火黒(2009/02/19~2010/11/21分)
ボクはこの人を、すごく、ものすごく、とてつもなく、ずるいひとだと思う。
だから、これくらい君に比べたら全然、全くもって可愛いことでしょう?
*
「あー、スカッと晴れねーなぁ……やんなるぜ」
「ですねぇ」
湿気を含んだ風が、屋上で遊んでいる。
火神と黒子はいつものごとく二人で昼食をとっていた。
相変わらず、その量は正反対で。
「いっつも思うけどさー、ホンットよくそれで腹いっぱいになるよなオマエ」
「火神君こそいい加減もう少しバランス考えたらどうですか?そんな炭水化物ばっかり…」
「だって腹溜まんねーんだよ」
「もう…」
火神は大量のパンを広げ、黒子は今日は弁当のようだ。
栄養バランスの面で言えば、火神は偏り過ぎている。
他人がどうこう言ったところで、本人の意識が向けられなければ改善できるものもできない。
後でカントクから言ってもらおうと黒子はため息をついた。
「はー、食った食った」
黒子が一人悶々と考えている間に火神はパンをすべて食べ終えてしまったらしい。
ちゃんと噛んでいるのかという疑問を黒子はぼんやりと抱いた。
口には出さないが。
「次授業なんだっけ?」
「古典です」
「……サボりたい」
つーか授業数多過ぎだろ!と火神はぶつくさ文句を言っている。
いつものことだ。
「…んー、黒子、それ」
「?何ですか?」
「すげぇ、真っ赤」
「さくらんぼですよ。アメリカのものとは種類が違いますから」
デザートとして入っていたさくらんぼを口へ運んで行く。
みずみずしい甘酸っぱさが口の中に広がる。おいしい。
黒子は火神を見て、それからさくらんぼを見て、もう一度火神を見た。
「……いります?」
さくらんぼ、と言うと、うんと素直な返事が返ってきた。
火神が右手を出す。
しかし黒子は言葉に反して、さくらんぼを口元へと運んだ。
「え、おい」
「火神君、」
慌てた火神の声を遮って、黒子が火神を見上げた。
意味がわからないと火神が疑問符を浮かべていると、二言三言、黒子の唇が動いた。
「…!…お、お前なぁ…!!」
それを読み取った火神は、あーだとかうーだとか、妙な声を発しながらほんの少し、赤くなった。
黒子はジッと、火神を見つめたまま。
「……んなこと他の誰にもやんじゃねーぞ」
…一体君以外の誰にしろというのかと黒子は思った。
黒子ははむ、とさくらんぼを唇に挟んで目を閉じる。
さぁ火神君、据え膳食わぬは何とやらです。
黒子がそんなことを思う間もなく、手首を掴まれて火神が重なった。
「…ん、」
どちらともわからない声がもれる。
一呼吸おいてから、ゆっくりと火神が黒子から離れていく。
「…あま」
ぺろり、と火神が己の唇を舐めた。
それがどうしようもなくサマになっていて、黒子はほらやっぱり、と心の中で思う。
「…さくらんぼのせいです」
「いや、お前のせいだろ」
「というか、火神君がいけないんです」
「はぁ!?」
「…全部、君がいけないんです」
だって、どんなに頑張っても君には敵う気がしない。
ボクが負けず嫌いなの、知ってるでしょう?
「……火神君」
「何」
「…なんでもないです」
「なんなの!さっきから意味わかんねーよお前!!」
声を張り上げて火神が言う。
本当によく変わる表情だ。
黒子は火神に見えないよう、小さく笑って、それならと火神の袖を引っ張って自分の方に寄せた。
バランスを崩した火神の耳元で本日二度目の悪戯をしてみる。
「…だいすき、です」
「……!」
平然とキスをするくせに、君はこの一言で真っ赤になってくれる。
それなら、こんな恥ずかしい言葉でも伝えたいと思う訳なのです。
「…ハイ古典サボり決定。黒子のせい。」
「え、ちょっ!」
「あんなこと言っといて何もされないと思うなよ?」
さっきまで真っ赤だったくせに、もう形勢逆転。
今度はボクが真っ赤です。ついでに君の腕の中です。
「…上等です」
精一杯の、ボクの愛情表現。
それでも君には敵わない。
でもやっぱり悔しいから、また別の手で真っ赤にさせてみせますと心の中で誓います。
負けず嫌いの挑戦者
(要するに幸せだなぁ、と。)
END
090621
*捧げものでした