甘い香りと、天邪鬼
目が冴える程に遠く澄んだ空に、山を沿うように厚い雲が漂う
夏と秋が入り混じったような日の昼下がり
「まだかネ」
『まだよ』
マユリに言われて時計をチラリと見るけど
タイマーをセットしてから5分しか経っていない
連休の二日目、お菓子作りをしていたら
相変わらず奇妙奇天烈な恰好をしたあいつがベランダから入ってきた
挨拶すらなく一頻り現世の愚痴を言った後、
漸く私に何をしているのか聞いてきたから蒸しカステラを作ってるのよと正直に言えば、
今度は私に対して嫌味を言ってきたのでチョップを喰らわせて黙らせた
そして今は蒸し上がるのを二人でお茶を飲みながら待っている
『あれから変わりは無いし、
毎週のように来なくてもいいんじゃない?』
死神の隊長だと言うこの男、涅マユリと出会ったのは数か月前の事
元々霊感が強い私が虚という化け物が見え始めた頃に突然目の前に現れた
難しいことは全く分からなかったけど、
簡単に言えば霊圧というものが強くなってきている私が
虚に襲われないよう処置をしてくれるということらしいがこのマユリの話し方が
本当に厭味ったらしく、偉そうに指図をしてくるもんだから
私は思わずチョップをしてしまった
「別に君がどうなろうと私には知ったことではないのだが、
それによって及ぼされる影響と対処への手間を考えるとそういう訳にもいかないのだヨ…
全く、時間の無駄だがネ」
『一言も二言も余計よ』
やれやれと大袈裟に首を横に振ってみせるマユリに、私もやれやれと溜息を吐く
最初の頃はマユリに反抗的だったしマユリもチョップをしてくる私にウンザリしているようだったけど、
計測器を持ってきて霊圧を調べてくれたり、
護身用として道具をくれたり意外にも親切にしてくれたものだから
(本人は観測者としての義務だヨ、とは言ってたけど)反抗するのも何だか悪い気がしてきて、
こうして来てくれるであろう日にはお菓子を用意して待つようになった
その用意したお菓子に対しても、マユリは相変わらず嫌味を言ってくる
固いだの、甘すぎるだの、安物を使ってるだの、本当に五月蠅い
タイマーから電子音が鳴り響く
キッチンに向かって蒸し器の蓋を取れば、
ぶわっと、蒸気と一緒に甘い香りが上がってきた
『この間実家から栗の甘露煮貰ってきてさ、
たっぷり入れてるからきっと美味しいよ』
「フン、あまり期待をしないでおくヨ」
火を止めて顔を上げれば、湯気を通してマユリの姿が見えた
ソファーに腰掛けたままベランダの方を見て、
こちらに関心が無いように振る舞う
けど
私が今まで作ったお菓子は、一度も残したことがない
『マユリ、いつもありがとう』
「…当然」
甘い香りに誘われて 来たるは捻くれ天邪鬼
そっぽを向いたままの彼に、
私は微笑みながらお皿いっぱいのお菓子を差し出した
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