06.恋人ごっこ
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キーンコーンカーンコーン……。
今日最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
今日は部活も休みだし、久しぶりに椿と遊びに行っちゃおうかな~!!!
駅前のクレープ屋さんでしょ?カラオケ、ゲームセンターでキャッキャするのも捨てがたいな…。
絵に描いたような青春の放課後に胸を躍らせ、前の席にいる椿へ声をかけようとした、その時だった。
「おい。今日の放課後、暇だろい?」
横からぬっと現れたブン太くんに、その機会を奪われた。
ていうか、なんで私が暇なの前提で聞いてきてるんだ?
失礼だぞ。
「あのねぇ。暇人みたいに言ってくれますけど、私にだって用事の一つや二つ……三つくらいあるんですけど?」
「絶対そんなにねぇだろい。じゃあ、このあと何すんだよ?」
「そりゃ決まってるじゃん。椿と共に、放課後ランデブーですよ。えぇ」
腕を組み、さも当然のことのように頷いてみせる。
不意に名前を呼ばれた椿が、顔だけこちらへ振り返った。
その顔には、明らかに『聞いてないんだけど』と書いてある。
なんで?
なんで親友にそんな顔されなくちゃいけないんだ?
「なら、しょうがねぇな……」
そうそう。
今日は君が諦めて引くんだぞ、ブン太くん。
「なあ、椿。今日こいつ借りていい?」
「おい」
おいおいおいおい、ちょっと待て。
本人に断られたからって、親友へ直接交渉を持ちかけるな。
私は貸し出し可能な備品じゃないぞ。
第一、そんなの椿が許すわけない。
そう信じ、祈るような気持ちで彼女のきれいな顔をじっと見つめる。
そんな私に、椿は少しだけ眉間にしわを寄せると、ふいっと前を向いた。
「別にいいよ」
「いいの!?」
まさかの即答だった。
いやいやいや。
もう少し迷おう?
親友が男に連れ去られようとしているんだぞ?
こんな訳の分からん赤髪にだぞ?
「だって、今日遊ぶ約束してないし」
「今してたよ!心の中で!!!」
「それは約束とは言わないよ」
正論が鋭い。
親友の正論が、今はただただ憎い。
薄情…あまりにも薄情だよぉ…。
「よし。決まりな」
私が心の中で滝のような悔し涙を流しているとも知らず、満足そうに頷いたブン太くんが、机の横に掛けてあった私の鞄を勝手に持ち上げる。
「待て待て待て。まだ私は何も了承してないんですけど?」
「椿から許可もらっただろい」
「私の所有権、椿にあるの!?」
絶対私のこと人間だと思ってないだろこの人たち…。
はぁ…と大きなため息をつき、ブン太くんへ向き直る。
「で、一体どこに行くの?」
そう聞けば、ブン太くんは怪しげににやりと笑い、自分のカバンの中から1枚のチラシを取り出した。
それは最近近くにできたスイーツショップのもので、チラシの上部にはでかでかと『カップル限定メニュー!!』と書かれていた。
いやな予感がして、冷や汗が額を伝う。
も、もしかして…。
恐る恐る顔を上げる。
「つーわけで、恋人役よろしく」
パチッとウィンクするブン太くん。
普通の女子ならここで卒倒してしまうだろうが、私はそれどころじゃなかった。
「いや、お人が悪いわぁ兄さん…そんな冗談…」
「なんだそのしゃべり方…。つーか冗談じゃねえぞ。ほら、今すぐ準備しろい」
私の顔にぐいぐいとチラシを押し付けるブン太くん。
いだだだだ!鼻つぶれるだろ!
本当に容赦ない…。
「てかなんで私?ブン太くんだったら他にもたくさん友達いるじゃないか…」
ひりつく鼻をさすり、受け取ったチラシに目を落としながら聞く。
そう、なぜ私を誘ったのか疑問だったのだ。
ブン太くんの周りには常に人がいる。男女関係なく。
それなら私ではなく、ほかの人でもいいのではないか?
数いる友達の中から、わざわざ私を選んだ理由は何だ?
「ほかの女子に頼んだら、あとが面倒だろい」
「私なら面倒にならないと?」
「ならねぇだろ?」
「一ミリも迷わず答えやがった」
まあ確かにそうだけども!!!
追加で「お前なら変な勘違いしねぇしな」そうまぶしい笑顔付きで付け足した。
おぅ…キラキラスマイルで浄化され砂になってしまいそうだ…。
ってか、そうじゃなくて!!!
ものすごく信頼してくれていることは分かる。分かるんだけど…。
頼み方、雑じゃないすか…?
「いいか、この機会に教えてあげるけど、君は頼み方ってものを知らない。人にものを頼むときは頭を下げて…」
「ケーキおごる」
「行きましょうダーリン」
「切り替え早!!!」
いやいや、違うのよ?
別に奢ってくれるから行くって言ってるんじゃないのよ?
大事な友達が困ってるのを見過ごせないだけだよ?
ゴクリ
生唾を飲み込み、再びチラシに書かれてある色とりどりのケーキの写真に目をやる。
ルビーのように艶めく苺がちょこんとのった、王道のショートケーキ。
つやつやと黒光りするチョコレートをまとった、見るからに濃厚そうなガトーショコラ。
黄金色に焼き上がったタルトの上には、宝石箱をひっくり返したように色鮮やかな果物が敷き詰められている。
おまけに、半分ずつで味の違う大きなハート型の限定ケーキまで……。
なんということだ。
紙の上だというのに、甘い香りまで漂ってくる気がする。
これはもう、行くしかない。
友達を助けるために。
決して、ケーキのためではない。
いそいそと帰る準備を進めていると、廊下側から聞きなじみのある声が聞こえてきた。
「あれ、名前先輩もう帰るんスか?」
赤也くんがひょっこりと顔を出す。
「そうだよ。今日はこっちも部活休みだからね」
「そうなんスか!?じゃあ、この後一緒に遊びに行きましょうよ!」
ぱっと顔を輝かせる赤也くん。
今にも尻尾をぶんぶん振り始めそうな、大型犬そのものだ。
ああ、可愛い。
その笑顔だけで昇天してしまいそう。
「ダーメ。こいつ、今日は俺とデートだから」
「「はぁ!?」」
赤也くんと見事に声が重なった。
で、ででででで、デートって!!!
何を言ってんだ、こいつは!!!!
あまりにも唐突な発言に、私は口をぱくぱくとさせることしかできない。
赤也くんも相当な衝撃を受けたらしく、目を見開いたまま、
「名前先輩と丸井先輩がデート……?」
と、壊れた機械のように何度も繰り返していた。
「なんだよ。似たようなもんだろい」
「似てないよ!ぜんっぜん違うけどね!?」
「デートじゃないなら、俺も行っていいっスよね?」
先ほどまで固まっていた赤也くんが、すぐさまこちらへ詰め寄ってくる。
復活が早い。これが若さというやつか…。
いや、歳は一歳しか違わないけれども。
「駄目だっつーの」
「なんでっスか! 丸井先輩だけずるいじゃないっスか!」
「これは二人じゃねぇと意味ねぇんだよ」
「じゃあ俺と名前先輩が二人で行けばいいじゃないっスか!」
「それだと俺が食えなくなんだろ!」
「え、赤也くん。私とデートしたいの?」
「違いますよ! 丸井先輩だけ遊びに行くのがずるいって言ってるんス!」
全力で否定された。
違うんだ。本気で聞いたわけじゃないんだ。
ただ二人が険悪なムードになりそうだったから私お得意の茶目っ気を出してみたんだ。
その結果がこれだよ…。
なんだろう。
別に赤也くんから女扱いされたいわけじゃないのに、この勢いで否定されると少しだけ腹が立つ。
そんな私の手から、ブン太くんが乱暴にチラシを奪い取った。
そしてそのまま、赤也くんの目の前へずいっと突き出す。
「カップル限定だから、三人じゃ駄目なんだよ」
「じゃあ俺も恋人役やります!」
「恋人役は一人で足りてる!」
ここまで言われても、赤也くんは一歩も引こうとしない。
「あー、もう!らちが明かねぇ!」
苛立ったように頭をぼりぼりとかいたブン太くんは、自分の鞄と私の鞄をまとめて片手に引っ掴んだ。
「え、ちょっと。私の鞄――」
言い終わるよりも先に、空いている手で手首を掴まれる。
「行くぞ!」
「えっ、ちょ――うわあああ!?」
次の瞬間、ブン太くんは私を引きずるようにして、全速力で教室を飛び出した。
「ちょっと待ってくださいよ!」
背後から赤也くんの叫び声が追いかけてくる。
「丸井先輩だけずるいっスよー!」
声は廊下いっぱいに響きながら、少しずつ遠ざかっていき――。
「名前先輩ーーーっ!!」
やがて、完全に聞こえなくなった。
そしてその時の私は完全に油断していた。
まさかこの騒動の一部始終を、窓際の席から眺めていた人物がいたなんて。
その人物は、廊下の向こうへ消えていった二人をしばらく見つめたあと、唇の端をゆっくりと持ち上げた。
「……カップル限定、のう」
何かを企むようなその呟きを、この時の私は知る由もなかった。
今日最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
今日は部活も休みだし、久しぶりに椿と遊びに行っちゃおうかな~!!!
駅前のクレープ屋さんでしょ?カラオケ、ゲームセンターでキャッキャするのも捨てがたいな…。
絵に描いたような青春の放課後に胸を躍らせ、前の席にいる椿へ声をかけようとした、その時だった。
「おい。今日の放課後、暇だろい?」
横からぬっと現れたブン太くんに、その機会を奪われた。
ていうか、なんで私が暇なの前提で聞いてきてるんだ?
失礼だぞ。
「あのねぇ。暇人みたいに言ってくれますけど、私にだって用事の一つや二つ……三つくらいあるんですけど?」
「絶対そんなにねぇだろい。じゃあ、このあと何すんだよ?」
「そりゃ決まってるじゃん。椿と共に、放課後ランデブーですよ。えぇ」
腕を組み、さも当然のことのように頷いてみせる。
不意に名前を呼ばれた椿が、顔だけこちらへ振り返った。
その顔には、明らかに『聞いてないんだけど』と書いてある。
なんで?
なんで親友にそんな顔されなくちゃいけないんだ?
「なら、しょうがねぇな……」
そうそう。
今日は君が諦めて引くんだぞ、ブン太くん。
「なあ、椿。今日こいつ借りていい?」
「おい」
おいおいおいおい、ちょっと待て。
本人に断られたからって、親友へ直接交渉を持ちかけるな。
私は貸し出し可能な備品じゃないぞ。
第一、そんなの椿が許すわけない。
そう信じ、祈るような気持ちで彼女のきれいな顔をじっと見つめる。
そんな私に、椿は少しだけ眉間にしわを寄せると、ふいっと前を向いた。
「別にいいよ」
「いいの!?」
まさかの即答だった。
いやいやいや。
もう少し迷おう?
親友が男に連れ去られようとしているんだぞ?
こんな訳の分からん赤髪にだぞ?
「だって、今日遊ぶ約束してないし」
「今してたよ!心の中で!!!」
「それは約束とは言わないよ」
正論が鋭い。
親友の正論が、今はただただ憎い。
薄情…あまりにも薄情だよぉ…。
「よし。決まりな」
私が心の中で滝のような悔し涙を流しているとも知らず、満足そうに頷いたブン太くんが、机の横に掛けてあった私の鞄を勝手に持ち上げる。
「待て待て待て。まだ私は何も了承してないんですけど?」
「椿から許可もらっただろい」
「私の所有権、椿にあるの!?」
絶対私のこと人間だと思ってないだろこの人たち…。
はぁ…と大きなため息をつき、ブン太くんへ向き直る。
「で、一体どこに行くの?」
そう聞けば、ブン太くんは怪しげににやりと笑い、自分のカバンの中から1枚のチラシを取り出した。
それは最近近くにできたスイーツショップのもので、チラシの上部にはでかでかと『カップル限定メニュー!!』と書かれていた。
いやな予感がして、冷や汗が額を伝う。
も、もしかして…。
恐る恐る顔を上げる。
「つーわけで、恋人役よろしく」
パチッとウィンクするブン太くん。
普通の女子ならここで卒倒してしまうだろうが、私はそれどころじゃなかった。
「いや、お人が悪いわぁ兄さん…そんな冗談…」
「なんだそのしゃべり方…。つーか冗談じゃねえぞ。ほら、今すぐ準備しろい」
私の顔にぐいぐいとチラシを押し付けるブン太くん。
いだだだだ!鼻つぶれるだろ!
本当に容赦ない…。
「てかなんで私?ブン太くんだったら他にもたくさん友達いるじゃないか…」
ひりつく鼻をさすり、受け取ったチラシに目を落としながら聞く。
そう、なぜ私を誘ったのか疑問だったのだ。
ブン太くんの周りには常に人がいる。男女関係なく。
それなら私ではなく、ほかの人でもいいのではないか?
数いる友達の中から、わざわざ私を選んだ理由は何だ?
「ほかの女子に頼んだら、あとが面倒だろい」
「私なら面倒にならないと?」
「ならねぇだろ?」
「一ミリも迷わず答えやがった」
まあ確かにそうだけども!!!
追加で「お前なら変な勘違いしねぇしな」そうまぶしい笑顔付きで付け足した。
おぅ…キラキラスマイルで浄化され砂になってしまいそうだ…。
ってか、そうじゃなくて!!!
ものすごく信頼してくれていることは分かる。分かるんだけど…。
頼み方、雑じゃないすか…?
「いいか、この機会に教えてあげるけど、君は頼み方ってものを知らない。人にものを頼むときは頭を下げて…」
「ケーキおごる」
「行きましょうダーリン」
「切り替え早!!!」
いやいや、違うのよ?
別に奢ってくれるから行くって言ってるんじゃないのよ?
大事な友達が困ってるのを見過ごせないだけだよ?
ゴクリ
生唾を飲み込み、再びチラシに書かれてある色とりどりのケーキの写真に目をやる。
ルビーのように艶めく苺がちょこんとのった、王道のショートケーキ。
つやつやと黒光りするチョコレートをまとった、見るからに濃厚そうなガトーショコラ。
黄金色に焼き上がったタルトの上には、宝石箱をひっくり返したように色鮮やかな果物が敷き詰められている。
おまけに、半分ずつで味の違う大きなハート型の限定ケーキまで……。
なんということだ。
紙の上だというのに、甘い香りまで漂ってくる気がする。
これはもう、行くしかない。
友達を助けるために。
決して、ケーキのためではない。
いそいそと帰る準備を進めていると、廊下側から聞きなじみのある声が聞こえてきた。
「あれ、名前先輩もう帰るんスか?」
赤也くんがひょっこりと顔を出す。
「そうだよ。今日はこっちも部活休みだからね」
「そうなんスか!?じゃあ、この後一緒に遊びに行きましょうよ!」
ぱっと顔を輝かせる赤也くん。
今にも尻尾をぶんぶん振り始めそうな、大型犬そのものだ。
ああ、可愛い。
その笑顔だけで昇天してしまいそう。
「ダーメ。こいつ、今日は俺とデートだから」
「「はぁ!?」」
赤也くんと見事に声が重なった。
で、ででででで、デートって!!!
何を言ってんだ、こいつは!!!!
あまりにも唐突な発言に、私は口をぱくぱくとさせることしかできない。
赤也くんも相当な衝撃を受けたらしく、目を見開いたまま、
「名前先輩と丸井先輩がデート……?」
と、壊れた機械のように何度も繰り返していた。
「なんだよ。似たようなもんだろい」
「似てないよ!ぜんっぜん違うけどね!?」
「デートじゃないなら、俺も行っていいっスよね?」
先ほどまで固まっていた赤也くんが、すぐさまこちらへ詰め寄ってくる。
復活が早い。これが若さというやつか…。
いや、歳は一歳しか違わないけれども。
「駄目だっつーの」
「なんでっスか! 丸井先輩だけずるいじゃないっスか!」
「これは二人じゃねぇと意味ねぇんだよ」
「じゃあ俺と名前先輩が二人で行けばいいじゃないっスか!」
「それだと俺が食えなくなんだろ!」
「え、赤也くん。私とデートしたいの?」
「違いますよ! 丸井先輩だけ遊びに行くのがずるいって言ってるんス!」
全力で否定された。
違うんだ。本気で聞いたわけじゃないんだ。
ただ二人が険悪なムードになりそうだったから私お得意の茶目っ気を出してみたんだ。
その結果がこれだよ…。
なんだろう。
別に赤也くんから女扱いされたいわけじゃないのに、この勢いで否定されると少しだけ腹が立つ。
そんな私の手から、ブン太くんが乱暴にチラシを奪い取った。
そしてそのまま、赤也くんの目の前へずいっと突き出す。
「カップル限定だから、三人じゃ駄目なんだよ」
「じゃあ俺も恋人役やります!」
「恋人役は一人で足りてる!」
ここまで言われても、赤也くんは一歩も引こうとしない。
「あー、もう!らちが明かねぇ!」
苛立ったように頭をぼりぼりとかいたブン太くんは、自分の鞄と私の鞄をまとめて片手に引っ掴んだ。
「え、ちょっと。私の鞄――」
言い終わるよりも先に、空いている手で手首を掴まれる。
「行くぞ!」
「えっ、ちょ――うわあああ!?」
次の瞬間、ブン太くんは私を引きずるようにして、全速力で教室を飛び出した。
「ちょっと待ってくださいよ!」
背後から赤也くんの叫び声が追いかけてくる。
「丸井先輩だけずるいっスよー!」
声は廊下いっぱいに響きながら、少しずつ遠ざかっていき――。
「名前先輩ーーーっ!!」
やがて、完全に聞こえなくなった。
そしてその時の私は完全に油断していた。
まさかこの騒動の一部始終を、窓際の席から眺めていた人物がいたなんて。
その人物は、廊下の向こうへ消えていった二人をしばらく見つめたあと、唇の端をゆっくりと持ち上げた。
「……カップル限定、のう」
何かを企むようなその呟きを、この時の私は知る由もなかった。
