日月SS
「もうすぐ始まるな」
唐突に伊月がそう言った。
「…は?」
「新学期」
「あ、なるほど」
パサッと音を立ててボールがゴールネットをすり抜ける。
「ナイッシュー」
さすがキャプテン、と伊月が笑った。
ボールを放った本人――日向は、そりゃ敵がいるわけでもねーし、と付け足す。
「はー、ちょい休憩」
「だなー」
コートの端に並んで腰を下ろす。
部活帰り、ちょっと寄ってかないかと伊月に誘われ、日向たちはストリートコートにいた。
タイミングがよかったのか、日向と伊月が着いた後暫くすると、隣のコートを使っていたグループも帰って行きそれから誰も来ない。
ちょっと自主練したかったんだ、と伊月は言って、それから暫くは二人共ボールを追いかけ続けた。
「日向宿題終わった?」
「あー…多分…?」
「何だよ多分て」
「うっせー。そういうお前はどーなんだ」
「ん、あと少し」
「そっか」
はぁ、と伊月はひとつ息を吐いてペットボトルに口をつけた。
ほてった体に注ぎこまれた水が全身を駆け巡るのがわかる。
「あーやだなー、オレまだ春休みがいい」
「なんで?」
「部活はいいけど授業始まると思うとだるい」
「まぁそれは同感だけど」
クラス替えもあるしなーと日向が笑う。
「あと新歓。カントク妙に張り切ってたけど」
「『良い一年絶対ゲットする!!』って言ってたぞ」
「…一年かー、どんなんが来るかな」
「オレそこ楽しみだから、早く始まってほしいかも」
「うーん、そうだなぁ…」
一年、か。
早いなと伊月は思った。
入学して、バスケ部に入って、みんなと会って、一年だけのチームで試合を戦って、練習して練習して練習して。
正直言うと、去年決勝リーグまで進めたのには驚いた。
そこまで行けると思ってなかったし、練習量もチームとしての経験値も明らかに足りなかった。
新設校でノーマークだったこともあっただろうが、それでも諦めずに粘れたのはすごいと思う。
入部時に屋上で叫んだことは、嘘じゃないけれど。
去年はやっぱりまだ、気持ちが弱かった気がする。
決勝リーグで負けて、それがわかった。
上に行きたい、と思った。
「…日向」
「ん?」
「行こうな」
横にいる日向を見る。
日向も同じく伊月と向き合う。
「行こうな、全国」
目標?
いや、実現するための誓いだ。
「…おう!」
トン、と二人は拳を合わせた。
もう一汗流すか、と言って日向が立ち上がる。
少しでも強く。
少しでも上に。
新設校だとか、カントクが女だとか、そんなことはどうでもいいだろう。
ただ目指すのは高みだけだ。
選手宣誓
(…とんでもないのが来たなぁ)
(負けてらんねー!)
090405
入学式前の話