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周りの声が遠くなる。
目の前では彼女がぐったりと横たわっていた。
「ここ、どこ…?」
この春めでたく小学校に上がった里奈子は、慣れない通学路に苦戦していた。
集団下校がルールだったのだが、この日通学路の落ち葉に夢中になった里奈子は集団とはぐれてしまい、気づいた時には見知らぬ河川敷にたどり着いていた。
辺りを見渡すが、自分以外に誰もいない。
取り残されてしまったかのような虚しさに、里奈子の瞳には次第に涙が溜まっていった。
「誰だ? こんなかわいこちゃんを泣かせた野郎は」
あとひとつ瞬きをすれば涙を零しそうだった里奈子の頭に、大きな手が優しく乗った。
通学帽の端から上を覗けば、青い制服に身を包んだ女性がこちらを見下ろしていた。
「…おねえさん、だれ?」
「お姉さんはお巡りさんだ。そうだなぁ、マルさんとでも呼んでくれ」
整った顔を破顔させながら彼女は言った。
その快活な様子に、里奈子は先程までの不安が薄れていった。
里奈子は道に迷ってしまったことを話し、彼女と共になんとか家へ帰ることができた。
彼女は交番勤務で、巡回していたところ丁度1人泣きそうな里奈子を見つけて声をかけたそうだ。
家に着く頃には里奈子はすっかり彼女に懐き、家で心配していた親に嬉々として紹介した。
偶然にも彼女が自分の近所に住んでいることを知った里奈子は、親経由で彼女と連絡を取り、休日一緒に出掛ける約束を取り付けた。
「マルちゃん!」
「よ、里奈子」
里奈子の年齢も考え、待ち合わせは専ら里奈子の玄関先だった。
彼女を見るなりパァっと笑顔になる里奈子に今日も可愛いな、と彼女は言い親に軽く挨拶をした後里奈子の手を握って歩き出した。
道中自分の学校での話や彼女への質問などのマシンガントークをする里奈子に、彼女は物怖じせず一つひとつ丁寧に相槌を返す。
この時間が里奈子にとって本当に幸せな時間だった。
その日も里奈子は彼女と東都のショッピング街を歩いていた。
休日の昼間なのもあって、手を繋いでいないと簡単にはぐれてしまいそうな混み具合だった。
里奈子と彼女はぎゅっと手を握って目的のカフェに向かっていた。
「ごめんなぁ里奈子、もうちょいで着くんだが歩けそうか?」
「うん!」
申し訳なさそうに振り返る彼女に、里奈子は何も気にしていない顔をして返した。
里奈子は彼女といればそれだけで良かったのだから、今の返事に嘘偽りはない。
里奈子は心の底から、この時間がずっと続けばいいのにと思っていた。
「キャッ!」
目的のカフェまであと少しのところで、少し後ろから女性の甲高い声が響いた。
なんだと声のした方へ振り返った矢先、今度は目の前でドスッと重たい音がした。
どうやら男が彼女にぶつかったらしい。男はたちまち人影に溶け込んでいった。
「マルちゃん?」
不自然に立ち止まった彼女を不思議に思う里奈子。
何かあったのかと繋いだ手をそのままに彼女の前に回り込もうとすると、突然目の前が暗くなった。
「っきゃ!」
彼女が自分に覆いかぶさってきたのだ。
咄嗟のことで反応に遅れた里奈子は、彼女と一緒にその場に座り込んだ。
「キャーーー!!」
またもや自分の近くで悲鳴が聞こえた。
彼女をどかすのに必死だった里奈子は、やっと抜け出したあと自分の手を見て驚愕した。
「え…?」
自分の手が真っ赤に染まっていた。
手を辿ると、手だけでなく服にまでべっとり赤い液体がこびりついていたのだ。
目の前にはぐったりと倒れたまま動かない彼女。
その身体を辿れば、背中が自分と同じように真っ赤に染まっていた。
そこでようやく里奈子は、これが血だということと、彼女が何者かに刺されたことに気づいた。
救急車を呼ぶ声や、数々の悲鳴とどよめき。
うるさいはずの音が、里奈子には遠く思えた。
「マルちゃん…?」
ゆさゆさと彼女の肩を揺さぶる。
反応がない。
「マルちゃん…マルちゃん!」
里奈子は自分の手についた血が彼女の服に移るのを気にせず何度も彼女の名を呼んだ。
しかし何も応えない彼女に、里奈子は自分の手が冷えていくのを感じた。
そのまま意識が遠のく。
暗転
「なんで警察官になったかって?
大切な人を守りたいからだよ」
里奈子が目を覚ましたのは、その日から1日経った後だった。
救急車が来た頃には気を失っていた里奈子を、救急隊員がそのまま保護し親に連絡をいれ迎えにこさせたそうだ。
事情聴取は年齢的にも容態的にも厳しく、それよりも心のケアの方が心配だと医師は告げた。
里奈子の親は学校に数日間娘を休ませると言ったそうだ。
目を覚ましリビングにおりてきた里奈子に親は言った。
彼女は失血死により死亡した。
犯人の男は未だ逃走中だそうだ。
親は今にも泣きそうな顔でそう告げるのを、里奈子は虚ろな目で聞いていた。
葬式は近親者で行われ、最期まで仲の良かった里奈子と親も参列した。
(絶対に私が犯人を捕まえてやる)
里奈子は写真の中で向日葵のように明るく笑う彼女の顔を見てそう誓った。
これが、丸山里奈子が警察官を目指すきっかけとなった出来事だ。