10.あまのじゃくナイチンゲール
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あー最悪…。
私は天井を見ながら、未だ止まらない頭痛と戦っていた。
咳とくしゃみのオマケつきで。
結局、昨日はあのまま仁王に保健室に運ばれたのだ。
先生相当びっくりしてたな。そりゃ、銀髪の男子生徒がぐったりした顔色の悪い女子生徒を背負ってきたのだ。何事かと思うだろう。
ひどい熱があるということで、そのまま早退となったのだが…お母さんには悪いことしちゃったな。
仕事で忙しいだろうに、私が保健室に運ばれたと電話で聞かされ、急いできてくれたに違いない。
いつもビシッと着こなしているスーツがよれよれだったんだ。
お母さんだけじゃない、みんなにも心配かけた。
椿は私の荷物をまとめて持ってきてくれて、それにブン太くんと赤也くんもくっついてきた。
赤也くんは元気のない私に「名前先輩、死なないでください!」なんて言ってたな。
…てかあの後輩不謹慎じゃない?ただの風邪だからね?
仁王にだって、聞きたいこともあるしきちんとお礼しないと。
ま、何はともあれたくさん感謝しないとな…。
そう思い、目を閉じる。
コンコン――
控えめなノックの音がして、再び目を開ける。
短く返事をすると、ゆっくりとドアが開いた。
お母さんが眉をハの字にして、こちらを覗き込む。
「具合どう?」
そう聞かれ、私が答えようと口を開く。
けれど、その前にお母さんは私の顔を見て、小さく息を吐いた。
「……まだ良くなさそうね」
返事を聞くまでもなかったらしい。
重だるい体を動かし、何とか上半身を起こす。
額に張りついていた冷えピタが、力尽きたようにぺらりと剥がれ、布団の上に落ちた。
お母さんはそれを拾い上げると、代わりに新しいものを私の額へ張りつける。
冷蔵庫から出したばかりなのか、ひやりと冷たい。
「お父さんも心配してたのよ。名前は滅多に体調崩さないから」
「確かにね」
ハハッと笑って見せる。
私は体が強い方なのだ。だから余計に心配なのだろう。
「頭痛は?吐き気はない?何か食べられそう?」
その証拠に、さっきからしきりに「大丈夫?」を連発している。
挙句の果てには仕事を休もうと思ってるなんて言い出す始末だ。
昨日の分の仕事も溜まっているだろうに…。
「もう中学三年生だよ」
お母さんの目の前に、三本の指を立てた手を伸ばす。
自分の面倒くらいは見れる。大丈夫。
そういう意味を込めた視線をお母さんに向けると、しぶしぶといった様子で納得してくれた。
「昨日、学校で何かあったの?」
今度は、鋭い質問を投げかけてくる。
そりゃそうだ。熱に加え片頬が赤くはれている子供を放っておけやしないだろう。
「別に。ちょっと転んだだけ」
「…また、何でもないふりをしてるんじゃないでしょうね」
“また”その言葉に、一瞬呼吸が止まる。
でも私は何でもないかのように笑って見せた。
「熱でふらついて転んだだけだって」
なんでもない顔を向けるが、お母さんは何か言いたげに眉を寄せた。
けれど、今は私が熱を出しているせいか、それ以上は追及してこなかった。
その後、お母さんは不安そうな顔をしたまま、家を出た。
もちろん、何かあったらすぐ連絡するよう、何度も念を押された。
静かになった部屋には、私の乾いた咳の音が響く。
今日は創立記念式典があり、授業は午前中だけだった。
テストも近いから心配だったが、休んだのが今日でよかった。
「ゴホゴホ…はあー、辛い…」
ベッド脇に置いてあるペットボトルへ手を伸ばす。
ゴクゴクと音を立てて水を飲むと、痛んだ喉にしみた。
お粥を持ってきてくれたが、今は食べる気になれない。
机に鎮座するそれを見ながら、ごめんねと呟く。
それから、私は眠った。ひたすら。
次に目が覚めたのは、家の呼び鈴がなった時だった。
ーピンポーン
「ん…?誰だろう…宅配来るって言ってたっけ…?」
部屋の時計は12時過ぎを指示していた。
あれから4時間ほど眠っていたのか。
朝より少しはマシになった体を起こし、ふらつきながら階段を降り、玄関へ向かう。
「はい、どちらさまで――」
そして、時が止まった。
開けたドアの向こうに立っていたのは、ビニール袋を持った制服姿の仁王だった。
目を引く銀髪を風に揺らし、気だるそうに口元を緩めながら、片手を上げる。
「よぅ」
「に、仁王!?」
あまりにもびっくりしすぎて大声が出た。そして大きくむせてしまった。
「そんな大声出したらご近所迷惑ぜよ」
「はぁ?一体誰のせいだと思ってんの!?大体、いきなり病人の家に押しかけてくるやつがあるか!」
非常識だとは思っていたが、ここまでだとは…。
しかし、すかさず仁王はあるものを差し出した。
スマホだ。そして画面をよく見るよう指で軽くたたく。
そこには、仁王からの不在着信とメッセージが何件も並んでいた。
『今から行く』
『寝とるんか』
『おい』
……最後のほう、明らかに機嫌悪くなってない?
寝てて気が付かなかったが、きっと仁王以外からもメッセージが来ているに違いない。
あばばばばば、えらいこっちゃ!
戻ったらすぐ返信しないと!
「…て、いうかさ、なんで私の家の場所知ってるの?」
「前に、この辺に住んどる言うとったじゃろ」
「この辺ってだけで!?」
「駅から家まで十五分。途中に公園と古い酒屋。家の前にはでかい金木犀」
仁王は指を折りながら、すらすらと並べていく。
「あとは名字の書かれた表札を探しただけじゃ」
「なにそれこっっっっっっっわ」
いや、怖すぎんだろ!?
私ですら、そんな細かいことを話した覚えないんですけど!?
「ええじゃろ、別に。人がせっかく心配して様子を見に来てやったのに」
口をへの字に曲げてすねたように呟く。
心配?仁王が?私を?
そうかそうか、心配ねぇ~?
「ふぅ~ん?」
「なんじゃそのニヤケ顔は」
「素直なとこあんじゃーん!可愛いやつめ☆」
「…ウザ」
ちょっと!褒めたのに普通にうざいって言いましたこの人!
病人に対してうざいって何ようざいって!
少し見直したのに、早くも前言撤回である。
「……で、いつまでそこにいるつもり?」
「見舞いに来た言うたじゃろ」
「もう顔見たでしょ。はい、私は元気です。お帰りはあちら――」
そう言って玄関の外を指差した瞬間、ぐらりと視界が揺れた。
「あれ……」
靴箱に手をつこうとしたけれど、空を切る。
代わりに、仁王の腕が私の腰を支えた。
「どこが元気なんじゃ」
「ちょっと立ちくらみしただけ……」
「顔、さっきより赤いぜよ」
仁王の手のひらが額に触れる。
ひんやりとした感触が、熱を持った肌に気持ちいい。
昨日と同じ展開だな…。
「熱、上がっとるんじゃないか?」
「そんなわけ――ゴホッ、ゴホゴホッ!」
言い返そうとした声は、激しい咳にかき消された。
あぁ、恥ずかしい、またこうなるのか。
「ほらみんしゃい。病人は黙って寝とれ」
「いや、でも仁王を家に入れるのは……」
「今さら警戒するんか」
フッと怪しく笑いながら腰に回された腕に力が入り、そのまま半ば引きずられるように階段へ向かう。
「ちょ、ちょっと!私の部屋、散らかってるから!」
「別に気にせんよ」
「私が気にするのー!」
私のかすれた声が響く。
抵抗もむなしく、私は自分の部屋まで強制連行されたのであった。
私は天井を見ながら、未だ止まらない頭痛と戦っていた。
咳とくしゃみのオマケつきで。
結局、昨日はあのまま仁王に保健室に運ばれたのだ。
先生相当びっくりしてたな。そりゃ、銀髪の男子生徒がぐったりした顔色の悪い女子生徒を背負ってきたのだ。何事かと思うだろう。
ひどい熱があるということで、そのまま早退となったのだが…お母さんには悪いことしちゃったな。
仕事で忙しいだろうに、私が保健室に運ばれたと電話で聞かされ、急いできてくれたに違いない。
いつもビシッと着こなしているスーツがよれよれだったんだ。
お母さんだけじゃない、みんなにも心配かけた。
椿は私の荷物をまとめて持ってきてくれて、それにブン太くんと赤也くんもくっついてきた。
赤也くんは元気のない私に「名前先輩、死なないでください!」なんて言ってたな。
…てかあの後輩不謹慎じゃない?ただの風邪だからね?
仁王にだって、聞きたいこともあるしきちんとお礼しないと。
ま、何はともあれたくさん感謝しないとな…。
そう思い、目を閉じる。
コンコン――
控えめなノックの音がして、再び目を開ける。
短く返事をすると、ゆっくりとドアが開いた。
お母さんが眉をハの字にして、こちらを覗き込む。
「具合どう?」
そう聞かれ、私が答えようと口を開く。
けれど、その前にお母さんは私の顔を見て、小さく息を吐いた。
「……まだ良くなさそうね」
返事を聞くまでもなかったらしい。
重だるい体を動かし、何とか上半身を起こす。
額に張りついていた冷えピタが、力尽きたようにぺらりと剥がれ、布団の上に落ちた。
お母さんはそれを拾い上げると、代わりに新しいものを私の額へ張りつける。
冷蔵庫から出したばかりなのか、ひやりと冷たい。
「お父さんも心配してたのよ。名前は滅多に体調崩さないから」
「確かにね」
ハハッと笑って見せる。
私は体が強い方なのだ。だから余計に心配なのだろう。
「頭痛は?吐き気はない?何か食べられそう?」
その証拠に、さっきからしきりに「大丈夫?」を連発している。
挙句の果てには仕事を休もうと思ってるなんて言い出す始末だ。
昨日の分の仕事も溜まっているだろうに…。
「もう中学三年生だよ」
お母さんの目の前に、三本の指を立てた手を伸ばす。
自分の面倒くらいは見れる。大丈夫。
そういう意味を込めた視線をお母さんに向けると、しぶしぶといった様子で納得してくれた。
「昨日、学校で何かあったの?」
今度は、鋭い質問を投げかけてくる。
そりゃそうだ。熱に加え片頬が赤くはれている子供を放っておけやしないだろう。
「別に。ちょっと転んだだけ」
「…また、何でもないふりをしてるんじゃないでしょうね」
“また”その言葉に、一瞬呼吸が止まる。
でも私は何でもないかのように笑って見せた。
「熱でふらついて転んだだけだって」
なんでもない顔を向けるが、お母さんは何か言いたげに眉を寄せた。
けれど、今は私が熱を出しているせいか、それ以上は追及してこなかった。
その後、お母さんは不安そうな顔をしたまま、家を出た。
もちろん、何かあったらすぐ連絡するよう、何度も念を押された。
静かになった部屋には、私の乾いた咳の音が響く。
今日は創立記念式典があり、授業は午前中だけだった。
テストも近いから心配だったが、休んだのが今日でよかった。
「ゴホゴホ…はあー、辛い…」
ベッド脇に置いてあるペットボトルへ手を伸ばす。
ゴクゴクと音を立てて水を飲むと、痛んだ喉にしみた。
お粥を持ってきてくれたが、今は食べる気になれない。
机に鎮座するそれを見ながら、ごめんねと呟く。
それから、私は眠った。ひたすら。
次に目が覚めたのは、家の呼び鈴がなった時だった。
ーピンポーン
「ん…?誰だろう…宅配来るって言ってたっけ…?」
部屋の時計は12時過ぎを指示していた。
あれから4時間ほど眠っていたのか。
朝より少しはマシになった体を起こし、ふらつきながら階段を降り、玄関へ向かう。
「はい、どちらさまで――」
そして、時が止まった。
開けたドアの向こうに立っていたのは、ビニール袋を持った制服姿の仁王だった。
目を引く銀髪を風に揺らし、気だるそうに口元を緩めながら、片手を上げる。
「よぅ」
「に、仁王!?」
あまりにもびっくりしすぎて大声が出た。そして大きくむせてしまった。
「そんな大声出したらご近所迷惑ぜよ」
「はぁ?一体誰のせいだと思ってんの!?大体、いきなり病人の家に押しかけてくるやつがあるか!」
非常識だとは思っていたが、ここまでだとは…。
しかし、すかさず仁王はあるものを差し出した。
スマホだ。そして画面をよく見るよう指で軽くたたく。
そこには、仁王からの不在着信とメッセージが何件も並んでいた。
『今から行く』
『寝とるんか』
『おい』
……最後のほう、明らかに機嫌悪くなってない?
寝てて気が付かなかったが、きっと仁王以外からもメッセージが来ているに違いない。
あばばばばば、えらいこっちゃ!
戻ったらすぐ返信しないと!
「…て、いうかさ、なんで私の家の場所知ってるの?」
「前に、この辺に住んどる言うとったじゃろ」
「この辺ってだけで!?」
「駅から家まで十五分。途中に公園と古い酒屋。家の前にはでかい金木犀」
仁王は指を折りながら、すらすらと並べていく。
「あとは名字の書かれた表札を探しただけじゃ」
「なにそれこっっっっっっっわ」
いや、怖すぎんだろ!?
私ですら、そんな細かいことを話した覚えないんですけど!?
「ええじゃろ、別に。人がせっかく心配して様子を見に来てやったのに」
口をへの字に曲げてすねたように呟く。
心配?仁王が?私を?
そうかそうか、心配ねぇ~?
「ふぅ~ん?」
「なんじゃそのニヤケ顔は」
「素直なとこあんじゃーん!可愛いやつめ☆」
「…ウザ」
ちょっと!褒めたのに普通にうざいって言いましたこの人!
病人に対してうざいって何ようざいって!
少し見直したのに、早くも前言撤回である。
「……で、いつまでそこにいるつもり?」
「見舞いに来た言うたじゃろ」
「もう顔見たでしょ。はい、私は元気です。お帰りはあちら――」
そう言って玄関の外を指差した瞬間、ぐらりと視界が揺れた。
「あれ……」
靴箱に手をつこうとしたけれど、空を切る。
代わりに、仁王の腕が私の腰を支えた。
「どこが元気なんじゃ」
「ちょっと立ちくらみしただけ……」
「顔、さっきより赤いぜよ」
仁王の手のひらが額に触れる。
ひんやりとした感触が、熱を持った肌に気持ちいい。
昨日と同じ展開だな…。
「熱、上がっとるんじゃないか?」
「そんなわけ――ゴホッ、ゴホゴホッ!」
言い返そうとした声は、激しい咳にかき消された。
あぁ、恥ずかしい、またこうなるのか。
「ほらみんしゃい。病人は黙って寝とれ」
「いや、でも仁王を家に入れるのは……」
「今さら警戒するんか」
フッと怪しく笑いながら腰に回された腕に力が入り、そのまま半ば引きずられるように階段へ向かう。
「ちょ、ちょっと!私の部屋、散らかってるから!」
「別に気にせんよ」
「私が気にするのー!」
私のかすれた声が響く。
抵抗もむなしく、私は自分の部屋まで強制連行されたのであった。
