企画跡地




名前を呼んで。
お前のその声で、オレを呼んで。
それだけで幸せになれるから、安心できるから。


出来ることなら、オレだけを、呼んで。






「ただいまー」

「お帰りなさい、遅かったのね」

「うん…ちょっと今日もう寝るから」

「そう?じゃあご飯ラップしとくからね」

「ありがとー…」


母に特に怪しまれることなく淡々と言葉を交わし、荷物を投げて疲れた体をベッドに沈めた。
腹は空いている。何せキツイ練習のあとだから、夕食を抜くなんて本当はやってはいけないと思ったけれど、どうにも食べられる気がしなかった。


「…バカかなあ」


こんなことで悩んで、と小さく呟いた。
ぎゅっと顔の横に置いた拳を握りしめる。


――原因はわかってる。アイツだってことは。
復帰できて、また一緒にバスケができるのは嬉しいこと。
オレら全員で『誠凛』だって。わかってる、わかってる。
誰よりもアイツの復帰を喜んだのは、きっと日向だ。口には出していなくても、なんとなくそう思ってしまった。
でも、でもね日向。オレはアイツといるお前を見んの、嫌なんだ。
バカかなあ、やっぱりおかしいかなあ…


ごろんと寝返りを打って、天井を見上げる。
手を伸ばしてみるけど、当然届きはしない。


遠いよな、なんて思う。
恋人とか言える仲だけど、…もしかしたら線を引いているのはオレなのかもしれないけれど。
一人で、二人の仲に溶け込むなんてとてもじゃないけど出来る気がしない。






『…で、オレは伊月俊。よろしくな』

『ん、オレ木吉鉄平。鉄平でいいよ』

『おー』






……名前で。って言われたけれどタイミングを逃して言ったことはまだない。


「…じゅんぺー…」


無意識に呟いて、ハッと気付いて、一人で恥ずかしくなった。
女々しい…、とか自嘲して笑ってみる。
足りないんだって言ったら、どんな顔するだろうか。
怠い体を起こして、もそもそとポケットから携帯を取り出す。何にも考えずに日向に電話をかける。


『はい、…伊月?』

「………っ、ひゅ、が…」

『どした?』


日向の、オレだけに向けられた声がどうしようもなく心地いい。
日向、日向、日向……。


「…ごめん、なんでもない……声聞きたかった、とか言っとく」

『なんだそりゃ。…そーいや、お前最近調子悪い?』

「…は?」

『んー…と、特別気になったわけじゃねぇけど、そんな気ィしたから』


今の声とか、と日向が電話の向こうで笑った。
……わかるんだ。日向は、わかってくれてる。
なら、それなら。


「…あのな」

『うん?』

「な、まえ。呼んで…」

『……俊』


ぼふんと顔を枕に顔を埋めた。悔しい悔しい、これだけで嬉しくなる自分が悔しい。


「じゅん、ぺー、バカ」

『ハァ!?』

「……言っても、いい?」

『意味がわからん』

「寂しい。お前のことでこんなにオレは悩んでんのに、お前なんか楽しそうだし、最近アイツにかかりっきりだし……、オレそこまで心広くないから。」

『………要約すると、寂しいからもっと構え、と…?』

「別に。言っただけだし。」

『…あーもう!めんどくさいから明日!お前ん家迎えに行くかんな、その時全部言え!』

「え、…うん」

『あと言っとくけどな、いらねぇ心配すんな。……じゃーな、おやすみ』

「…おやすみ」


半ば一方的に切られ、しばらく携帯を見つめる。


日向は、優しい、な…


ふ、と緩く唇に孤を描き再びベッドに倒れこんだ。
ああ、明日はいっぱい我が儘言ってやろう。
悩んだ時間だけ、一緒にいたいんだ。






杞憂ほど面倒なものはない







END

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