激戦シンガポール!
DIOからの刺客①
朝から絶えず降っていた小降りな雨があがり空には薄らと虹がかかるこの国の名はシンガポール。
そんな北東モンスーンの影響を受けジメジメとした空気の中、裏切り者のJ・P・ポルナレフをはじめとするDIO様暗殺計画を企て実行せんとするジョースター一行を始末する為、「呪いのデーボ」と「ラバーソール」、そして帝アゲハがこの地に刺客として送り込まれていた。
しかし、ジョースター一行がストレングスを倒したという情報を元にホテルへと先回りして彼等に戦いを挑んだデーボは見事に返り討ちにあってしまったようだった。
「ラバーソールさん、ここは承太郎達を二手に別れさせませんか?」
人目につきづらい公園のベンチに座ったラバーソールの横に立ち、デーボの死亡と共にアゲハはラバーソールに提案を繰り出す。
しかし、アゲハとはDIOの館で数回会話を交しただけの簡素な仲であったラバーソールは当然訝しげな声を上げ、後に続く言葉を探った。
「先程ジョースター一行の滞在しているホテル内で情報収集をしていた際に耳にしたんですが、明日の午前中 承太郎と花京院、一般人の女の子の3人でケーブルカーでインド行きの列車のチケットを買いに行くみたいなんです」
「……」
「そこでまずは一人ずつ!一人ずつ殺してしまいましょう。その二人を殺ればあとはアヴドゥルと手負いのポルナレフ、老いぼれジョースターのたったの三人になるのです」
アゲハはそう言うと自身の胸のリボンをキュッと締め直し、背中に背負った黒いハードケースを背負い直す。ハードケースの中からはガチャガチャとなにか固いものがケースにぶつかる音が聞こえてくる。
「私はあなたのスタンド能力も知らないし腕っ節も知らない。ですが安心して私に身を委ねて下さい……私は絶対に負けませんので」
そうして見事に協定を結んだアゲハとラバーソールは、明日に備え密談を交わした。
話し合いの結果、ラバーソウルが空条承太郎を、アゲハが花京院典明を殺すことになったのだった。
日付は変わってーー承太郎と花京院の待ち合わせ予定時間の約一時間前、アゲハは先日デーボに殺されたホテルのボーイのロッカーから奪った予備の制服を着て花京院の部屋の前に来ていた。
トレイ片手に静かに扉をノックをすると部屋の中から慎重そうに小さく返事をする花京院の声が聞こえてくる。昨日の襲撃のこともあり警戒しているのだろう。
「ルームサービスをお持ちいたしました。花京院典明様のお部屋ですね?」
「……ルームサービスなんて頼んだ記憶はありませんが。」
扉も開けずに高圧的な態度で返事をしてくる花京院。このままでは部屋に備えつけられている電話でジョースター達に連絡を回されてしまうかもしれないとアゲハはそう考えた。
「……ジョースター様から花京院様へと注文を承ったのですが。」
「ジョースターさんが?」
部屋に敷かれた絨毯によってほぼ足音は聞こえないのだが花京院が確かにこちらへと向かってきていることが扉越しに感じれ、アゲハは内心「しめた!」と声を上げる。
数秒後、内開きのドアを結構な勢いで開けた花京院は「ありがとうございます」とだけ簡素に言うとチップも何も払わずに早々とまたドアを閉めてしまった。
それを見届けたアゲハは堪えきれず口元に弧を描くとトイレでボーイの制服を脱ぐとケースに入れて隠していた愛銃を持って再び花京院のいる部屋へと足を運ばせた。
「メガロポリス・パトロール!(都市遺跡の巡回者)」
そして小さな声で紡がれたその言葉と共にアゲハはスタンド能力を発動する。アゲハのスタンドは承太郎やアヴドゥルのスタンドのように人型であったり生き物の形をしているわけではない。
今背中に背負っている狙撃銃に入れる『特殊な弾丸』を創り出す、というのがスタンドのヴィジョンであり能力なのだ。
そしてそれとセットで『周囲の温度を計測し偵察が可能』尚且つ『スタンド本体も観ることが出来る』某漫画の戦闘力測定器の様な形のスコープを右目に出現させればアゲハの視野はグンと広がるのである。
「『パトロール・ハンター(巡回する狩人)』」
そしてこの能力こそが後者のスコープのことである。
熱量分布図スコープの探知する範囲を花京院の部屋の中のみに絞ると中の空調の温度、稼働中につき熱の篭った冷蔵庫の裏側の熱量、そしてスタンドを引っ込めていて、成人男性の平均体温より低い花京院の体温を探知した。
「よし、まずは第一段階はクリア……ッ!」
ホテルの事務所から盗んだスペアキーを使いアゲハはこっそりと音を立てないように花京院の部屋へ入る。
そこそこ広い部屋の小さなテーブルの上にはルームサービスのトレイが開けられた状態で置いてある。中に入っていたケーキに入れた睡眠薬を摂取したのであろう、少し離れたところにあるベッドにだらしなく寝そべる花京院を見る。
「体温三十五度四分……!よく眠ってる!」
人間とは深く良い眠りについた時、体温がよーく下がるという。
アゲハはケースから銃を取り出し、『特殊な弾丸』を装填する。丁寧に一発ずつゆっくりと込める。
「『アローンウィズ・メガロポリス(二人っきりの遺跡探索)』」
アゲハはそのまま銃口を自身の足先に向け引き金に指をかける。そしてこの能力こそがアゲハのスタンド、メガロポリス・パトロールの最骨頂の能力。
この特殊な弾丸に被弾した者はアゲハと無理矢理「精神の波長」を合わせられ魂だけが特殊空間に閉じ込められることになるのだ。その場所には二人以外の人間は愚か動物の姿も見えないし干渉を受けることもすることも出来ない完全に外からは疎外された空間なのである。
「BAN!」
そしてこの能力の発動条件は、対象者(花京院)と本体(アゲハ)の身体の同じ部分に特殊な弾丸を撃ち込むこと。(例えば対象者の右ももを撃ち抜いたのならば自身も右ももを撃ち抜かなければならない。)
ーーそう、物事には短所と長所があるように!それはスタンド能力にも当てはまる。発動条件がより緻密で難関であればあるほど相手に与えられるダメージや効果は大きくなるのだ。
「花京院典明……そのままゆっくりと安らかに殺してあげる」
アゲハはそう呟くともう一発の弾丸を花京院の足の甲目掛けて撃ち込んだ。普通の弾丸ではなく、スタンドで出来た銃弾である為、銃創が出来ることもないというのは中々の強みである。
アゲハは自身の足元と花京院の足元を確認し、互いの足に銃創が出来ていないことを目に焼きつけると達成感からか肩を落とし、息を着いた。
「男の寝込みを狙うなんて、いけない人ですね ?」
「……!?ど、どうしてッ!」
しかしキザな台詞と共に起き上がったのは花京院。
すっかりと眠りこけていたはずの花京院に目を白黒させるアゲハを後目に彼は自分の学ランの中から自身のスタンドである『ハイエロファントグリーン』を出現させた。
(……花京院の「法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)」服の下にスタンドを隠していたんだわ!)
なるほど、と感心しながら花京院の足元を見れば撃ち抜いたと思っていた弾丸が絨毯の上に転がっていた。やはりスタンドで弾丸を弾いていたのだ。
「ぼくを撃つ前、お前は自分の足に向かって発砲していたようだが……それがスタンドの発動条件なのかな」
「……」
そこまで見ていたのなら、私の足に傷が出来ていないことにも気がついているのだろうーーアゲハは花京院の藤色の瞳を見つめたあと下ろしていた銃を再び構え直した。
花京院の部屋に突然現れたのは彼や承太郎と同い年ぐらいの一人の日本人の女の子。
黒髪に黒い瞳そして適度に日焼けした肌。
そして誰から見てもぶかぶかなボーイの制服の下には彼女の私服が丸見えだった。
(どういうことだ?この子はDIOの手下なのか……? いや、それにしてはあまりにも『手慣れてい無さすぎる』)
トレンチを両手で持った少女から出来るだけ近づかないように料理を受け取り短く「ありがとうございます」と告げて扉を閉めた花京院は、彼女がどこかへ行くまで扉に耳をピタリと付けて観察することにした。勿論、万が一に備えて自身の隣にはスタンドを出現させた上でだ。
するとパタパタと音を立てて去っていく音が聞こえ、いよいよ本当にボーイの格好をした部外者だというのが疑いから確信に変わっていった。
(とりあえず開けてみるか……)
花京院はそう覚悟を決めると怪しげな少女から受け取ったトレンチを自分から離れたところに置き、ハイエロファントの触手を器用に操り蓋を開けた。
身構える花京院の心とは裏腹にすんなりに空いたそれには近くのケーキ屋さんで買ってきたのであろうチョコケーキに、わざとらしいぐらいにテカテカ(なにかを塗ったのだろう)なサクランボに青色のチョコプレートが乗せられていた。
中に爆弾か何かが入っているのだろうと考えていた花京院は拍子抜けし肩を落とした。
しかしまだ安心するには早い。花京院はまず匂いを嗅ぐが、強いチョコレートの匂いでサクランボに塗られた何かの匂いを嗅ぐことは出来ず、目視にも限界がありやはり違和感といえば少し艶がありすぎるぐらいだった。
(すこし食べてみて違和感があるようなら吐き出そう)
花京院は賢い男である。しかし、今目の前にあるサクランボという果物は彼にとっての大好物であったのだ。それが花京院の判断を狂わせた。
「これは……!?」
花京院はすぐにサクランボを口から吐き出すと口元に手を当てる。その額には動揺から汗が吹き出ていた。
あの様な(怪しいが)一般人のような少女にスタンド使いをも簡単に殺せるような薬が入手できる訳がないと踏んでいた花京院は急に身体が重くなり、瞼が下がってくるのを感じ、中に入れられていた薬が「睡眠薬」であることを察した。
花京院はふらつきながらも何とかベッドまで足を運ぶとそのまま柔らかなスプリングに身を任せる。そして万が一のためにスタンドを小さくして服の下に隠しておくことにした。
そしてその万が一は思ったよりも早く来た。
こっそりと入ったつもりだろう少女は自分が届けたルームサービスを一目見てこちらに向き直る。
「アローンウィズ・メガロポリス」
と、呟く彼女の腕に握られていたのは大きな狙撃銃。そしてどこからともなく現れた弾丸を装填していく……慎重に、時間をかけて込めた弾の数はたったの二発のみ。
それには何か理由があるのか? と、花京院は睡眠薬でぼーっとする頭を回転させた。
「BAN!」
そう叫ぶ少女の声と共に発砲音があたりに響く。サイレンサーは付けていたようだが窓の外の木から小鳥達が飛んでいく羽ばたく鈍い音が花京院の耳腔を震わせた。
そして肝心な銃弾の軌道だが、なんと驚いたことにそれは花京院目掛けてではなく、少女自身に向けて発砲されていた。
花京院は驚きを顔に出してしまいそうになるのを堪えて目を薄らとだけあけたまま彼女を観察し続ける。
するとさらに驚いたことに彼女が放ち、自身の足の甲を貫いたはずの銃弾やそもそも傷口さえもがキレイさっぱり消えていた。
(おかしい……!ぼくはさっき確かにこの目で見たぞッ! 放たれた弾丸は彼女のローファーを突き破っていたはず……)
しかも少女が持つ銃は遠くの獲物を狙う為に作られた狙撃銃。よく刑事ドラマで見るようなハンドガンとは威力が桁違いだ。彼女の足の甲の肉を突き破るのは確実として、そのまま下の階の部屋まで銃弾が被弾する可能性もある程のパワーを持った銃なのだ。
そんな高威力な銃で足を貫かれて顔色一つ変えない少女に花京院は酷く困惑した。そしてさらに注意深く彼女を観察してある違和感に気がついた。
(そういえば!撃たれた場所から一滴も血が出ていないような……)
花京院はそこまで考えるとすぐにこの少女も自分たちと同じく「スタンド使い」なのだと決定づけた。そして彼女は自分たちジョースター一行を殺すために送られてきたDIOからの刺客であるということも。
「花京院典明……そのままゆっくりと安らかに殺してあげる」
うわ言のように呟いた少女はいよいよ花京院に銃口を向けた。それをしっかりと見ていた花京院は自身のスタンドを紐状に変え、それを更に編み込み網目状にして弾丸を受け返した。
(銃口はぼくの身体のはるか下のほう……なぜか足元に向けられていた。寝ているぼくを殺したいのなら問答無用で胴体や頭を狙うべきだったのに)
そんな分かりやすい標準のおかげでピンポイントにスタンドでガードができ、彼女が撃った弾丸は部屋に敷かれた吸音性のあるカーペットの上に弾かれ転がっていた。
(何故か自分の「足の甲」を撃ち、そしてぼくにも同じように足を狙ってーーいや、確かに足の甲」を狙って撃っていた。もしかするとこの制限が彼女のスタンド能力の発動条件なのかもしれない)
「男の寝込みを狙うなんて、いけない人ですね ?」
花京院は満を持して立ち上がる。それに動揺した少女の目は少しだけ大きく見開かれていた。その瞳は深く淀んだ光をも飲み込む黒色だった。