フラッシュバック②
ポルナレフと花京院は焦っていた。突然、ほんの数分目を離した間にアゲハが姿を消してしまったからだ。
「おいポルナレフ、帝の弾丸が落ちているぞ」
手分けして店の裏側辺りを探していると、地面にキラリと光る物を見つけた花京院はそれを手に取り彼女のものでは無いかと仮説を立てる。その傍らでアゲハを見つける手がかりを見つけ嬉しそうな顔を浮かべたポルナレフには「まだ見つかった訳じゃないんだぞ」と釘を指すーー呑気をしている場合ではないのだ。
「この先にも弾丸が落ちていた……恐らく彼女は何者かに連れ去られる際に僕らに向けて案内をするようにわざと落として行ったんだろう」
「じゃあこの弾丸を辿っていけば!! 」
「ああ。きっと彼女の元へたどり着く」
アゲハが落としていった弾丸をポルナレフが辿っていく。しばらくして、とある住宅街の一角で不意にそれは途絶えた。それなりに立派な外観の一軒家だ。
「この先にはもう弾丸はねェ……ってことは」
「この建物の中だろう、入るぞ」
ドアには鍵がかかっていたが花京院のエメラルドスプラッシュによってドアノブごと破壊してしまえば形無しだ。
扉を無理やりこじ開け、さあ中に入ろうとしたその時だった、合計七発の発砲音が部屋の中から聞こえ花京院とポルナレフはお互いを見合わせた……アゲハは確実にここにいる。
ポルナレフがアゲハの名前を呼びながら中に入っていくのを確認し、花京院も急いで中へ入った。ああ、何か彼女にトラブルが起きていなければいいんだが。
「ポルナレフ!! 花京院!! 」
案の定この建物の中にいたアゲハは二人の姿を見た途端、目を輝かせながら二人の名を呼んだ。しかしそんな彼女の姿を見た花京院達はごくりと息を飲む。
アゲハのセーラー服は刃物で真っ直ぐに切り裂かれ下着や素肌が丸見えだった。そしてその素肌には鋭利な刃物で傷つけられてしまったのだろう、血が溢れ出ている。
アゲハは花京院達の視線に気付き、ようやく自分があられも無い姿をしている事に気がついたのか急いで床に落ちていたカーディガンを羽織る。
ポルナレフと花京院はここでどんなことがあったか何となく察しがついた。……ついてしまった。
「アゲハ……お前が言いたくねーことが今起きちまったっつーなら無理やり聞くことなんてしない 」
ポルナレフはアゲハの肩に手を乗せると優しい声色で囁く。対するアゲハはわけが分からないという表情であんぐり口を開けている。
「だが!! こいつは許せねぇ! ……オレがやってやるぜッ! 」
チャリオッツをあらわにし、剣先を男に向けるポルナレフに彼はなにか盛大な勘違いをしていると理解したアゲハが青ざめた顔で「待って! 」と声を荒らげる。
「この男はもう十分罪を償わされているんだ……」
そう言ったらアゲハはベッドに横たわった男にかけられたシーツを剥がした。花京院とポルナレフが覗き込むとそこには無数の切り傷の付けられた虫の息の男の姿があった。
「わかっていると思うけど……私じゃあないよ、私のスタンドにこんな能力はないもの」
「じゃあ他に……スタンド使いの追手が? 」
信じられないことだけど……とアゲハは頷くと同時に手に持っていたリボルバーを定位置に戻した。
「そいつはもうどこかへ行っちゃったよ……私にこの傷を残してね」
だけど、私の為に怒ってくれてありがとう!とアゲハはポルナレフに向けて微笑んだ。ようやく笑顔を見せた彼女を見て花京院は安堵から深い息を着く。
「急がなくちゃ集合時間までに間に合わないかもしれないね……本っ当にごめん!」
「気にする事はないよ。それよりも君に着いてきて欲しい所があってね」
歩けるかい? という花京院の問いにアゲハは勿論と答える。ポルナレフはアゲハの銃のケースを持ってやるとじゃあ行こうと彼女の背中を優しく叩いた。
アゲハが花京院に連れられたのは先程彼が向かった地元の方が利用する服屋だった。
店員の女性はアゲハのボロボロのセーラー服と腹部の傷を見るやいなやバックヤードへ誘導してくれた。
しばらくして医療道具と一着のパンジャビ・ドレスを持った女性店員がやってきた。大人しく治療を受けたアゲハは着替える様にと手渡された一着のドレスに早速袖を通してみることにした。
パンジャビ・ドレスとはこの地の伝統衣装。クルタといわれる上着にチューリダルといれるスパッツ(又はサルワール)、そしてストールの三点セットで着るものである。
緩めのワンピース丈のクルタやズボンのようなチューリダルは問題なく着こなせるのだがストールが上手く巻けない。困ったアゲハが、店員に声をかけようとバックヤードから顔を出せば服を物色していたらしい二人と目が合った。
ポルナレフの似合ってるぜという言葉にアゲハはありがとうと恥ずかしがりながら返すと店員を探すために店内を見渡した。
「あぁ店員さんなら他の客の相手をしているよ 僕でよければ聞こうか? 」
「ストールってどう巻けばいいのか分からなくって……って言っても分かるかな? 」
ああそれならーーと花京院はアゲハの肩にかけられていたストールを手に取ると、まるで花嫁にヴェールを被せるような優しい手付きで頭に緩く被せた。アゲハはその時、頬が紅潮したのが鏡を見なくてもわかった。突然胸がひどく高鳴って、落ち着かない。
「ストールはそこまで厳重に巻く必要はないようだよ。こうして頭に被せておくといい」
「あ、ありがとう……物知りなんだね」
何をそんなにドキドキしているんだとアゲハは頭の中で自分を責め立てるが、意識をしているとさらに顔に熱が集まるのを感じる。このままではいけないと何故かそう思った彼女は話題の転換に勤しむ。
「と、ところで! このドレス可愛いね! 店員さんったらセンスいいなァ〜!!」
「あ、それなら花京院が選んだんだぜ。外からこのドレスが見えてお前に似合うだろうから買ってやろうと思ってたらしい」
「え……」
驚きのあまりアゲハは花京院を見つめる。
そんなアゲハの顔はゆでダコの様に真っ赤で次は花京院が赤面をする番だった。
「ありがとう……その…… ……」
「……礼なんて言わないでくれ。僕が勝手なことをしたせいで君を危険な目に合わせてしまったのだから」
「ううん、それは関係ないよ! 私今すっごく嬉しいんだから!! 」
花京院は衣装にも負けないほどの可愛らしい笑顔を浮かべるアゲハを見て再び心臓を高鳴らせた。
そんな花京院の心境を察することも無くアゲハは照れ隠しにポルナレフに「センスいいと思わない?」とひらひらとした服を体を動かしながら見せびらかしている。
「あらお似合いですね。ストールが落ちてこないようにこういうものを付けてみるのはどうですか? 」
満を持して戻ってきた店員は満面の笑みで花京院の方をちらりとみた。花京院はその仕草からからかわれているのだろうかと気分を悪くしたが店員の勧めたアゲハ蝶のブローチに釘付けなる二人をみてそんな気持ちは容易に吹き飛んでしまった。
「それじゃあこれも追加で。あとドレスに合う靴も見繕って貰えますか」
「ヒュー! 花京院太っ腹! 」
「花京院、勿論私が払うよ!」
そう言ってバッグヤードへ財布を取りに戻ろうとするアゲハを花京院は手で阻むと
「そんなに高価なものじゃあない。ここは僕に払わせて貰えないか」と制する。
アゲハはそれでも申し訳ないよと困った顔を浮かべたが花京院は意見を変えるつもりはないらしい。アゲハが
「今度なにかお返しするね」と返すと彼は嬉しそうな表情を浮かべた。
ストールはクルタのオレンジとエメラルドグリーンの色合いに合わせたオレンジベースのインド刺繍が施されたもので、金色のアゲハ蝶のブローチはそれによく映えていた。
それから無事に航空券を買うことのできた三人はアゲハのボロボロになったセーラー服を仕立ててもらうためにダメ元で仕立て屋に向かった。
そこにはなんと別行動していた承太郎達の姿があり、「運命の車輪」に燃やされた学ランを仕立ててもらっていたようだった。
「おおみんなッ! ホテルのほうはどうだったよ! 」
「こちらは大丈夫だ。そっちはどうだった? 」
「明日の午前九時の便が取れました」
みんなの会話をバックに店員に勧められるがまま手続きをすませるアゲハ。とにかく明日の朝九時までに終わらせておくよう注文しておいた。
「それにしても綺麗なパンジャビ・ドレスだな。自分のお小遣いで買ったのか? 」
「いいえ!花京院がプレゼントしてくれたんですよ! 」
「ほぉ〜花京院が……」
ジョセフは頬を染めてはにかみながら答えるアゲハによかったなと微笑んだ後、花京院をチラリと見た。ジョセフと目が合った花京院は悪いことなどしていないのに、何となくバツが悪い気持ちになって思わず目をそらす。
「それじゃあホテルへ行こうぜ! あっ! そういやトイレはどうなんだよジョースターさん!フィンガーウォシュレットはイヤだぜ〜ッ!! 」
「……すまんポルナレフ」
「……」
レストランにてディナーを終えたジョースター一行は各部屋へ向かった。
部屋割りは「ジョセフと承太郎」「花京院とポルナレフ」「アゲハと家出少女」で、いつ敵に襲われてもすぐに合流できるよう同じ階の隣の部屋同士にしている。(スタンド使いではない家出少女のいる部屋が真ん中)
アゲハは家出少女に一番風呂を譲ると二つあるベッドの内、ドア側のベッドに腰掛けた。
ストールを外して、さあ綺麗に畳もうと広げた時だったーーブローチが見当らない。
ストールを外した時に落としただろうかと部屋を探すがあのアゲハ蝶のブローチは見つからなかった。
(探しに行きたい……ッ! けど! 夜の無断外出なんて、もしもがあった時に取り返しのつかないことになるッ)
でも今は何か行動を起こさなくては!とアゲハはベッドから立ち上がると風呂場のドアを荒々しく開け
「下の売店でアイス買ってくるから!」と言って荒々しく閉めた。
アゲハは鍵と財布を持って部屋を出るとしっかりと施錠し、外開きの扉の前に台車を置いて内側から開けられないようにする。そうして隣の部屋の扉を三回ノックした。
「アゲハよ! ポルナレフ、花京院、どちらでもいいからでてくれないかな 」
すると客室のナンバーが書かれたプレートの下の小窓が開き、藤色の瞳が見える。
「今開けるよ」
短くそう言った花京院は直ぐに施錠を外し、扉を開けた。アゲハが部屋に入る前に「ポルナレフは? 」と聞くと、「今は風呂だ」と返ってきた。
「ところで何かあったのかい? つい先程別れたばかりだっていうのに」
「……あ、うん、ちょっとね」
プレゼントしてくれた本人になくしましたなんて言えるはずがない! とアゲハは内心焦っていた。
そんなアゲハに気を使ってくれたのか、花京院は場所を変えようかと提案する。
「それじゃあ、一階の売店まで行かない? ……あの子にアイス買ってくるって言っちゃったから」
わかったと返事をした花京院は、アゲハに少し待っていてと言うと勢いよく風呂場を開けて「帝と一緒に売店へ行ってくる」とだけ言って閉めた。
その花京院の動きになんだか既視感を覚えたアゲハは数秒経ってから静かに笑った。