Valentine Episode.2
家族より愛を込めて
DIOとの決着へ向け旅を続けるジョースター一行は次なる目的地へ向かうための列車に乗っていた。車窓から除く故郷とはかけ離れた景色に高揚感を覚えた名前は食い入るように外を眺めている。
「美味そーなもん持ってんじゃん。チョコレート?」
「うん、チョコレート。さっきジョースターさんに買ってもらったんだよ」
そんな彼女の隣に腰掛け話しかけてきたのはフランス人の男ポルナレフだ。彼は名前の右手にあるチョコレートを見つめると「ふうん」と声を漏らす。
「……口止め料として半分どーぞ」
「アッ、いいの〜?悪いね〜」
顔に出てるのよ顔にーーと眉を下げて笑った名前はパキリとその板チョコを割る。少し悩みながらもアシンメトリーに割れたそれの大きなほうをポルナレフに差し出せば彼は懐かしそうに目を細めた。
「へへ……っ何だか懐かしいぜ」
「懐かしい?」
「シェリーも……妹も大きな方を必ずおれにくれたんだ。名前みたいに悩みに悩んで難しい顔をしながら」
そう言って口元にチョコレートを運ぶポルナレフは心底幸せそうな顔をしていた。たった一人の妹とのささやかな日々を思い出しているのだろう。名前の
「別にそこまで悩んでないよ」と出かかった言葉は自然と飲み込まれた。
「……それを言うなら私のお兄ちゃんもポルナレフにそっくりなんだよ。こうやって大きい方を貰ったら少しの躊躇も無く食べちゃう所とか」
そして代わりに紡がれたのは彼女の内にある思い出。数ヶ月前までには確かにすぐ側にあったはずの日常だ。
目を細めいつもより柔らかく微笑んだ名前の声色は僅かに震えていて上擦っていた。それが何故なのかなんて察しのいいポルナレフが気付かないわけも無い。
「DIOのヤローとの決着をつければお前の家族は無事に救助されるんだ。あまり難しく考えるなよ」
いつの間にか俯いていた名前の頭にポスンと音を立てて置かれたのは彼の無骨な手。
温かくて厚みがあって、キズだらけでーー家族への愛とそれ故の復讐心で戦ってきたポルナレフの手はそれなりに同じような状況に身を置いている名前の心を酷く溶かす。
「…………うん、ありがとう」
だらしない程に破顔した彼女は極めて小さな声であったが確かに感謝の言葉を口こぼした。それにやっと調子を取り戻した様子のポルナレフは冗談風に
「おれとソックリという事は…… 名前の兄貴も相当なハンサムって事になるがどうなんだ」と笑っている。
やはり間違いなんか無かったのだ。
あの日、初めてシンガポールで顔を合わせて直感した気持ちーーDIOのような人の為ではなく、ポルナレフのような人の為に自分の力を使いたいという気持ちは共に旅をしてしばらく経った今も変わらない。それどころかその思いは常に募るばかりだ。
(私はきっと、ポルナレフが助けを求めるのならどこへだって駆けつけるだろう。見知らぬ国で孤軍奮闘で戦っているのなら何とか調べ回って勝手に助けに行くのだ。……私にそこまで言わしめるのはきっと彼が私の立場になった時、全く同じように考えるだろうという「信頼」があるからなのかもしれない)
彼からの問いにキッパリと否定の言葉を返した名前は可笑しそうに声を出して笑う。そんな彼女は酷いことを言うやつだと言わんばかりの顔をしたポルナレフを見つめると
「ニッポン人は謙虚な生き物なの」と手元のチョコレートを一口齧った。パキりと小高い音は鳴らなかった。