火黒(2009/02/19~2010/11/21分)


※火黒←黄


始まりはいつも唐突である。
こいつに常識なんて、ないのだ。

「くーろーこーっちー!遊びに来たっスよぉぉってイタ!何!?何で黒子っちオレにボール投げてんの!?」
「練習です邪魔です帰ってください邪魔です」
「ジャマって2回ゆった…!」
「大事なことなので2回言いました」

シレッと言い放つ黒子に、なんで待ってぇ黒子っちぃぃぃとモデル顔を歪めながら黄瀬は黒子のシャツの裾を引っ張っている。

「伸びますやめてください。さわらないでください」
「ちょっ、いつにもまして黒子っちがキツイっス…!」

この黄瀬と黒子のやり取りにもさほど気にせず、誠凛バスケ部は練習に集中している。
全く、慣れとは恐ろしいものだ。
黒子はギロリと黄瀬を睨んでから口を開いた。

「…で、何ですか?」
「へ?」
「今日は何の用ですかと聞いているんです」
「……用がなきゃ来ちゃ「黄瀬くん?」スマッセーン!!!」

ズザァと音がしたかと思う程、黄瀬が黒子に勢いよく……土下座した。
黄瀬の言葉を途中で遮った黒子の声色はいつもより少し低めで、完全に怒気を含んでいた。
ぷい、と黒子は絶賛土下座中の黄瀬を横目で見ながら顔を背けた。

「…で?」

それでも尚黄瀬から聞き出そうとするのは、その用が終わらない限り黄瀬が帰らないことを知っているからである。
黒子にとっては迷惑極まりない。
しかしそんな黒子の気も知らず、黄瀬は嬉しそうに話し出した。

「えっとね、今日は、黒子っちの日なんス!」
「……誕生日はまだ先ですが」

ついに頭が沸いてしまったかと黒子は哀れみの目で黄瀬を見た。

「ちがうっスよ!2009年6月5日、で、ホラ黒子っち!」

顔を輝かせて「ね!」と笑う黄瀬に若干引きながら、「…そう、ですか…」と黒子は相槌を打った。

「ハイ、だからこれ!」
「…………」

バッグから黄瀬が取り出したものは。

「…いりません」

完全に女の子向けだろうと思われるぬいぐるみやらバニラの香りを漂わせる小物やら。

「これ緑間っちが…」
「わかりますけど。ラッキーアイテムなんでしょうけど。ボクは女の子じゃないですし、そんな急に持って来られても持って帰れません」
「くろこっちー…」

しゅんとうなだれる黄瀬を見て、黒子はため息を一つした。
そして、できる限りの優しい声で話しかける。

「気持ちだけもらっておきますから、ね?」
「…黒子っち!」

勢いよく顔を上げて、ぱぁ、と瞳を輝かせる黄瀬をたいそう面倒だと思いつつ、さらに優しい声で黒子の言葉が紡がれた。

「だから早く帰ってください」
「文脈おかしいっスよ!?」
「帰ってください」

断固としてそれ以外言うまいと黒子は粘る。
そして、やはりいつも通りに終わりを迎える。

「黒子っちのばかー!でも好きー!!」

目を潤ませながら、黄瀬は走り去って行った。
その背中を見つめながら、黒子は馬鹿って言った方が馬鹿なんです黄瀬くんのばか。と小さく呟いた。



「…日向ー」
「何伊月」
「火神いなくね?」
「なんか呼び出しくらったって黒子が不機嫌そーに言ってた。でもさっき来たの見たけど…」
「ふーん」




「はーい、じゃあ今日はここまでね!解散!」

リコの声が凛と体育館に響き、練習が終わる。

「黒子!」
「…あ、火神君来てたんですか」
「…なんかお前やつれてね?」
「ちょっと…色々ありまして」

他人にはいつもとたいして変わらないように見える黒子の表情に、火神の頭にふと金髪が浮かぶ。
部活に来るときすれ違ったのだ。

「火神君、火神君、バニラシェイク…飲みたいです…」
「あーうん、マジバな」

いつもの上目遣いも少し霞んでいるような気がして、火神はポンポンと黒子の頭を叩いた。
呼び出しをくらったせいでたいして練習には出られなかったが、何故か腹は空いている。
男子高校生の食欲はナメたらいけない。

「お疲れ様でした、お先に失礼します」
「おつかれーっしたー」
「火神は疲れてないだろー」
「…ハイ。」

先輩達に笑われながら、二人は部室を後にした。
向かう先はいつものあの店、あの席。



「お前、席座ってろよ。いつものでいいんだろ?」
「あ、はい」

列に並んだ火神のバッグを受け取り、いつもの席に腰をおろす。
読みかけの本を取り出し、少し読み進めた頃、火神は戻ってきた。
いつものよりかは少なめのハンバーガーの山と、ドリンクが2本。

「…2本…?」
「は?」
「火神君コーラですか?」

ドスンと椅子に座った火神に黒子は問い掛ける。

「ちげーよ、お前の」

ん、と目の前に2本のバニラシェイク。

「えぇと…よくわからないんですが」
「………だって今日、」

ガシガシと自分の頭をかきながら、火神はあーもう、と息を吐く。
それから頬杖をついて窓の外に顔を向けて言った。

「……お前の日、なんだろ」

ボソッと呟くように紡がれた言葉に、黒子はゆっくりとまばたきをしてから、くすり、と微笑んだ。

「聞いてたんですか?」
「……聞こえたんだよ」
「だったらもっと早く来てくださいよ」
「いやなんか雰囲気的に…な…」

やっぱり言わなきゃよかったと火神は口を尖らせたが、黒子は嬉しくてしょうがない。
話を聞いていたとはいえ、まさか律儀にこんなことをするとは。

「…火神君…もしかして、ちょっと妬きました?」

黄瀬君のに。とわざと強調してみる。
火神はバーガーをガツガツと頬張りながらブンブンと首を横に振った。
ゴクリとそれを飲み込んでから口を開く。

「…『ちょっと』じゃねーよ」

それだけ言うと、またバーガーを口に運んでいく。
黒子はシェイクを啜るのをいったんやめ、ありがとうございます、とだけ小さく言った。


君のための日

(顔が赤いのは見逃してください)



END

090605


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