他校詰め込み
「わかれましょう」
ぽつりと呟くように、しかしはっきりと発せられたその言葉。
どうしてとか言う気にはならなかった、何故かわからないけれどそれは享受すべきだと本能的に感じた。
でも。
どうしてこんな未来になってしまったんだろう?
「……」
ふ、と開いた窓から風が吹き込み髪を撫でる。
あぁ、あのときも今日みたいに気持ちのいい風が吹いていた、と少しだけ懐かしく思う。
視線を窓から外す。少し落とせば今日の青空と同じ色の大きな瞳が見上げている。
「…くろこっち…」
ほとんど掠れた、小さな声でその名前を音にする。
――何がいけなかったんだろう、と、おもう。
どこからいけなかったんだろう、と、記憶を見つめ返す。
だが、黒子はこうなることがわかっていたのかもしれないとも黄瀬はぼんやりと考えた。
この日常が崩れ落ちる最初のカケラが黒子の言葉なんだろうとどこかで理解した。
好きだと言って、
頷いて、
手を取って、
となりで歩いて、
歩幅を合わせて、
その体温を感じて、
しあわせだと、わらった。
その記憶は間違いではないはずなのに。
一体いつから、この何もない空間になっていたんだろう。
「……」
黒子に焦点を合わせれば、いつもの無表情でありながら一筋、涙を流していた。
その黒子の焦点は黄瀬を見ていながら、どこか遠くを見つめているように見えた。
「…すき、…?」
くろこっち、と震える声で黄瀬が呼んだ。
黄瀬を捕らえる黒子の目に色が微かに灯る。
「すき、だっ…た…?」
「オレのこと、すきで、いてくれて、た、よね?」
「あのときは、すきで、」
「……すき、で…」
「……すき」
「…すき、でした、」
「あのときは、すきで、」
「……すき、で…」
「…よかった」
「なら、…いいや」
「……はい」
「うそ、じゃ、ありません」
ぱちり、と一瞬だけ目が合う。
ふらりと黒子が力無く立ち上がった。
ゆっくりと、スローモーションで歩いて行く。
黄瀬の部屋のドアノブに手をかけ、振り返った。
「……ずっ、と……と、…ち、…で……さ、い…」
ガラスの壁に隔たれているようにしか黄瀬の耳にはそれは届かず、また黒子もそうとは知らず部屋を出て行った。
しんとして部屋から音が消える。
窓からほんの少しだけ見えた空色の髪が揺れたのがわかり、そして視界には無機物しか映らなくなった。
「…くろこっち、」
「黒子っち」
「オレ、……っ」
そこまで言って、ひとつ手の甲に水が落ちた。
ぼたり、と大きな雫が連続して溢れ出る。
次の瞬間、黄瀬はがくりと倒れ込み床に体を預けた。
黒子っち、好きだったよ、嘘じゃないよ、ねぇどこに行ったの?あのときのオレらは、どこに行ったの?好きって、好きだって、オレは、オレには黒子っちしかいなくて、でも最近ずっと、ずっと黒子っちが見えなくて、そしたら黒子っちも、となりにいるのにオレを見ていなくて、繋いでるはずの手も機械みたいに冷たく、て……
なにを考えてたのかもう覚えてないけど、……なにも言わなかった。…言えなかった。名前を呼ぶ声すら届かない気がした……。
一人では広すぎる部屋はどうすることもできなくてただただ綺麗に敷かれたカーペットの上で丸まり黒子っちと何度も何度も何度も何度も何度も呼び続けたその声は独りきりの空間に虚しく大きく響いていてまるで小さな子供のように声をあげて泣きじゃくったって所詮なにも変わらないと静かな言葉が聞こえた気がしたが今の自分にはそれしかできなくてだってどうしたらいいのか全くわからなくてふと考えたのはあのときの笑ってた風景がもう一度だけ見たいことでそれを神様なんてものに縋り付いてるなんてきっとハタから見ればバカバカしいことなんだろうなと頭の片隅で思ったのだけれどひとつ瞬きをしたら何もない空間がやけに鮮明に映って、それから、
「…………ばい、ばい…」
寝返りをうって声にならない声で15年の中で初めてあいしたそのひとに別れを告げた。
とある少年たちのひとつの恋模様
『ずっと、ともだちでいてください』
END
090924
イメソン:Just Be Friends