誠凛
(恋、ってのはさ。)
と、一人脳内で呟く。
(………恋、こい、コイ、鯉…って違うわよバカじゃないの私)
ブンブンと頭を振って、書きかけの作戦ノートにペンを再び走らせる。
(…………あんな)
ふと上げた視線の先には、舟を漕ぐ日向。
ガクリと落ちてはハッと気づき、目をこするの繰り返し。
(……今日も眠そうね…午後練、倍にしてやろうかしら)
頬杖をつきながらそんなことを考えて、頬が緩んだのに気づくのは数秒後。
(…日向君日向君、あんたはやっぱり桃井派なのかしら?それならもっと私のフォロー上手くなってからにしなさいよね)
起きろ眼鏡、と小さく呟いて、今度は授業のノートに黒板に並んだ文字列を写していく。
(…フォローって何それ。何それ。別にあんな…あん、な…!)
カリカリカリと一息に文字を書いて、机に突っ伏した。
あの日のプール練での、あの。
(……男なんて所詮そんなもんよ…!やっぱり今日の午後練3倍にしてやる!!)
ぐ、と目元を拭って、また作戦ノートと授業の平行作業。
(別に)
(ちやほやされたいワケじゃない)
(うん私あのテンションは完全に引くわ。)
(でもね)
(……ほんとにほんとにほんとに)
(ほんの、すこしだけ)
ノートに小さな染みがひとつ、ふたつ、じんわりと広がって。
「カントクー?」
「っ!?」
「いでっ!」
ガバッと跳ね起きて後頭部が何かに当たった。痛い。
辺りを見回して、いたのは顎を抑えた日向。
いつの間にか授業は終わっていたらしい。
「…何だ眼鏡か」
「眼鏡じゃねーよ!!いや合ってるけど…!てか今寝てたのか?めずらしー」
「寝てないわよ。最近の授業の四分の一寝てる眼鏡に言われたくない」
「さっきから眼鏡眼鏡って……ほらノートに染みできてんじゃん。もしかしてヨダ「あらやだ日向君たら、今日の午後練で死にたいの?」……スミマセン。」
ガタン、と席を立つ。
どっか行くの、って聞かれたから購買、とだけ返事して歩き出す。
(あんなこと言われて)
(あの日のこと考えてた私がバカみたいじゃないの)
(なんでなんでなんで、)
ぎり、と手を強く握りしめて。
歩いていた方向が購買とは逆に向く。
歩いていたはずの足が速足になり終いには走っていて。
バン、と勢いよく開けたドアをバン、と勢いよく閉めて、ズルズルとその場に座り込んだ。
(なん、で)
(こんなに……っ)
コンクリートの地面に、黒くまた円が広がる。
ひとつふたつみっつよっつ、
「…………っう」
(なんでこんなに、)
(いつものことなのに)
(最近ホントに、なんで、)
恋、ってのはさ
と、一人脳内で呟いた。
END
091207/香夜