暴風注意報!!
燃ゆる朝焼け ①
「ーーはい、こちらスタジオからお送りしております、マジュラジオ! 続いてはお天気をお伝え致します!シンガポール国内全土に渡り今日のお昼から夜まで一貫して良い天気が続くでしょう。」
SPW財団の職員の私物であると思われるラジカセから天気予報を伝える女性アナウンサーの声が聞こえてくる。
アゲハが車の窓から空を見上げればアナウンサーの彼女が言う通り空は紺碧だ。
「帝ちゃん!もうすぐ着くよ、ほら見てみなよ! 」
助手席からこちらに振り向く男性職員に促され再び外を眺めるとまさに今飛び立ったのだろう飛行機がアゲハを載せたワゴンの斜め左を通過した。
そう目の前には空港、ついに私は日本へ帰れるのだ。
「よーし、荷物預け次第ちゃっちゃと昼メシにしようぜ! 」
アゲハはさりげなく自分の分のスーツケースを持ちながら空港内へ進む職員にお礼を告げながら後を追う。
初めて来るシンガポール空港にキョロキョロと落ち着かなさそうな様子で当たりを見回したアゲハは前方に現れた見知った顔の男の姿に訝しげに眉を寄せた。
「……彼、先程駅前で会ったイタリア人では? 」
アゲハが周りに聞こえないように小さな声で耳打ちすると職員もこちらを向くことなく頷く。私の勘違い、と言う事ではないようだと彼女はさらに疑問を深くする。
(あの時彼はひとりで歩いていた筈……なぜ車で移動してきた我々を先回りできているのだろう)
アゲハはひとりでに思考を巡らせた。どんな人物にも細心の注意をしなければならない状況でこんな謎の多い人に関わるのは避けたい。
しかし褐色色の肌に目を引く銀色の髪をセンターパートにしたその男はこちらに気づいたのか近づいてくる。身構えたアゲハを守るかのように職員達も構える。
空港は多種多様なさまざまな人達で溢れかえっている。だんだんとゆっくり近づいてくる男は無表情だ。
男との距離が約十メートル程になった時、突然アゲハ達の頭上にハートの形をした「なにか」が舞いはじめた。二人の職員はどちらも気づいていないようで近づいてくる男を警戒している。まさか、気付いていないのかーー。
アゲハはようやくそこでハッして即座にナイフで二人に傷をつけると傷口に創り出した弾丸を挿入した。まずい、非常にまずいッ!このままでは彼等を戦いに巻き込むことになるッ!
「あの男は『スタンド使い』ですッ二人共『逃げて』下さいッ! 」
突然腕を切られ驚いた顔の職員たちと目が合う。アゲハは申し訳ないと思いながらもう一度「逃げて」と『命令』した。
しかし次の瞬間、彼らの身体は何か鋭利なものに切り裂かれて直ぐに冷たくなってしまった。見るも無残な姿になった背面からはズタズタになった彼らの骨までくっきり見える。
そこでようやくアゲハは気づくーー二人の職員は振り向いた時、壁になるようにして自分を守ってくれたのだ。彼らの助けがなかったら今頃自分も絶命していたのだろう。
今まで何人かの死を目の当たりにしているアゲハも『私を守るために死んだ』者を見るのは初めてだった。
「キャアアッ!死体だわァ!!誰か〜ッ!!」
空港にいた一般人達が死体に気づいて悲鳴を上げる。アゲハはその劈くような声に意識を取り戻すと更に距離を詰めてきた男を見すえた。頭上に舞うハートも辺りに散らばるように浮かんでいる。
(……奴のスタンドのヴィジョンはアレなの?攻撃を受けた際アレから何かエネルギーのようなものが出てきたようには思えなかったけれど)
アゲハは警察を呼ぶ人達の声をバックに一歩二歩と後ずさる。ここでは銃を出すことは出来ない、こんなに人の多い所であんな物を出せば真っ先に射殺されてしまうだろうからだ。
男はついに三メートル程のところまで来てしまった。ヤツのスタンドが近距離型ならばついに攻撃を仕掛けてくるだろうーーそこまで考えた瞬間だった、男はニィっと口元を緩ませると右腕を上げアゲハを指さした。
嫌なものがゾワゾワと這い上がってくるような気味悪さに即座にスーツケースの影に隠れたアゲハは襲いかかってくるであろうスタンド攻撃に備える。
(……なにも感じない? )
上を見上げてもやはりシンガポールの青い空とハートのヴィジョンしか見当たらない。そしてそこからエネルギーを出している気配はない。
(それにしても、野次馬たちが随分と静かになったわ……どうしたのかしら)
アゲハはふと後ろを振り返る。そしてそこに広がる混沌な状況に「うそ……」と声を漏らした。
彼女の背後では職員達と同じように何か鋭利なもので惨殺された遺体が散乱していた。
恐らく、周りにいた約三十人分の死体の山が出来ていたのだ。
「なんなんだッこれは!? 」
そしてそんな現場に似つかわしくない、突如現れた真っ黒な薔薇の木。
幹も、枝も、ハートの形に見えるように剪定された薔薇の花も全てが真っ黒だ。
アゲハはすぐにモニターを装着し、奇妙な植物を観察する。
(……やっぱりこの木はスタンドだ。それにしてもやけに温かいな、大体のものは本体と同じぐらいの体温のものが多いというのに)
黒い幹と枝に見事に剪定され、ハートを形作っている薔薇が特徴的なスタンドのヴィジョンに気を取られていると、ふいにそよ風がモニターの丁度下のあたりの頬に触れる。
なんて事ないことだと気にせずにいればなんとそこからグパッと肉が裂け血が流れ始めるではないか。瞳孔を開き顔を青ざめさせたアゲハは身に染みる痛みに心臓の鼓動を早める。
「なっ、なんだって! まさかこのスタンド、風で相手を切り裂く能力を持っているのかッ」
その場を急いで離れたアゲハは懐からナイフを取り出す。
男の方を見るとこちらを指していた手は下ろされていて、ただ薄気味悪い笑みを浮かべている。
「……さっきは悪かった、イタリア語は話せなかったみたいだな」
そうして、馬鹿にしたような声色でそう言った男はつり上がった瞳で彼女を射抜きながら言葉を続ける。
「帝アゲハ……DIO様を裏切ってのこのこと日本に帰れると思うなよ。……特にお前だけは絶対に逃がさないッ!」
「私はって、どういう意味なの……? 」
「とぼけるんじゃあねー……特別なんだ……『弓と矢』によってスタンド使いになれたお前はな」
そこまで聞いてアゲハはドキリとする。あの時DIOとエンヤに刺された綺麗な矢じり……あれが彼の言う『弓と矢』でいう矢であるという事なのだろうか?
「それとこの際だから教えてやるが……お前の家族が火事で死んじまったっつーのは嘘だ」
「……やっぱり」
承太郎から話を聞いていたアゲハは、ポジティブな方に物事を考える事にしていた。家族は日本に帰ってきていると、火事で死んだというのは嘘であると。
だからこそ、男の言葉に肯定の言葉を発したのだ。
しかし、アゲハの心に掛けていたリミッターはいとも簡単に男の次の言葉によって破壊された。
「なんだよ、知ってんのかよ。まぁいいか……じゃあ単刀直入に言わせてもらうぜ……『お前の家族は俺の親父が殺した』!お前にもオレのスタンド「ハートオブ・ザ・サンライズ」で再起不能になってもらうぜッ」
リミッター……それはどんな悪人にも慈悲の気持ちを持たなければならないという自分への戒めだった。
DIO……そしてこの男、まだ顔も見たことの無いこの男の父、彼らだけはこの世に生かしてはおけないと思ったのだ。