2017.10.22 広島での出来事
「はぁっ、はぁっ…」
ジロウが今更あんな事をするなんて、思いもしなかった。昔、タクロウと付き合ってる頃に同じようにして時々ちょっかいを出される事はあったが、タクロウと別れて数年経つ今では、めっきり手を出してこなくなったのに。
「はぁー…」
ホテルの廊下で一人、溜息をつく。
「…タクロウと会ってこようかな…」
このまま自分の部屋に戻ると、モヤモヤした気分で朝を迎える事になると思い、ちょうど伝えたい事もあったのでタクロウの部屋に行く事にした。
「タクロウ、まだ起きてる?」
「テル…」
コンコンとタクロウの部屋をノックすると、少し疲れた表情の彼が中から出て来て、俺を部屋に入れてくれた。
「…あの…今日、大事な、大切な曲で歌詞飛ばしちゃって…ほんとにごめんね」
伝えたい事とは、この事だった。来月にリリースが決まった俺達の大切な新曲のバラードを、今日のライブで歌詞を抜かしてしまったのだ。
「いいよ、そんな何回も謝らなくても…」
「でも…」
勿論、ライブが終わってから何度も謝った。タクロウにとっても俺達にとっても、大切な大切な曲だったから。会場の皆にも俺達の想いを伝えたかった曲だから。…すごく、悔しかった。
さっき謝った時も、タクロウは今みたいな穏やかな笑顔で返してくれた。
…あぁ、やっぱり俺はこの笑顔が好きだったんだ。
「過ぎた事だしね。それより、疲れただろ?早く寝ろよ」
「……」
今日のライブでタクロウはあまり喋らなかった。いつものように、花道で俺達二人が絡む場面は何回かあったけど、目が合う事は少なかった。
「…今日、タクロウあんまり絡んでくれなかったよね」
「そう?テルと一番多く絡んでたと思うけど」
「でもっ…、目は合わせてくれなかった…」
自分でも何が言いたいのか分からない。
ただ、タクロウは俺に早くここから出て行って欲しいと思ってるんだろうか。
「…何が言いたいの?」
「っ…」
「俺にどうしてほしいの?」
「…」
俯いてしまった俺に、タクロウはゆっくりと問い掛ける。
「……何が欲しいの?」
探るような声に、俺は顔を上げて応えてしまった。
「キスして…」