慈雨
しとしと、しとしと、と降り落ちる雨音に気付き、
私の意識は夢の中から現実へと引き戻される。
布団の中、目を開ければ薄暗い室内
外からは絶え間なく雨音が聞こえてくる。
きっと朝なのだろうけど、雨の日は時間の感覚が狂わされる。
気圧のせいで頭は重いし、気分は上がらないし、
あまり好きな天気ではない。
故に雨が降っていると気が付いた途端に起き上がる気がすっかり無くなっていた。
今日は確か非番だった。だからもう少しぐらい良いだろう…。
贅沢に朝寝坊をしようと決めた微睡みの中、
ふわりと雨の臭いに混じった煙草の香りに閉じかけた瞼がすっと開く。
それは頭上から、寝床のすぐ傍の窓辺から。
寝返りを打てば、彼の姿が目に入る。
『…あこんさん』
先に目が覚めていたのだろう、
窓際の畳の上で寝間着姿のまま胡坐を搔き煙草を吸う、私の恋人。
換気の為か、少し開いた障子の傍の壁に身を凭れ掛からせ
外の様子を眺める彼の横顔に思わず見惚れてしまう。
「起きたのか」
寝起きの掠れた声に気が付いた阿近さんと目が合う。
恋人になって幾月も経たないからか、
未だこの状況に慣れない私に彼は優しく接してくれる。
仕事場では決して見せないような柔らかな表情を向けられる度に私の胸が高鳴るのを
この人は知っているのだろうか。
体を起こそうとすると
すっと青白い腕が伸びてきて頭を撫でられ、制された。
優しく、甘やかすような手付きに私の脳はとろとろになる。
「今日は一日中雨だから起き損だぞ
吸い終わったらそっち行くから、そのまま寝てろ」
落ち着いた声色と煙の匂いのする指先の温もりで
更にとろとろになった私は再び柔らかな布団へと身を委ねた。
が、彼の言葉にはっとして顔を上げる。
手元の煙草はじりじりと灰になり、それ程長くはない。
それが私に与えられた心の準備の時間だと気付き赤面すると、
阿近さんは意地悪そうな笑みを浮かべ、
煙草の火を灰皿へと押し付けた。
しとしと、しとしと
雨は絶えず降り続ける。
雨音は絶えず聞こえてくる。
しとしと、しとしと
それは慈雨の如く
私に降り注ぐ。
end
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