火黒(2011年以降)
「じゃあ…また明日な」
「はい。じゃあおやすみなさい、火神君」
「おう」
遠くなっていく背中をある程度見送った黒子は視線を反らした。
所謂デート、の帰り。わざわざ家まで送ってくれた火神に感謝しつつ、しかし自分も男なのにな、と若干苦笑しつつ。
完全に毒されていると思う。……毒されている、という表現は少々おかしいか。なら、なんと言おうか。
執着、とでも言えばいいのか。さっきまで一緒だったのに、明日も朝から会えるのに。
そう思うのに、わかっているはずなのに、あの大きな背中が小さくなっていくのを寂しく思う。
「……はぁ」
自分がそこまで他人を必要とする人間だなんて思わなかった。
自分の知らなかったところが、火神と出会ってからどんどん溢れてくる。
しかしそれはそれで、驚きと共に実は少しだけ悔しかったりもするのだ。何故だかうまくは言えないけれど。
頭上に広がる星空を見上げると、いつもより綺麗に見えたような気がしてなんとなく胸があたたかくなる。マフラーに顔を埋めて、吸い込まれるように空を見つめていた。
すると、遠くから足音が聞こえてきた。聞き慣れたこの走り方は……、そう思って視線を横にやると、思った通りの人物がいた。
「…どうしたんですか?火神君」
「忘れ物した!」
「え、」
息を切らせて走ってきた火神に馬鹿ですか、と言う間もなくその腕に引き込まれた。一体どうしたのかと思考が一瞬停止する。
“Happy birthday”
その音が聞こえたかと思うと、額にトンと温もりが落とされた。
「……これしたくて今日誘ったのに忘れてた。」
「え……」
「じゃあ、な。早く寝ろよ、明日も練習あんだし!」
「え、あ、はい……」
それだけ言うと、火神はまた走って去っていった。
「………」
少しだけ乱された前髪を直そうと手を伸ばす。
「……ああもう、」
そこから熱が確実に広がっていった。徐々に脳が状況を把握し始める。あっという間に顔が熱くなったのが自分でも理解できた。
恥ずかしい、くすぐったい。そう思いつつも嬉しいという感情が抑えられない。
緩む口元を押さえながら、黒子は玄関の扉を開けたのだった。
──ありがとう、と明日きっと一番に言おう。
END
120131