日月SS




『伊月だから大丈夫』だと思っていた。
何の根拠もないのに。
オレは、どうして見逃した?


違和感を感じたのは、ついこの前だった。
伊月との会話が少ない。
気付いてみれば、最近の伊月と交わした言葉は部活内、しかも必要最低限のやり取りのような――その程度のものでしかなかった。
それだけじゃない、違和感の原因はまだある。
伊月の呼び方がいつの間にか「キャプテン」になっていたこと、ここのところ伊月の調子が良くないこと。


だが、伊月は体調管理なんてのは真面目にやるやつだし、と多少調子が悪い時期だってあるだろうと思って、特別何かをしてやろうとかそうは思わなかった。
何度か声をかけても、「大丈夫、伸び悩んでんの」って笑った。
――それが嘘だって、どうして疑いもしなかった?
今思い出せばわかる、冗談っぽく言っているはずなのに声が震えていたこと、らしくない笑い方をしていたこと。


言い訳をするなら、オレも疲れていたこと、木吉が戻ってきてチームをまとめあげなきゃいけないこと、これからのオレたちのこと。
だけど。好きな奴の異変に気付けない程馬鹿だったなんて。
伊月は優しい奴だ、知ってんだろーが。
そして、迷惑をかけないようにと無意識に色々考えて抱え込んでいること、どうして気付いてやれなかった?


『キャプテン』


頭の中で伊月の声が何度も何度も再生される。
まともな会話をしない日が、3週間程経った今日のことだった。


『あのさ…』

『あーワリ、ちょっと話あんだ木吉と』

『……あ、』


それがさっき、部活が終わってすぐの話。
そして今、部室の戸締まりをしなければ、と誰もいないであろうドアを開けると、伊月がまだ練習着のままでベンチに座っていた。


「……伊月?なにして…」

「……っ!!」

「はっ!?ちょっ…!」


伊月に声をかけた途端、ガバッといきなり顔を上げて思いきり突進された。
閉めたドアに勢いよく頭を打ち付けて鈍い音がした。


「いづ…」

「…ってる、わかってる……!」

「え……」


何事だと思い焦点を伊月に合わせれば、ボタボタと涙を流す顔が見えて、硬直した。
伊月は声を絞り出すように、肩を震わせながら言った。


「わかってんだよ、仕方ないって、日向が誰と話してたってオレと話せない状況だって全部全部頭ではわかってんだよ!!なのに、なのに…っ、嫌だ、わかってる、チームのためだ、変な意味じゃないって、日向はそんな奴じゃない、わかって、る、のに」

「いづ、」

「…っ嫌な想像しかできなかった!ちゃんと話さなきゃって、思ったけどいつもタイミング悪くて、日向も疲れてんのわかるし、でも、でも………っ」


そこまで言って、伊月は肩で息をしながら俯いた。
オレは初めて聞いた、声を荒げてまで言われた伊月の言葉に殴られたように頭がガンガンとなって何もできなかった。


「……くるしい、日向、ごめん、わがままでごめん、ごめん…っ」


どうにかそう言って、伊月はまた泣いた。
そしてフラリと立ち上がって、自分の荷物を引っつかんで部室を飛び出した。

動けなかった。
何も言えなかった。
頭がグラグラする、なに、なんで、なんで、

伊月、なんて、


「………っ」


走った。走った。
伊月、伊月に、言わなきゃ、なにを、なにかを、いわなきゃ


走った。走った。
思いもしなかったんだ、あんなに伊月の負担になっていたことなんて。
『伊月だから大丈夫』だと思っていた。
何の根拠もないのに。
オレは、どうして見逃した?


「……伊月っ…!!」


校門を出るというところで伊月を捕まえる。
離せ、というように手を振り払われて強引に引き寄せて腕の中におさめる。


「…っ、は、なせ……」

「ごめん」

「……っ」

「伊月は、オレのことわかっててくれてたのに、」


情けなくて、言葉が続かなかった。その代わり抱きしめる腕に力を込める。


「…不安、に、させて、ごめん」


『伊月だから大丈夫』だと思っていた。
何の根拠もないのに。
オレは、どうして見逃した?
今思い出せばわかる、冗談っぽく言っているはずなのに声が震えていたこと、らしくない笑い方をしていたこと。


「……ひゅーが、」

「うん」

「ひゅーが」

「うん」


顔を上げた伊月の目尻には涙のあと。
名前を呼んで背中をさすってやれば、落ち着いたのか力無く微笑んだ。


「ばかだよね」

「なにが」

「オレら、だけど主に日向が」

「はあ!?」

「とりあえず、」

「へ……いだだだっ!?」


思いきり頬を引っ張られた。


「…今日はこれで許してやる」


ちぎれるんじゃないかと思うほど引っ張られて、最後に力いっぱい叩かれた。


「………」

「今度オレを泣かせたら毎日ネタ作り付き合ってもらうからな!」

「ごめんそれは本気で無理」

「お前…ダジャレなめんなよ」


そんな会話が久々で。
ダジャレだけは勘弁だと思いながら笑った。





喧嘩が愛情表現です


(とりあえずは、もっとできた恋人になろうと思う。)






END



100331
日月の日企画「Sol*Luna」様参加作品

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