日月SS
「…日向」
「んー?」
「雪降ってる」
「えっマジ!?」
外に出ると、白い雪がちらり、とゆっくりと落ちて行くのが見えた。伊月は屋根のあるところで日向を待っている。
「うわー、初雪?」
「かもね」
傘はささなくていいか、と伊月が呟く。
はあ、と吐いた途端に息が水蒸気になって消えていく。
マフラーを巻き直して、二人は並んで歩いた。
「…寒い」
「そりゃあな」
「手足冷たい…」
「…手袋貸そうか」
「………」
途中からチャリだから、日向のバッグにはいつも手袋がある。
冬の朝晩、チャリを飛ばして走るのにこれは必要不可欠だからと去年日向が言っていたのを伊月は思い出した。
律儀に片方、手袋を外しかけた日向に伊月はその手をとった。
「ん?」
「日向の手の方があったかいよ」
「………」
「さて、オレは今日は手袋を持っていません」
「…だから貸すって」
「そこまではよしとして、片方だけじゃオレも日向も中途半端だ」
「じゃあ両方貸すぞ?」
「でもオレは日向だけ寒いのも嫌です。さぁこの場合どうしたらいいでしょう」
「どうでもいいけど棒読み過ぎると思う」
まぁまぁそこはご愛敬、と伊月は笑った。
さてしかしどうしたものか。日向はちょっとだけ考えた。
ううん。
日向の歩く速さがほんの少しだけ遅くなる。
伊月は小走りで数歩先に行き、ぴたりと止まる。
雪の降っている量が先程より増した。
伊月がくるりと振り返って、そして口を開く。
「…わかったら、右手がお留守なのをなんとかして?」
は、と日向は口を開ける。
どこかで聞いたようなフレーズを伊月は何故か楽しそうに繰り返している。
見れば伊月はいつの間にか日向の左手の手袋だけを勝手にはめていた。
「…そうかよこのやろー!」
「わっ」
先を歩く伊月を小突き、右手をとって、しっかりと握る。本当に伊月の指先は冷たかった。
おぉ、と伊月が感心したような声を出した。
「いいの?」
「…だってオレも寒いもん」
「…そっか」
ぎゅうと握りしめた手から互いの体温が行き交うような、そんな感覚。重なって溶けて一つになる。
ありがと、と小さく伊月が呟いた。
人通りがあまりないとは言え、道端。男子高校生が手を繋いでるなんて近所の奥様方に見られて何か言われたら、ちょっと嫌だ。いやかなり嫌だ。
何も知らないくせに言われるのがとても気に入らない。
……見せつければいい話だけど。
「…あったかい」
「…ん」
大丈夫、雪のときって案外見えないもんだから。と気休めに呟いてみた。
あまりにもやわらかい伊月の声にたまらなくなったとか、絶対言わねぇ。…と、日向は思った。
World is mine
(たまには我が儘も言ってみるもんだな)
END
100106