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雨が降って地面が固まるような

「兄、ソンギュ兄、あの、ウヒョニ兄が...」
ソンギュが終演後の楽屋で共演者やスタッフたちと舞台の出来について互いに労い合っていると、観劇に来ていたソンジョンが青い顔で駆けつけてきて衣装の袖口を引きながらそう言った。
小刻みに震えているその手には既に通話の途切れた携帯電話が握り締められている。
画面に残る文字は『ウヒョニ兄』
いい年齢としをした末っ子と三男坊がまた喧嘩でもしたのかとソンギュは頭の中でしかめっ面をした自分を思い描いた。
俺たち、結成何年だと思ってんだ。

共演の先輩が楽屋に戻って来てソンギュの注意はソンジョンから離れ共演者の方に向く。
「兄!お疲れさまでした。 あそこのアドリブびっくりしましたよ!でもお客さんにすごいウケて成功でしたね」
「ソンギュもお疲れ。 今日は客の反応最高だったな!お前のおかげだ」
大先輩に褒められ、まんざらでもないのか「そんなことないです」と言いながらソンギュから笑顔がこぼれた。

「で、ウヒョニがなんだって?」
共演者との会話の片手間に訊き返す。
「事故に遭って緊急搬送されたって...いま、コナム兄から... ウヒョニ兄...」
耳打ちするように小声でソンジョンが答える。
「え?」
「だから」
「いつだ!」
一瞬で血の気が引き、青いを通り越して真っ白な顔になってしまったソンギュが低い声で訊く。
色味を失った唇が見て取れるほど震えている。

「あいつ、大丈夫なのか?!いまどこに...」
ソンジョンがソンギュの手を握る。
「何か耳が聴こえなくなったって言ってたけど、とりあえずちゃんと意識もあって命に別状はないし心配ないって、コナム兄が言っ...」

心配ないというその言葉は、ソンギュには届いていないようだった。
「耳?!どこの病院だ!あいつ、いまどこにいんだよ!」
「にゅ、入院を勧められたけど家に帰っちゃったって... 事務所からもこれから色々ニュースが出るだろうけど心配しなくていいってメッセージが」

「そういう問題じゃないだろ!」

その剣幕に押されてソンジョンが答えると、まだ話の途中だというのに共演者への挨拶もそこそこに衣装も着替えずソンギュは楽屋を出て行ってしまった。

「あーあ。ウヒョニ兄の耳のこと、一過性のものだから心配ないって言えなかったな。ホントせっかちなんだからウチのリーダー様は」
ソンジョンは呆れたというように肩を竦めた。

「あれ、ソンジョア。ソンギュはアイツ慌ててどこ行ったんだ?深刻な顔してたけど... トイレかな?」
外で電話をしていたマネージャーが入れ違いで入ってきて戸惑い顔で訊いた。

「ソンギュ兄なら急用が出来て先に帰りましたよ。僕らも帰りましょうか。お腹空いたな...どこかに寄って何か食べて行きましょう」
「そんな...なんで引き止めてくれなかったんだ。逃したと知られたらまた室長にどやされる」
半泣きの新人マネージャーの背中をトントンと叩きながら安心させるようにソンジョンが言う。
「大丈夫ですよ。ソンギュ兄ならきっとウヒョニ兄の家にいるはずです」
「えっ?」
「それより最近僕、演技のレッスンすごい頑張ってるからさ、だからマネージャーチームで僕にもいい台本見つけてきてよ、ね?兄」
にっこりと笑いかける笑顔がゾッとするほど美しく、いっそ悪魔的でさえあった。
「え?え?だから何の話をして??」
ソンジョンの話していることの意味がわからず、気の毒なマネージャーはアタフタするばかりだった。



ソンギュの代わりに共演者とスタッフの間を回り何種類かの差し入れを配り終え、退出の挨拶を済ませると劇場裏の車寄せで迎えを待ちながらひとり、ソンジョンはアハハと声を上げて笑った。
涙が出るほど腹を抱えてひとしきり笑う。

ーーすぐホントのことを教えるつもりだったのに、ソンギュ兄があんなに取り乱すから。
あとで何か言われるかな?もしかしたらものすごく怒られるかも。

でもまあ、いいか。
なんにせよウヒョニ兄は褒めてくれるだろうから、今度めちゃくちゃ高いレストランで食事でも奢らせよう。

車に乗り込んだソンジョンはすぐさま高級レストランの検索に勤しんだ。





*********************************
どうやって拾ったのかわからないタクシーに乗り込んで、ネットのニュースを見る。
ソンギュの長い指が焦れるように画面をタップした。
『INFINITE ナムウヒョン、撮影中の移動車が事故』
『INFINITE ウヒョン、事故。撮影中断で緊急搬送』
物騒な見出しが目に飛び込んでくる。
記事を読んでも何が書いてあるのか内容がひとつも頭に入ってこなかった。

ソンジョンが言っていた耳が聴こえないって、あいつ耳をどうかしたのか...?
傷が残るような大きな怪我でなければいいと思いながら何度かかけたウヒョンへの電話が繋がらないのがいやに不安を煽った。
家にいるというのだから、おそらく酷い状態というのではないのだろう。
きっと、そうだ。
絶対にあいつは大丈夫。

運動神経の良いウヒョンに限って、大きな怪我なんかするはずがない。
それにあいつは無駄に運が良いんだ。
これまでだってあいつの強運のおかげでチームがなんとかなったということが何度もあったじゃないか。

絶対に絶対、大丈夫に決まってる。
でも、少しでも...いや、いますぐ早く顔が見たい。
握り締めた両手にグッと力を込め、運転手に向かって声をかけた。

「あ、あの... すみません。少しだけ、急いでもらえませんか?友人が事故に遭って。お願いです。お願いします」
頭を下げたら涙が溢れそうになった。
しっかりと話したつもりだったが喉が詰まって震えた細い声しか出なかった。
それでも心細げなのが伝わったのか運転手は車のスピードを上げ、着くまでの間ずっとソンギュを励まし続けてくれた。

その間もずっと気になるのはウヒョンのことばかりだった。
耳が聴こえなければどうなるのか。
歌が歌えない、曲が作れない。
自分たちにとって「歌えない」「踊れない」ということは生きる目的を失うことと同じだ。
それに耳が聞こえなくなって曲作りもできなくなったら... 音楽が取り上げられたらあいつはどうなってしまうのだろう。

そうなればきっと自分から身を引いてチームから離れていってしまうだろう。
徹底的に音楽から手を引き、もう二度とは会えないかもしれない。
そう思ったら急に、半身を失うような恐怖がソンギュの心を飲み込んでしまった。
奥歯が噛み合わず全身がガタガタと震える。
ウヒョンが歌えなくなるなんて。
あいつが俺の隣からいなくなるなんて。

凍えそうなほど冷たい絶望感が足元からじわりじわりと全身を侵食していく。
恐怖と絶望で声を上げて泣き出してしまいそうになるのを必死でこらえた。

『いまいちばん怖いのは自分ではなく、ウヒョン自身だろう。俺がいま崩れたら、あいつを支えてやれない』何度も何度もそう自分に言い聞かせた。


いまはただ少しでも、1分でも早くウヒョンに会いたくて気が狂いそうだった。

ナムウヒョン、ナムウヒョン、ウヒョナ...
どうか無事でいてほしい。

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