星屑十字軍
アゲハとジョースター一行が別れて約一週間……その間アゲハは謎の男からの襲撃に遭い日本へ帰れず、ジョースター一行はカルタッタにてアヴドゥルのリタイヤとどちらも災難が続いていた。
先を行くジョースター一行を追うアゲハは今まさにインド『聖地ベレナス』へ向かうバスにてひとり物思いにふけっていた。断っておくが別に合流できるかどうか心配しているわけではない。アゲハは彼らがどこに滞在しているのかその都度SPW財団の協力により知っていたのだ。
それよりもうんと大きな問題があった。一体全体、どのような顔して彼らに会えばいいのかと頭を抱えていたのだ。
(結局日本には帰らなかったし、だからといってアヴドゥルさんがいなくなって落ち込んでいる彼らに悪いニュースを持ち込みたくはない……)
考えているうちにバスは目的地に着いたようでアゲハは急いで代金を払って降りる。セーラー服の内ポケットに財布をしまうとアゲハは情報通り彼らの滞在しているホテルへ向うために足を速めた。
……のだが、外国だからだろうか、やけに多いパトカーや警察の数にアゲハは思わず首をかしげた。
(まるで今まさに事件が起きてますって雰囲気じゃん……)
怪しく思いながらも歩を進めていると現地の男が野次馬のようにしてある一点を見つめているのを見つけた。アゲハがいかにも日本から来た観光客ですって顔して話しかけると気前の良い返事が帰ってくる。これは詳しい話が聞けそうだ。
「凄い警察の数ですね。何かあったんですか? 」
ああそれならーーと続けた男曰く、この近くで医者殺しが起きたらしく警察が追っているらしい。
「へぇそれは怖い……ところで貴方は何を懸命に見ていたんです? 」
適当な相槌と共に本命を聞くと男はよくぞ聞いてくれましたという顔でとある一点を指さして答える。
「あそこを見てみな、あの少しだけ見える所さ……灰まみれになっている爺さんが見えるかい? あ れ が 犯 人 だ 。 」
アゲハは肝が冷えた。再会を願っていた男が警察に追われているだなんて! と。
男にありがとうと伝えるとアゲハはその場を足早に去った。どうにかしてジョースターさんと出会わなければならない!
そしてそれと同時にアゲハにはジョセフの腕にくっついていたなにかが見えていた。きっとあれはスタンドで医者殺しの犯人はアイツなのだろうとアゲハは推測する。
裏路地の多い街の地形を利用しジョセフのいた所に向おうと民家にかかっていた梯子から屋根に登る。
「パトロール・ハンター!」
目元にサーモグラフの画面を表示すると走り回って身体がすっかり暖まってしまっている者を数名捉えた。しかしそれだけではジョセフを追う警察官もその条件内に入ってしまっている。
「何か……何かないのッ?彼だけが持つ特別なモノとか」
そこまで考えた所でアゲハはハッとして再びモニターを凝視する。ほんの数時間の付き合いだからだろうか、すっかり忘れていた。
「そうだわ……私の知っている人の中で『義手』をしている人なんか一人しか知らない」
拡大したモニターを見てみると義手はある程度壊されているようだがそれでも一部分だけ冷えているッとアゲハは思った。
「これでジョースターさんを追える!」
目を見開き、口角を上げ意気込むもつかの間、モニター上では早速事件発生である。逃走するジョセフをもう数十秒で警察が取り囲んでしまいそうになっているのだ。
(あと一分……いや三十秒もあれば確実に囲まれるッ)
SPW財団から新たに支給された銃を取りだし、より高い位置にある屋根に飛び乗ったアゲハは構える。サイレンサーを取り付ける暇はない。
モニターを拡大すると警察のピストルに照準を合わせる。ジョセフに対し一番近くにいた警察が彼に目線を合わせた瞬間に第一射撃を御見舞してやる。
残心の姿勢などなくして更に近い順に三発撃ち込んでやるとジョセフはとっくに逃げていたらしく元の場所には居なかった。
アゲハは実弾をリロードし一度ケースに仕舞うと承太郎達の待つホテルへ急いだ。
「花京院!JOJO!」
警察が包囲するホテルに踏み込み、ロビーに承太郎と花京院が座っているのを確認したアゲハは第一声にそう叫ぶ。
予想外の人物の登場に驚いた顔の花京院と顔には出ていないが驚いているだろう承太郎は各個異なる呼び方でアゲハの名前を呼んだ。
「……ポルナレフはいないみたいだね? 」
「あ、あぁ……現地の女性と街へ行ったよ」
何故ここに君がいるんだ? という花京院の視線を無視したアゲハは
「大きな声では言えないことなのだけれど……」とロビーに潜む警察官を横目で見ながら二人に事のあらましを伝える。
「それでJOJO、直ぐに国境を越えなければならないと思うの……今後の移動手段は聞いていないかな」
「公共機関を使ってパキスタンへ入る予定だぜ」
承太郎はそう言うとロビーの壁に貼られた時刻表を親指で指す。次の出発時刻は今から四十分後だ。
「そう……とにかくジョースターさんはもうホテルには戻れない。街で彼に合流して早急にインドを出よう」
アゲハの意地でも今は説明しないという意志を感じ取った二人は無理には問い詰めないことを決めると彼女と共にべレナスの街へと飛び出した。
途中から居合わせていたという二人から話を聞くと、ポルナレフがお熱だったネーナという現地の女性は偽物であり正体は女帝(エンプレス)という醜い女だったようだった。
アゲハがそれを笑いながら聞いていると運転しているポルナレフが「そういやぁよォ」と切り出した。
「アゲハ、お前少し早かったんじゃねーか? もう少し日本にいたっていいのによォ」
後部座席、ジョセフと承太郎に挟まれる形で座っていたアゲハは笑っていた顔をピクリと止める。左右にいる百九十五センチの巨漢(主に承太郎から)のプレッシャーにじわりと冷や汗もでてきた。
「そ、それなんですけどォ……実は私、日本に帰ってないんです」
隣に座るジョセフの驚いた声にアゲハは思わず「すみません」と眉を下げる。やはり誤魔化すのは無理だ。
「いやぁ、ワシは構わんのだが……何があったか聞かせてくれるか? 」
「はい、勿論です……」
アゲハはシンガポールの空港で刺客に襲われ、護衛についていたSPW財団の職員を死傷させてしまった事を話した。そして第二の犠牲者を出さないために一人で戻ってきた事も。
「それで……君はどうして帰らなかったんだい」
「……それは、その刺客からーー」
家族がもうこの世にいないと聞かされたからーーとは言えなかった、言いたくなかった。アゲハはきつく噛み締めていた唇を解放する。
「家族がDIOの仲間によって『囚われている』と聞いたからです」
どこへ視線を向ければいいのか分からなかったアゲハは自身の膝の上で震えている拳を見つめた。
その様子を見ていたジョセフはアゲハの肩に手を乗せると「辛い話をさせてしまったな」と言った。ぱっと顔を上げたアゲハは「いいえ」と罪悪感から引きつった笑顔を浮かべた。
「私、もう一度DIOに会うまでは……絶対に死ねない」
アゲハの独り言のような決意の言葉は車内に広がってやがて消えた。