09.君だから
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昼下がり。廊下を行きかう生徒たちの声をぼんやり聞きながら、私は目の前の状況を打破する策を考えていた。
「ちょっと、聞いてんの?」
私を威嚇するように睨む女子が一、二、三…とりあえず十数名はいるであろう。
ここは旧校舎。普段使っている校舎からは見えないうえに、滅多に人も出入りしない。
そんなところで、私は怖い顔をした彼女たちに囲まれている。
なぜこんなことになってしまったのか…。
それは、さかのぼること10分前…。
「はぁ…疲れた…」
思わず机に突っ伏した。
今日はなんだか体が重くていまいち調子が出ないのだ。
普通の授業なのに疲労困憊とか…早めの夏バテかな?
うーんと唸る私の頭上から、「名前大丈夫?」と声が聞こえる。
見上げると、いつも通りクールな顔をした椿が立っていた。
いや、いつもより若干眉をハの字にしている。心配してくれているんだ。
そんな椿に「大丈夫大丈夫!」と返しながら通学カバンから弁当箱を取り出す。
大丈夫と言った手前、蓋を開けてみたものの、色とりどりのおかずを見ても一向に食欲が湧いてこない。
むしろ、いつもなら嬉しいはずの卵焼きが、今日は妙に重たそうに見えた。
「……食べないの?」
「食べますとも」
箸を持ち、卵焼きをつまむ。
そのまま数秒見つめてから、そっと弁当箱へ戻した。
「食べてないじゃん」
「今、心の中で食べた」
「体には一切入ってないけどね」
冷静な指摘が痛い。
自分でも分かっている。
さっきから頭もぼんやりしているし、こんなにおいしそうなお弁当を前にして箸が動かないなんて、ありえない。
一体どうしてしまったというのか。
こんなこと、滅多にないのに…。
「お、うまそうじゃのう」
ぼんやり考えていると、突然、背後から伸びてきた手が、私の弁当箱から唐揚げをさらっていく。
「あっ!」
顔を上げると、仁王が私の唐揚げを口へ放り込んだところだった。
「ちょっと!人の弁当勝手に食べないで!」
「ケチじゃのう」
隣から顔を覗き込んできたブン太くんが、風船ガムを膨らませながら眉を寄せる。
「お前、今日顔色悪くね?」
「気のせい」
「ほんとかよ」
さらに机の横から赤也まで顔を出す。
一人増え、二人増え、気づけば私の机の周りには男子テニス部員が集まっていた。
目立つ。
非常に目立つ。
教室のあちこちから突き刺さる視線が、ただでさえ重い頭をさらに重くしている気がする。
「寝不足か?」
「ちゃんと寝たよ」
「朝飯は?」
「食べた」
「じゃあなんでそんな顔してんだよ」
矢継ぎ早に質問を投げてくるブン太に、私は思わず顔をしかめた。
「お母さんなの?」
「誰がお母さんだよ!」
「丸井先輩って、意外と世話焼きっスよね」
「赤也は黙ってろ」
二人が言い合いを始める。
その横で、仁王は何も言わずに私の顔を覗き込んでいた。
「……なに」
「いや。なんかぼーっとしてると思っての」
そう言って、仁王の手がこちらへ伸びてくる。
額に触れられる。
――そう思った瞬間、私は反射的に身を引いた。
「平気だってば!」
思っていたよりも大きな声が出た。
仁王の手が、宙で止まる。
一瞬だけ教室が静かになり、私は誤魔化すように弁当箱へ視線を落とした。
「……食欲もあるし。元気元気」
説得力を持たせるため、さっき戻した卵焼きを口へ詰め込む。
味が、よく分からなかった。
そのとき、教室の扉が開いた。
「苗字、ちょっといいか」
担任の声に、私は顔を上げる。
「はい?」
「職員室まで来てくれ」
「今ですか?」
「すぐ終わる」
そう言われてしまえば断れない。
私は弁当箱を閉じて立ち上がった。
「すぐ戻るから」
椿にそう言い残し、教室を出る。
職員室での用事は、本当にすぐ終わった。
提出物の確認と、ちょっとした連絡事項だけ。
「じゃあ戻っていいぞ」
「はい、ありがとうございました」
軽く頭を下げて職員室を出る。
廊下を歩きながら、さっきの弁当のことを思い出した。
結局、ほとんど食べていない。
戻ったらちゃんと食べよう。
そう思ったところで――
「苗字さん」
背後から声をかけられた。
振り返ると、知らない女子生徒が数人立っている。
他クラスの子や、下級生の子たちまでいる。
「ちょっと、話があるんだけど」
その言葉と、彼女たちの表情を見た瞬間、嫌な予感がした。
「ここじゃ駄目?」
「みんなの前では、ちょっと」
断れる雰囲気ではない。
私は小さく息を吐いてから頷いた。
「……分かった」
そして現在。
「ちょっと、聞いてんの?」
先頭に立つ女子が、苛立った声を上げる。
「聞いてるよ…」小さく答えながら、自分の小さな脳みそをフル回転させてここから抜け出す策を考える。
が、調子の出ないときは何をやってもダメなようで何も思いつきはしなかった。
目の前の女子たちは目に角を立てながら、責め立てるように言葉を投げかけてくる。
「だったら答えてよ。なんで最近、仁王くんたちと一緒にいるの?」
「なんでって……」
同じクラスだから。
そう答えようとしたが、それで納得してくれる雰囲気ではない。
「仁王くんだけじゃなくて、丸井くんや切原くんとも仲良くしてるじゃん」
「別に、私から近づいてるわけじゃないよ」
実際、向こうが勝手に机へ集まってくるのだ。
唐揚げまで勝手に食べるし。
「それなら、話しかけられても避ければいいでしょ?」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
去年も、同じことを言われた。
仁王くんに近づかないで。
話しかけられても無視して。
背中に嫌な汗が伝う。
「み、みんな誤解してるかもだけどさ、一緒にいるっていうより、おもちゃにされてるだけだよ?ほら、私みたいなちんちくりんが一番からかいがいがあるじゃん?」
あははは、笑って見せるが一向に納得してくれる様子はない。
まいったな…。
その後もあることないこと、いちゃもんをベラベラとぶつけられる。
そんな風に言われるのは承知の上というか…正直、どうでもいいのだ。
ただ、今は体の方がつらい。
突っ立ってるだけでどんどん体が鉛の様に重くなっていく。
とにかく、早く解放してほしい。
そう思っていると、
「そうやって、男子をたぶらかしていい気になってるんでしょ!」
その言葉を聞いて、私は限界に達してしまった。
そして私は、よりにもよって一番やってはいけない反応をしてしまった。
この時の私は普通じゃなかったから…そう、普通じゃなかったのだ。
「…っふ」
「はぁ?何言ってんの?」
「…っ…く、ふ」
「聞こえないわよ!はっきり喋りなさいよ!」
「あーははははははは!!!」
私は腹を抱えて笑った。
おかしくておかしくて、涙が出る。
膝をバシバシたたきながら狂ったように笑う私を、女子たちはドン引きしながら見ていた。
だって、だってだよ?
私が?私みたいなのが、あんなキラキライケメン集団をたぶらかすって!
どんな冗談だよって!
私なんかより、一時期流行ったセクシー大根の方が彼らをメロメロにできるに決まっている。
自分が男であっても、私とセクシー大根を並べられたら一秒の迷いなく後者を選ぶに決まっている。
「……なに笑ってんの?」
「いや、ごめん……だって、私が? たぶらかす?」
もう一度、笑いが込み上げる。
笑うたびに頭の奥がずきずきと痛んだが、止められなかった。
「みんな、私のこと高く評価しすぎだよ。そんな才能があるなら、もっと有効活用してるって」
「馬鹿にしてるの?」
「してないしてない。むしろ感謝してる。生まれて初めて魔性の女扱いされたもん」
「ふざけないで!」
怒鳴り声が、頭の中で何重にも響いた。
ああ、まずい。
笑っている場合ではない。さっきよりも明らかに体が重い。
手が冷えて、寒い。
「とにかく、仁王くんたちに近づかないで」
また、それか。
私は一年ぶりに言われたその言葉を反芻する。
しかし、どれだけ頭が働かなくても、答えだけは決まっている。
あの頃は口にできなかっただけで、本当は昔から変わっていない。
「それは、無理だよ」
笑いを止め、真正面から彼女たちを見据えた。
相手は一瞬怯むような仕草を見せたが、すぐに臨戦態勢に戻る。
「向こうが話しかけてくるのを、私には止められないし」
「だったら無視すればいいって言ってんのよ!」
「なんで?」
なぜ、無視をしなければならないのか?
それをしたら、相手がどんな気持ちになるかわからないのか?
仁王が、みんなが傷ついてもいいっていうのか?
私には分からなかった。
好きな相手には、心穏やかに過ごしてほしいものじゃないの?
その人の友達を傷つけてまで、自分を見てほしいものなの?
みんなはそうなの?
ただ、純粋に疑問をぶつける。しかし、それが余計に癪に障ったらしい。
目の前に立つひと際目つきが鋭い子が顔を真っ赤にして手を振り上げた。
気が付いた時にはほほに鈍い痛みが走っていた。
「最低!」
恐る恐るほほに手を当てたら火照っていて。
ビンタ、された…。
余計にわからなかった。言われたその言葉の意味も、今のひどく痛む頭では何も理解できなかった。
「なんでアンタなのよ!なんで!?」
繰り返されるその言葉に、私もなんでなんだろうね…そうぼんやり思いながら、俯いて目を瞑った。
私よりも可愛い子なんて、いくらでもいる。
話がうまいわけでも、気が利くわけでもない。
なのに仁王たちには、毎日のようにからかわれている。
私に聞かれても、分かるはずがない。
そのとき、頭上で衣擦れの音がした。
もう一度叩かれる。
そう思ってぎゅっと強く目を瞑る。
が、いつまでたっても痛みはやってこなかった。
「ちょっと、聞いてんの?」
私を威嚇するように睨む女子が一、二、三…とりあえず十数名はいるであろう。
ここは旧校舎。普段使っている校舎からは見えないうえに、滅多に人も出入りしない。
そんなところで、私は怖い顔をした彼女たちに囲まれている。
なぜこんなことになってしまったのか…。
それは、さかのぼること10分前…。
「はぁ…疲れた…」
思わず机に突っ伏した。
今日はなんだか体が重くていまいち調子が出ないのだ。
普通の授業なのに疲労困憊とか…早めの夏バテかな?
うーんと唸る私の頭上から、「名前大丈夫?」と声が聞こえる。
見上げると、いつも通りクールな顔をした椿が立っていた。
いや、いつもより若干眉をハの字にしている。心配してくれているんだ。
そんな椿に「大丈夫大丈夫!」と返しながら通学カバンから弁当箱を取り出す。
大丈夫と言った手前、蓋を開けてみたものの、色とりどりのおかずを見ても一向に食欲が湧いてこない。
むしろ、いつもなら嬉しいはずの卵焼きが、今日は妙に重たそうに見えた。
「……食べないの?」
「食べますとも」
箸を持ち、卵焼きをつまむ。
そのまま数秒見つめてから、そっと弁当箱へ戻した。
「食べてないじゃん」
「今、心の中で食べた」
「体には一切入ってないけどね」
冷静な指摘が痛い。
自分でも分かっている。
さっきから頭もぼんやりしているし、こんなにおいしそうなお弁当を前にして箸が動かないなんて、ありえない。
一体どうしてしまったというのか。
こんなこと、滅多にないのに…。
「お、うまそうじゃのう」
ぼんやり考えていると、突然、背後から伸びてきた手が、私の弁当箱から唐揚げをさらっていく。
「あっ!」
顔を上げると、仁王が私の唐揚げを口へ放り込んだところだった。
「ちょっと!人の弁当勝手に食べないで!」
「ケチじゃのう」
隣から顔を覗き込んできたブン太くんが、風船ガムを膨らませながら眉を寄せる。
「お前、今日顔色悪くね?」
「気のせい」
「ほんとかよ」
さらに机の横から赤也まで顔を出す。
一人増え、二人増え、気づけば私の机の周りには男子テニス部員が集まっていた。
目立つ。
非常に目立つ。
教室のあちこちから突き刺さる視線が、ただでさえ重い頭をさらに重くしている気がする。
「寝不足か?」
「ちゃんと寝たよ」
「朝飯は?」
「食べた」
「じゃあなんでそんな顔してんだよ」
矢継ぎ早に質問を投げてくるブン太に、私は思わず顔をしかめた。
「お母さんなの?」
「誰がお母さんだよ!」
「丸井先輩って、意外と世話焼きっスよね」
「赤也は黙ってろ」
二人が言い合いを始める。
その横で、仁王は何も言わずに私の顔を覗き込んでいた。
「……なに」
「いや。なんかぼーっとしてると思っての」
そう言って、仁王の手がこちらへ伸びてくる。
額に触れられる。
――そう思った瞬間、私は反射的に身を引いた。
「平気だってば!」
思っていたよりも大きな声が出た。
仁王の手が、宙で止まる。
一瞬だけ教室が静かになり、私は誤魔化すように弁当箱へ視線を落とした。
「……食欲もあるし。元気元気」
説得力を持たせるため、さっき戻した卵焼きを口へ詰め込む。
味が、よく分からなかった。
そのとき、教室の扉が開いた。
「苗字、ちょっといいか」
担任の声に、私は顔を上げる。
「はい?」
「職員室まで来てくれ」
「今ですか?」
「すぐ終わる」
そう言われてしまえば断れない。
私は弁当箱を閉じて立ち上がった。
「すぐ戻るから」
椿にそう言い残し、教室を出る。
職員室での用事は、本当にすぐ終わった。
提出物の確認と、ちょっとした連絡事項だけ。
「じゃあ戻っていいぞ」
「はい、ありがとうございました」
軽く頭を下げて職員室を出る。
廊下を歩きながら、さっきの弁当のことを思い出した。
結局、ほとんど食べていない。
戻ったらちゃんと食べよう。
そう思ったところで――
「苗字さん」
背後から声をかけられた。
振り返ると、知らない女子生徒が数人立っている。
他クラスの子や、下級生の子たちまでいる。
「ちょっと、話があるんだけど」
その言葉と、彼女たちの表情を見た瞬間、嫌な予感がした。
「ここじゃ駄目?」
「みんなの前では、ちょっと」
断れる雰囲気ではない。
私は小さく息を吐いてから頷いた。
「……分かった」
そして現在。
「ちょっと、聞いてんの?」
先頭に立つ女子が、苛立った声を上げる。
「聞いてるよ…」小さく答えながら、自分の小さな脳みそをフル回転させてここから抜け出す策を考える。
が、調子の出ないときは何をやってもダメなようで何も思いつきはしなかった。
目の前の女子たちは目に角を立てながら、責め立てるように言葉を投げかけてくる。
「だったら答えてよ。なんで最近、仁王くんたちと一緒にいるの?」
「なんでって……」
同じクラスだから。
そう答えようとしたが、それで納得してくれる雰囲気ではない。
「仁王くんだけじゃなくて、丸井くんや切原くんとも仲良くしてるじゃん」
「別に、私から近づいてるわけじゃないよ」
実際、向こうが勝手に机へ集まってくるのだ。
唐揚げまで勝手に食べるし。
「それなら、話しかけられても避ければいいでしょ?」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
去年も、同じことを言われた。
仁王くんに近づかないで。
話しかけられても無視して。
背中に嫌な汗が伝う。
「み、みんな誤解してるかもだけどさ、一緒にいるっていうより、おもちゃにされてるだけだよ?ほら、私みたいなちんちくりんが一番からかいがいがあるじゃん?」
あははは、笑って見せるが一向に納得してくれる様子はない。
まいったな…。
その後もあることないこと、いちゃもんをベラベラとぶつけられる。
そんな風に言われるのは承知の上というか…正直、どうでもいいのだ。
ただ、今は体の方がつらい。
突っ立ってるだけでどんどん体が鉛の様に重くなっていく。
とにかく、早く解放してほしい。
そう思っていると、
「そうやって、男子をたぶらかしていい気になってるんでしょ!」
その言葉を聞いて、私は限界に達してしまった。
そして私は、よりにもよって一番やってはいけない反応をしてしまった。
この時の私は普通じゃなかったから…そう、普通じゃなかったのだ。
「…っふ」
「はぁ?何言ってんの?」
「…っ…く、ふ」
「聞こえないわよ!はっきり喋りなさいよ!」
「あーははははははは!!!」
私は腹を抱えて笑った。
おかしくておかしくて、涙が出る。
膝をバシバシたたきながら狂ったように笑う私を、女子たちはドン引きしながら見ていた。
だって、だってだよ?
私が?私みたいなのが、あんなキラキライケメン集団をたぶらかすって!
どんな冗談だよって!
私なんかより、一時期流行ったセクシー大根の方が彼らをメロメロにできるに決まっている。
自分が男であっても、私とセクシー大根を並べられたら一秒の迷いなく後者を選ぶに決まっている。
「……なに笑ってんの?」
「いや、ごめん……だって、私が? たぶらかす?」
もう一度、笑いが込み上げる。
笑うたびに頭の奥がずきずきと痛んだが、止められなかった。
「みんな、私のこと高く評価しすぎだよ。そんな才能があるなら、もっと有効活用してるって」
「馬鹿にしてるの?」
「してないしてない。むしろ感謝してる。生まれて初めて魔性の女扱いされたもん」
「ふざけないで!」
怒鳴り声が、頭の中で何重にも響いた。
ああ、まずい。
笑っている場合ではない。さっきよりも明らかに体が重い。
手が冷えて、寒い。
「とにかく、仁王くんたちに近づかないで」
また、それか。
私は一年ぶりに言われたその言葉を反芻する。
しかし、どれだけ頭が働かなくても、答えだけは決まっている。
あの頃は口にできなかっただけで、本当は昔から変わっていない。
「それは、無理だよ」
笑いを止め、真正面から彼女たちを見据えた。
相手は一瞬怯むような仕草を見せたが、すぐに臨戦態勢に戻る。
「向こうが話しかけてくるのを、私には止められないし」
「だったら無視すればいいって言ってんのよ!」
「なんで?」
なぜ、無視をしなければならないのか?
それをしたら、相手がどんな気持ちになるかわからないのか?
仁王が、みんなが傷ついてもいいっていうのか?
私には分からなかった。
好きな相手には、心穏やかに過ごしてほしいものじゃないの?
その人の友達を傷つけてまで、自分を見てほしいものなの?
みんなはそうなの?
ただ、純粋に疑問をぶつける。しかし、それが余計に癪に障ったらしい。
目の前に立つひと際目つきが鋭い子が顔を真っ赤にして手を振り上げた。
気が付いた時にはほほに鈍い痛みが走っていた。
「最低!」
恐る恐るほほに手を当てたら火照っていて。
ビンタ、された…。
余計にわからなかった。言われたその言葉の意味も、今のひどく痛む頭では何も理解できなかった。
「なんでアンタなのよ!なんで!?」
繰り返されるその言葉に、私もなんでなんだろうね…そうぼんやり思いながら、俯いて目を瞑った。
私よりも可愛い子なんて、いくらでもいる。
話がうまいわけでも、気が利くわけでもない。
なのに仁王たちには、毎日のようにからかわれている。
私に聞かれても、分かるはずがない。
そのとき、頭上で衣擦れの音がした。
もう一度叩かれる。
そう思ってぎゅっと強く目を瞑る。
が、いつまでたっても痛みはやってこなかった。
