その毒は甘く、囁くように
『恋人に浮気されて、自暴自棄になっていて…』
「…それで、命を絶つつもりだったか」
『…』
怒るだろうか、呆れるだろうか。
私だって結局自分の事しか考えられないこんな頭の悪い女は軽蔑する。
だから浮気されたのだ。
だから捨てられたのだ。
だから…
再び私の頬を伝う涙を見て、阿近さんは溜息を吐き立ち上がる。
離れた温もりを追うことも出来ず、私はただ俯いてぎゅっと固く目を瞑る。
早く泣き止むんだ。泣き止んでさっさとこの部屋を出るんだ。
これ以上阿近さんに迷惑を掛けない為に、不快にさせない為に。
早く、早く、この世界から、早く…。
「…そんなに死にてぇなら、俺が殺してやるよ」
ハッとして顔を上げれば、こちらを見下ろす阿近さんと再び目が合う。
手には琥珀色の液体の入った小瓶を持っていた。
恐らく、毒。
「死にてぇか?」
『…死にたい』
真っ直ぐ見つめてそうはっきりと言えば、阿近さんは小瓶の蓋を開けた。
独特な甘い香りが漂ってくる。
以前松本副隊長が現世で購入してきたという茉莉花の香水の香りに似ていた。
しかしこれで命を絶てるということは猛毒なのだろう。
阿近さんがそんな毒を提供してくれたのは救えない私へのせめてもの慈悲だと思った。
『阿近さん…ありがとうございます』
心遣いに感謝をしてその小瓶を受け取ろうと手を伸ばす。
が、阿近さんはその小瓶の中の液体を全て口の中に含んでしまった。
驚きのあまり呆気に取られていると、その勢いのまま阿近さんは身を屈めて
自らの唇を私の唇に重ねてくる。
展開の速さに追いつけず抵抗する間も無い私の口内にトロトロとした液体が流れ込んできた。
蜜のように滑らかで甘く、茉莉花のような香りが充満する。
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