02.銀髪の同級生
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え。
本人?
本人が笑ってるの?
「……超、似合っとる、か」
ぽつりとそう言った仁王の声は、まだ少し笑いを含んでいた。
その一言をきっかけに、張りつめていた空気がふっとゆるむ。
「それ、何の宣言?」
「めっちゃ全力だったね」
「手ぇ上げる必要あった?」
「でも、たしかに似合ってるよね」
近くの女子たちが、くすくすと笑い出す。
さっきまでの、噂話のざらついた空気が少しずつほどけていくのが分かった。
私は天高く掲げた手を、そろそろと下ろす。
…助かった。
助かった、のか?
いや、これはこれで別方向に死んでいる気もする。
頬が熱い。
できることなら今すぐ机の中に収納されたい。
教科書とノートの間で静かに余生を過ごしたい。
目の端に映る仁王はまだ少しだけ笑っていた。
それがなんだか、意外だった。
一年生の頃、遠くから見かけていた仁王雅治は、もっと近寄りがたい人だと思っていた。
どんなに騒がれても、どこか退屈そうで。
誰にも本心を見せないような、そんな人。
だけど今、目の前の彼は、私のどうしようもない一言に肩を震わせて笑っている。
それが少しだけ、不思議だった。
やがて担任らしき先生が教室に入ってきて、ざわついていた空気はゆっくりと落ち着いていった。
ホームルームが始まる。
自己紹介、係決め、配布物の確認。
新学期らしい話が淡々と続いていく。
私はなるべく斜め後ろを意識しないようにしていた。
だって、無理だ。
さっきの発言を本人に聞かれた。
しかも笑われた。
いや、笑ってくれたと言うべきなのかもしれないけど、それはそれとして恥ずかしい。
なんてことをしてくれたんだ、私の脳みそは!
授業中なんかは、勉強そっちのけで目くるめく妄想の世界を繰り広げてくれるくせに。
肝心な時に限って、まったく役に立たないなんて!
もう今日は大人しくしていよう。
朝のことは忘れて、普段の日常を過ごすんだ。
平穏に、穏便に、冷静にね。
ふうっと息を吐き、そう心に誓った。
その直後だった。
机の上で、私のシャーペンがころりと転がった。
「あ」
止めようと手を伸ばす。
けれど、指先はむなしく空を切り、シャーペンは机の端から落ちた。
そして、よりにもよって。
ころころと、斜め後ろの席の方へ転がっていった。
終わった。
なぜだ。
なぜお前はピンポイントにそっちへ行く。
私の文房具まで彼に吸い寄せられてしまうのか。
そろりと振り返ると、仁王が足元のシャーペンを拾っていた。
「…これ」
「あ、ありがとう」
差し出されたシャーペンを、私はなるべく平静を装って受け取る。
装えていたかは、知らない。
「俺の髪、超似合っとるか?」
「ここでその話蒸し返すのやめてもらっていい?」
突拍子もないことをつぶやく仁王に反射的に返してしまった。
また、やってしまった…。
「お似合いですことよ。オホホホ」なんて無難な返しをしとけばいいものを…。
先ほどの自分の失態を思い出してまた耳が熱くなる。
そんな私を見て、仁王は楽しそうに口の端を持ち上げる。
「なんじゃ。嘘じゃったんか?」
「嘘じゃないけど!」
思わず即答してしまって、また墓穴を掘ったことに気づく。
違う。
そうじゃない。
そこは一度落ち着いて、否定も肯定もせず、にこやかに流す場面だったはずだ。
なのに私の口は、今日に限ってやたらと働き者だった。
「じゃあ、本当なんじゃな」
くっ…。
こんなの、うなずく以外の選択肢ないでしょ!
なんだか相手の思い通り動いてしまっているみたいで悔しい。
「…本当ですけど」
私は引きつった笑みを浮かべ小さくそう答えた。
仁王はそれを聞いて、少しだけ目を細めた。
「変わっとるな」
「初対面でそれ言う?」
「初対面で教室中に向かって俺の髪褒める方も、なかなかじゃろ」
「それは事故です」
「事故にしては、えらい堂々としとったぜよ」
「だから思い出させないでってば」
私が小声でそう言うと、仁王はまた肩を震わせた。
からかわれている。
完全にからかわれている。
けれど、不思議と嫌な感じはしなかった。
女子たちの噂話を聞いていたときの、どこか遠くを見ているような横顔とは違う。
今の仁王は、ちゃんとここにいて、私の言葉に反応して笑っている。
それが少しだけ、うれしかった。
「…でも、似合ってるって言ったのは本当だから」
言ってから、私は自分の口を押さえたくなった。
また言った。
また余計なことを言った。
けれど、仁王は今度は笑わなかった。
「ふうん」
それだけだった。
ありがとう、でも。
そうじゃろ、でもない。
ただ、何かを確かめるみたいな声だった。
その一瞬だけ、彼の目が少し静かになった気がした。
「…まあ、覚えとくぜよ」
「できれば忘れてほしい」
「そこは無理じゃな」
「なんで」
「面白かったからのぉ」
きっぱりと言われて、私は机に突っ伏したくなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
チャイムが鳴る。
会話はそこで途切れた。
仁王は何事もなかったように前を向く。
私も慌てて姿勢を戻した。
ただ、ひとつだけ分かったことがある。
仁王雅治は、私が思っていたより少しだけ喋る人だった。
私が思っていたより、少しだけよく笑う人だった。
そして。
私が思っていたよりずっと、何かを隠すのが上手そうな人だった。
それが、私と仁王雅治が初めて言葉を交わした日のことだった。
本人?
本人が笑ってるの?
「……超、似合っとる、か」
ぽつりとそう言った仁王の声は、まだ少し笑いを含んでいた。
その一言をきっかけに、張りつめていた空気がふっとゆるむ。
「それ、何の宣言?」
「めっちゃ全力だったね」
「手ぇ上げる必要あった?」
「でも、たしかに似合ってるよね」
近くの女子たちが、くすくすと笑い出す。
さっきまでの、噂話のざらついた空気が少しずつほどけていくのが分かった。
私は天高く掲げた手を、そろそろと下ろす。
…助かった。
助かった、のか?
いや、これはこれで別方向に死んでいる気もする。
頬が熱い。
できることなら今すぐ机の中に収納されたい。
教科書とノートの間で静かに余生を過ごしたい。
目の端に映る仁王はまだ少しだけ笑っていた。
それがなんだか、意外だった。
一年生の頃、遠くから見かけていた仁王雅治は、もっと近寄りがたい人だと思っていた。
どんなに騒がれても、どこか退屈そうで。
誰にも本心を見せないような、そんな人。
だけど今、目の前の彼は、私のどうしようもない一言に肩を震わせて笑っている。
それが少しだけ、不思議だった。
やがて担任らしき先生が教室に入ってきて、ざわついていた空気はゆっくりと落ち着いていった。
ホームルームが始まる。
自己紹介、係決め、配布物の確認。
新学期らしい話が淡々と続いていく。
私はなるべく斜め後ろを意識しないようにしていた。
だって、無理だ。
さっきの発言を本人に聞かれた。
しかも笑われた。
いや、笑ってくれたと言うべきなのかもしれないけど、それはそれとして恥ずかしい。
なんてことをしてくれたんだ、私の脳みそは!
授業中なんかは、勉強そっちのけで目くるめく妄想の世界を繰り広げてくれるくせに。
肝心な時に限って、まったく役に立たないなんて!
もう今日は大人しくしていよう。
朝のことは忘れて、普段の日常を過ごすんだ。
平穏に、穏便に、冷静にね。
ふうっと息を吐き、そう心に誓った。
その直後だった。
机の上で、私のシャーペンがころりと転がった。
「あ」
止めようと手を伸ばす。
けれど、指先はむなしく空を切り、シャーペンは机の端から落ちた。
そして、よりにもよって。
ころころと、斜め後ろの席の方へ転がっていった。
終わった。
なぜだ。
なぜお前はピンポイントにそっちへ行く。
私の文房具まで彼に吸い寄せられてしまうのか。
そろりと振り返ると、仁王が足元のシャーペンを拾っていた。
「…これ」
「あ、ありがとう」
差し出されたシャーペンを、私はなるべく平静を装って受け取る。
装えていたかは、知らない。
「俺の髪、超似合っとるか?」
「ここでその話蒸し返すのやめてもらっていい?」
突拍子もないことをつぶやく仁王に反射的に返してしまった。
また、やってしまった…。
「お似合いですことよ。オホホホ」なんて無難な返しをしとけばいいものを…。
先ほどの自分の失態を思い出してまた耳が熱くなる。
そんな私を見て、仁王は楽しそうに口の端を持ち上げる。
「なんじゃ。嘘じゃったんか?」
「嘘じゃないけど!」
思わず即答してしまって、また墓穴を掘ったことに気づく。
違う。
そうじゃない。
そこは一度落ち着いて、否定も肯定もせず、にこやかに流す場面だったはずだ。
なのに私の口は、今日に限ってやたらと働き者だった。
「じゃあ、本当なんじゃな」
くっ…。
こんなの、うなずく以外の選択肢ないでしょ!
なんだか相手の思い通り動いてしまっているみたいで悔しい。
「…本当ですけど」
私は引きつった笑みを浮かべ小さくそう答えた。
仁王はそれを聞いて、少しだけ目を細めた。
「変わっとるな」
「初対面でそれ言う?」
「初対面で教室中に向かって俺の髪褒める方も、なかなかじゃろ」
「それは事故です」
「事故にしては、えらい堂々としとったぜよ」
「だから思い出させないでってば」
私が小声でそう言うと、仁王はまた肩を震わせた。
からかわれている。
完全にからかわれている。
けれど、不思議と嫌な感じはしなかった。
女子たちの噂話を聞いていたときの、どこか遠くを見ているような横顔とは違う。
今の仁王は、ちゃんとここにいて、私の言葉に反応して笑っている。
それが少しだけ、うれしかった。
「…でも、似合ってるって言ったのは本当だから」
言ってから、私は自分の口を押さえたくなった。
また言った。
また余計なことを言った。
けれど、仁王は今度は笑わなかった。
「ふうん」
それだけだった。
ありがとう、でも。
そうじゃろ、でもない。
ただ、何かを確かめるみたいな声だった。
その一瞬だけ、彼の目が少し静かになった気がした。
「…まあ、覚えとくぜよ」
「できれば忘れてほしい」
「そこは無理じゃな」
「なんで」
「面白かったからのぉ」
きっぱりと言われて、私は机に突っ伏したくなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
チャイムが鳴る。
会話はそこで途切れた。
仁王は何事もなかったように前を向く。
私も慌てて姿勢を戻した。
ただ、ひとつだけ分かったことがある。
仁王雅治は、私が思っていたより少しだけ喋る人だった。
私が思っていたより、少しだけよく笑う人だった。
そして。
私が思っていたよりずっと、何かを隠すのが上手そうな人だった。
それが、私と仁王雅治が初めて言葉を交わした日のことだった。
