火黒(2009/02/19~2010/11/21分)
※高三・悲恋
「…おわりに、しましょう」
そう静かに、赤い瞳を見て言った。三年間、あまり縮むことのなかったその差。
緩やかに吹く風にまだ少しの冷たさを感じながら、ふと空を見上げた。
悲しいくらいに晴れた、雲一つない青が広がる。
「…勝手でごめんなさい」
「………」
「でも…頃合いなのかな、と思ってしまったんです」
ゆっくりと紡いでいく言葉は、嘘と真実。胸の奥深くにある、本心。
──笑うこともできない、事実だ。
第二回誠凛高校卒業式。
涙は、出なかった。
「三年間、君の隣にいることができて…ボクは本当に幸せでした。君に出会えたことで、バスケも、何気ない時間も、あんなに楽しかったのは初めてでした」
火神は口をひらかない。
黒子は時折呼吸を置いて、またゆっくりと話し出す。
「……でも、この先はもう、…………だめ、だ、と思いました」
視線を足元に逸らし、唇を噛む。
ちょうどいい時期なのだ、と黒子は思う。
入学して、火神と出会い、部活漬けの毎日の中でどこで狂った歯車なのか、惹かれ合って恋をした。
隣にいることが当たり前で、その当たり前がうれしくて、うれしくて、本当に、あたたかくて。
こんなにも誰かを大切にしたいと思ったのは初めてだった。だからこそ、三年間、不器用だとわかっていても精一杯の気持ちを伝えようとしてきた。
嬉しいことにそれは火神もそうなのらしい、ということをいつだったか聞いたのを思い出す。
あんなにも誰かから大切にしてもらったのは初めてだった。その優しさで、死んでしまうとさえ思った。
しあわせだった。本当に。
だがふと思ってしまった。『いつまでこうしていられるだろうか』と。
いわゆる世間一般的には受け入れられないであろう、この関係。
一度考えてしまうと、どんどんマイナスに走っていく。
初めてそんな夢を見てしまったときは、泣いてしまった。女々しいなとは自覚していたが、それよりも……こわかったのだ、避けられない『いつか』を受け入れることが。
一度だけ打ち明けた不安。抱きしめられながら、震える声を響かせて言われた言葉にそのときはとても安心したものだ。ひと時のものだとしても。
しかし二年経ち、受験だの就職だのという時期に考える、未来のこと。
想像できなかった。二人でいることが。
大学に行くとかバスケがどうとかそういうことよりも先が全く想像できなかった。
就職、上手くいけば結婚、とそこまで考えた。
他の女性と幸せそうに過ごす火神。やけにリアルにそれが構成されていき、……もはや火神の傍に自分を置けなかった。
思った。それが普通の、幸せなんじゃないかと。
それを、自分が邪魔してはいけないと。
いつか見た夢では、火神から告げられた別れ。
どうせ避けられない道ならば、いっそ自分から。
「…終わりに、しましょう」
そう静かに、赤い瞳を見て言った。三年間、あまり縮むことのなかったその差。
緩やかに吹く風にまだ少しの冷たさを感じながら、ふと空を見上げた。
悲しいくらいに晴れた、雲一つない青が広がる。
「……そんなもんなのかな」
ポツリ、と火神が小さく呟いた。
黒子にはまだその意味が汲み取れない。
「やっぱりこうなるしかねェのか?なぁ、オレわかんねぇよ、黒子…っ!」
「…ごめんなさい」
これが、きっと一番いい選択なんだ。
そう言い聞かせる。
我が儘を言ってはいけない。火神の未来は、自分なんかに振り回されていいものじゃない。邪魔をしたら、いけない……。
「でも、火神君。君と過ごした三年間、ボクは忘れません。色々なことを教えてくれた火神君が、本当に、……本、当に……っ」
君に会えなければ、こんな感情を知ることもなかっただろう。
空を見上げる。君と出会った日も、確かこんな天気だった。
「……ごめん」
「……」
「今まで、…ずっと考えてたんだろ…?」
「……」
「一人で背負わせて、ごめん、」
「…火神、君」
「もう……おしまいだ」
瞬間、抱きしめられた反動で呼吸が止まる。
ドクドクと早打つ心臓は、今も三年前も変わらない。
ぎゅう、と回された腕が震えているのは気づかないフリをした。
なにもかも終わりだ。
自分から砕いた未来。これから黒子が描くそれに、愛しいこの人の姿はもう、ない。
だから、今、今、この瞬間だけでいい。君の熱を最後に、この体に刻みつけることをどうか許して。
幸せだった、本当に。
しあわせだった。
あんなにも、君のことがすきだった。
100117
こちらの作品は2015年10月11日火黒オンリーにて発行した「Memories」という本の一部となりました。
このページのものは当時書いた文章そのままです。