08.独唱戦隊・ウタウンジャー!
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雨がシトシトと降り続く。
じっとりとした空気が肌にまとわりついて気持ち悪い。
おまけに、短くて頑固な髪は、湿気のせいでいつも以上にまとまりがない。
「ハァ~、梅雨って嫌いだ…」
「そう?私は好きだけど」
机にうなだれていると、前に座っている椿が顔だけ振り向いてそう言った。
「いいですよねー椿は!美人なうえに髪までサラサラなんだからさ!」
口をとがらせる私を見ながら少し照れたように「髪が長いと重さで広がらないだけよ」とつぶやいた。
可愛いなコンチキショー。
今日はもう学校は終わり。
窓の外に目をやると、灰色の分厚い雲が空を覆っていた。
おまけに風も強いようで時折ガラスの窓をガタガタと揺らしていく。
こんな天気じゃ部活もないだろうな。
そんなことをぼんやり考えながら、机の上に散らばった筆記用具をしまっていく。
「おーい、聞いたか?」
突然、頭上から降ってきた声に顔を上げた。
いつの間に近づいてきたのか、ブン太くんが私の机に両手をついている。
「今日の練習、中止だってよ」
「やっぱり?」
これだけ降っていれば、さすがにテニスコートは使えないだろう。
男子テニス部なら雨の日でも筋トレくらいはやりそうだけど、今日は体育館も他の部活が使っているらしい。
「つーことで、カラオケ行こうぜ!」
「どういうことで?」
部活が中止になったところまでは分かる。
そこからカラオケへ至るまでの道筋が、まったく見えない。
「暇になったんだからいいだろ。赤也も誘ってさ」
「なんで私まで行くことになってるの?」
「え、来ねー選択肢ある?」
「あるだろ!」
心底意外そうな顔をされた。
いや、前もそうだったけど、どんだけ私のことを暇人だと思ってるわけ!?
いやまぁ、暇だけど…暇だけどさ!!!
「よし、じゃあ名前は参加決定として…」
「私まだ何も言ってないよね!?」
「いや、お前は強制参加な!」
屈託のない笑顔でそう言い切るブン太くん。
そんな顔されたら何も言えなくなってしまうじゃないか…。
その眩しさが今は憎いよ…。
「ハァ…で、ほかのメンツは?」
こうなったら参加する方向で心をシフトしよう。
そう聞くと、「ちょっと待ってな」と言いながらブン太くんはスマホを取り出した。
「今んところ来るって言ってんのは、赤也だけだな」
「あれ?仁王は?」
聞けば、「誘ったけど断られた」とこちらを見ずに答えるブン太くん。
まぁ、マイクもって熱唱するのが好きってタイプではなさそうだけどさ。
ちらりと仁王へ目線を向けると、本人は長い足を組みながらつまらなそうな顔をして外を眺めていた。
そっかそっか、仁王は来ないのか。
少し残念だが、元々気まぐれな性格なんだ。今日は気分がのらなかったのだろう。
君の分まで楽しんでくるよ!
心の中でそう声をかけると、私の視線に気が付いたのかこちらへ顔を向けた。
ばっちりと目が合う。
そして、ほんの少しだけ目を細めた。
私がブン太くんや赤也くんと話しているとき、仁王はたまにこんな表情をする。
何を考えているかわからない。
面白がっているのか、寂しがっているのか…そんなあいまいな表情。
とりあえず、カラオケへの意気込みを込めてブイサインでも送っておこうか。
そう思い、どや顔をしながらピースを作った手を仁王に向けて伸ばした。
それを見た仁王は、おもむろに立ち上がると、ふらふらとした足取りでこちらへ近づいてきた。
「なんじゃ、その手は」
どうやら、ハンドサインでは私の熱意は伝わらなかったらしい。
「仁王の分まで楽しんでくるね、のピース」
「勝手に人を置いていくな」
「えっ、でも仁王は行かないんでしょ?」
そう言うと、仁王は私とブン太くんを交互に見た。
「…誰が行くんじゃ?」
「俺と、赤也と、こいつ。柳生にも今から聞くとこ」
ブン太くんが、スマホを操作しながら答える。
すると仁王は、少し考えるように顎へ手を添えたあと、何でもないことのように口を開いた。
「なら、俺も行くとするかの」
「えっ」
「は?」
私とブン太くんの声が重なった。
「仁王、さっき行かねーって言ったじゃん」
「気が変わった」
「ふうん?」
ブン太くんが、いかにも何か言いたそうな顔で仁王を見る。
対する仁王は、どこ吹く風といった様子で私の机に寄りかかった。
「なんじゃ」
「べっつにー?」
にやにやと笑いながらスマホへ視線を戻すブン太くん。
何だ、その含みのある顔は。
「まあ、仁王も来るなら人数増えて楽しいね!」
「…お前さんは、ほんまに呑気じゃの」
なぜか呆れたように言われた。
暇人扱いされたり、呑気って言われたり…そろいもそろって失礼じゃないか!
これから失礼ブラザーズと呼んでやろうか!?えぇ!?
ぐぬぬぬ、と仁王に恨めしい視線を向ける。
しかし、本人は見て見ぬふりを決め込んだらしく、呑気に口笛を吹いていた。
そんなやり取りを見ていた椿は、「じゃあ」と短く言って席を立とうとした。
「待ってよ、椿もせっかくだったら一緒に行こうよ!」
「なんで私もなのよ……」
渋い顔をする椿に、「お願いだよー」と言いながら腕に縋りつく。
だって、せっかくなら人数が多い方が楽しいじゃん?
歌っているところも見たいけど、それ以上に、みんなの中で真顔のままマラカスをシャカシャカ振る椿が見たい。
前に二人で行ったときは、時間になる前に帰っちゃったんだよね。
本人は具合が悪くなったって言ってたけど、あれはちょっと残念だった。
そのリベンジもしたい。
故に、ここは絶対譲れない!
「行こうよ、ね?」
「嫌よ。男子テニス部の集まりでしょ?」
「私もいるよ!?」
「あなたがいるから安心できるとは限らないじゃない」
「ひどくない!?」
長年の友人に対する信頼が、驚くほど薄い。
椿は私の腕をそっと引き剝がすと、今度こそ鞄を持ち上げた。
「じゃあ、私は帰るから」
「あ、待って。柳生も来るってさ」
スマホを眺めていたブン太くんが、何気ない調子でそう付け加える。
すると、教室を出ようとしていた椿の足がぴたりと止まった。
「……柳生くんも?」
「そ。仁王が来るって伝えたらすぐ返信来たぞ」
椿はその場で少しだけ考え込む。
そして、持ち上げたばかりの鞄を再び机の上へ置いた。
「柳生くんが来るなら、行ってもいいけど」
「なんで柳生くんが来ると行くの!?」
私にはない何かを、柳生くんは持っているらしい。
「柳生くんなら、あなたたちが騒ぎすぎても止めてくれるでしょう」
「俺ら、どんだけ信用ねーんだよ!」
ブン太くんが不満そうに声を上げる。
その隣では、仁王が口笛を吹くのをやめて少し驚いたような顔で椿を見ていた。
気持ちはわかる。
無理やり誘っておいてなんだが、今まで、できるだけ仁王と関わることを避けてきた椿が、今回は頷いたのだ。
椿と柳生くんは去年から同じ委員会だ。
男子テニス部をひとまとめに警戒している椿も、柳生くんだけは珍しく信用しているらしい。
彼なら仁王たちが何かしでかしても、ある程度は止めてくれると思っているのだろう。
「んじゃ、メンツはこれで決まりな!」
ブン太くんが満足そうにスマホをしまう。
「赤也には昇降口で待ってろって送っといたから、さっさと行こうぜ」
「……まあ、ここまで来たら行くしかないか」
小さくため息をつきながらも、私は鞄を肩にかけた。
正直、最初は乗り気じゃなかった。
でも――
ここまで話が進んでしまえば、流れに乗るしかないし。
それに椿も来る。
こんな大人数でカラオケに行くのも初めてだ。
どんな騒ぎになるのか想像もつかないけれど、考えるだけで胸の奥がそわそわしてくる。
……正直、かなり楽しみだ。
「なんじゃ。ずいぶん嬉しそうな顔しとるのう」
仁王が隣からこちらを覗き込んできた。
「どこが?」
「口元が緩んどるぜよ」
慌てて口を手で覆う。
嬉しいのは事実だが、仁王にばれるのは癪だ。
「別に。普通でしょ」
「素直じゃないのう」
ニヤけないよう全力で平然を装うが、軽く笑われて、なんとなく視線を逸らした。
くそう、否定しきれない自分がいるのが悔しい。
◇
昇降口へ向かうと、赤也くんが靴箱の前をうろうろしながら待っていた。
私たちの姿を見つけるなり、大きく手を振る。
「先輩たち、遅いっスよ!」
「連絡してから、まだ五分も経っていないでしょう」
私が口を開くより先に、椿が冷静に返した。
「俺、待たされるの嫌いなんスよ」
「あなたの気が早すぎるのよ」
「黒瀬先輩まで丸井先輩と同じこと言うんスか!」
最近の赤也くんは、昼休みや部活前になると、何かと私の教室へ顔を出すようになった。
そのたびに椿とも顔を合わせているため、今ではこんなふうに軽口を交わすくらいには馴染んでいる。
最初こそ突然現れる騒がしい後輩を警戒していた椿も、裏表のない赤也くんには、すっかり毒気を抜かれてしまったらしい。
「皆さん、おそろいですね」
ふと見ると、赤也くんの横にはすでに靴を履き替え終えた柳生くんが立っていた。
相変わらず姿勢がいい。
こんな雨の日でも制服に乱れひとつなく、これから騒がしいカラオケに行く人にはとても見えなかった。
……というか。
この人、本当にカラオケで歌うのだろうか。
想像してみる。
マイクを持つ柳生くん。
静かに目を閉じて――
次の瞬間、重厚な声でオペラを歌い始める。
……いや、あり得そうで怖い。
むしろ、普通の曲を歌っている姿の方が想像できない。
この見た目でヒップホップなんて歌いだしたら申し訳ないけど笑ってしまう自信がある。
「柳生くん、お待たせ」
椿が声をかけると、柳生くんは少し意外そうに目を瞬かせた。
「黒瀬さんもいらっしゃるのですか」
「柳生くんが来ると聞いたから。あなたがいれば、最低限の秩序は保たれるでしょう?」
「それは……責任重大ですね。ご期待に添えるよう努力します」
二人は当然のように会話を交わしている。
やっぱり柳生くんには、ずいぶん気を許しているらしい。
椿がこんなふうに自然に話しているのを見ると、なんだか少し安心する。
「俺らはどれだけ信用されとらんのじゃ」
仁王が不満そうに口を挟んだ。
「日頃の行いでしょう」
椿は目線もむけず、一切迷わず言い切った。
「柳生も大変じゃのう。えらい役目を押しつけられとる」
「その原因の大半は仁王くんですが」
「プリッ」
即座に責任を返され、仁王が視線を逸らした。
……なるほど。
この二人、去年からずっとこんな調子なのかもしれない。
「よし! 全員そろったし行こうぜ!」
ブン太くんが昇降口の扉を勢いよく開ける。
途端に、強い風と一緒に細かな雨粒が吹き込んできた。
「うわっ、風つよ!」
「丸井先輩、早く閉めてくださいよ!」
「お前ら、傘持ってんだろうな?」
「もちろんっス!」
自信満々に答えた赤也くんが、鞄の中を探り始める。
そして、数秒後。
「……教室に忘れたっス」
「何がもちろんなんだよ!」
学校を出る前から、すでに騒がしい。
この調子で、本当に無事カラオケまで辿り着けるのだろうか。
じっとりとした空気が肌にまとわりついて気持ち悪い。
おまけに、短くて頑固な髪は、湿気のせいでいつも以上にまとまりがない。
「ハァ~、梅雨って嫌いだ…」
「そう?私は好きだけど」
机にうなだれていると、前に座っている椿が顔だけ振り向いてそう言った。
「いいですよねー椿は!美人なうえに髪までサラサラなんだからさ!」
口をとがらせる私を見ながら少し照れたように「髪が長いと重さで広がらないだけよ」とつぶやいた。
可愛いなコンチキショー。
今日はもう学校は終わり。
窓の外に目をやると、灰色の分厚い雲が空を覆っていた。
おまけに風も強いようで時折ガラスの窓をガタガタと揺らしていく。
こんな天気じゃ部活もないだろうな。
そんなことをぼんやり考えながら、机の上に散らばった筆記用具をしまっていく。
「おーい、聞いたか?」
突然、頭上から降ってきた声に顔を上げた。
いつの間に近づいてきたのか、ブン太くんが私の机に両手をついている。
「今日の練習、中止だってよ」
「やっぱり?」
これだけ降っていれば、さすがにテニスコートは使えないだろう。
男子テニス部なら雨の日でも筋トレくらいはやりそうだけど、今日は体育館も他の部活が使っているらしい。
「つーことで、カラオケ行こうぜ!」
「どういうことで?」
部活が中止になったところまでは分かる。
そこからカラオケへ至るまでの道筋が、まったく見えない。
「暇になったんだからいいだろ。赤也も誘ってさ」
「なんで私まで行くことになってるの?」
「え、来ねー選択肢ある?」
「あるだろ!」
心底意外そうな顔をされた。
いや、前もそうだったけど、どんだけ私のことを暇人だと思ってるわけ!?
いやまぁ、暇だけど…暇だけどさ!!!
「よし、じゃあ名前は参加決定として…」
「私まだ何も言ってないよね!?」
「いや、お前は強制参加な!」
屈託のない笑顔でそう言い切るブン太くん。
そんな顔されたら何も言えなくなってしまうじゃないか…。
その眩しさが今は憎いよ…。
「ハァ…で、ほかのメンツは?」
こうなったら参加する方向で心をシフトしよう。
そう聞くと、「ちょっと待ってな」と言いながらブン太くんはスマホを取り出した。
「今んところ来るって言ってんのは、赤也だけだな」
「あれ?仁王は?」
聞けば、「誘ったけど断られた」とこちらを見ずに答えるブン太くん。
まぁ、マイクもって熱唱するのが好きってタイプではなさそうだけどさ。
ちらりと仁王へ目線を向けると、本人は長い足を組みながらつまらなそうな顔をして外を眺めていた。
そっかそっか、仁王は来ないのか。
少し残念だが、元々気まぐれな性格なんだ。今日は気分がのらなかったのだろう。
君の分まで楽しんでくるよ!
心の中でそう声をかけると、私の視線に気が付いたのかこちらへ顔を向けた。
ばっちりと目が合う。
そして、ほんの少しだけ目を細めた。
私がブン太くんや赤也くんと話しているとき、仁王はたまにこんな表情をする。
何を考えているかわからない。
面白がっているのか、寂しがっているのか…そんなあいまいな表情。
とりあえず、カラオケへの意気込みを込めてブイサインでも送っておこうか。
そう思い、どや顔をしながらピースを作った手を仁王に向けて伸ばした。
それを見た仁王は、おもむろに立ち上がると、ふらふらとした足取りでこちらへ近づいてきた。
「なんじゃ、その手は」
どうやら、ハンドサインでは私の熱意は伝わらなかったらしい。
「仁王の分まで楽しんでくるね、のピース」
「勝手に人を置いていくな」
「えっ、でも仁王は行かないんでしょ?」
そう言うと、仁王は私とブン太くんを交互に見た。
「…誰が行くんじゃ?」
「俺と、赤也と、こいつ。柳生にも今から聞くとこ」
ブン太くんが、スマホを操作しながら答える。
すると仁王は、少し考えるように顎へ手を添えたあと、何でもないことのように口を開いた。
「なら、俺も行くとするかの」
「えっ」
「は?」
私とブン太くんの声が重なった。
「仁王、さっき行かねーって言ったじゃん」
「気が変わった」
「ふうん?」
ブン太くんが、いかにも何か言いたそうな顔で仁王を見る。
対する仁王は、どこ吹く風といった様子で私の机に寄りかかった。
「なんじゃ」
「べっつにー?」
にやにやと笑いながらスマホへ視線を戻すブン太くん。
何だ、その含みのある顔は。
「まあ、仁王も来るなら人数増えて楽しいね!」
「…お前さんは、ほんまに呑気じゃの」
なぜか呆れたように言われた。
暇人扱いされたり、呑気って言われたり…そろいもそろって失礼じゃないか!
これから失礼ブラザーズと呼んでやろうか!?えぇ!?
ぐぬぬぬ、と仁王に恨めしい視線を向ける。
しかし、本人は見て見ぬふりを決め込んだらしく、呑気に口笛を吹いていた。
そんなやり取りを見ていた椿は、「じゃあ」と短く言って席を立とうとした。
「待ってよ、椿もせっかくだったら一緒に行こうよ!」
「なんで私もなのよ……」
渋い顔をする椿に、「お願いだよー」と言いながら腕に縋りつく。
だって、せっかくなら人数が多い方が楽しいじゃん?
歌っているところも見たいけど、それ以上に、みんなの中で真顔のままマラカスをシャカシャカ振る椿が見たい。
前に二人で行ったときは、時間になる前に帰っちゃったんだよね。
本人は具合が悪くなったって言ってたけど、あれはちょっと残念だった。
そのリベンジもしたい。
故に、ここは絶対譲れない!
「行こうよ、ね?」
「嫌よ。男子テニス部の集まりでしょ?」
「私もいるよ!?」
「あなたがいるから安心できるとは限らないじゃない」
「ひどくない!?」
長年の友人に対する信頼が、驚くほど薄い。
椿は私の腕をそっと引き剝がすと、今度こそ鞄を持ち上げた。
「じゃあ、私は帰るから」
「あ、待って。柳生も来るってさ」
スマホを眺めていたブン太くんが、何気ない調子でそう付け加える。
すると、教室を出ようとしていた椿の足がぴたりと止まった。
「……柳生くんも?」
「そ。仁王が来るって伝えたらすぐ返信来たぞ」
椿はその場で少しだけ考え込む。
そして、持ち上げたばかりの鞄を再び机の上へ置いた。
「柳生くんが来るなら、行ってもいいけど」
「なんで柳生くんが来ると行くの!?」
私にはない何かを、柳生くんは持っているらしい。
「柳生くんなら、あなたたちが騒ぎすぎても止めてくれるでしょう」
「俺ら、どんだけ信用ねーんだよ!」
ブン太くんが不満そうに声を上げる。
その隣では、仁王が口笛を吹くのをやめて少し驚いたような顔で椿を見ていた。
気持ちはわかる。
無理やり誘っておいてなんだが、今まで、できるだけ仁王と関わることを避けてきた椿が、今回は頷いたのだ。
椿と柳生くんは去年から同じ委員会だ。
男子テニス部をひとまとめに警戒している椿も、柳生くんだけは珍しく信用しているらしい。
彼なら仁王たちが何かしでかしても、ある程度は止めてくれると思っているのだろう。
「んじゃ、メンツはこれで決まりな!」
ブン太くんが満足そうにスマホをしまう。
「赤也には昇降口で待ってろって送っといたから、さっさと行こうぜ」
「……まあ、ここまで来たら行くしかないか」
小さくため息をつきながらも、私は鞄を肩にかけた。
正直、最初は乗り気じゃなかった。
でも――
ここまで話が進んでしまえば、流れに乗るしかないし。
それに椿も来る。
こんな大人数でカラオケに行くのも初めてだ。
どんな騒ぎになるのか想像もつかないけれど、考えるだけで胸の奥がそわそわしてくる。
……正直、かなり楽しみだ。
「なんじゃ。ずいぶん嬉しそうな顔しとるのう」
仁王が隣からこちらを覗き込んできた。
「どこが?」
「口元が緩んどるぜよ」
慌てて口を手で覆う。
嬉しいのは事実だが、仁王にばれるのは癪だ。
「別に。普通でしょ」
「素直じゃないのう」
ニヤけないよう全力で平然を装うが、軽く笑われて、なんとなく視線を逸らした。
くそう、否定しきれない自分がいるのが悔しい。
◇
昇降口へ向かうと、赤也くんが靴箱の前をうろうろしながら待っていた。
私たちの姿を見つけるなり、大きく手を振る。
「先輩たち、遅いっスよ!」
「連絡してから、まだ五分も経っていないでしょう」
私が口を開くより先に、椿が冷静に返した。
「俺、待たされるの嫌いなんスよ」
「あなたの気が早すぎるのよ」
「黒瀬先輩まで丸井先輩と同じこと言うんスか!」
最近の赤也くんは、昼休みや部活前になると、何かと私の教室へ顔を出すようになった。
そのたびに椿とも顔を合わせているため、今ではこんなふうに軽口を交わすくらいには馴染んでいる。
最初こそ突然現れる騒がしい後輩を警戒していた椿も、裏表のない赤也くんには、すっかり毒気を抜かれてしまったらしい。
「皆さん、おそろいですね」
ふと見ると、赤也くんの横にはすでに靴を履き替え終えた柳生くんが立っていた。
相変わらず姿勢がいい。
こんな雨の日でも制服に乱れひとつなく、これから騒がしいカラオケに行く人にはとても見えなかった。
……というか。
この人、本当にカラオケで歌うのだろうか。
想像してみる。
マイクを持つ柳生くん。
静かに目を閉じて――
次の瞬間、重厚な声でオペラを歌い始める。
……いや、あり得そうで怖い。
むしろ、普通の曲を歌っている姿の方が想像できない。
この見た目でヒップホップなんて歌いだしたら申し訳ないけど笑ってしまう自信がある。
「柳生くん、お待たせ」
椿が声をかけると、柳生くんは少し意外そうに目を瞬かせた。
「黒瀬さんもいらっしゃるのですか」
「柳生くんが来ると聞いたから。あなたがいれば、最低限の秩序は保たれるでしょう?」
「それは……責任重大ですね。ご期待に添えるよう努力します」
二人は当然のように会話を交わしている。
やっぱり柳生くんには、ずいぶん気を許しているらしい。
椿がこんなふうに自然に話しているのを見ると、なんだか少し安心する。
「俺らはどれだけ信用されとらんのじゃ」
仁王が不満そうに口を挟んだ。
「日頃の行いでしょう」
椿は目線もむけず、一切迷わず言い切った。
「柳生も大変じゃのう。えらい役目を押しつけられとる」
「その原因の大半は仁王くんですが」
「プリッ」
即座に責任を返され、仁王が視線を逸らした。
……なるほど。
この二人、去年からずっとこんな調子なのかもしれない。
「よし! 全員そろったし行こうぜ!」
ブン太くんが昇降口の扉を勢いよく開ける。
途端に、強い風と一緒に細かな雨粒が吹き込んできた。
「うわっ、風つよ!」
「丸井先輩、早く閉めてくださいよ!」
「お前ら、傘持ってんだろうな?」
「もちろんっス!」
自信満々に答えた赤也くんが、鞄の中を探り始める。
そして、数秒後。
「……教室に忘れたっス」
「何がもちろんなんだよ!」
学校を出る前から、すでに騒がしい。
この調子で、本当に無事カラオケまで辿り着けるのだろうか。
