01.その部長、制御不能につき
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ここ、立海大附属中学校には、いくつか有名なものがある。
全国区の実力を誇る男子テニス部。
やたらと完成度の高い委員会活動。
そして、放課後になるとどこからともなく聞こえてくる、女子テニス部部長の声。
「いやぁぁぁぁぁぁ! 勘弁してくださいぃぃぃぃぃぃ!」
「ぼさっとしているのが悪い。はい、もう一球」
情けない悲鳴をさらりと聞き流し、鋭いサーブを打ち込んだ。
真珠のように輝く白い肌。
小さく赤い唇。
切れ長の目に、つややかな黒髪。
まさに現代の大和撫子。
誰もが思わず見惚れるような、クールビューティー。
――に、容赦なくサーブを打ち込まれ、情けない声を上げているのがこの私。
苗字 名前。
立海大附属中学校、女子テニス部部長である。
ちなみに、私に地獄のサーブ練習を課しているこの美少女は、女子テニス部副部長であり私の友達の黒瀬 椿である。
成績優秀、品行方正、容姿端麗。
先生からの信頼も厚く、後輩からの人気も高い。
そんな完璧超人が、なぜ部長ではなく副部長なのか。
「名前、ちゃんとして。今日は新入生の部活見学の日なんだから」
「ちゃんとしてる!見て、この姿!コーチから言われた通り、体感鍛えるためにちゃんと1本下駄履いてるんだから!」
「それはいつもでしょう…。それより、この状態で悲鳴を上げながらサーブから逃げ回ってる部長を見て、新入生が入りたいと思う?」
「思うかもしれないじゃん! 楽しそうって!」
「今のところ、全員かなり不安そうな顔してるけど」
椿の視線の先には、フェンスのそばで固まっている新入生たちがいた。
その表情は、期待と憧れというより、
“この部に入って本当に大丈夫だろうか”という戸惑いに満ちている。
まずい。
非常にまずい。
私は一本下駄の歯をコートにめり込ませる勢いで踏ん張り、にっこり笑った。
「みんな、安心して!女子テニス部は怖いところじゃないよ!」
「さっきから部長が一番怖い声出してるんだよ」
「違うの!これは気合いの発声練習!」
「いやぁぁぁぁって叫ぶ発声練習なんてないわよ」
椿の冷静なツッコミに、新入生のひとりが小さく吹き出した。
それを合図にしたように、他の子たちの緊張も少しずつほどけていく。
おぉ。美人なうえに笑いのセンスもあるなんて…。
神は彼女に二物も三物もお与えになったに違いない。
悔しいが、今は部員確保の方が先だ。
有力な人材を逃したとなったら今度こそ椿にどうされるかわからないからね…。
私はラケットを肩に担ぎ、胸を張った。
「改めまして!立海大附属中学校、女子テニス部部長の苗字名前です!見ての通り、うちの部は明るく楽しく、時々地獄のサーブ練習があります!」
「地獄って言わない」
「でも嘘はよくないから」
「そこだけ正直者にならなくていい」
新入生たちが今度こそ笑った。
椿は呆れたようにため息をついたけれど、その口元は少しだけゆるんでいる。
うんうん。いい感じだ。
最初はどうなることかと思ったけれど、女子テニス部の明るく楽しい雰囲気は、なんとか伝わっている気がする。
あとは、私が部長らしいところを見せれば完璧だ。
「よし! じゃあ、まずは軽く一本打ってみせよう!」
「大丈夫?」
「もちろん!」
私は足元を見た。
コーチに「体幹が弱い」と言われてから履き始めた一本下駄。
最初は立つだけで精一杯だったけれど、今ではこれを履いたまま軽く走ることもできる。
まあ、たまに転ぶけど…。
でも、それもまた青春のスパイスである。
「見てて、新入生諸君!これが立海女子テニス部部長の実力――」
「名前、ボール」
「はい」
椿に冷静に促され、私は慌てて構えた。
ネットの向こうで、椿がボールを高く上げる。
白い腕がしなやかに伸び、ラケットが風を切った。
次の瞬間、鋭いサーブがこちらへ飛んでくる。
さっきまで悲鳴を上げていた私だが、今度は違う。
新入生が見ている。
部長としての威厳がかかっている。
そして何より、さっきから副部長に言われっぱなしなのが悔しい。
「いっくよー!」
私は一本下駄で地面を蹴った。
からん、と乾いた音がコートに響く。
少しだけ体が傾いたけれど、踏ん張る。
ボールをよく見て、ラケットを振り抜く。
ぱこん、と軽い音がした。
ボールはきれいな弧を描き、ネットを越えた。
「おおっ……!」
新入生たちの小さな歓声が上がる。
どうだ。
見たか。
これが部長である。
私は得意げに胸を張った。
「よーし! じゃあ次は、部長によるもっと華麗な一本下駄フットワークを――」
「やめて」
「まだ何もしてない!」
「する前から嫌な予感しかしない。それにーー」
副部長はそう言って、ふと視線をフェンスの向こうへ滑らせた。
その瞬間、彼女の表情が少しだけ変わった。
さっきまで呆れながらも柔らかかった目元が、すっと温度を下げる。
「……あっちにも見学者がいるみたい」
「あっち?」
新入生たちとは反対側へ視線を向ける。
そして、見つけてしまった。
フェンスの向こう側。
男子テニス部のジャージ。
すぐに目につく銀色の髪。
仁王雅治が、にやりとこちらを見ていた。
「……新入生じゃないじゃん」
「似たようなものでしょ。騒がしいものを見に来たんだから」
椿の声が、少しだけ冷たい。
私は思わず彼女の横顔を見た。
相変わらず綺麗な顔。
でも、仁王の話になると、その表情はほんの少しだけ硬くなる。
去年のことを、まだ気にしているのだろうか。
私はもう大丈夫だって、何度も言ったのに。
「行ってきたら? ちょうど休憩にするところだったし」
「え、いいの?」
「その代わり、すぐ戻ってきて。部長がいない部活見学なんて意味ないでしょ」
「はーい。すぐ戻ります、副部長殿」
「その呼び方やめて」
椿はそっけなくそう言うと、新入生たちの方へ向き直った。
私は一本下駄をからん、と鳴らして、フェンスの方へ歩いていく。
仁王は、フェンス越しにこちらを眺めたまま、楽しそうに口元を上げていた。
全国区の実力を誇る男子テニス部。
やたらと完成度の高い委員会活動。
そして、放課後になるとどこからともなく聞こえてくる、女子テニス部部長の声。
「いやぁぁぁぁぁぁ! 勘弁してくださいぃぃぃぃぃぃ!」
「ぼさっとしているのが悪い。はい、もう一球」
情けない悲鳴をさらりと聞き流し、鋭いサーブを打ち込んだ。
真珠のように輝く白い肌。
小さく赤い唇。
切れ長の目に、つややかな黒髪。
まさに現代の大和撫子。
誰もが思わず見惚れるような、クールビューティー。
――に、容赦なくサーブを打ち込まれ、情けない声を上げているのがこの私。
苗字 名前。
立海大附属中学校、女子テニス部部長である。
ちなみに、私に地獄のサーブ練習を課しているこの美少女は、女子テニス部副部長であり私の友達の黒瀬 椿である。
成績優秀、品行方正、容姿端麗。
先生からの信頼も厚く、後輩からの人気も高い。
そんな完璧超人が、なぜ部長ではなく副部長なのか。
「名前、ちゃんとして。今日は新入生の部活見学の日なんだから」
「ちゃんとしてる!見て、この姿!コーチから言われた通り、体感鍛えるためにちゃんと1本下駄履いてるんだから!」
「それはいつもでしょう…。それより、この状態で悲鳴を上げながらサーブから逃げ回ってる部長を見て、新入生が入りたいと思う?」
「思うかもしれないじゃん! 楽しそうって!」
「今のところ、全員かなり不安そうな顔してるけど」
椿の視線の先には、フェンスのそばで固まっている新入生たちがいた。
その表情は、期待と憧れというより、
“この部に入って本当に大丈夫だろうか”という戸惑いに満ちている。
まずい。
非常にまずい。
私は一本下駄の歯をコートにめり込ませる勢いで踏ん張り、にっこり笑った。
「みんな、安心して!女子テニス部は怖いところじゃないよ!」
「さっきから部長が一番怖い声出してるんだよ」
「違うの!これは気合いの発声練習!」
「いやぁぁぁぁって叫ぶ発声練習なんてないわよ」
椿の冷静なツッコミに、新入生のひとりが小さく吹き出した。
それを合図にしたように、他の子たちの緊張も少しずつほどけていく。
おぉ。美人なうえに笑いのセンスもあるなんて…。
神は彼女に二物も三物もお与えになったに違いない。
悔しいが、今は部員確保の方が先だ。
有力な人材を逃したとなったら今度こそ椿にどうされるかわからないからね…。
私はラケットを肩に担ぎ、胸を張った。
「改めまして!立海大附属中学校、女子テニス部部長の苗字名前です!見ての通り、うちの部は明るく楽しく、時々地獄のサーブ練習があります!」
「地獄って言わない」
「でも嘘はよくないから」
「そこだけ正直者にならなくていい」
新入生たちが今度こそ笑った。
椿は呆れたようにため息をついたけれど、その口元は少しだけゆるんでいる。
うんうん。いい感じだ。
最初はどうなることかと思ったけれど、女子テニス部の明るく楽しい雰囲気は、なんとか伝わっている気がする。
あとは、私が部長らしいところを見せれば完璧だ。
「よし! じゃあ、まずは軽く一本打ってみせよう!」
「大丈夫?」
「もちろん!」
私は足元を見た。
コーチに「体幹が弱い」と言われてから履き始めた一本下駄。
最初は立つだけで精一杯だったけれど、今ではこれを履いたまま軽く走ることもできる。
まあ、たまに転ぶけど…。
でも、それもまた青春のスパイスである。
「見てて、新入生諸君!これが立海女子テニス部部長の実力――」
「名前、ボール」
「はい」
椿に冷静に促され、私は慌てて構えた。
ネットの向こうで、椿がボールを高く上げる。
白い腕がしなやかに伸び、ラケットが風を切った。
次の瞬間、鋭いサーブがこちらへ飛んでくる。
さっきまで悲鳴を上げていた私だが、今度は違う。
新入生が見ている。
部長としての威厳がかかっている。
そして何より、さっきから副部長に言われっぱなしなのが悔しい。
「いっくよー!」
私は一本下駄で地面を蹴った。
からん、と乾いた音がコートに響く。
少しだけ体が傾いたけれど、踏ん張る。
ボールをよく見て、ラケットを振り抜く。
ぱこん、と軽い音がした。
ボールはきれいな弧を描き、ネットを越えた。
「おおっ……!」
新入生たちの小さな歓声が上がる。
どうだ。
見たか。
これが部長である。
私は得意げに胸を張った。
「よーし! じゃあ次は、部長によるもっと華麗な一本下駄フットワークを――」
「やめて」
「まだ何もしてない!」
「する前から嫌な予感しかしない。それにーー」
副部長はそう言って、ふと視線をフェンスの向こうへ滑らせた。
その瞬間、彼女の表情が少しだけ変わった。
さっきまで呆れながらも柔らかかった目元が、すっと温度を下げる。
「……あっちにも見学者がいるみたい」
「あっち?」
新入生たちとは反対側へ視線を向ける。
そして、見つけてしまった。
フェンスの向こう側。
男子テニス部のジャージ。
すぐに目につく銀色の髪。
仁王雅治が、にやりとこちらを見ていた。
「……新入生じゃないじゃん」
「似たようなものでしょ。騒がしいものを見に来たんだから」
椿の声が、少しだけ冷たい。
私は思わず彼女の横顔を見た。
相変わらず綺麗な顔。
でも、仁王の話になると、その表情はほんの少しだけ硬くなる。
去年のことを、まだ気にしているのだろうか。
私はもう大丈夫だって、何度も言ったのに。
「行ってきたら? ちょうど休憩にするところだったし」
「え、いいの?」
「その代わり、すぐ戻ってきて。部長がいない部活見学なんて意味ないでしょ」
「はーい。すぐ戻ります、副部長殿」
「その呼び方やめて」
椿はそっけなくそう言うと、新入生たちの方へ向き直った。
私は一本下駄をからん、と鳴らして、フェンスの方へ歩いていく。
仁王は、フェンス越しにこちらを眺めたまま、楽しそうに口元を上げていた。
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