企画跡地
『初詣、行きませんか』
31日夕方別れ際にて、黒子が火神に持ち掛けた。喜んでイエス。
黒子が行きたいというそこは少し離れたところらしく電車で向かうと。そのために23時に駅に待ち合わせした。
「お待たせしました」
「ん、大丈夫」
「まさか火神君に先を越されるとは思ってなかったです」
「人を遅刻ばっかみたいに言うなよ」
「事実ですもん」
黒子は走ってきたのか、鼻と頬に赤みがさしていた。
火神が手の甲で黒子の頬に触れると、黒子がなんですか、と見上げてきた。
「つめてぇな」
「火神君が見えたので走ってきたから体は熱いくらいですよ」
「…サンキュ」
そうかそうか、と一人で火神は幸せに浸る。自分のために走ってきてくれたのかと思うと今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られたが、場所が場所である。黒子に怒られでもしたら嫌だと我慢する。
電車に乗り五つ程駅を素通りする。
黒子に引っ張られて電車を降りると、少し歩くんだと言う。
「どんくらい?」
「15分…くらいでしょうか」
「なんで疑問形なんだよ」
「なにせ久しぶりのことなので」
こっちだと言う黒子が行く道は住宅街、人っこ一人いやしない。
これなら少しくらいいいかと思って、火神は前を行く黒子の右手をつかんだ。そしてそのまま握りこむ。
「……ちょっとだけですよ」
「おー」
ほんの少し口元を緩めて黒子がそう言ったので、火神も笑ってこたえる。
黒子の手は冷たい。自分よりずっと。
「火神君って一年中体温高いんですか?」
「さぁ…つーかオマエが低すぎなんじゃねぇの?」
「ボクはいいんです」
「なんで」
「火神君から体温わけてもらうんで」
「…んなことサラっと言うんじゃねーよ」
「照れてる火神君って可愛いですよね」
「そのセリフそっくりそのまま返してやらぁ…」
手を離し黒子の髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。
やめてください、とは言われるが手は払われない。
そうこうする間にいつの間にか住宅街を抜けていた。ボーン、という低い音がする。
「あ、火神君。あそこです」
そう黒子が指差した先には、頂上の見えない階段。
まばらに人影も見える。あそこを上るのか。
「…結構段数あるんじゃ…」
「ちょっと高いところにあるんで仕方ないです。行きましょう」
黒子が何故かいつもより少しだけ速足で階段を上っていく。火神もその横を歩く。
歩幅のせいで黒子は火神より多く足を動かさなければならない。いまだ見えない頂上に火神は大丈夫かと黒子を見遣る。
……多少荒い息遣いが聞こえるが大丈夫だと思うことにした。
***
「……っ、到着です」
「ちょっ…思ったより段数あったな…」
「だから早く上りたかったんですよ」
着込んでいるせいで汗をかいている。マフラーを外してバッグに突っ込んだ。
「…そこそこ人いんのな」
「そうですね…あ、」
時計を見た黒子が0時、と呟いたあとに最後の鐘が鳴った。
「…明けました」
「マジか」
「今年もよろしくお願いします」
「…こちらこそ?」
律儀に頭を下げる黒子につられて火神もそれとなく頭を下げる。
それから列に加わって参拝を済ませた。
「火神君、ちょっと」
「ん?」
こっちですと袖を引っ張られてちょうど上ってきた階段とは反対の場所に出た。
そこは少しひらけた場所になっており、街が一望できた。
古びたベンチに腰掛け、ふぅとひとつ白い息を吐く。
「…綺麗だな」
「でしょう」
隣に座った黒子が、街を眺めながら嬉しそうに言う。
「昔、家族で来たんです。…ずうっと前ですけど、そのときの景色がなんだか見たくなって」
無理言ってすみません、と黒子が続ける。
「いや…いいわ。新年早々なんか気分いいし」
階段はキツかったけど。
そう火神が付け足せば黒子はボクもですと微笑んだ。
今年の初笑いだと火神は思う。
「…なぁ」
「はい」
「また、来るか?」
来年も、一緒に。
「……いいんですか?」
「当たり前だろ」
驚いたように火神を見上げる黒子がなんだかとても可愛い。
人はいないか、いないよなと火神は周りを横目で見る。
ぎゅってしてぇ…!
「や、約束ですよ」
「お、おう!約束な!」
腕を伸ばしかけていたところに黒子が間合いを詰めて火神を見上げる。声が裏返りそうになった。
すると黒子は火神の肩に頭を預けてきた。
火神にとっては嬉しい限り。
「…ありがとうございます」
「………くろ、こ」
「……ん」
まるでそうするのが当たり前のように、火神が呼べば黒子は素直に火神を見上げ目を閉じた。
雰囲気って大事だ、と夜景をバックに火神は今年最初のキスを交わしながらそう思った。
(願い事よりも、今のこの時間が大切。)
END
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サイト一周年&六万打記念企画
「初詣火黒」