企画跡地
((すこしだけ、あいつが遠くなった気がする))
この感情が一体いつからあったのかよくわからないのだけど。
最初はただの(ただのっていうのも変かな)友達。部活仲間で。
一体いつの間にあいつをこんな目で見るようになったのか、よくわからないのだけど。
「ひゅーがー数学教えてー」
「語尾のばすなよ…なんかキモい」
「キャプテンひどいー」
「…んにゃろう」
「いたっ!なんで叩くんだよ!」
「うっせーよ!………で、どこがわかんねーって?」
「え、」
「数学。」
「あ……、えっとな、これ。」
「…と、これはここをxとyで置いてから…」
「うんうん」
試験前の部活休み。
2‐Aの教室には伊月と日向だけ。
先程までは小金井たちもいたが、買い出しと言って近くのコンビニまで出て行った。現在の時刻は5時半、まだまだ勉強できそうだ。
「で、このxに今出た式を代入すんだろ」
「は、ちょっと待て、それどっから出てくんの?」
「だから今この式解いただろーが!」
「……………あぁなるほど!」
「あとここからは簡単だと思うけど」
「ふーん、サンキュ」
5つくっつけて並べた机に今は2人だけ。
向かい合い伊月は数学、日向は英語とそれぞれ格闘していた。
空いている机にも各々の教科書やノートが散らばっている。
そっと、伊月は先程の問題を解きながら向かいに座る日向を見る。
さらさらと滑らかに動いて行く手と、短めの黒髪が視界に入る。
触れたらちくちくすっかな、とか考えてシャーペンを走らせる手が止まった。
(日向、オレな)
再び手を動かそうにも、どうしたことか思った通りに文字が書けない。
この状況に、伊月は。
(………言えるワケ、ないか)
そう、自分でその気持ちを押し込める。
「…どーした?」
「え」
不意に日向が顔を上げ、ずっと見つめていた伊月と目が合う。
思わずビクリと反応してしまい、伊月は焦った。
「?何キョドってんだよ、手ぇ止まってんぞ」
「あ、うん」
日向の言葉に伊月は再度シャーペンを握り直す。
「…わかんねーなら聞けよ?……………で、さ」
「ん?」
「……ここの訳なんだっけ」
これ、と日向がノートを伊月に見せる。
「…『彼らには答えを見つけ出す手段がなかった』」
「あ、そうかこのmeanはその意味か」
「うん」
(……なぁ日向、)
カリ、とノートにまた文字を書き出す。
(日向、オレね、ほんとはさ)
「……なぁ」
「ん?」
ズイ、と自分のノートを日向の方に押しやる。
「…やっぱわかんない」
教えて、と伊月が言う。
日向はそれを見て、ガシガシと自分の頭をかいた。
「ほら、もう隣来い」
「え」
「向かいより見やすいだろ」
「…うん」
日向の言葉に、伊月は複雑な表情をしながら隣の椅子を引く。
カタン、という音が静かな教室にやけに響いた。
(……友達、だから)
伊月はそう心の中で呟いた。
日向が口を開く。
「じゃあこっからな……、……伊月…?」
左半身に重みを感じ、伊月を見れば伊月は日向にもたれ掛かり、俯いている。
「……伊月、」
「………ごめん、ちょっとだけ」
ぎゅう、と伊月は目をつぶる。
(眠いだけ、と呟いた声がどうかどうか、嘘だとバレませんように。)
「…ったく」
呆れたようにため息をつく日向が、5分だかんなと呟く。
(5分、も。)
「…!」
オレも休憩、と言って日向が伊月にもたれ掛かる。
驚いて、伊月は心臓が跳びはねそうになった。
やけに速い鼓動が、体全身に伝わる。
それなのにお互いの重さが、体温が心地良くて。
「……か、」
「ん?」
「…なんでもない、」
そう、と言って日向は黙った。
(馬鹿、日向の馬鹿)
言いたいこと、伝えたいこと、山ほどあるけれど。
どんな言葉なら上手く伝わるだろう、どんな顔で、どんな声色で。
この気持ちが伝えられたら、どんな自分がいるだろう。
時刻は5時50分。西日が柔らかくも強く差し込み、夏の到来を告げていた。
気まぐれな神様
(ほんとはオレさ、数学得意で)
(伊月は確か、数学やれるやつで)
(日向がわかんなかったとこ、オレ日向に教えてもらったんだよ)
(オレは英語の方が得意で)
((こんなに近いのに、わかんねーことばっかだよ))
END
090615
一万打記念企画SS
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