5プラス1
「……そして私の家族を殺したのが貴方、ジョセフ・ジョースターとその孫である承太郎だとDIOは確かに言った。それは本当なの? 」
アゲハのDIOとの経緯を聞いたジョースター一行は内心酷く驚いていた。
先程ポルナレフが言ったように彼女はタロットカードの暗示を受けていない極一般の日本人の少女であり、DIOに都合よく利用されているだけだと思っていたからだ。まさか、ここまで奴と接点があるとは思いもしていなかった。
アゲハの話をまとめるとこうだ。彼女は生まれた時からのスタンド使いではなく、偶然DIOに会い、奇妙な矢で射抜かれ突然スタンド能力が発現したのだと。
そしてDIOによる造言によりジョースター家に憤りを感じているということだった。
アゲハの目は責めるようにジョセフと承太郎を見つめていた。この緊迫感のある状況下では誰一人として声を発するものはいなかったーーただ一人承太郎を除いて。
「そんな事実はねェ……DIOのヤローの妄言だぜ」
承太郎のするどく真っ直ぐな視線を受けたアゲハは視線を下げて小さくため息をつき
「やっぱりね」と口をこぼした。
「少し冷静になってみれば分かることなのに……私ってホント馬鹿だ」
アゲハの肩が震えている。それを目にしたジョセフ達はなんとも言えぬ罪悪感のようなものに襲われた。
「肉の芽を植え付けれていたんだ。君の意思で僕達を殺そうとした訳じゃあ……」
「そうかな……花京院、本当にそう思う? 」
顔を上げたアゲハは青ざめた表情で涙を流していた。その間も常に肩は震えている。
アゲハは自分のしてきたことの恐ろしさに恐怖しているのだ。
「あの偶然が無かったら貴方は私に殺されていたんだよ?……そうなれば肉の芽に操られているだとか関係なく私はきっと貴方の仲間達に殺されていた」
あの偶然とは恐らく戦いの勝敗を分けることとなった弾丸の込め間違えのことだろうと花京院は思った。そしてそのあとの彼女の言葉に花京院は言葉を詰まらせる。
答えあぐねている花京院。その場には一時的に静寂が訪れた。
何か言わなくては! と花京院が内心ドギマギしていると、予想外な言葉がアゲハから発せられた。
「ーーだからと言っては何ですが、私に償いをさせて貰えませんか? ジョースターさん」
ジョセフは突然話題を振られ少し驚いたが、それよりも彼女の口から出た『償い』という言葉に意識を向ける。
「償い……じゃと? 」
「ええそうです……私は貴方達に償いをしたいと考えています」
ベッドから立ち上がったアゲハは五人の男達ひとりひとりをしっかりと見据える。そんな彼女と目が合った承太郎は「フン」と短く鼻を鳴らすと学生帽の唾を下げた。
「償いつってもよ、具体的に何をどうするってんだよ」
最もらしいポルナレフの発言にアヴドゥルもジョセフも花京院も頷いた。
一人、部屋の窓を開けてタバコを吹かす承太郎を除いた皆がアゲハの次の言葉に注目する。
「私の名前は帝アゲハ 十八歳、スタンド歴は一ヶ月で経験は浅いけど……私を旅に同行させて下さい! 私のスタンドは必ずなにかの役に立つ筈なんですッ」
深く頭を下げたアゲハの声は僅かに震えている。それでも彼女の前髪の隙間から覗くその瞳の中にやどる覚悟の炎にその場にいた者は息を飲んだ。
木々に止まっていた鳥達は飛び立ち、開け放っていた窓からは心地よい風が入り込んできた。
シンガポールの駅のホームにて、ジョースター一行は列車でインド・カルタッタへ向かう準備をしていた。
しかしーー、アゲハは、そんな彼らを見送る為にここに来ていた。
「それじゃあ、ワシらは先に行くぞ」
「はい……それにしても急なお願いだったというのにもかかわらず日本行きの飛行機の手配までしてくれるとは……なんて言ったらいいのか」
あの後、アゲハは承太郎から日本では自分の家族はまだ行方不明という扱いになっているという情報を聞かされ、もしかしたら無事保護され、帰国しているかもしれないと考えた。
そんなアゲハを見かねたジョセフがSPW財団と連携して飛行機の手配をしてくれたのだ。
「そんな申し訳の無さそうな顔をするんじゃあない!それに安心せい、日本まではSPW財団の人間もついて行かせるつもりだ」
「ジョースターさん……」
「それにそんな緊張せんでもSPW財団の職員達は皆気のいいヤツらだよ」
アゲハは手の中にある航空券を握りしめるとジョセフに再度深い感謝を告げる。
「アゲハ、本当にワシらに着いてくるつもりなのか? 」
ジョセフはアゲハの両肩を掴むと確かめるように問いかける。因縁の相手DIOを打ち負かす今回の旅は齢十八の少女が立ち向かうにはいささか険しすぎるものになるのは間違いない。
だが、それはアゲハにとっては愚問でしかなかった。アゲハはしっかりとジョセフと目を合わせるとハッキリとした口調でこう告げる。
「勿論です。私はあなた方に命を救われた……その恩返しがしたいんです。それだけじゃあ動機としては不十分でしょうか?」
そこまで言い切ったアゲハは付け足すようにして「それにスタンド使いの味方は多い方がいいですよね」とはにかむ。
ジョセフはそんなアゲハを見てすこし笑みを浮かべると「気をつけるんじゃぞ、DIOに見張られていないとも分からんのだからな」と言い列車に乗った。
ジョセフに続くようにアヴドゥルも
「再会を楽しみにしているよ」と握手を交えながら言うと颯爽と列車に乗り込んで行く。
二人が無事に列車に乗り込んだのを確認したアゲハは残っている承太郎達の方へ振り返った。なんだか、少し気まずい。
「えっと……皆さんもお気をつけて」
言い終わると共に会釈をすると、気まづそうに後頭部に手をやったポルナレフがアゲハに近づいてきた。
なんだろう? とアゲハが若干身を固めると、「あー……」と煮え切らない言葉。
不思議がったアゲハは首を少しだけ傾けるとポルナレフに声をかけた。
「ぽ、ポルナレフさん? どうしました? 」
「さっきは悪かったな、お前のこと助ける価値なんかない、みたいな言い方しちまって」
その言葉にアゲハはホテルでのやりとりを思い出し、ああ成る程と納得する。
確かにポルナレフの発言から棘を感じたのは事実だった。しかしそれでも彼がおかしな発言をしていたとはアゲハは思わなかった。
あの状況での彼の発言は正しく、自分が同じ立場なら同じ様な発言をしていただろうと容易に考えられたからだ。
「いいえ、謝罪なんて……。それよりもこちらこそ、ありがとうございました」
「こちらこそ? 」
今度はポルナレフが頭をフル回転させられる番となった。こちらは恨まれるようなことはしても感謝されるような事をした覚えがないな、とポルナレフは眉を寄せる。
「……最初に寝ていた私を発見したのが貴方だと聞いてます。その時、問答無用で私を殺す事だって出来たでしょう? 」
「ポルナレフさんはそうしなかったじゃあないですか」とアゲハは続けた。
ポルナレフは正直そんなことか、と思った。
「それにしてもよォ、お前いつまで『ポルナレフさん』なんて堅苦しい呼び方するつもりだァ? おれたちは仲間になったんだろ? 」
「え……」
突然のポルナレフの発言に思わず声を上げたアゲハ。脈略のない言葉を発した本人は屈託のない笑顔を浮かべている。
「オレはオメーのことアゲハって呼ばせてもらうぜェ! 」
「そ、それじゃあ私はポルナレフって呼んでもいいですか? 」
彼の笑顔を見ているとこちらも勝手に明るい顔になってしまう、とアゲハは思った。
「敬語も要らねーし、勿論だぜッ」と目を細めながら言うポルナレフにアゲハの心はじんわりと暖かくなる。
(顔や背格好は似てないけど、なんとなく『お兄ちゃん』に似ているんだーー彼は)
早く日本へ帰って再会したいという気持ちがより一層強くなったアゲハは自身の肩にかけたショルダーバッグを背負い直した。
その様子を間近に見ていたポルナレフはつい先程聞かされたばかりの話を思い出していた。
アゲハとポルナレフには大事な家族をスタンド使いによって失わされたという共通点がある。
しかし、アゲハにはまだ望みがある。
たらればだがアゲハの家族は無事にニッポンへ帰国できているかもしれないのだ。
「とにかくお前の家族が無事だってことを祈っておくぜ!オレはよ」
「ありがとう、ポルナレフ。私はDIOなんかじゃあなくて貴方みたいな人の為にこの力を使いたいと思うよ」
ポルナレフは「そうかよ」と言うと列車に乗り込んだ。アゲハがそんな彼の背中に手を振ると「またな」とだけ言い車内へと入っていってしまった。
アゲハは姿の見えなくなったポルナレフに向かって心の中で深くお礼の言葉を紡ぐと柔らかな表情で列車を見つめる。
「あっ」
「……」
すると、不意に大きな影がかかった。
その方を振り向くと無言で列車に乗り込もうとする承太郎の姿ーー慌てて後を追ったアゲハは彼の長ランの裾を掴む。
「JOJOッ! 少しだけ、話を聞いてッ」
言ったーー言ってしまった! あの超有名人JOJOに声をかけてしまった!
アゲハは心臓をバクバクと鳴らすと一度深く深呼吸をする。
承太郎とアゲハは学校は別々だが同じ街に暮らしていた。そのためアゲハは毎日の様にJOJOの良い噂や悪い噂を耳にしていたのだ。
「……」
「……えっと」
アゲハは次にかける言葉に困っていた。
家族の事を教えてくれてありがとう? それともどうして私たちのことを知っていたのかと聞くべきだろうか?
「……お前の言いてぇことは大体わかるぜ」
「!!」
顔に出ていただろうか? アゲハは自分の頬に軽く触れる。
「偶然だ。お前の家族のニュースについて知っていたのもお前の事を学校のヤツらからたまたま耳にしたのもな」
「そ、そうだったんだ……」
ポケットに手を入れたままの承太郎はアゲハにそう告げる。そんな承太郎の言葉に納得したアゲハは自然と笑顔を浮かべた。
「それでも、ありがとう……私も戻ってきたらお返しができるように頑張るわッ!」
「……ああ」
承太郎の答えは素っ気ない様に思えたかもしれないが、今のアゲハにとってはこの上ない程の激励に聞こえた。
「気をつけて、JOJO」
それきり何も言わずに列車に乗って行ってしまった承太郎を見送ったアゲハはあと一人! と花京院の方き振り返る。
するとどうやら花京院はキョロキョロと何かを探しているらしい。
「どうかしたの? 落し物?」
「いいや、一緒に来ていた女の子の姿が見えなくてね……だけどもういいんだ、時間もないしね」
一緒にいた女の子……おそらくJOJOと共にインド行きのチケットを買いに行っていた子どもの事だろう。
アゲハは一度ぐるりと辺りを見渡したが当然ながら見つからなかった為、すぐさま彼に向き直る。
「それじゃあ僕も行くよ」
花京院はニコリとしながらアゲハに別れの言葉を告げた。
「そうだね……」
アゲハも笑顔で花京院にそう返した。
向かいのホームから列車が発車する音が聞こえる。
花京院はゆるりとした動きで列車に向けて足を運ぶ。その後ろ姿に、まるで今生の別れの様な物悲しい気持ちになったアゲハは駆け出すと花京院の右手を掴んだ。
「えっ……? 」
こちらに振り返る花京院。
アゲハはそんな花京院をまっすぐな目で見つめ返した。
「花京院……まっててね、必ずまた会いに行くからッ」
アゲハは言い終わると同時に掴んでいた花京院の手を離した。
花京院は不意に離された手の中に何かが握られていたのに気づくとそろりと中身を確認する。これはーー弾丸だ。弾丸が一発。
「お守りだよ、この旅が無事に終われるように」
この赤銅色の弾丸は彼女のスタンドによって創られた弾丸だ! と花京院は予想する。
そしてどうやらその予想は当たりのようで「射程距離外に出ちゃったらその弾丸消えちゃうかもだけど……」と申し訳なさそうに言うアゲハ。
花京院はそんなアゲハを見て吹き出した後、再び向き合った。
「ありがとう。これからは君とも一緒に戦えるなんてね……頼りになるよ」
そんな花京院の言葉にアゲハは
「そうかなァ……頼りになるかは分からないや」と自信なさげに答える。
花京院はその仕草を見て初めて年相応な仕草をしたなと思った。
生まれつきのスタンド使いであった花京院にはつい最近スタンド能力が発現したというアゲハや承太郎の気持ちが分からなかった。
突然現れた自身の精神のヴィジョンについてどのようにして気持ちの整理をつけたのだろう?
そこまで思考をめぐらせて花京院はようやくアゲハが困った顔にして花京院を見つめていることに気づいた。
アゲハがちょいっと人差し指を指した先にはいつまで経っても乗車しない花京院を迎えに来たアヴドゥルが立っていた。
花京院はハッとして「すみませんアヴドゥルさん」と言うと顎に当てていた手を外し、足元の荷物を手に持つ。
「気をつけて」
「ええ…… 帝もご家族に無事に会えたらいいね」
「……うん! 」
アゲハは早足に去っていく花京院が完全に乗車したのを見送るとフゥとため息をついた。
これからの事を思うと自然と体に力が入る。それでもアゲハは今回の決断に『後悔』は無かった。この力はジョースター一行のような『正しい』人間の為に使うべきだと運命られているのだと感じたからだ。
列車の出発音にハッとして顔を上げると手元にはいつの間にか強く握り締めすぎてぐちゃぐちゃになってしまった飛行機のチケットが。
アゲハは慌ててシワを伸ばすと再び列車を見つめた。
「私は必ずみんなの役にたってみせる……それが私の運命だと思うから」
アゲハは『決意』を言葉にすると肩にかけたバッグを背負い直した。