火黒(2009/02/19~2010/11/21分)



これはもう病気なんじゃないか、と赤髪は思う。
その腕の中で静かに寝息をたてる恋人を見つめながら。
時々空色の髪を撫でながらその柔らかい唇に口づける。
それはやさしく触れるだけ。起こさないようにそっと。

(『すき』、って。)

心の中で先程囁かれた声を再生する。
ゆっくりとした、一音一音を壊れ物を扱うかのようなそんな声で。

(──知らなかった、な)

こんな感情を自分が抱くことができるなんて、知らなかった。
こんなにもやさしくて、あたたかくて。
まもりたいと、思う。
この温度を守りたい。他の誰でもない、自分が。

すぅ、と柔らかい髪に鼻を埋めれば甘いような、安心するような香りに満たされる。
おかしいものだ、今日は同じシャンプーを使ったはずなのに。
そう思って重症だなと笑った。

「………ん…」

もぞりと腕の中で動いたのに気づいて、起こしてしまったかと少し焦る。
顔を覗けば、ゆっくり、ゆっくりと瞼が上がった。
そして、開ききらずにとろんとした髪と同じ色の瞳がこっちを見上げた。

「……ねちゃいました…」
「いいぜ、別に。」
「よく、ないです…」

目を軽く擦って、再度目が合う。
吸い込まれそうなその色に、思わず喉が鳴った。

「ねみーんだろ?」
「ねむくないです」
「嘘つけ」
「……おきていたいです」
「なんで?」

耳元に唇を寄せ、後ろ髪を梳く。

「ん…っ…、だって、」
「ん?」
「君と、せっかく一緒なのに…、もっと、ちゃんと……」

そこまで言って恥ずかしくなったのか、俯いて黙ってしまった。
まあ何が言いたいのかはだいたいわかったので、よしとしよう。
名前を呼ぼうとして、口を開く。
それと同時に首に腕が回されたと思ったら、視界に映ったのは長い睫毛。
そしてくちびるに柔らかい感触。

「………」
「………っ、」

触れただけの唇が離れていく。
驚いて硬直。そんな様子を見て少し優越感が起きたのだろう、当人は微笑んだ。
そして小さなくちびるで言葉を紡ぐ。

「…『ちゃんと』したいじゃないですか」
「……お前、なぁ…!」
「顔、赤いですよ」
「うっ…」
「ね、わかってください」
「……わーってるよ!」

ガシガシと自分の赤髪をかきながら、ぎゅうと今一度、抱きなおした。
間近にある互いの顔に目が逸らせない。

「……ありがとうございます」
「…?」
「君を、好きでいさせてくれて、ボクを、好きになってくれて…」
「………」
「…あったかい、君が好きです」

まるで花が開くようなやわらかさで小さく微笑まれて、どうしようもなく愛しい感情が溢れ出す。
流れるように頬に手を添えれば、音もなく手が重ねられる。

「……オレも、だ。」

お前みたいに上手くは言えないけれど。精一杯伝えるから。

重なる温度が、赦される限り。
この恋は、終わらない。


メルティック・ナイト

(今宵月降る空の下、)


END

100313

5/28ページ
スキ