BANANA・SPIRIT
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2. 名字名前の災難
目の前に並ぶ風変わりな改造制服と一隻の軍艦に、わたくし名字名前は助けを求めるように一際小さな背丈の先輩を見つめる。
彼はーー広瀬先輩は私が萎縮していると判断したのか簡単に事の経緯を目の前の不良2人に説明すると自己紹介までの流れを作ってくれた。こういう人の良さが皆に好かれる所以なのだろう。
「はじめまして!1年の名字名前です!ヒガシカタ先輩、ニジムラ先輩!よろしくお願いしますッ!」
なるたけ礼儀正しく、ハッキリと相手の耳に届くように。最後まで彼等の目を見ながら言い切り深くこうべを垂れ、上げる。
恩人である広瀬先輩の紹介で彼らの前に立っているのだ、第一印象ぐらいは良いものにしたいではないかーーなんてどこか年齢に不相応かもしれない心持ちでぐっと表情を引きしめる。
「そんなカタくならなくてもいいぜ、名前。俺は東方仗助、康一と由花子、となりの億泰っつー野郎と同じく2年だ」
名前で呼んでくれていいぜーー学校中の評判通り気さくに挨拶を返す男の名は東方仗助センパイだ。先述した「軍艦」とは彼の髪型である立派すぎるリーゼントを比喩したものである。
しかしそんなマイナス要素を差し引いたとしても(こんなことを本人に直接言えば、私の命は今頃なくなっているかもしれない)日本人離れしたその端麗な顔立ちとプロポーション、そしてこの人となりの良い性格が手伝って、仗助先輩はこの高校のプリンス的な位置に君臨していた。所謂全生徒の注目の的といったところだろうか。
「虹村先輩って響き、な〜〜んかヘンな感じがしてしょうがねェ……オレのことも「億泰センパイ」って呼んでくれよなァ〜」
そして特徴的なハスキー声で自身のことを名前で呼ぶようにと呈してきたのは同じく本校の注目の的、虹村億泰センパイだーーまあ当然ながら仗助先輩とは別の意味での注目であるが。 友人である二人とは打って変わって、色恋沙汰とは無縁な日々を過ごしている……らしい。
「それじゃあ本題に入るよ。事前にも話した通り名前さんは今「通り魔に付き纏われている」!一度ならず二度までも!両方ともぼくがすぐに発見できたから良かったけど……」
「はい、一度目は動揺のあまり殆ど何も覚えていませんが……二度目は、昨日の事は用心していたのでそれなりに覚えています」
広瀬先輩のアイコンタクトを受け、私は昨夜の出来事を思い出す。昨日の下校時間、私は人目につきやすそうな住宅街を進んで家に帰ったのだがーー……。
「……昨日の放課後はあんな事があったばかりだったのですぐに帰る事にしたんです。明るいうちなら、相手も警戒して手を出しづらいんじゃあないかって。それでも、そいつにとってそんな事は「関係なかった」んですよ」
「関係なかった……?」
「……信じられないような、突拍子の無いことを言うようですが「誰かに見られるかもしれない」とか「顔を見られるかもしれない」なんていう「不安」なんてものは、奴には『無かった』んです」
頭をよぎる昨晩の痛みに顔を歪めた私はぴったりと自分の体型にフィットするアンダーシャツの裾をめくり禍々しいその「痕」が残る素肌を晒す。
左脇腹から腰骨の辺りまで一直線に伸びたそれは私の薄橙の肌とは変わって鮮やかなピンクを帯びている。
「単刀直入に言えばそいつは「透明」だったんです。それでも身体に残った傷は確かなものなので「存在はしています」。まあ、私たちには見えないところから暴力を振るうことが出来る相手なら、朝も昼も関係なく例えば今だって襲撃は可能なんでしょうが……」
「こ……これは、皮膚が「剥かれている」ッ!それもこんなに大きく……!出血の跡もあるぜ!」
患部をまじまじと見つめ、目の色を変えた仗助先輩がまるでささくれを思い切り剥がした時のようだと叫ぶ。言い当て妙、というやつかもしれない、私の身体に突如として現れたそのピンク色の差し色は明らかに「肉」だった。
「この傷跡は異常だぜェ、明らかに人間業じゃあね〜よなァ」
「それに彼女の発言が確かなら!ぼくらにはそいつが「見えるかもしれない」ッ!いいやきっと見える!」
「え……?」
おかしな事を言う広瀬先輩の言葉に引っかかり、訝しげに眉を寄せればすかさず「なんでもないよ」と困った笑顔が返ってくる。
まだ自分には説明出来ない何かを既に掴んでいるのかもしれないと不服を飲み込んだ私は気を一新してそのまま先輩方の話を聞くに徹する事にした。
「ひとつ聞いておくが最近誰かの恨みを買ったとか……そういうのはないか?」
「う、恨みですか……私の知る限り心当たりはありませんね…………」
「なんでもいいんだ!些細なことでもいいから何かあったなら言って欲しい」
恨みを買うほど、スリリングな生活をしてきた覚えはない。我が家ではそういうのはどちらかといえば「姉」の役割だったしーーと、そこまで考えて私はハッとした。 会う度に違う男と腕を組んで歩いていた彼女なら、誰かに恨まれるような節はあってもおかしくは無い。
「関係無い話かもしれませんが……私の姉なら誰かに恨まれていたのかもしれません」
「あんたのお姉さん、何かあったのか?」
「私の姉も殺されたんです、多分……ですけど」
至極真っ当な仗助先輩の問いかけにちょっと予想外な言葉をつけ加えた肯定の言葉を紡げば周囲にどよめきが起きる。私が実際に現場に居合わせた訳では無いので殺されたと断言をすることは不可能なのだが、まあほぼ間違いはないだろう。
ごくりと唾を飲む億泰先輩を盗み見てから皆が待ちわびているであろう詳細を口にしていく。
「事件が起きたのは去年の1月、場所は杜王町です。当時私は実家のあるこの街を出て都内の進学校に通っていたのであまり詳しい話は分かりませんが……実家からS市内の会社に通勤していた姉が突然死体になって発見されたんです。少し性格に問題のある人間だって周りには言われる様な人でしたけど……それでも!殺されるほどではなかったと思います……あくまで身内贔屓で見た結果ですが」
「行方不明じゃあなく、死体は見つかっているんだな?」
「……はい、しっかりと。後日遺骨も私自身の手で拾いましたから間違いありません」
私は学生証入れに挟んでいた家族写真を三人に見せながら話を続けていく。
頼りなさそうに見える父と気の強そうな母。どこにでもいそうな平凡な中学生の私と新成人のお祝いにと振袖に身を包んだ姉ーー……一目見てわかるように成人式当日に撮られたその写真の現像日は事件の日から2年ほど前の日付けを記している。
「となるとアイツの仕業じゃあねェな。ヤツならそのまま痕跡を残さずーー」
「馬鹿!やめろ億泰ッ」
「……アイツだったら痕跡を残さず、何だって?億泰先輩……あなた何か知っている様な口振りですね」
何か良くないことを口滑らせてしまったのだろう億泰先輩の口を咄嗟に塞ぐ仗助先輩。
そんな光景を見て、何も聞かずハイそーですかと引き下がれるほど今の私はのほほんとした状況に身を置いている訳では無いのである。
相手が何か知っているのなら聞きたいと思うのは当然のことであり、協力してくれるというのなら助力を惜しまないという相手からの絶対的サポートが必要不可欠なのである。
「もしかしてここ数年杜王町で横行していた失踪事件がこの数ヶ月間ですっかり激減していることと関連付けて推理をしているんですか?残念ながら姉は五体満足で死んでいるし彼女の件に「失踪」の文字は関与していない。姉は誰かに「殺された」……何者かに「矢に射られて」殺されたのよッ!」
「や、矢だってェーーッ!?」
「まさか!「弓と矢」……なのか……!?」
矢だなんていう時代錯誤な凶器に先輩方に衝撃が走る。
私だって初めに一報を受けたとき耳を疑った。それでもうなじに突き立てられたその傷口を見て警察がそう判断したならそうとしか言いようがあるまい。
「……でもこれ以上の事はよく分からないんです。親身になって聞いてくださったというのに特になにも情報が無くて申し訳ないです」
「ぼくらの方こそ!……力になるって言っておきながら頼りにならなくてごめんね」
「いえ、本当に謝るのは私の方なんです、もう少し頭を整理してから来るべきでした。自分でも覚えていないような記憶の奥底をこんな土壇場で引き上げようだなんて無理な話だったんです」
結局のところ、今回も前回の分も、正直にいうのならほぼ全く使えるような情報は手に入らなかった、というのが実情である。
ただ前回よりマシだったのは犯人が姿を消しながら現れ私の皮膚を剥ぎ取るようにして襲いかかってくるという説明はつかないがとても異常な方法を選んで暴力を振るうということが分かった事だ。
先程の先輩方の様子を見る限りそこから何かしらの見当を付けた事は違いない。
「記憶……そうだ!そうだよ仗助くん!名前さんの記憶を露伴先生に読んでもらえばいいんだよ!」
「露伴に……それは良い考えだぜッ!ヤツなら名前の奥底に眠る記憶を読むことが出来るッ!恐怖で脳がセーフティーロックを掛けちまっている一回目の襲撃についても何か掴めるかもしれねー」
「露伴先生……?」
勝手に盛り上がる先輩方に呆気にとられながらも何やら事態は良い方に向かっているようで一安心である。
私は勝手に使わせていただいた家庭科室の壁掛け時計に目を向けてあと数分で終わる昼休み終了のチャイムを待ちわびた。