他校詰め込み




――ひとつ、言っておくとすれば、正直恋愛感覚というものがわからないということだ。


新発売のチョコレート菓子をつまみながら、隣でテレビを見る氷室を横目に映す。
適当につけた推理もののドラマが意外にも面白いらしく氷室はなかなか真剣に見入っている。正直自分は興味がないけれど。
小さく息を吐いて、口に運ぶ腕の動きを止めた。


「……」


いつもなら最後まで一気に食べるものを途中で止めてしまうとは、自分でも苦笑してしまう。そんなにこの男の言った言葉が気になるのか。癪だな。


――曰く、こいつは自分のことが『好き』らしい。


「………」


別に、人が誰と恋愛しようが知ったことではない。それが同性であろうが非難するつもりはないし、元来の性格故かそういう話にはいまいち興味が持てなかった。
……だが、自分のこととなると話は別だ。

わかんない、な。

自分で想像した恋愛というものは、ぼんやりと考えたことしかなくともやはり異性との関係のことであった。
隣で真剣にテレビに見入るこの男は、一体何の確証を持って自分を好きだと言ったのだろうか。


「……ふー…」

「!」

「やっぱり日本の推理モノって独特の雰囲気あるよな、これなんてタイトルだか知ってるか?敦」

「…知んない。自分で調べなよ」

「ごもっとも」


好きだ、と。
そう言われはしたものの、それ以来特に目立ったアクションはない。何事もなかったかのような振る舞いには少し腹が立つ。
そう思っている自分にはもっと腹が立つ。


「………ねぇ」

「んー?敦もコーヒー飲むか?」

「ココアにして」

「はいはい」

「……違うし。室ちんさぁ、何であんなこと言ったの?」

「は?」

「好きだって言ったじゃん、この前」

「…言ったな。はいココア」

「ん」

「意外だな、相手にされてないかのかと思ってたよ」

「なにそれ。オレ結構考えてたんだけど」

「だって敦、うんともすんとも言わなかったじゃないか」

「……そうだっけ?」

「そうだよ。だからてっきりスルーされたもんだと…」


つまり。何事もなかったかのような振る舞いは自分が原因なのだと。目の前のこいつは言う。


「…まぁいいや、オレは室ちんがなんでオレのこと好きだなんて言ったのか全然わかんない」

「……理由って必要なのか?」

「理由もなく好きになんの?」

「…いや。でも敦に好きだって言ったのは敦が好きだからだぞ」

「全然わかんない。オレ難しいことキライ」

「うーん……参ったなあ」


苦笑しながら氷室はコーヒーに口をつける。
暫くの間沈黙が続いた。


「…室ちんは好きだって言って満足したの?」

「え?」

「だって、それで終わりなの?」

「……敦次第だろう?それは。無理に返事を求めたって意味ないじゃないか」

「…そんなもん?」

「オレはね。そりゃ一番良いのは両思いパターンだけど」

「………」

「だけど珍しいな、敦がこんなに聞いてくるなんて。」

「……結構重大だと思うけど。告白されたって」

「…もしかして、聞いてほしいの?」

「は?…ん、ちょっと待ってなにこの体勢」

「敦は、オレのことどう思ってる…?」

「人の話聞いてる?質問してんのオレなんだけど」


ベッドを背に、若干追い詰められたような体勢になる。
ココア冷めちゃうな。本当わかんないなこの人。


「そうだな…敦が逃げないようにな」

「逃げねーし」

「ほら質問答えたぞ。今度は敦が答えて?」

「………わかんない」

「…は?」

「オレ、好きっていうのわかんない。よく言うドキドキ?みたいなのも全然しないし」

「……じゃ、嫌い?」

「嫌いじゃないよ。でも好きかどうかはわかんない」

「うーん……そっか。ありがとう」

「ところでさっさとどいてくれる?」

「手厳しいなぁ。ちょっとお願いしたいことがあったんだけど」

「…なに?」

「キスさせて」

「鼻へし折ってやろうか」

「酷いな」

「なんで室ちんとキスなんかしなきゃいけないの」

「でも嫌いじゃないんだろう?」

「好きとも言ってないじゃん」


いっこうに離れる気配がない。だんだんイライラしてきた。
室ちん面倒だな。


「……なるよ」

「は?」

「敦はオレのこと、絶対好きになる」

「……なにそれ」


一段と真面目な顔で、そう言われた。
ばちりと合った目から視線が逸らせない。
なにそれ。なにそれ。何の根拠があってそんなことを、真剣に言うんだ。

困惑を読み取ったのか、氷室は柔らかく微笑んで頭を撫でた。


「事前報告。そんでもって、オレは敦のことが好きだよ」


何がそんでもってだよ。
そう言う前に氷室は離れていった。ぬるくなったコーヒーを飲み干してコンビニ行ってくる、と言って部屋を出て行った。


「……」


撫でられた場所が、なんだか熱いような気がする。
なんともなかった心臓の音が、聞こえるような気がする。


「……まずっ」


そう呟いた声が、やけに大きく響く。
口にしたそれはもうとっくにぬるくなっていた。





名もない感情を知る

(難しいことはキライだって言ったのに)





END

110218

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