運命の車輪 ③
「くそォ……あの車山道でデコボコなのにやけにスピードがでるじゃねーか」
目の前を走る例の車は標識の指し示すかぎりパキスタンの方へ向かっているようだーーアゲハは助手席にて、あの車を狙撃するチャンスを狙いながら思案する。
しかしデコボコ道で照準は合わず、アゲハの身体もポルナレフの荒い運転で浮いてしまう。正直車外に銃を落としてしまいそうだった。
「大丈夫かい? ハイエロファントで身体を支えておくよ」
そんなアゲハの様子に気づいた花京院は触手を身体に絡ませることで照準のブレを軽減してくれた。「ありがとう」とアゲハが返すと彼は薄く笑みを浮かべる。
「野郎ッ! あそこの……次のカーブで絶対とらえてやるぜッ!アゲハ!おめーも準備はいいなッ」
「うん、絶対に当ててみせるよッ!! 」
やる気満々のポルナレフがギャオンと音を立ててカーブする。
しかし先は行き止まりで、あの車の姿はどこにもない。とっさにブレーキをかけハンドルを右に切った事でなんとか車は止まったが数センチ先に広がる崖ギリギリだ。
アゲハは花京院のハイエロファントの支えもあり、なんとか落ちずにすんだが、開けていた窓からそのままの勢いで突っ込んでいたらその先の渓谷に落ちてしまっていただろうと思わず冷や汗をかいた。
「やつがいないッ、カーブを曲がった途端消えやがった? 車じゃ吊り橋は渡れないし……」
「まさか墜落していったんじゃあねーだろうな」
ジョセフ達は誰もが汗を浮かべながら驚いた顔をし、車の中から深い渓谷を見た。この高さから落ちたなら、中にいる人間は助からないだろう。
その時だった、突然後ろから大きな衝撃が来たのだ。後ろを振り向けばなんとあの車がジョセフ達の乗る車に追突してきたではないか。
「し……信じられん一本道だぞどうやって我々の後ろに回り込んだんだッ!」
運転席に乗るポルナレフはギアをリバースにした上でめいっぱいアクセルを踏むが後ろの車の馬力によりどんどん前に押し出されていく。
「せ……戦車かッ! この車のパワーはッ!お……押し返せねぇッ! 」
四輪駆動のタイヤが空回りしてしまったようで大きな音を立てながら押し出されていく。このままでは先にジョセフ達を乗せた車が渓谷に落ちる。
「承太郎ッ!スタープラチナでそのクソッタレをブッ壊してくれッ! 」
「無理だ……殴れば反動がある。俺達のクルーザーもフッ飛ぶぜ……トラックに衝突した時のように……」
頼みの綱であったスタープラチナではどうしようもないようでついにはガッグンと前輪が完全に落ちてしまった。もうこのランクルでは踏ん張ることも出来ない。
「そ……それじゃあもうダメだ!! みんなッ、車をすてて脱出しろッ」
『運転席に座っていた』ポルナレフが脱出のためにドアに手をかける。その様子に家出少女は驚いた顔で「あっ」と短い悲鳴をあげた。
「ポルナレフッ! ドライバーがみんなより先に運転席を離れるか普通は……!? 誰がこのランクルを踏ん張るんだ? 」
ポルナレフ以外のみんなが驚いた様に彼を見つめた。ジョセフに至っては呆れている様な表情だ。
花京院の言葉に自分のした事の重大さに気づいたポルナレフは「えっ」と驚いた後「……ご……ごっご、ごめーんワァーッ」と叫びながらみんなと一緒に落ちていく。
「法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)」
落ちていくランクルからスタンドを出した花京院は相手の車の元へスタンドを向かわせる。今もなお絶賛落下中な我々の中で遠距離までスタンドを飛ばせるのは彼だけなのだ。
「花京院ッ!やめろッお前の「法皇」にランクルを支えるパワーはないッ! 身体がちぎれ飛ぶぞッ! 」
ジョセフの言葉にゾッとしたアゲハは思わず花京院を見つめる。そんなアゲハに花京院は一度微笑むと、再び真剣な顔つきになった。
「ジョースターさんお言葉ですが、僕は自分を知っている……バカではありません」
ハイエロファントは自身の触手でランクルを支えようと企んでいた訳ではなく、この車のワイヤーウインチを相手の車に引っ掛けるために飛んでいたようだ。見事に引っかかりジョセフ達を乗せたランクルは落下をやめた。
「フン!やるな……花京院。ところでおまえ相撲好きか? 」
すかさずワイヤーウインチを掴んだスタープラチナは思い切り相手の車を引く。凄まじいパワーに車は一度浮きあがる。
「特に土俵際の駆け引きを!手に汗握るよなあッ! 」
十分に相手の車を引き寄せたスタープラチナの拳で車を貫く。バンパーがへこむ程のパワーで殴られたその車は渓谷へ、逆にジョセフ達が乗るランクルは反動を利用しなんとか地面に着地することができた。
「ええ……相撲大好きですよ。だけど承太郎、相撲じゃあ拳で殴るのは反則ですね」
グッドのポーズをとった花京院が承太郎にそう返すと承太郎はニヤリと笑った。
谷底に落ちていく相手の車を確認し、一安心だという空気が流れる。アゲハも一度銃をケースに仕舞い、周りを見ても誰も怪我をしていないなと息を着いた。
「しかしスタンドらしき攻撃はぜんぜんなかったところをみるとやはり頭のおかしい変質者だったらしいな」
「ああ……どっちにしろこの高さ、もう助かりっこねーぜ。ま……自業自得というヤツだが」
ジョセフの言葉にアゲハはドキリとした。あれがただの変質者? そんなわけないじゃないですかと声を上げたくなった。
しかし今回自分は足を引っ張ってばかりだとアゲハは気づいていた。行き止まりの道だって前の車ばかり追っていなければ事前に気づけてただろう。そんな自分が偉そうな事を言えるのだろうか……? と結局アゲハは俯いてしまった。
「でもどうしてかしら……? この一本道をあたし達の先に走っていたのになぜか、いつの間にか後ろに回っていたわ。 不思議なのォ……」
そんな家出少女のつぶやきに返事をしたのは
『少しも不思議じゃあ……ないな……』という誰のものでも無い声だった。
この場にいる誰の声でもないということは分かっているがポルナレフを見るジョセフ。何も言わないがお前じゃあないのかと疑っているようだ。
「おれがしゃべったんじゃあねぇぜ! 信用ねぇなぁ〜ッ ラジオだ! ランクルのラジオから声が出たように聞こえたぜッ! 」
ポルナレフの言葉通りだと教えてくれるようにしてランクルのラジオから「ガーガー」と砂嵐の音が聞こえてくる。次第に砂嵐は消え正確な電波を受信したラジオは次の言葉を発していく。
「「車輪」……「運命の車輪」「スタンド」だから出来たのだッ! ジョースター! 」
「なにィーーーッ! 」
先程の安心した空気は一変してその場に緊張が走る。アゲハは再び銃を手に持った。
「わしの名を言ったぞ! わしの名を知っているということは! 「スタンド使いの追手」!」
「どこから電波を流しているんだまさか今落ちていった車じゃあないだろうな」
「バカなッメチャクチャなはずだぜ」
上からジョセフ、花京院、ポルナレフと声を上げる。アゲハはスタンドを出して辺りを探索する。
「いや、車自体が「スタンド」の可能性があるぜ。ベトナム沖でオラウータンが操る船それ自体のスタンド「力(ストレングス)」と出会ったがその同類ということは大いにありうる」
あの車がスタンドであるならば……とアゲハは自身の手の中にある銃を握りしめた。あの車自体がスタンドなら銃弾が弾き返されたことも納得がいく。
「「運命の車輪(ホイールオブ・フォーチュン)」これが……我が……スタンドの暗示」
再びランクルのラジオから声が聞こえ、相手のスタンドが「車輪」のカードの暗示を持つものだと判明する。それとほぼ同時に突然ジョセフ達の足場が揺れ始めた。
アゲハは地面へスコープを向けると確かに車の形をしたものが地面から這い上がってくるものを見つけ、咄嗟に叫ぶ。
「見えたッ! あの車……地面から這い上がってくる……!みんなクルーザーから離れてッ! 」
アゲハの言葉と共に皆がランクルから離れる。それから約五秒ほどして谷底に落ちたはずのボロ車が本当に地面から這い上がってきたのだった。
「じょ、承太郎の言う通りこれで完全に車自体がスタンドということが分かったぜッ」
「これからは我々をひとりひとり順番に殺すつもりだぞ……こいつが我々を今までトラックにぶつけたり崖から突き落としたのは全員一挙に殺すためとみたほうがいいッ! 」
地面を掘り進んできた車は崖下に転がり落ちたこともありメチャクチャに歪んでいたのだが、そんな車体が形容し難い音を発しながら形を変え直っていく。やがて完全に変形したスタンドの車は所々に牙のような装飾がついた厳つい物となり、承太郎の前に立ちふさがった。
「フン! 力比べをやりたいというわけか……」
「やめろ承太郎! まだ闘うなッ! やつのスタンドの正確な能力が謎だ! それを見極めるのだッ! 」
しかしジョセフの制止の声が承太郎に届いたその頃には彼の体は「運命の車輪」による見えない攻撃に撃ち抜かれ血を吹き出していた。
「ば……ばかなッ! 今なにを飛ばしたんだ、こ……攻撃が見えないッ!」