企画跡地




誠凛高校、体育館。
今日も今日とて朝練習が始まる。
ボールの弾む音、ゴールネットを掠める音、部員の真剣な表情、など。


「ディフェンス!もっと戻り早く!」


一つ、リコの声があがる。
汗を拭きながら、小金井はコートの方に目をやる。
あれ、と小金井は思った。
ディフェンスは水戸部。リコにいぶし銀とかなんとか言われていたのに。


「珍しいですね」

「お!?」

「おはようございます」

「黒子か、びっくりした」

「水戸部先輩が言われるなんて…まぁ朝は体、動きませんしね」

「…だねー」


小金井のとなりに黒子が座ってコートを見つめる。
交代まであと数分。


「………朝だもんなぁ」

「はい?」

「…や、何でもない」

「そうですか」


ぽつりと小金井が呟いたが黒子には聞き取れなかったようだ。
何でもないと言った割には少し曇った表情をして、小金井は黙り込んだ。




* * *




「水戸部ー、次なんだっけ」

「……」

「ん?あ、体育か!今日アレ?1500計んの?」


久々だからペース配分できっかなーと更衣室で小金井が学ランを脱ぎながら言った。
朝練は滞りなく進み、午前授業も最後になった。
これを乗り越えれば昼休みだ。


「去年水戸部の方が速かったんだよなー、今日は負けねぇ!」

「……、」

「…水戸部?」


イマイチ反応の薄い水戸部に、小金井は首を傾げた。



* * *



「………おかしい」

「…?」

「オレのが水戸部より20秒速い」


明らかにおかしい、これは。
そりゃあ確かに自分でも去年より体力は格段についたと思う。
しかしこれは。どちらかと言えば長距離タイプな水戸部と、こんな大差が出るわけがない。


「ちょっ、水戸部!」

「……」


先を行く水戸部の足どりはいつもより少しフラフラとしていて、やっぱりどこかおかしい。


「水戸部!こっち向け!」

「っ、」


腕を引っ張って無理矢理水戸部をこちらに向かせる。
バランスを崩した水戸部の額に、小金井は自分の額を重ねた。
勢い余って、ゴチンと鈍い音も一緒にしたが。


「~~っ!」

「あ、ごめん!…じゃなくてやっぱり!」

「…?」

「水戸部熱ある!保健室行くよ」

「っ、」

「大丈夫じゃない!朝から調子悪かったんだろっ?」


ぐいぐいといつもより力強く、小金井は水戸部を引っ張って廊下を進んで行く。


「失礼しまーすっ」


水戸部を連れて小金井はガラガラと保健室の扉を開けた。
しかしいるはずの擁護教諭はおらず、机の上にメモ書きが置いてあった。


「ん…『出張に出てます』……あららー」


とりあえず、引っ張ってきた水戸部をベッドに座らせる。
先程よりも頬の赤みが増していて見るからに辛そうだった。
よくこんな状態で走れたものだと小金井は思った。


「ハイハイ病人はさっさと寝てくださーい」

「……」


されるがまま水戸部はきちんとベッドに寝させられた。
何か言いたそうな瞳を水戸部に向けられたが。


「…オレ、先生に言ってくんな。あと着替え持ってくる」


いい子にしてんだぞーと小金井は冗談っぽく笑ってカーテンを閉め保健室を出た。


「……」


シィンと静まり返った保健室。
迷惑をかけたなと水戸部は熱い頭で思ったが、小金井の明るさには少し救われたとも思った。
それからすぐに睡魔に襲われて、抵抗することもなく瞼を閉じた。

*


「ただいまー」


しばらくして小金井は制服姿で保健室に戻ってきた。
腕には水戸部の制服。
そっとカーテンの隙間から様子を伺うと、水戸部はおとなしく寝ていた。
音をたてないようにそろそろとカーテンを静かに開け、枕元にたたんだ制服を置く。
その手で流れるように水戸部の額に触れる。


「……やっぱ熱あるし」


水戸部の寝顔を見て、小金井は顔を歪めた。


なんで気づかなかったんだろ、
朝感じた違和感を確認していたら無理して走らずに早退でもなんでもできたのに。
だいたい水戸部の方こそ、ちょっとくらい、言ってくれたってよかったのに。


「…水戸部は頑張り屋だけどさ、こういうときは頑張らなくていいのに。水戸部のバカ」


小さく呟いて、それから軽く水戸部の前髪を整えて、小金井は少し淋しそうに笑う。



なぁ、オレにも寄り掛かってよ。
水戸部が辛そうなの、見んの嫌だよ…



はぁ、と小金井は息を吐いて、カーテンを閉めた。





「……っ」


ぱち、と水戸部は瞼を上げた。
何度かまばたきをして、ゆっくりと体を起こす。
先程よりいくらか気分はよくなっていたがまだ微熱があるようだ。
枕元にきちんとたたんである制服に気づき、そういえば着替えてなかったと水戸部は思い出した。
着替えながら、汗をかいたまま寝てしまって保健医に悪いなと頭の端で思う。
学ランの前を上まできっちりと上げ、カーテンを開けた。


「……!」


開けて、水戸部は目を見開いた。
小金井が、ソファーの上で寝転がっている。
時計を見ると、午後授業が始まって半分を回ったところだ。
つまり水戸部が寝ていたのは一時間と少しくらいで、いやそれよりも何故小金井はここにいるのか。


「……」


小金井に歩み寄り、柔らかい髪を撫でる。


「……ん…?」


小金井がピクリと反応して、水戸部は手を引っ込めた。


「…?ぅ………、!水戸部っ!?」


小金井が眠りに戻ることはなく、完全に目を覚ましてしまい水戸部はオロオロと慌てる。


「あ、だ、大丈夫なのか?」


体を起こし水戸部の目を見る。
さっきよりは、と水戸部が口を動かした。
それにホッとし、とりあえず隣に座れと小金井が促す。


「……水戸部」

「?」

「…バカ」

「!?」


俯いていた小金井がいきなり真面目に言うから、水戸部はビクリとした。
小金井は顔を上げキッと水戸部を睨みつける。


「水戸部のバカ!調子悪いなら無理したって意味ないんだから言えよ!!悪化したらますます治るの遅くなんだからって言ってたの水戸部じゃん!バカ、ほんとバカ!!」


一息に小金井はそう言った。
もっともだと水戸部は思い、何も言えない。


「心配かけたくなかったとか言ったら怒るかんな、心配くらい、させろっつーの!」


ビンビンと小金井の言葉が響く。
水戸部はたまらなくなって小金井を抱きしめた。
ごめん、と小さく囁く。
小金井は黙ったままだ。
いつもより熱い水戸部の体温。
ごめんなさい、と水戸部はもう一つ。


怒っていい、心配かけたくなかった。
練習だって、自分が抜けたらみんなにも迷惑かかると思った。


「………」


小金井は黙ったまま水戸部の言葉を読み取る。
でも、と水戸部が続けた。



……小金井がそんな風に思ってくれててうれしい、かも。



「…っ水戸部…!お前…!」


一気に小金井の顔に熱が集まる。


え、え、お前何なんだよ熱のせいだろちくしょー!
いつもんなこと絶対言わないのに…!
ふざけんなよ、オレの気持ちも知らねぇで…!


「…み、水戸部のバカ!オレはなぁ…!」


悔しくて抱きしめられた腕から逃れようと試みるが、全く意味をなさない。本当に病人かと小金井は悪態をついた。
しばらくその攻防は続いたが、小金井が折れた。
とすん、と水戸部の胸に寄り掛かる。


「……今日は早退だかんな、付き合うから」


ボソッと小金井が言う。
同時に制服をぎゅう、と掴まれているのに水戸部は気づき、素直にコクンと頷いた。


「早く治せよ…?水戸部いないとつまんねぇし」


クラスでも部活でも、隣にいるのが当たり前で。
気になって授業を受ける気にならなかっただなんて。


「オレは、水戸部の頑張り屋なとこ好きだけど、でも、オレだって水戸部のこと心配する。オレだって、水戸部を安心させたい」


今水戸部がこーしてくれんの、すごく安心すんの、水戸部知ってるか?


そう小金井が言い終わると、水戸部は小さく唸って目を逸らした。
赤くなったのは小金井にはバレバレで、ちょっとだけ水戸部より優勢な気がして、悪戯心が沸いた。
水戸部、と呼んで振り向いた唇を奪う。
いつもより少しだけ長くてずっと熱い、その行為で小金井が風邪をもらったりしたとかいうのは、また別の話。






全部のせい


(水戸部、熱上がっちゃった、な)
(……!)





END

090506
一万打記念企画SS



2/9ページ
スキ