火黒(2011年以降)

自分の中で、それほどの出来事だったのだ。自分が知らなかっただけで、こんなにもたくさんの感情があったのだ。
 君に出会えたことを、心から感謝しよう。


感情革命


 となりにいることが当たり前となった今、もう何も欲しいものはないと思っていたのに、不思議なものだ。実は、なかなかに独占欲が強いのかもしれない。

「火神君」
「んー?」
「バニラシェイク、飲みたいです」
「じゃあマジバ寄るか」
「はい」

 彼との恋は、甘ったるい。
 時折、自分でもわからなくなるほどの感情を、その大きな掌で受け止めてくれているように感じる。それが心地よくてたまらない。
 いつもの店、いつもの席、いつもの光景。この「いつもの」が、「当たり前」になったのはいつからだったか。
 ズズ、とバニラシェイクをすすりながら、本の文字を追うのをいったん止めて火神の方に目をやる。ちょうど最後のひとつのバーガーを食べようとしているところだった。

「…本当に、もう」
「あ?」
「よく食べますねぇ」
「お前が食べなさすぎなんだよ」
「火神君が燃費悪いんですよ」

 何度したかもわからない他愛ないやりとりが、そこに流れる時間が、こんなにもあたたかい。自然と口元が曲線を描く。

(──ああ、これだ、)

 こんな風に、今まで微笑むという感覚を自覚したことがあっただろうか。

「何笑ってんだよテメー」
「…バレましたか」
「どんだけ一緒にいると思ってんだ、丸見えだっての」
「…前は、ボクが何考えてるか全然わからないとか言ってませんでしたっけ」
「あー…今も正直わかんねぇよ。でも機嫌いいとか悪いとか、それくらいはもうわかる」
「へぇ、それは嬉しいですね」

 ほら、こういうところだ。ボクが好きなのは。
 まっすぐで、不器用で、拙いけれど優しい言葉で、行動で、気持ちをぶつけてくれる。ここぞというときに欲しい言葉をくれる、そんなところが。恰好悪い優しさとでも言えばいいのだろうか。それが今、自分にだけ向けられていると思うとどうしたって嬉しくなってしまうのだ。

 すきですよ、と言葉にはせず呟く。
 言うまでもないことだと笑われるかもしれない。それでも、たまに確かめるように自分の中で言いたくなってしまうのだ。

「帰りましょうか」
「ん、もうこんな時間か」

 先ほどまで夕焼けでオレンジに染まっていた空は、深い濃紺の色に変わっていた。街頭に照らされた影が伸びる。
 手が触れたので、どちらともなく手を繋いだ。あたたかな大きい手が、黒子の手をぎゅうと握りこむ。ゆっくりと時間が流れていくような感覚は、きっと自分だけではないのだろう。どことなく火神の機嫌がいいことがわかったから。

 こんなにあたたかい気持ちを、君に出会わなければ知ることもなかっただろう。

「明日も頑張りましょうね」
「おう」

 ありがとう、君に出会えて本当に良かった。


END
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