火黒(2009/02/19~2010/11/21分)
この感情は、一体なにかと思っていた。
胸の奥が疼くような、痛いのに甘い感覚をおぼえた。
そうだ、彼のとなりにいるといつもそうだった。
昼休みの屋上は、たいていボクと彼だけの空間になる。
入学してすぐ、部活のあれで屋上は立入禁止になったのだが、何故か扉の鍵はかかっていなかった。
どうにも矛盾しているが、鍵がかかっていなければ普通に外に出れる訳であって、
それを知って以来昼休みは何となくここに来てしまう。
今日もまたいつもと同じように来た。
しかし今日は彼の方が先に来ていて、というか寝ていた。
一応声をかけてみる。
「火神くん」
「…ん……」
ごろん、と寝返りをうった彼のとなりに腰をおろし昼食をとる。
時々彼の方に目をやれば、それはもう気持ち良さそうに寝ているものだから、もう暫くこのままでもいいかと思ってしまう。
多分授業をサボってここで寝ていたんだろう。
安易に想像できるが、彼の頭上にはまだ手をつけていないパンがあって、つまりこれはボクを待っていてくれたんだと思うと何故か口元が緩んだ。
彼──火神くんに言わせたら腹の足しにもならないような少量の昼食を終える。
ボクにはこれで充分だ。
紙パックのお茶をズズ、と音をたてて飲み終える。
彼を見ると、まだ起きる気配はなさそうだ。
「……へぇ…」
規則正しい呼吸をする彼をまじまじと見つめた。
意外と言ったら失礼かもしれないが、案外睫毛が長い。
スッととおった鼻に赤毛の入った短髪。
なんだかかっこいいな、と思う。
そんな彼を見ていると、どうにも優しい気持ちになってしまうのはおかしいだろうか。
眠っていると可愛さ倍増とか思ったボクはどこかおかしいのだろうか?
じん、と胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
「…火神くん、」
この様子だと今は夢の中。
ボクの声は届かないだろう。
「………すき」
ぽつり、消え入りそうな言葉が出た。
──は?
今、自分は、
なにを口にした?
「……っ!」
思わず口を両手で塞いだ。
意味はない、もう言葉になって空に吸い込まれた。
それでもそうせずにはいられなかった。
後から後から顔に、手に、全身の熱が集まって沸騰しそうだ。
すき、と。
回らない頭で何度も呟く。
すき、
好き?
何が、誰が――ボクが?
何を、誰を――…
ちらっと彼に目をやればそこには上半身を起こした彼がいて、
…って、いつの間に起きたんですか!?
表情にはあまり出てないだろうが驚いた。
「…オレ寝てたのか」
ぼんやりとした声で尋ねる。
まだ寝ぼけているようだ、大丈夫きっと聞かれてなんかない。
「ぼ、ボクが来たときはもう寝てまし、た」
「あー…マジ?」
火神くんはボリボリと頭をかく。
こくこくとボクは頭を上下にふった。
大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせるが、しばらくは顔から熱が引きそうにない。
とにかく、こんな姿では変に思われるだろう。
早くここから消えてしまいたい。
「あの、悪いですけどボクご飯食べ終わったんで!次の授業移動だから失礼します、ね!」
あぁもう情けない、噛んだ。
しかも言い訳が苦しすぎる。
授業までまだ三十分とある、いくらなんでも早過ぎだ。
そうは思いながらも、持って来た本とかその他色々掴んで走り出そうとした。
「っ、!?」
…したのに何故か火神くんに腕を引っ張られて尻餅を着いた。
「ちょ、なにす………!」
なにするんですか、そう言いかけた言葉は言えずに終わった。
ボクは火神くんの腕の中に納まっている。
つまり、引っ張られたと同時に後ろから抱きしめられた、のだ。
状況を理解すると顔の温度が急上昇した、気がした。
「…あ、の、火神くん…?」
「…………て」
「え?」
「…さっきのもう一回言って」
小さな声で囁くようにボクの耳元で火神くんが言った。
「………!!」
まずい。非常にまずい。
聞かれていた、のだろうか?
それ以外に思い当たる節がない。
「…何をですか」
えぇい、こうなったらとぼけ通してみよう。
ドクドクと鳴る心臓を抑えた。
「…んー…」
火神くんは困ったように呻いた。
そうです気のせいですだから早く腕を離して下さい!
そんな都合のいいことを考えた。
「…告白?」
そうだ告白だ、と火神くんが思い出したように言った。
最悪のパターンだ、どうしよう。
「…だから何のことですか」
「すきって言っただろ」
確認するようにゆっくりと囁かれた。
違う、違いますと言おうとするけれど心臓が邪魔して上手く舌が回らない。
「…なぁ」
「っ!?」
「何か言えよ」
誰のせいで喋れないかわかってるんですかと叫びたくなった。
火神くんはボクの肩に顔を埋め、抱きしめる腕の力を強めた。
首筋に髪が触れて、変にくすぐったくて恥ずかしい。
「……あ、の」
「ん」
「…………っ」
言えない
言えるわけがない
「…か、火神くんの気のせいですよ!まだ寝ぼけてるんですか?だ、大体ボク男ですよ、何故そんなこと言わなきゃいけないんですか?」
…自分で言うときちんと頭に入ってくる。
そうだ、ボクは男で、火神くんも男、だ。
「…そうか」
少し間をおいて火神くんが静かに言った。
納得してくれたみたいだ。
「…じゃ、なんでこれ嫌がんねーの?」
再度、火神くんの腕に力が入る。
「普通、男にこんなことされんの嫌だろ?なんで逃げようとしねーの」
返事に詰まる。
淡々と火神くんから紡がれる言葉は、確かに正論だ。
…驚いたから、というのもあるだろうがこの状況には嫌なんて感情はない。
むしろ困ったというか…緊張するとか焦っているとか心臓がやけに煩いとか、そんな感情だった。
ボクは、
火神くんのことが?
しかしそれを言うより先に、ひとつ疑問点もあった。
「…じゃあ聞きますけど、火神くんはなんでこんなことするんですか…?」
普通、しないんじゃないか?
というか火神くんの性格を考えると、本当、ありえないに等しいんじゃないだろうか。
「…だって」
だって、なんだ?
その瞬間、くるりとボクは向きを変えられた。
え、
そう思った次の瞬間、視界が真っ暗になった。
…いや、違う
唇に熱くて柔らかい感触。
これは、
「……っ!!!」
火神くんの顔が目の前にある。
火神くんしか見えない。
「んっ…」
思わず声をもらした。
そしてゆっくりと唇が離される。
「…わかんねぇ?」
「は」
「オレ告白してんだけど」
じっと目を見つめられる。
「………へ?」
物事が早く進みすぎて思考が追いつかない。
今、なんと彼は言った?
「…………こく、はく…?」
彼に確認のつもりで恐る恐る聞いてみる。
「日本語でそうだろ、『好き』って言うこと」
「な…ちょ、火神くんどうしたんですか寝過ぎで頭おかしくなったんじゃないですか」
「……ちげぇよ」
勝手に口が動く。
動揺を隠そうとボクは必死だった……
…でも、火神くんの目はきっちりボクを捕らえていて、
冗談じゃないことはわかった。
「…なぁ、黒子…?」
「…っ」
求められるように囁かれると肩が震えた。
背中がゾクゾクする。
それなのに火神くんに触れているところは熱くて、まるでそれぞれが心臓みたいに脈打つ錯覚に襲われた。
依然としてボクは火神くんに抱きしめられたままの態勢で、上手く喋ることはおろか動くこともできなかった。
「…黒子……好きだ…」
いつもの火神くんは一体どこに行ったのか、普段からは想像もできないような優しい声でボクに好きだという君。
やっぱりおかしいんじゃないか、でもその声がすごく心地よくてなんだか溶けそうになるとか思ったボクはきっともっとおかしいんじゃないか。
ぐるぐると思考回路を動かすが、さっきから驚きの連続でもうパンクしそうだった。
いっそ漫画みたいに頭から煙が出て気を失ったりできないものか。
「…か、がみくん……」
あぁもう助けてほしい。
涙目になってる気がするが、そんなことはお構いなしに火神くんを見つめる。
途端、火神くんの頬に赤が加わって、それから両手首を掴まれた。
「…誘ってんの?」
「え、」
そう言われて、ぐるりと視界が回ったかと思えば、火神くんの向こうに蒼い空とちぎれた雲が目に映る。
ボクは火神くんの影に隠れて、
………え?
「んな顔、すんな」
どんな顔だ。
そう言いたかったけど状況が状況なだけに呆然とする。
え、だって、この態勢は
どう見ても、
お し た お さ れ て る ?
「──っ」
息を飲むってこういうことか。
状況を理解した脳はまた急速に思考を張り巡らせ、騒がしく動き出す。
そしてボクがまた口を開こうとすると火神くんに塞がれる。
しかもさっきのと違って下唇を舐めたり角度を変えて触れ続けるものだから、自然と苦しくなって息をしようともがく。
「ん…っあ……っ!」
変に高い声が出て恥ずかしくなるが、それでも火神くんが離れることはなく、むしろ待ってましたとでも言うように舌を絡めてきた。
驚いて目を開ければ、火神くんも少し目を開けていてバチンと目が合う。
赤みがかった黒の瞳に吸い込まれそうで、ボクは再度ぎゅっと目をつぶる。
「っは、…ぁ…ん」
「…いー声出んじゃん」
少し唇が離れたから息をした、
なのにさっきから自分の声とは思えない音ばかり出る。
火神くんの言葉にまた背中がゾクゾクする、本当にどうかしてる。
何故かじわっと涙が滲む。
悲しいとかの感情はなくて、ただただ溢れてくる。
それに気づいた火神くんは何を言うでもなくボクの瞼に唇を落とし始める。
ちゅ、と聞こえるかわからないくらいのリップ音がして、また顔に熱が集まった。
そして唇は目、頬…とだんだん下におりてきて、首筋にも落とされた。
くすぐったくて肩をすくめた。
「火神くん…?」
何を思ったのか、火神くんの唇は首筋から離れず、さっきとは違う場所にまた移動した。
「…っ!ぁ、」
かと思えばながいながい時間、…吸い付かれた、だからびっくりして声をあげた。
「…なんで逃げねーの」
「…え」
離れた唇がまた耳元で動く。
「なんで抵抗しねーの、ホントに誘ってんの?さっきっから…ワリーけどそうにしか見えねぇよ」
「な…っ」
文字だけ見れば中々キツイことを言っているのかもしれない。
しかしそんなこともわからなくなるくらい、火神くんの声色は優しくて甘くて。
ボクは、なんと言えばいいのだろうか
横に逸らしていた視線を戻せば真っ直ぐにボクを捕らえる瞳があって、心臓の音が聞こえるんじゃないかというくらいに跳ね上った。
君に見つめられるだけで、こんなに泣きたくなる。
ボクは、
この気持ちをどう伝えれば
この高鳴りを静めることができるのだろうか
時間が止まったような感覚に陥る
遠くから小さく、
午後の授業を知らせる鐘が鳴るのが聞こえた
青空に攫われた
(その言葉を言うべきなのだろうか、)
090303
胸の奥が疼くような、痛いのに甘い感覚をおぼえた。
そうだ、彼のとなりにいるといつもそうだった。
昼休みの屋上は、たいていボクと彼だけの空間になる。
入学してすぐ、部活のあれで屋上は立入禁止になったのだが、何故か扉の鍵はかかっていなかった。
どうにも矛盾しているが、鍵がかかっていなければ普通に外に出れる訳であって、
それを知って以来昼休みは何となくここに来てしまう。
今日もまたいつもと同じように来た。
しかし今日は彼の方が先に来ていて、というか寝ていた。
一応声をかけてみる。
「火神くん」
「…ん……」
ごろん、と寝返りをうった彼のとなりに腰をおろし昼食をとる。
時々彼の方に目をやれば、それはもう気持ち良さそうに寝ているものだから、もう暫くこのままでもいいかと思ってしまう。
多分授業をサボってここで寝ていたんだろう。
安易に想像できるが、彼の頭上にはまだ手をつけていないパンがあって、つまりこれはボクを待っていてくれたんだと思うと何故か口元が緩んだ。
彼──火神くんに言わせたら腹の足しにもならないような少量の昼食を終える。
ボクにはこれで充分だ。
紙パックのお茶をズズ、と音をたてて飲み終える。
彼を見ると、まだ起きる気配はなさそうだ。
「……へぇ…」
規則正しい呼吸をする彼をまじまじと見つめた。
意外と言ったら失礼かもしれないが、案外睫毛が長い。
スッととおった鼻に赤毛の入った短髪。
なんだかかっこいいな、と思う。
そんな彼を見ていると、どうにも優しい気持ちになってしまうのはおかしいだろうか。
眠っていると可愛さ倍増とか思ったボクはどこかおかしいのだろうか?
じん、と胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
「…火神くん、」
この様子だと今は夢の中。
ボクの声は届かないだろう。
「………すき」
ぽつり、消え入りそうな言葉が出た。
──は?
今、自分は、
なにを口にした?
「……っ!」
思わず口を両手で塞いだ。
意味はない、もう言葉になって空に吸い込まれた。
それでもそうせずにはいられなかった。
後から後から顔に、手に、全身の熱が集まって沸騰しそうだ。
すき、と。
回らない頭で何度も呟く。
すき、
好き?
何が、誰が――ボクが?
何を、誰を――…
ちらっと彼に目をやればそこには上半身を起こした彼がいて、
…って、いつの間に起きたんですか!?
表情にはあまり出てないだろうが驚いた。
「…オレ寝てたのか」
ぼんやりとした声で尋ねる。
まだ寝ぼけているようだ、大丈夫きっと聞かれてなんかない。
「ぼ、ボクが来たときはもう寝てまし、た」
「あー…マジ?」
火神くんはボリボリと頭をかく。
こくこくとボクは頭を上下にふった。
大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせるが、しばらくは顔から熱が引きそうにない。
とにかく、こんな姿では変に思われるだろう。
早くここから消えてしまいたい。
「あの、悪いですけどボクご飯食べ終わったんで!次の授業移動だから失礼します、ね!」
あぁもう情けない、噛んだ。
しかも言い訳が苦しすぎる。
授業までまだ三十分とある、いくらなんでも早過ぎだ。
そうは思いながらも、持って来た本とかその他色々掴んで走り出そうとした。
「っ、!?」
…したのに何故か火神くんに腕を引っ張られて尻餅を着いた。
「ちょ、なにす………!」
なにするんですか、そう言いかけた言葉は言えずに終わった。
ボクは火神くんの腕の中に納まっている。
つまり、引っ張られたと同時に後ろから抱きしめられた、のだ。
状況を理解すると顔の温度が急上昇した、気がした。
「…あ、の、火神くん…?」
「…………て」
「え?」
「…さっきのもう一回言って」
小さな声で囁くようにボクの耳元で火神くんが言った。
「………!!」
まずい。非常にまずい。
聞かれていた、のだろうか?
それ以外に思い当たる節がない。
「…何をですか」
えぇい、こうなったらとぼけ通してみよう。
ドクドクと鳴る心臓を抑えた。
「…んー…」
火神くんは困ったように呻いた。
そうです気のせいですだから早く腕を離して下さい!
そんな都合のいいことを考えた。
「…告白?」
そうだ告白だ、と火神くんが思い出したように言った。
最悪のパターンだ、どうしよう。
「…だから何のことですか」
「すきって言っただろ」
確認するようにゆっくりと囁かれた。
違う、違いますと言おうとするけれど心臓が邪魔して上手く舌が回らない。
「…なぁ」
「っ!?」
「何か言えよ」
誰のせいで喋れないかわかってるんですかと叫びたくなった。
火神くんはボクの肩に顔を埋め、抱きしめる腕の力を強めた。
首筋に髪が触れて、変にくすぐったくて恥ずかしい。
「……あ、の」
「ん」
「…………っ」
言えない
言えるわけがない
「…か、火神くんの気のせいですよ!まだ寝ぼけてるんですか?だ、大体ボク男ですよ、何故そんなこと言わなきゃいけないんですか?」
…自分で言うときちんと頭に入ってくる。
そうだ、ボクは男で、火神くんも男、だ。
「…そうか」
少し間をおいて火神くんが静かに言った。
納得してくれたみたいだ。
「…じゃ、なんでこれ嫌がんねーの?」
再度、火神くんの腕に力が入る。
「普通、男にこんなことされんの嫌だろ?なんで逃げようとしねーの」
返事に詰まる。
淡々と火神くんから紡がれる言葉は、確かに正論だ。
…驚いたから、というのもあるだろうがこの状況には嫌なんて感情はない。
むしろ困ったというか…緊張するとか焦っているとか心臓がやけに煩いとか、そんな感情だった。
ボクは、
火神くんのことが?
しかしそれを言うより先に、ひとつ疑問点もあった。
「…じゃあ聞きますけど、火神くんはなんでこんなことするんですか…?」
普通、しないんじゃないか?
というか火神くんの性格を考えると、本当、ありえないに等しいんじゃないだろうか。
「…だって」
だって、なんだ?
その瞬間、くるりとボクは向きを変えられた。
え、
そう思った次の瞬間、視界が真っ暗になった。
…いや、違う
唇に熱くて柔らかい感触。
これは、
「……っ!!!」
火神くんの顔が目の前にある。
火神くんしか見えない。
「んっ…」
思わず声をもらした。
そしてゆっくりと唇が離される。
「…わかんねぇ?」
「は」
「オレ告白してんだけど」
じっと目を見つめられる。
「………へ?」
物事が早く進みすぎて思考が追いつかない。
今、なんと彼は言った?
「…………こく、はく…?」
彼に確認のつもりで恐る恐る聞いてみる。
「日本語でそうだろ、『好き』って言うこと」
「な…ちょ、火神くんどうしたんですか寝過ぎで頭おかしくなったんじゃないですか」
「……ちげぇよ」
勝手に口が動く。
動揺を隠そうとボクは必死だった……
…でも、火神くんの目はきっちりボクを捕らえていて、
冗談じゃないことはわかった。
「…なぁ、黒子…?」
「…っ」
求められるように囁かれると肩が震えた。
背中がゾクゾクする。
それなのに火神くんに触れているところは熱くて、まるでそれぞれが心臓みたいに脈打つ錯覚に襲われた。
依然としてボクは火神くんに抱きしめられたままの態勢で、上手く喋ることはおろか動くこともできなかった。
「…黒子……好きだ…」
いつもの火神くんは一体どこに行ったのか、普段からは想像もできないような優しい声でボクに好きだという君。
やっぱりおかしいんじゃないか、でもその声がすごく心地よくてなんだか溶けそうになるとか思ったボクはきっともっとおかしいんじゃないか。
ぐるぐると思考回路を動かすが、さっきから驚きの連続でもうパンクしそうだった。
いっそ漫画みたいに頭から煙が出て気を失ったりできないものか。
「…か、がみくん……」
あぁもう助けてほしい。
涙目になってる気がするが、そんなことはお構いなしに火神くんを見つめる。
途端、火神くんの頬に赤が加わって、それから両手首を掴まれた。
「…誘ってんの?」
「え、」
そう言われて、ぐるりと視界が回ったかと思えば、火神くんの向こうに蒼い空とちぎれた雲が目に映る。
ボクは火神くんの影に隠れて、
………え?
「んな顔、すんな」
どんな顔だ。
そう言いたかったけど状況が状況なだけに呆然とする。
え、だって、この態勢は
どう見ても、
お し た お さ れ て る ?
「──っ」
息を飲むってこういうことか。
状況を理解した脳はまた急速に思考を張り巡らせ、騒がしく動き出す。
そしてボクがまた口を開こうとすると火神くんに塞がれる。
しかもさっきのと違って下唇を舐めたり角度を変えて触れ続けるものだから、自然と苦しくなって息をしようともがく。
「ん…っあ……っ!」
変に高い声が出て恥ずかしくなるが、それでも火神くんが離れることはなく、むしろ待ってましたとでも言うように舌を絡めてきた。
驚いて目を開ければ、火神くんも少し目を開けていてバチンと目が合う。
赤みがかった黒の瞳に吸い込まれそうで、ボクは再度ぎゅっと目をつぶる。
「っは、…ぁ…ん」
「…いー声出んじゃん」
少し唇が離れたから息をした、
なのにさっきから自分の声とは思えない音ばかり出る。
火神くんの言葉にまた背中がゾクゾクする、本当にどうかしてる。
何故かじわっと涙が滲む。
悲しいとかの感情はなくて、ただただ溢れてくる。
それに気づいた火神くんは何を言うでもなくボクの瞼に唇を落とし始める。
ちゅ、と聞こえるかわからないくらいのリップ音がして、また顔に熱が集まった。
そして唇は目、頬…とだんだん下におりてきて、首筋にも落とされた。
くすぐったくて肩をすくめた。
「火神くん…?」
何を思ったのか、火神くんの唇は首筋から離れず、さっきとは違う場所にまた移動した。
「…っ!ぁ、」
かと思えばながいながい時間、…吸い付かれた、だからびっくりして声をあげた。
「…なんで逃げねーの」
「…え」
離れた唇がまた耳元で動く。
「なんで抵抗しねーの、ホントに誘ってんの?さっきっから…ワリーけどそうにしか見えねぇよ」
「な…っ」
文字だけ見れば中々キツイことを言っているのかもしれない。
しかしそんなこともわからなくなるくらい、火神くんの声色は優しくて甘くて。
ボクは、なんと言えばいいのだろうか
横に逸らしていた視線を戻せば真っ直ぐにボクを捕らえる瞳があって、心臓の音が聞こえるんじゃないかというくらいに跳ね上った。
君に見つめられるだけで、こんなに泣きたくなる。
ボクは、
この気持ちをどう伝えれば
この高鳴りを静めることができるのだろうか
時間が止まったような感覚に陥る
遠くから小さく、
午後の授業を知らせる鐘が鳴るのが聞こえた
青空に攫われた
(その言葉を言うべきなのだろうか、)
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