雪仏の湯好み
百数年前
風の強さは無いものの、
薄い足袋など意味を成さぬと言わんばかりに冷え込む空気に耐える隊首会からの帰り道、
浦原喜助は涅マユリの姿を見掛けた。
場所は十二番隊隊舎内であり、十二番隊の第三席がそこにいても何も不思議はないのだが
そもそも彼は今日非番だったはずだと、
思い出しては首を傾げる。
非番の時は只管研究室に籠るような出不精な男が
今にも雪が降り出しそうな寒空の下、上着を着込んでまで外へ出掛けていくなど
マユリを知る者にとって違和感しかなかった。
…非番の時くらい好きにさせてやれと
他の者は言うだろうが
これはきっと大事な用に違いない、と
好奇心を掻き立てられた浦原は仕事をさぼったことを後々副隊長から怒られてしまうのを承知の上で
こっそりとその後をつけることにした。
門を出て、
貴族街へ続く道を足早に進んでいくマユリと
その約九丈後ろで
気付かれないように尾行をする浦原。
次第に品のある建物が立ち並び始め、道も綺麗な石畳へと変わっていく。
貴族街なんて一体なんの用事があるのかと訝しげにしながら様子を伺っていると
マユリが急に立ち止まり
ぐりんと首を曲げて後ろを振り返ってきた。
流石は元二番隊第三席というべきか、
浦原は咄嗟に物陰に身を隠し姿を見られる事はなかったようだ。
そんな浦原の存在を知ってか知らずかマユリは周囲を少し見渡した後、
すぐ傍にある建物の中へと入って行ってしまった。
慌ててマユリが先程いた場所へ駆け寄ってみれば、そこには小綺麗な木造の平屋があり
暖かみのある藍色の暖簾が掛かった入り口には檜で出来た看板が立て掛けられていた。
「足湯…?」
黒々とした炭で書かれた達筆な文字を読んで
浦原は首を傾げる。
足湯そのものが何なのかは知っているが、この場所に何故マユリが入っていったのか。
あの実験や研究以外に興味を示さない男が、まさかここでも何か研究を行っているのだろうか。
それとも本当に、純粋に足湯に浸かりに来ただけなのだろうか…。
どちらにしても尾行してきてしまったのだから、ここは最後まで見届けなければいけない。
何処か中を覗ける場所は無いか見渡していると
人の気配に気が付いた店主らしき出で立ちの男が店の中から出てきて浦原へ声を掛けてきた。
「もし、何か御用ですか?」
「い、いや何も、怪しいものでは…」
「その羽織、護廷十三隊の隊長様ですね!もしやお連れの方ですか?」
「えっ、連れって涅さんの…」
「やはりそうでしたか!ご案内致します、ささ中へどうぞ!」
不意を突かれた浦原は人の好さそうな店主の勢いに負け、店の中へと入ってしまう。
暖簾をくぐれば玉砂利の中に敷石が置かれた道が奥まで続いており、その道に面して個室がいくつか設けられているようだった。
その中の一つの部屋の前へと案内され、たたきで草履を脱ぐように促される。
…この部屋の中にマユリがいる。
この部屋の中へ入ってしまえば、きっと驚愕の後に憤慨されてしまうだろう。
しかしここまで来てしまったからには後には引けない。
どうかこれ以上嫌われませんように…と不毛な願いを込めながら
浦原は部屋の引き戸に手を掛けた。
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