに……スタンドを与え、教えた人間! )
私はカーテン越しにシルエットが写ってしまうことを配慮し再び横たわる。近づいてきたりチャンスがきたら必ず撃たなくてはならない。
「……わしは嬉しいッ!ホル・ホースよく来てくれた! この孤独な老いた女のところによく来てくれた! わしは……おまえに会えてとても嬉しいんじゃ! ウウウ〜〜ッ」
同じ部屋に入ってきた気配を感じた私はもう下手に動くことは出来なくなってしまった。
そんな中、エンヤの他のもう一人の人物がホル・ホースだということが判明した。
ホル・ホースともなかなかに深い関わりがあった。
銃火器の扱いについて一番深く付き合ってくれたのは彼だったし、それ以外の相談事だって彼だのみだった節がある。
正直言って最悪だった。二人に組まれたら私にあったシロアリ一匹分程の勝利確率がさらに減ってシロアリの卵ぐらいまで小さくなってしまう。
今の私に出来ること……それは彼らの話を聞き、どこかにいるはずのみんなに伝えなくてはならないということだった。
「ホル・ホース……おまえはわしの息子と友達だったなあ」
震えた声で発せられたエンヤの言葉にホル・ホースは咳払いをした後「そうでしたとも」と答える。カーテン越しに聞いているだけだがあきらかに嘘だろうなということはなんとなくわかった。
「……親友だったのかい? 」
「親友ッ! そうッ! 親友でしたいいコンビでした! どうしたんです気丈なあなたらしくありませんぜェ! 」
「わしの息子の恨みを晴らしてくれるのかい? そのためにきてくれたのかい? 」
涙ぐんだ彼女の声を聞きながら私は思考をうんと巡らせる。
エンヤの息子……確かタロットカードは『吊られた男』の暗示を受けた男で名前はJ・ガイル。ポルナレフの妹の敵でカルタッタにてアヴドゥルの犠牲があってようやく倒せた強敵だった。
「ええ! そうですともよッ! 討ちます! 親友の敵をねッ! 」
そしてそのときJ・ガイルと手を組んでいたのはホル・ホースだったのだ。のちにジョースターさんから聞いた話によると彼はJ・ガイルの死後すぐに逃走したという話だった。
そのくせ親友などと言うホル・ホースにエンヤ怒りを抱かないはずもないだろうと私は思わず唾を飲む。
「だからうれしいんじゃよーーーってめーをブチ殺せるからなあ〜〜ッ!! 」
ほら見たことかと私は見えないホル・ホースに冷たい視線を向けた。エンヤの悍しい叫び声の後、ホル・ホースはなぜ自分がこんな目に!と悲鳴をあげる。
「よくもッ! ホル・ホース! 息子を見捨てて逃げ出したなッ! おのれに会ったらまずブチ殺してやると心に決めておったわ! 息子の親友だとッ!よくもぬけぬけとォ!! 」
「まっ……待て! 誤解だぜッ! おれが駆けつけたときはJ・ガイルはすでにやられていたんだ! 」
ホル・ホースの必死の弁明も効果がなかったようでエンヤは再び彼に襲いかかったのだろう……悲鳴とともに家具がひっくり返る音が聞こえる。
「ゆるせん! きさまはポルナレフと同じくらいにゆるせん!! わしのスタンド……『正義(ジャスティス)』で死んでもらうわ……」
ジャスティス……と呟くように言ったホル・ホースの言葉と私の心の声がピッタリと重なった。
ホル・ホースはエンヤのスタンドをまだ見たことがないようだが私にはあった。
初めて彼女に会った時、DIOに矢を刺されてすぐ! 私は彼女のスタンドを目にしていた(能力はわからないが)。
彼女のスタンドのヴィジョンは王冠をかぶった白い霧の様な髑髏でエンヤの体格とは反比例して大きなスタンドだった。カーテン越しではよく分からないがすぐそこでホル・ホースに立ちはだかっているのだろう。
「は……はさみで刺された腕の血がッ! 霧の中に舞い上がっていくッ! 」
ホル・ホースは情けない悲鳴を上げるとその場で一度足踏みをした。
「綺麗な穴があいたようじゃのォ……そうじゃわしのスタンド『ジャスティス』は霧のスタンド……この霧に触れられた傷はすべてこのようにカッポリ穴が開く! 」
私はエンヤの言葉に目を見開くとすぐさま銃を手にしていない方の手でキャミソールの下へ手を滑らせた。そして腹部に触れたとき、私は思わず声を上げそうになった。
(私の腹部にも……穴が開いているッ! )
私はすぐに直感したーーこれは昨日ミスルトーによって付けられた傷だった。エンヤに頼まれてわざわざ彼は私の元に赴いたのだろう。
「『ジャスティス』がダンスしたいとさッ! 」
力強い声でエンヤがそう言った瞬間だった。何かにあったのかホル・ホースは苦しそうな声を上げる。
「うでにあいた穴に霧が糸のように入ってきさまはわしの操り人形と化した……自らの腕で死にな! ホル・ホース! 」
何が起きているのかはよく分からないがホル・ホースの嘔吐する声が聞こえたので恐らく喉のあたりに何か刺激を受けたのだろう。
「ち……ちくしょうッ いい気になるんじゃねぇッ! 『皇帝(エンペラー)』ッ! 」
応戦するように構えたホル・ホースのスタンド『皇帝』はハンドガンのヴィジョンを持ち、弾丸操作を得意とするスタンドだった。
それでも彼は自身のスタンド能力を過信せず、射撃の腕も私よりも遥かに優秀な男だ。
ホル・ホースはエンヤに銃を構え、そして発砲した……はずだった。しかし部屋に響いたのはエンヤの笑い声だったのだ。
私は驚きのあまり声が出そうになるのを必死に抑え、銃を構えた。ホル・ホースと同じようにやられてしまうかもしれないが今自分に出来ることはこれぐらいだった。
ついに、エンヤがこちらに向かって歩いてくる音が聞こえる。しかし音はカツカツとヒールで硬い地面を歩いているような音だった。
エンヤはかなりの年齢のようで腰も曲がってしまっていて杖をついていたはずだった。そんな老人がヒールのついた靴を履けるだろうか。そして床には絨毯が敷かれていて足音は吸音されるはずだった……なにかがおかしい。
ついに向こうにいる誰かがカーテンを掴んだその瞬間、私は上体を起こしリボルバーを構え、相手を待った。
「きゃあッ!」
向こうにいた人物と目が合った私は相手の悲鳴と共に銃を下ろした。
エンヤだと思っていた相手は褐色肌で銀色の長い髪をたずさえた美しく若い女性だった。
銃に驚いた彼女の後ろを見てみると、先程見た景色と違いそこは薄暗く石造りの小部屋のような景観へ変わっていた……そしてもちろんそこにエンヤはいない。
「驚かせてしまってすみません」
「いいえ……」
状況を飲み込めず、困惑しつつもとりあえず彼女の脇を通りベッドから立ち上がろうとした時だったーー私は何故か再びベッドに貼り付けられたように横たわってしまった。
されるがまま仰向けになって天井を見上げた私は息を飲んだ。そこにはエンヤのスタンド「正義」がこちらを見下ろしていた。
自由に動く首を美女に向けると彼女は面白そうに顔を歪める。
「相変わらず詰めが甘いねェ……アゲハ」
みるみるうちに景観ごと美女の姿がどんどん変わっていく……そして美女はどんどん皺とシミだらけになり最終的にはエンヤの姿に変わってしまった。ジャスティスの霧で蜃気楼を見せられていたのだ。
「わしは……DIO様の信頼を裏切ったお前も許さない……ここで死ねェいッ!! 」
私の手から銃を奪ったエンヤは迷うことなく込めていた弾丸全てを発砲した。大量の出血からか薄れゆく景色の中、ニヤリと笑ったエンヤは高らかに言い放った。
「