その毒は甘く、囁くように





何故、阿近さんが口移しで飲ませてきたのかはわからない。
もしかしたら唾液に作用する毒で、彼には耐性があるのかもしれない。
…なんて、恋仲でもない男性と口付けをすることを無理矢理正当化させる。

だけど、傷付いた心は無意識に人肌を求めていたのだろう。
私は口内にぬるりと侵入してきた舌先を、素直に受け入れた。

熱い舌の感触に思わず吐息が漏れる。

阿近さんが上から覆い被さるように私をベッドへ押し倒し、
更に深く口付ける。

幾度も角度を変えて絡み合う度に、香りと甘さが強くなって私たちの中を満たしていく。
こんなにも濃密な口付けは、今までに一度も経験をしたことがない。
あまりの気持ち良さに息継ぎを忘れる程夢中になってしまう。
全身を包み込まれているかのようにあったかくて幸せな気持ちで逝けるなんて…。

次第に全身が甘く痺れるような感覚に襲われ、視界もぼんやりとし始める。
ああ、やっと毒が効いてきたんだ。
…でも、出来るならもう少し、このままでいたい…。

そう思っていると、不意に唇が離される。
離れたと言っても切なげにこちらを見つめる阿近さんの顔は鼻先が触れ合うくらい近い。
お互いの熱く、乱れた呼吸と、高鳴る鼓動が脳内を支配する。



「まだ、好きか?」



問い掛けの意味が一瞬解らなかった。

まだ好き?誰を?あの男を?

何故、そんなことを?

ああもう、そんなことどうでもいい。

私はただ、



『貴方に、殺されていたい』




呟くような答えすら閉じ込めるように、どちらからともなく再び唇を重ねる。
甘く、扇情的な濃い香り。細いながらも角張った指先が袷からするりと侵入してくる。
阿近さんが私に触れる度に、体が熱く、強く、彼を求める。



ああ…漸く理解した。

阿近さんが「殺してやる」と言った意味も含めて。

己の欲を満たすことばかりを優先する愚かな元恋人に執着していた私の心は
阿近さんの甘く、囁くような毒によって

既に殺されてしまっていたのだと。



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イイネ!