07.恋人ごっこ2
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店を出る頃には、すっかり日が傾いていた。
最後まで私たちを見送ってくれた店員さんは、相変わらず笑顔だった。
ただし、入店した時より明らかに生気が減っていた。
…うん。
あの人、今日はゆっくり休んでほしい。
結局、仁王たちも合流し、私たちは揃って駅へ向かうことになった。
昼間よりも少し涼しくなった風が、頬を撫でていく。
「いやー、美味かった!」
満足そうにお腹を叩きながら、ブン太くんが大きく伸びをする。
あれだけの大きさのケーキを食べたというのに、その表情に苦しそうな様子はない。
さすが大食漢。このスリムな体のどこにそんなに入るのだろう。
きっと彼の胃袋はブラックホールだ。そうに違いない。
「写真もらえてよかったッスね!」
赤也くんが、先ほど店員さんから渡された写真を嬉しそうに掲げる。
「お前は写る予定じゃなかっただろ」
「でも、いい写真じゃないッスか?」
「どこがだよ。俺の顔、半分隠れてんじゃねぇか!」
ブン太くんが写真を奪い取る。
その横から仁王が覗き込み、面白そうに笑った。
「ええ記念になったのう」
「元凶が言うな」
写真の中では、私とブン太くんの背後から仁王と赤也くんが顔を出し、さらにその二人を止めようとした柳生くんまで映り込んでいた。
恋人同士の記念写真というより、男子テニス部による乱入事件の証拠写真である。
「本当に申し訳ありませんでした」
隣を歩いていた柳生くんが、改めて私へ頭を下げる。
「いやいやそんな!柳生くんは二人を止めてくれようとしてくれたし!」
丁寧な口調につられ、私まで背筋を伸ばして答える。
「それに、これはこれで面白い写真になったから。結果オーライって感じ!」
そう言って笑うと、柳生くんは少しだけ安心したように表情を緩めた。
「そう言っていただけると助かります」
やっぱり丁寧だ。
「仁王たちと同じ男子テニス部とは思えない」
「…なんでわしだけ名指しなんじゃ?」
「あれ、私声に出てた?」
「がっつりでとったぞ」
私ったらつい本音が!ごめんあそばせ~!
おほほほ!と高笑いしながら手をぶらぶらさせる私の少し後ろで赤也くんが「“たち”ってことは俺も入ってるんスか!?心外っス!」と抗議の声を上げている。
そんな赤也くんをなだめるかのように柳生くんが背中をさすっている。
なんだかその光景が親子のように見えてしまって思わず笑ってしまった。
そんな私を見てキョトンとする柳生くんに顔だけを向けながら聞く。
「柳生くんって、いつもこんな感じなの?」
「どのような意味でしょう」
「仁王たちの面倒を見るの、大変そうだなって」
私がそう言うと、柳生くんは一瞬だけ黙った。
そして、深く息を吐く。
「あなたも早々に気づいてしまいましたか」
「やっぱり大変なんだ……」
「理解していただける方がいるのは、ありがたいことです」
「お互い苦労しますね」
「ええ、本当に」
私たちは顔を見合わせ、小さく頷き合った。
初めて話したはずなのに、妙なところで意気投合してしまった。
「何じゃ、二人して」
仁王が不満そうに私たちの間へ顔を覗かせる。
「苦労人同士の会合」
「誰のせいで苦労しとるんじゃ?」
「君だよ」
即答すると、仁王は心外そうに眉を寄せた。
「わしほど大人しい男もおらんじゃろ」
「今日一番の冗談だね」
「ひどいのう。せっかく彼氏二号として盛り上げてやったというのに」
「その設定いつまで引きずるつもり?」
「冷たいぜよ」
仁王はわざとらしく肩を落とした。
そのまま大人しくなるのかと思いきや、次の瞬間には当然のように私の肩へ腕を回してくる。
「ちょっと!」
ぐっと体重を預けられ、思わず足元がよろめいた。
「私はあんたの肘置きじゃないんだけど!?」
「傷ついたんじゃ。慰めてくれんかのう」
「自業自得でしょうが!」
仁王の脇腹を押し返すが、やはりびくともしない。
コンチクショー!こいつの体は鋼でできているに違いない。
心までフルメタルなんだわきっと。
「仁王君。彼女が迷惑していますよ」
柳生くんがすぐさま注意する。
「これくらいええじゃろ」
「よくありません」
「聞いた?柳生くんを見習って!」
「さっきから柳生ばかり褒めるのう」
「だって本当に紳士なんだもん」
「わしも紳士じゃ」
「まずその腕を外してから言おうか?」
私がそう返すと、仁王は面白くなさそうに口を尖らせた。
その時。
少し後ろを歩いていたブン太くんが、ふいに足を緩めた。
「…ん?」
「どうしたの?」
振り返ると、ブン太くんはみぞおちのあたりへ手を当て、眉を寄せていた。
「いや……なんか、ここら辺がモヤモヤするっつーか」
「気持ち悪いの?」
「そういうんじゃねぇけど……なんか、チクっとする」
さっきまであれだけ元気だったのに。
心配になって近寄ると、ブン太くんは一度こちらを見たあと、なぜか仁王へ視線を移した。
「ケーキ食いすぎたかな」
「ああ」
それだ。
私は手のひらをポンと叩いてうんうん頷く。
あれだけ大きなケーキを、ほとんど二人で平らげたのだ。
さすがのブラックホール胃袋も、ついに限界を迎えたのだろう。
「胃もたれじゃない?」
「胃もたれ?」
「うん。食べすぎると、その辺が重くなったりするって聞くよ」
「俺、胃もたれなんてしたことねぇぞ」
「今日が初めてなんじゃない?」
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ、多分」
「多分かよ」
ブン太くんは納得したような、していないような顔で呟く。
「お前も同じくらい食ってただろい。何で平気なんだよ」
「私の胃袋は日々鍛えられてるから」
「何で鍛えたんだよ」
「修行だよ。修行」
「適当言うなよな」
いつもの調子で言い返してくる。
ひとまず、倒れるほど具合が悪いわけではなさそうだ。
「ブン太先輩、ケーキ食べるのもめちゃくちゃ速かったッスよね」
「お前に言われたくねぇ!」
横からにゅっと出てきた赤也くんの頭を軽く小突くブン太くんを見て、少し安心する。
「ふうん」
すると、隣から妙に含みのある声が聞こえた。
仁王はブン太くんを見ながら、口元だけで笑っている。
「何だよ」
「別に」
「いや、絶対なんか言いたそうにしてるだろ」
「気のせいぜよ」
「ほんとかよ」
「仁王君。あまり丸井君をからかわないでください」
柳生くんが二人の間へ割って入る。
「今日はもう十分騒ぎを起こしたでしょう」
「柳生は心配性じゃのう」
「あなたが原因で心配せざるを得ないのです」
仁王は肩をすくめたあと、懲りもせず再び私へ手を伸ばしてきた。
「ほれ、行くぜよ」
「だからくっつかないで!」
「先輩、俺も!」
「赤也くんは首に来るから駄目!」
「もう締めないッスよ!」
「信用できない!」
「切原君も彼女から離れなさい」
「まだ何もしてないッス!」
夕暮れの道に、騒がしい声が響いていく。
結局、ブン太くんの胸の奥に残った妙な違和感は、ケーキの食べすぎということで片づけられた。
ただ一人。
仁王だけが、何かに気づいたように楽しそうに笑っていた。
最後まで私たちを見送ってくれた店員さんは、相変わらず笑顔だった。
ただし、入店した時より明らかに生気が減っていた。
…うん。
あの人、今日はゆっくり休んでほしい。
結局、仁王たちも合流し、私たちは揃って駅へ向かうことになった。
昼間よりも少し涼しくなった風が、頬を撫でていく。
「いやー、美味かった!」
満足そうにお腹を叩きながら、ブン太くんが大きく伸びをする。
あれだけの大きさのケーキを食べたというのに、その表情に苦しそうな様子はない。
さすが大食漢。このスリムな体のどこにそんなに入るのだろう。
きっと彼の胃袋はブラックホールだ。そうに違いない。
「写真もらえてよかったッスね!」
赤也くんが、先ほど店員さんから渡された写真を嬉しそうに掲げる。
「お前は写る予定じゃなかっただろ」
「でも、いい写真じゃないッスか?」
「どこがだよ。俺の顔、半分隠れてんじゃねぇか!」
ブン太くんが写真を奪い取る。
その横から仁王が覗き込み、面白そうに笑った。
「ええ記念になったのう」
「元凶が言うな」
写真の中では、私とブン太くんの背後から仁王と赤也くんが顔を出し、さらにその二人を止めようとした柳生くんまで映り込んでいた。
恋人同士の記念写真というより、男子テニス部による乱入事件の証拠写真である。
「本当に申し訳ありませんでした」
隣を歩いていた柳生くんが、改めて私へ頭を下げる。
「いやいやそんな!柳生くんは二人を止めてくれようとしてくれたし!」
丁寧な口調につられ、私まで背筋を伸ばして答える。
「それに、これはこれで面白い写真になったから。結果オーライって感じ!」
そう言って笑うと、柳生くんは少しだけ安心したように表情を緩めた。
「そう言っていただけると助かります」
やっぱり丁寧だ。
「仁王たちと同じ男子テニス部とは思えない」
「…なんでわしだけ名指しなんじゃ?」
「あれ、私声に出てた?」
「がっつりでとったぞ」
私ったらつい本音が!ごめんあそばせ~!
おほほほ!と高笑いしながら手をぶらぶらさせる私の少し後ろで赤也くんが「“たち”ってことは俺も入ってるんスか!?心外っス!」と抗議の声を上げている。
そんな赤也くんをなだめるかのように柳生くんが背中をさすっている。
なんだかその光景が親子のように見えてしまって思わず笑ってしまった。
そんな私を見てキョトンとする柳生くんに顔だけを向けながら聞く。
「柳生くんって、いつもこんな感じなの?」
「どのような意味でしょう」
「仁王たちの面倒を見るの、大変そうだなって」
私がそう言うと、柳生くんは一瞬だけ黙った。
そして、深く息を吐く。
「あなたも早々に気づいてしまいましたか」
「やっぱり大変なんだ……」
「理解していただける方がいるのは、ありがたいことです」
「お互い苦労しますね」
「ええ、本当に」
私たちは顔を見合わせ、小さく頷き合った。
初めて話したはずなのに、妙なところで意気投合してしまった。
「何じゃ、二人して」
仁王が不満そうに私たちの間へ顔を覗かせる。
「苦労人同士の会合」
「誰のせいで苦労しとるんじゃ?」
「君だよ」
即答すると、仁王は心外そうに眉を寄せた。
「わしほど大人しい男もおらんじゃろ」
「今日一番の冗談だね」
「ひどいのう。せっかく彼氏二号として盛り上げてやったというのに」
「その設定いつまで引きずるつもり?」
「冷たいぜよ」
仁王はわざとらしく肩を落とした。
そのまま大人しくなるのかと思いきや、次の瞬間には当然のように私の肩へ腕を回してくる。
「ちょっと!」
ぐっと体重を預けられ、思わず足元がよろめいた。
「私はあんたの肘置きじゃないんだけど!?」
「傷ついたんじゃ。慰めてくれんかのう」
「自業自得でしょうが!」
仁王の脇腹を押し返すが、やはりびくともしない。
コンチクショー!こいつの体は鋼でできているに違いない。
心までフルメタルなんだわきっと。
「仁王君。彼女が迷惑していますよ」
柳生くんがすぐさま注意する。
「これくらいええじゃろ」
「よくありません」
「聞いた?柳生くんを見習って!」
「さっきから柳生ばかり褒めるのう」
「だって本当に紳士なんだもん」
「わしも紳士じゃ」
「まずその腕を外してから言おうか?」
私がそう返すと、仁王は面白くなさそうに口を尖らせた。
その時。
少し後ろを歩いていたブン太くんが、ふいに足を緩めた。
「…ん?」
「どうしたの?」
振り返ると、ブン太くんはみぞおちのあたりへ手を当て、眉を寄せていた。
「いや……なんか、ここら辺がモヤモヤするっつーか」
「気持ち悪いの?」
「そういうんじゃねぇけど……なんか、チクっとする」
さっきまであれだけ元気だったのに。
心配になって近寄ると、ブン太くんは一度こちらを見たあと、なぜか仁王へ視線を移した。
「ケーキ食いすぎたかな」
「ああ」
それだ。
私は手のひらをポンと叩いてうんうん頷く。
あれだけ大きなケーキを、ほとんど二人で平らげたのだ。
さすがのブラックホール胃袋も、ついに限界を迎えたのだろう。
「胃もたれじゃない?」
「胃もたれ?」
「うん。食べすぎると、その辺が重くなったりするって聞くよ」
「俺、胃もたれなんてしたことねぇぞ」
「今日が初めてなんじゃない?」
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ、多分」
「多分かよ」
ブン太くんは納得したような、していないような顔で呟く。
「お前も同じくらい食ってただろい。何で平気なんだよ」
「私の胃袋は日々鍛えられてるから」
「何で鍛えたんだよ」
「修行だよ。修行」
「適当言うなよな」
いつもの調子で言い返してくる。
ひとまず、倒れるほど具合が悪いわけではなさそうだ。
「ブン太先輩、ケーキ食べるのもめちゃくちゃ速かったッスよね」
「お前に言われたくねぇ!」
横からにゅっと出てきた赤也くんの頭を軽く小突くブン太くんを見て、少し安心する。
「ふうん」
すると、隣から妙に含みのある声が聞こえた。
仁王はブン太くんを見ながら、口元だけで笑っている。
「何だよ」
「別に」
「いや、絶対なんか言いたそうにしてるだろ」
「気のせいぜよ」
「ほんとかよ」
「仁王君。あまり丸井君をからかわないでください」
柳生くんが二人の間へ割って入る。
「今日はもう十分騒ぎを起こしたでしょう」
「柳生は心配性じゃのう」
「あなたが原因で心配せざるを得ないのです」
仁王は肩をすくめたあと、懲りもせず再び私へ手を伸ばしてきた。
「ほれ、行くぜよ」
「だからくっつかないで!」
「先輩、俺も!」
「赤也くんは首に来るから駄目!」
「もう締めないッスよ!」
「信用できない!」
「切原君も彼女から離れなさい」
「まだ何もしてないッス!」
夕暮れの道に、騒がしい声が響いていく。
結局、ブン太くんの胸の奥に残った妙な違和感は、ケーキの食べすぎということで片づけられた。
ただ一人。
仁王だけが、何かに気づいたように楽しそうに笑っていた。
