幽波紋の戦士たち
シンガポールからインド・カルタッタへ向かう列車に乗ったジョースター一行は車内食を食べ終え、今後について話し合いをしていた。もちろん話題は専ら「帝アゲハ」の事だ。
「それにしてもジョースターさん、よくあの娘の同行を許可しましたね」
アヴドゥルの質問を花京院は心の中で静かに肯定すると、カルタッタへ直通で向かう列車に揺られながら『帝アゲハ』という人物について思いを巡らせた。
彼女のスタンド『
数時間前、僕らは彼女の口から自身のスタンドについての説明を受けた。そこで聞いたのはスタンド能力は『複数ある』こと。そして自身のスタンドの『射程距離が不明』なことーー僕はすぐ様彼女の言葉に反論した。
「それはおかしい。 僕は確かに射程距離外に出ることによって君の能力から逃げ出せたんじゃあないか」
「それは『第一の弾丸“
そこまで言われて僕は考えた。確か、あの夢の世界に入る前に彼女は何かおかしな行動をしていなかっただろうか……そこまで思考を遡ってようやくピンと来た。
「君が自分の脚を撃った時のこと……か? 」
「そう、自分の体と被弾者の体の同じ部位に第一の弾丸を撃ち込む事……それが発動条件なの。
ちなみに射程は私を軸にして半径約一キロメートル。つまりは私から離れていけば逃げる事が出来ちゃうの」
実戦経験の無い彼女がどうしてここまで自身のスタンドについて知ることが出来たのだろうーー僕はふと疑問に思った。それは他のみんなも同じだったようで訝しげな顔を浮かべている。
しかし、それに気づいていないのか彼女はひとり話を続けていく。帝アゲハは至って真剣だ。
「既に花京院から聞いているかも知れないけど私の能力にハマるとスタンドのパワーが無くなってしまうの……それがこの『アローンウィズ・メガロポリス』の強みだね」
「ちょっとまちな。パワーが無くなる、だと? ほんのちょっぴりも残らねェってのか」
承太郎の言葉に彼女は平然とした顔で「そうだよ」と言った。
僕は納得いっていない承太郎の顔をチラリと見ると彼の次の言葉を待った。
「ならお前のその弾丸とやらを身体に貫通させるのはどうやっているんだ? パワーがないならそもそも半径一キロメートル程の射程分弾丸を飛ばすこともできねェ筈だぜ」
彼女は
「そこでコレを使うのよッ! 」と声を張りあげると壁に立て掛けられていた愛銃を手に取った。
「無くなるのは『スタンドパワー』だけ……それはつまり他の物のパワーは無くならないという事ッ! 」
「成程……狙撃銃の持つ従来のパワーを活かしている、という訳だな」
納得と言った表情を浮かべるアヴドゥルさんは「使う銃はこの銃でなければいけない、という事はないのか?」と質問をした。
それに対し得意げに、薄く笑った帝アゲハはグッと両手を握ると、左右の手のひらに形状の異なる弾丸を創り出すことで答える。
「弾丸を創る事しか出来ないからすごく練習したもの! これぐらいの事なら朝飯前だよ」
彼女は再び手を握ると「だからどんなタイプの銃にも対応出来ると思う」と笑顔を浮かべた。
彼女が握りこぶしを解くと左右一つずつだった弾丸が全て違う形でいくつか握られていた。
「……これはッ! 見事じゃ! 一つ一つ違う形をしておるッ」
「手を握ってからたったの三秒程でここまでやるとは……」
僕とジョースターさんの称賛の言葉に気を良くしたのか彼女は「へへへ……」と笑う。気恥ずかしそうに頬を染める仕草は年相応、といった感じだ。
「続きを話すよ、『第二の弾丸“メガロポリス・パトロール”』これは相手に撃ち込む事で『精神にダメージを与える』弾丸なの」
「精神にってことは、身体に傷を負ったりはしないつーことか」
「そうだよ。銃弾を受けても身体には傷一つ残らない……だけど精神はそうは言ってられないの」
彼女は黒い髪をかき分け首の後ろに手を回すと一つ一つを指の間に挟むようにして弾丸を二つ取り出した。それを創り出す瞬間も、たったの一秒も経っていない。
「実際に撃ってみようと思うのだけど……誰か受けてくれる人はいませんか? 」
そして次の瞬間帝アゲハはさも当然の様にそう言い放った。
僕はそんな彼女を見て『普通ではない』と思った。どこか大事なものが抜けているような、僕らとは違う思考の持ち主であると感じた。
「……撃たれてみなければ分からないのでこちらで決めさせていただきます 『メガロポリス・パトロールッ! 彼は眠くなるッ』」
続け様に二発放った彼女はとある一点だけ見つめていたーー承太郎だ。
最初は彼女がなぜ承太郎を見つめているのかそれはよく分からなかったが次の瞬間、スタープラチナが彼女の放った弾丸を掴み取っていたことにより納得せざるを負えなかった。
「テメー……どういうつもりだ。はなから俺に弾丸を掴み取れと言っているように感じたぜ」
彼女の放った方向はどちらも承太郎の真横だった。当たろうと思えば当たれるし、当たりたくなければ当たらずに済むその場所は最初から彼女が狙っていた場所なのだろう。彼女は平然とした顔で承太郎に笑みを返した。
「……実際話には聞いていたもの。承太郎のスタープラチナは弾丸を掴む程のパワーとスピード、そして精密機動性があると」
「……」
「だけどねJOJO、スタープラチナが弾丸を掴む際に使った人差し指と親指……すでにそこから弾丸の能力は入り込み貴方の体を蝕んでいるッ」
彼女がそこまで言い終わった頃には承太郎の様子に変化が訪れていた。突然体の力が抜けた様にバランスを崩したのだ。近くにいたポルナレフが慌てて受け止める。
「承太郎の様子がおかしいぜッ! ……オイッ大丈夫か承太郎ッ」
ポルナレフが承太郎の体を揺らすと口に咥えていた煙草が床に落ちる。
彼女はホテルの備え付きコップに水を入れるとカーペットごと煙草を水で濡らした。
「『眠くなる』と言ってもそんな一瞬で眠りについてしまうわけではないの。起きているわね承太郎……射程距離内に入った途端に殴られるんじゃあないかってヒヤヒヤしたよ」
帝がそう言い終わる頃には何事も無かったかのように立ち上がっていた承太郎。それを確認した彼女は
「でも眠いでしょう? ソファに座った方がいいと思うよ」と少し困った風に笑う。しかし承太郎は「フン」と鼻を鳴らすと誰の支えも要らないと言うように壁に寄りかかった。
「今のはスタープラチナか弾丸を止める際にかかった力ーー摩擦の力で少しずつだけど指の皮膚が傷ついたの。そこから私の弾丸の能力が入り込んだって訳だよ」
「ふむ……所で先程は承太郎に『眠くなる』と言う命令をしていたが、花京院の話によると他にも出来ることがあるのじゃろう? 」
チラリと僕の方を盗み見るジョースターさんの意図に気付いた僕は
「はい、僕は実際にいくつか被弾しているので……」とだけいい彼女の方を見た。
彼女は申し訳なさそうな顔をしながら僕を見ると再び手の中からいくつか弾丸を創り出した。
「花京院に撃ち込んだのはこの二つ……『除草剤』と『スライム』の弾丸だよ」
彼女は手のひらの弾丸を皆に見えるようにした。先程彼女が承太郎に撃ち込んだ『眠くなる』弾丸と変わらない色と形をしている弾丸を見てポルナレフは首を傾げた。
「えと……皆さんが言いたいことは分かります。とりあえず先に説明させて下さい」
またもや困ったような表情をした彼女は手のひらの弾丸を机の上に置くと僕らに向き直った。
「第二の弾丸“メガロポリス・パトロール”で創り出すことの出来る弾丸には『命令型』と『傷心型』に別れているの。……さっきJOJOに撃ったのは『眠くなる』という『命令型』の弾丸で私が『そうなりなさい』と命令しながら弾丸を創り出すことで出来た物なの」
「……『命令型』と『傷心型』の違いは? 」
彼女は僕の質問に対し特に驚いた様子もなく答えていく。
「『命令型』は被弾者が『本来なら誰の介入がなくても可能だったこと』を強制的にさせるものなんだ。さっきので言うなら『眠くなる』ことなんて私の能力で『命令』されなくても夜になれば勝手にそうなる事でしょ?」
「つー事はよォ、例えばだが『走る』『跳ぶ』なんて命令も出来るって事か? 」
ポルナレフの言葉に彼女は「そうだよ。それも大体の生き物には当てはまる事だからね」と力強く頷いた。
「他にも少し特殊な場面になるけど今この中の誰かに『食事をとる』という弾丸を撃ってもここには食べ物もないし誰も食事を始めないけれど、食卓に座った者に『 食事をとる』弾丸を撃てばそいつは確実に食事を始めるの。条件さえ揃えればいくらでも『命令型』の弾丸は撃てるってことね」
彼女は他にも『車を運転している者にのみギアをバックに入れろという命令が出来る』など具体的な例を挙げた。
「そして『傷心型』、こっちは花京院に撃った『スライム』と『除草剤』の弾丸よ。命令型とは反対に『誰かの介入なしでは起こりえないこと』を強制的に起こすものなんだ……身体の中に『除草剤』をぶち込まれるなんて非日常、そうそうあるものではないもの」
「……ひとついいだろうか。どうして『スライム』と『除草剤』だったのだ? もっと強烈な効力のある物を撃ち込んだ方が良いのではないか? 」
僕やジョースターさんもアヴドゥルさんの言葉に頷く事で同意を示した。
身体に直接的な損傷を与えずに精神を蝕む力を持つ能力だとしても、除草剤などよりも酸性の毒など効力の強い薬物を使った方が被弾者の精神を狂わせスタンドの維持を出来なくさせるには良いのではないだろうか。
「『傷心型』の弾丸は私自身が体験した『記憶』ーー所謂『トラウマ』を元にして創るものなんです」
「ゲエッ!そ、それってつまりよォ〜、お前は前に一度何らかの理由があって除草剤を口にしたつー事かァ!? 」
「ええと、勘違いしないでくださいね!いじめられていたとかじゃあなく、ただちょっと興味があって口にしただけなんです」
彼女の返答に引き気味な表情を見せるポルナレフ。僕も思わず顔を引き攣らせてしまう。
そんな一同の様子に、変なことを言ってしまったのだと理解した帝アゲハは顔を青くするとあわてて補足を入れた。
結果的に親には怒られるわ兄には馬鹿にされるわでろくな事にはならなかったけどねーーと彼女は続けて微笑む。
「……だから強力な毒なんてものは日本で普通に生活していた私には手に入らない物だったし、ある程度歳を重ねたらそういう冒険はしなくなったから私の中にある一番強大な『トラウマ』が除草剤だったって事だよ」
僕は彼女の能力を聞いて、これから強い敵と戦っていく度に彼女の能力は強化されていくのだと感じた。だってそうだろう、もしかすると既にハイエロファントと戦った際の『トラウマ』は彼女の中に鮮明にインプットされているかもわからないのだ。
「そしてこの目元を覆っているモニターは『
実際に目元にスコープを出すと彼女は「斜め前の部屋にルームサービスを持ったホテルマンが居る」と告げる。
扉に一番近かったジョースターさんがドアを開けてみると、トレンチを片手に持ったホテルマンがまさに斜め前の部屋の扉をノックしていた。驚いた顔の僕らを見て気を良くした彼女は笑顔で
「私のスタンドについてはこんなものかなぁ 」と言ってのけた。
一連の説明を受けた僕は彼女のスタンド能力よりも性格ーー内面の脆さに危機感を抱いた。
この僅かな時間の中で彼女に思う所が沢山あった。何よりも普通であることに安心し、それを望みながら心の中では非日常に飢えている……。
そして一ヶ月の間DIOに肉の芽を植え付けられ、共に行動をするうちに、彼女の性格は大きく変わってしまったのだろう。安心を求める心よりも非日常ーースリルを求めるようになったのだ。
先程も承太郎に攻撃されるかもしれないという危険を顧みず即座に弾丸を放ったり射程距離内に入ったりと、そう彼女の行動は自暴自棄になっている様に思えてくるのだ。
今の彼女は自責の念に駆られ自分の命よりも僕らのために行動している様に感じた。尽くすと決めた相手に依存するタイプの人間なのかもしれないーー…… ……。
「花京院よォ、聞いてるかぁ? 」
首を傾げたポルナレフが花京院の顔を覗きこむ。「聞いているよ」と返した花京院がいそいそと皆の会話に耳を傾けると彼らはまだ彼女の話をしていたらしかった。
きっとインドへ入国するまでは帝アゲハの話が続くのだろう。花京院は皆の話に混ざるために紅茶を口に含み気持ちをリセットさせた。