05.生意気な後輩
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「それより、男子テニス部の期待の二年生が、こんなところで何してるの?」
一息ついた私は、再び話題を戻した。
「…別に。部活抜けてきただけッス」
「それを世間ではサボりと言います」
「違いますよ! あいつらがムカつくから!」
人目につかない場所に隠れていることといい、このいじけたような表情といい……。
しかも「あいつら」というからには、複数人がこの事件に関わっているとみた。
なるほどね…。
わたくし名探偵名前、閃きましたよ!
「ズバリ、男子テニス部の政権争いに敗れて追放された?」
「絶対ないッスよ!何の組織だと思ってんですか!」
あれま、違ったのか。
予想は外れるわ、ビシッと効果音がつきそうなほど格好よくポーズを決めたのに、渾身のポーズには一切触れてもらえないわで悲しいよ私は……。
「じゃあ、被告人・切原赤也くん。事件のあらましを説明してください」
「誰が被告人ッスか!」
「現場から逃走したんでしょ?」
「逃げてないッスよ!ちょっと頭冷やしに来ただけです!」
「物陰で膝を抱えながら?」
「…うるさいッスね」
切原くんはふてくされたように口を尖らせる。
よほど話したくないらしい。
けれど、根競べでは私が強い。
ただ黙って隣に座っていると、やがて観念したようにぽつりぽつりと事情を話し始めた。
練習中、先輩に注意されたこと。
納得できずに言い返したら、ほかの先輩たちまで相手の味方をしたこと。
腹が立って、ラケットを置いたまま部活を抜けてきたこと。
「別に、俺だけが悪いわけじゃないでしょ」
一通り話し終えると、切原くんは同意を求めるようにこちらを見た。
そうかそうか、なるほど。
私は神妙な面持ちで頷く。
「うんうん…」
「でしょ?」
「切原くんが悪いね」
「はあ!?」
切原くんが目を見開いた。
「なんでそうなるんスか! 話聞いてました!?」
「聞いてたよ。納得できなかったから言い返して、腹が立ったからラケット置いて逃げてきた」
「だから逃げてないって言ってるでしょ!」
「では、倉庫への自主的亡命」
「余計ひどくなってる!」
切原くんの大声が倉庫に響く。
うむ。これだけ元気なら、この後すぐ戻るであろう練習にも支障はなさそうだ。
「先輩たちの言い方が気に入らなかったのは分かるよ」
「……」
「でも、途中でいなくなったらきちんと話ができないでしょ?切原くんが何に怒っていたのか伝わらないじゃん」
切原くんの口がわずかにへの字に曲がった。
まだ納得していない顔だ。
けれど、さっきまでのような刺々しさは少し薄れている。
「部活が嫌になったわけではないでしょ?」
「別に」
「少なくとも、どうでもいい相手にあれこれ言ったりしないんじゃない?」
「……」
「それでは、被告人に判決を下します!」
裁判官が木づちをカンカーンと鳴らす動きをして見せる。
「これから戻って、みんなにごめんなさいをしなさい」
切原くんは答えなかった。
ただ、膝を抱えていた腕から、少しだけ力が抜ける。
その数秒後、
「…戻ればいいんでしょ」
ふてくされた声が返ってきた。
「異議あり!」
そんな彼に体を向きなおらせ、高々と手を掲げた。
気分はさながら、あの某裁判ゲームの弁護士だ。
「今度は何なんスか!」
「私に言われたから戻る、みたいな言い方はよろしくありません」
「アンタが戻って謝れって言ったんじゃないスか!」
「言ったけども」
「じゃあ何が不満なんですか!」
切原くんが苛立たしげに顔を上げる。
「切原くんが戻りたくないなら、無理に戻らなくても良いものとする!」
「は?」
訳が分からない。そう言いたげな顔だ。
でも、私は見出しているのだ。
君が進んでもいい何通りかの道を。
「このままここで、倉庫の守り神として一生を終えるのもひとつの手ですぞ」
「嫌に決まってるでしょ!」
即答だった。
あぁ、よかった。
将来の夢が倉庫の守り神ではないことだけは確認できた。
「じゃあ、自分で決めなさい」
「……」
「戻るのか、戻らないのか」
再び、切原くんは口をつぐんだ。
先ほどまであれだけ騒がしかったのに、急に静かになる。
眉間に皺を寄せたまま、何かを考えるように足元を睨んでいた。
やがて大きく息を吐き、口を開く。
「…戻ります」
「私に言われたから?」
「違います!」
切原くんは勢いよく顔を上げた。
「俺が戻りたいから戻るんです!ちゃんと謝って、そんで練習に戻ります!」
「おお」
先ほどまで膝を抱えていじけていた少年とは思えない、立派な宣言だった。
思わず拍手を送る。
パチパチパチパチ。
「何なんスか、その拍手」
「被告人の更生を祝して」
「だから被告人じゃないッス!」
文句を言いながらも、切原くんは立ち上がった。
ジャージについた埃を乱暴に払い、ぐっと背筋を伸ばす。
まだ口元は不満そうに尖っている。
けれど、先ほどまで瞳の奥にあった鬱屈とした色は、もうほとんど消えていた。
うん。
これなら大丈夫そうだ。
私も立ち上がり、ふと思い出してポケットへ手を入れた。
「待たれよ、少年」
「今度は何ですか」
「出陣する者へ、餞別を授けよう」
「また酢昆布ならいらないッスよ」
失礼な。
私のポケットを酢昆布専用収納庫だと思わないでほしい。
とはいえ、自信はない。
他に何か入っていたような気もしないでもない…。
祈るような気持ちでポケットの中を探る。
すると、コツンと爪先が何かに触れる。
丸い小さな感触だった。
取り出してみれば、黄色い包み紙のキャンディーが手のひらに転がる。
「奇跡が起きた……」
「何がッスか?」
「レモン味のキャンディーです」
「いや、見れば分かりますけど」
酢昆布ではない。
しかも、いつ入れたのかも分からないキャンディーが、今この瞬間に都合よく発掘された。
これはもう奇跡と言って差し支えないだろう。
私は切原くんの手を取り、その手のひらにキャンディーを置いた。
「よし。これを持って行きたまえ」
「…くれるんスか?」
「うむ。成功を祈っているぞ」
切原くんは手の中のキャンディーを見つめたあと、そっと握り込んだ。
「じゃあ、行ってきます」
「がんばれよ、少年!!!!」
拳を高々と突き上げ、全力で送り出す。
切原くんは一瞬だけ呆れた顔をした。
それから、私に背を向けながら、小さく何かをつぶやく。
「…一年しか変わらないくせに」
「ん? 何か言った?」
「何でもないッス!」
振り返った切原くんの顔は、ここで見つけたときよりも、ずっと晴れやかだった。
どうやら、もう心配はいらないらしい。
何を言ったのかは聞こえなかったけれど。
まあ、元気になったのなら何よりだ。
一息ついた私は、再び話題を戻した。
「…別に。部活抜けてきただけッス」
「それを世間ではサボりと言います」
「違いますよ! あいつらがムカつくから!」
人目につかない場所に隠れていることといい、このいじけたような表情といい……。
しかも「あいつら」というからには、複数人がこの事件に関わっているとみた。
なるほどね…。
わたくし名探偵名前、閃きましたよ!
「ズバリ、男子テニス部の政権争いに敗れて追放された?」
「絶対ないッスよ!何の組織だと思ってんですか!」
あれま、違ったのか。
予想は外れるわ、ビシッと効果音がつきそうなほど格好よくポーズを決めたのに、渾身のポーズには一切触れてもらえないわで悲しいよ私は……。
「じゃあ、被告人・切原赤也くん。事件のあらましを説明してください」
「誰が被告人ッスか!」
「現場から逃走したんでしょ?」
「逃げてないッスよ!ちょっと頭冷やしに来ただけです!」
「物陰で膝を抱えながら?」
「…うるさいッスね」
切原くんはふてくされたように口を尖らせる。
よほど話したくないらしい。
けれど、根競べでは私が強い。
ただ黙って隣に座っていると、やがて観念したようにぽつりぽつりと事情を話し始めた。
練習中、先輩に注意されたこと。
納得できずに言い返したら、ほかの先輩たちまで相手の味方をしたこと。
腹が立って、ラケットを置いたまま部活を抜けてきたこと。
「別に、俺だけが悪いわけじゃないでしょ」
一通り話し終えると、切原くんは同意を求めるようにこちらを見た。
そうかそうか、なるほど。
私は神妙な面持ちで頷く。
「うんうん…」
「でしょ?」
「切原くんが悪いね」
「はあ!?」
切原くんが目を見開いた。
「なんでそうなるんスか! 話聞いてました!?」
「聞いてたよ。納得できなかったから言い返して、腹が立ったからラケット置いて逃げてきた」
「だから逃げてないって言ってるでしょ!」
「では、倉庫への自主的亡命」
「余計ひどくなってる!」
切原くんの大声が倉庫に響く。
うむ。これだけ元気なら、この後すぐ戻るであろう練習にも支障はなさそうだ。
「先輩たちの言い方が気に入らなかったのは分かるよ」
「……」
「でも、途中でいなくなったらきちんと話ができないでしょ?切原くんが何に怒っていたのか伝わらないじゃん」
切原くんの口がわずかにへの字に曲がった。
まだ納得していない顔だ。
けれど、さっきまでのような刺々しさは少し薄れている。
「部活が嫌になったわけではないでしょ?」
「別に」
「少なくとも、どうでもいい相手にあれこれ言ったりしないんじゃない?」
「……」
「それでは、被告人に判決を下します!」
裁判官が木づちをカンカーンと鳴らす動きをして見せる。
「これから戻って、みんなにごめんなさいをしなさい」
切原くんは答えなかった。
ただ、膝を抱えていた腕から、少しだけ力が抜ける。
その数秒後、
「…戻ればいいんでしょ」
ふてくされた声が返ってきた。
「異議あり!」
そんな彼に体を向きなおらせ、高々と手を掲げた。
気分はさながら、あの某裁判ゲームの弁護士だ。
「今度は何なんスか!」
「私に言われたから戻る、みたいな言い方はよろしくありません」
「アンタが戻って謝れって言ったんじゃないスか!」
「言ったけども」
「じゃあ何が不満なんですか!」
切原くんが苛立たしげに顔を上げる。
「切原くんが戻りたくないなら、無理に戻らなくても良いものとする!」
「は?」
訳が分からない。そう言いたげな顔だ。
でも、私は見出しているのだ。
君が進んでもいい何通りかの道を。
「このままここで、倉庫の守り神として一生を終えるのもひとつの手ですぞ」
「嫌に決まってるでしょ!」
即答だった。
あぁ、よかった。
将来の夢が倉庫の守り神ではないことだけは確認できた。
「じゃあ、自分で決めなさい」
「……」
「戻るのか、戻らないのか」
再び、切原くんは口をつぐんだ。
先ほどまであれだけ騒がしかったのに、急に静かになる。
眉間に皺を寄せたまま、何かを考えるように足元を睨んでいた。
やがて大きく息を吐き、口を開く。
「…戻ります」
「私に言われたから?」
「違います!」
切原くんは勢いよく顔を上げた。
「俺が戻りたいから戻るんです!ちゃんと謝って、そんで練習に戻ります!」
「おお」
先ほどまで膝を抱えていじけていた少年とは思えない、立派な宣言だった。
思わず拍手を送る。
パチパチパチパチ。
「何なんスか、その拍手」
「被告人の更生を祝して」
「だから被告人じゃないッス!」
文句を言いながらも、切原くんは立ち上がった。
ジャージについた埃を乱暴に払い、ぐっと背筋を伸ばす。
まだ口元は不満そうに尖っている。
けれど、先ほどまで瞳の奥にあった鬱屈とした色は、もうほとんど消えていた。
うん。
これなら大丈夫そうだ。
私も立ち上がり、ふと思い出してポケットへ手を入れた。
「待たれよ、少年」
「今度は何ですか」
「出陣する者へ、餞別を授けよう」
「また酢昆布ならいらないッスよ」
失礼な。
私のポケットを酢昆布専用収納庫だと思わないでほしい。
とはいえ、自信はない。
他に何か入っていたような気もしないでもない…。
祈るような気持ちでポケットの中を探る。
すると、コツンと爪先が何かに触れる。
丸い小さな感触だった。
取り出してみれば、黄色い包み紙のキャンディーが手のひらに転がる。
「奇跡が起きた……」
「何がッスか?」
「レモン味のキャンディーです」
「いや、見れば分かりますけど」
酢昆布ではない。
しかも、いつ入れたのかも分からないキャンディーが、今この瞬間に都合よく発掘された。
これはもう奇跡と言って差し支えないだろう。
私は切原くんの手を取り、その手のひらにキャンディーを置いた。
「よし。これを持って行きたまえ」
「…くれるんスか?」
「うむ。成功を祈っているぞ」
切原くんは手の中のキャンディーを見つめたあと、そっと握り込んだ。
「じゃあ、行ってきます」
「がんばれよ、少年!!!!」
拳を高々と突き上げ、全力で送り出す。
切原くんは一瞬だけ呆れた顔をした。
それから、私に背を向けながら、小さく何かをつぶやく。
「…一年しか変わらないくせに」
「ん? 何か言った?」
「何でもないッス!」
振り返った切原くんの顔は、ここで見つけたときよりも、ずっと晴れやかだった。
どうやら、もう心配はいらないらしい。
何を言ったのかは聞こえなかったけれど。
まあ、元気になったのなら何よりだ。
