火黒(2009/02/19~2010/11/21分)




秋空に、風が。
頬を撫でていったのは夏の湿気を含んだものではない、ほんの少し冷たさを含んだそれ。

「…なあ」
「なんですか」
「空見て楽しいか」
「楽しいですよ」

雲の流れ、速いですよねと晴れた空に向かって黒子は言った。
そしてしばらく沈黙が続いたあと、また火神が口を開く。

「なんか…あっという間に夏終わったな…」
「つい最近まで火神君バテてましたもんね」
「日本の夏って気持ち悪ィんだよ。空気がまとわりつくみてぇで」
「仕方ないですよ」
「練習しかやらなかったし」
「花火大会に行ったじゃないですか」
「……みんなで、な」
「…あぁ、なるほど。じゃあ来年はこっそり遠出でもしましょうかね」
「あーそれいい。約束な!」

火神は今まで寝転んでいた体を上半身だけ起こす。
火神のランニングコースでもある土手に二人はいた。

「…そうですね、確かに結構あっという間だったかもしれません」
「うん?」
「半年ですか…」
「何が」
「高校入って、です」

──君と出逢って。

「あー…そっか」
「こう…あ、色々思い出したらなんかすごいですよね」
「は?」
「初っ端から黄瀬君に勝負ふっかけたり」
「…」
「やたら食べるし」
「……」
「一学期の中間は散々だし」
「………」
「色々無茶するし」
「…………」
「やたら食べるし」
「あーもういいっ!!なんでオレのことだけ!?つーか食べるとか二回言わなくていいだろ!!」
「だって事実ですもん」
「んのやろ…!」
「え、わっ」

火神が勢いよく黒子を引き寄せたかと思うと、そのまま腕の中に黒子を閉じ込める。
もはや慣れてしまったその体勢に何も違和感はないが。

「……ここ外ですけど」
「知るか。見せつけてやれ」
「………」
「……なんだよその目」
「…こんなにストレートな人だとは」
「今更」
「それに慣れてしまった自分がいてなんか複雑です」
「いいじゃねぇか、屁理屈こねるより。お前もそのひねくれやめてみろ」
「火神君は良く言えばストレートですが別の言い方をすればただの直球馬鹿です」
「……テメェ」
「ボクだってこれくらいは素直に言えますよ?」
「…あーもう!」

ガシガシと黒子の髪を乱す。
完全に黒子ペースに持ち込まれた火神は腕の力を強めるしかない。

「……まあ、そういうの引っくるめて好きになってしまったのも結構問題ですけど、ね」

ぽつり、と黒子が小さく呟く。

「…同感」
「珍しく意見が一致しましたね」
「最初は結構考えたかもしんねーけど…やっぱり好きなもんは好きだ、うん」
「…全く、」

君という人は。
言いかけてやめた。わかりきったことだから。
黒子は火神の腕の中から抜け出して立ち上がった。

「…帰りましょうか」

気の抜けた声と共に火神も腰をあげる。

「腹減ったなー」
「火神君、お昼もあれだけ食べたじゃないですか。もう本当食べ過ぎです」
「ハイハイわかったわかった」
「そう言いながらマジバの方向に進むのやめて下さい」
「…まだ帰るのもったいねぇ」
「…なんでですか?」
「こんなに外が気持ちいいの久々な気がするし」
「まあ確かに」
「あと…黒子がナチュラルに手ェ繋いでくれてるから?」
「…!」
「おっと、逃がさねーよ?」
「…気まぐれです」
「うん。それでいい」

いつもは、こんな明るい時間帯は部活をやっているから。
手を繋いだことはあっても、こんなに白昼堂々するのは…明らかに油断していた。
黒子は自分の手を引く火神を気づかれないように見る。

半年、か。

先程の言葉を脳内で再生して。
それから、自分よりもずっと大きく、力強いあたたかな手を見つめて。


……あぁ、こんなにも、


並んで歩く、幸せを。
君と出逢えた、幸運を。
恋をした、あたたかさを。
君を想う、この瞬間を。


全部ぜんぶ、これからも大切にしよう。


時刻はもうすぐ西日になるというところ。
その唇は、柔らかく曲線を描いていた。



世界でいちばん幸せなボクの話。

(そう思わずにはいられないのです)



END

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