不死鳥の騎士団
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
校長室を出て廊下を歩いていると、向かいの石壁からレイブンクローの寮憑きゴースト、灰色のレディが音もなく現れた。
半透明の長い衣が床を滑り、彼女の身体を通して、背後の窓枠がぼんやりと透けて見えた。
ナマエは足を止めた。
ホグワーツには、死んだあとも残っている者がいる。そのことを、今まで不思議に思ったことはなかった。
「レディ」
灰色のレディが静かに振り返った。その姿にナマエの胸が期待で膨らんだ。
「聞きたいことが──」
「あなたが聞きたいことはわかります」
彼女はナマエの言葉を待たずに答えた。
「あなたの父も、選ぶことはできたでしょう。でも、多くの魔法使いはそれを選びません」
「でも──いや、どうして」
「ゴーストは、死者が生き続けているものではありません。恐れや後悔を捨てられず、儚い生の擬態を選んだに過ぎません」
「だけど、レディはここにいる」
灰色のレディの身体が、窓から入る光の中で淡く透けた。
ナマエは床へ目を落とした。
「あなたは賢い。もうわかってはいるはずです」
灰色のレディはわずかに頷いた。
「理解していることと悲しんでいることは、別でしょう」
そう言い残し、彼女は石壁の中へ消えた。
廊下の反対側の窓から、ハグリッドの小屋が見えた。煙突から煙が上がっている。
チチオヤがハグリッドの小屋でルシウスの話をしたことがあった。
ルシウスがチチオヤの命をヴォルデモートに差し出したがっていることを理解しながら、取るに足らないことのように笑っていた。あの、チチオヤが──。
ナマエは気を逸らすように空を眺めた。チチオヤは、ナマエが動物もどきだと知らないままだった。いや、もしかしたらシリウスから聞いていたかもしれない。できることなら、一番かっこいいタイミングで打ち明けて、驚かせたかった……。そんなことを考えながら、窓に両手をかけ、片足を乗せた。
「ナマエっ!」
背後から切羽詰まった声が飛んできた。
ナマエが振り返るより先に、強い力でシャツの背を引かれた。窓枠から手が離れ、二、三歩よろめいたところを、ハリーが両肩を掴んだ。
「何をしてるんだ!こんなところから──いったい何を考えて──」
ハリーは息を切らし、ナマエの顔を覗き込んでいた。青ざめ、緑の目がひどく見開かれている。
ナマエはしばらく、その顔をぼんやりと眺めた。
「飛び降りるつもりじゃない。外に出ようとしただけだ」
「この高さから?」
「ハリー、俺なら飛べる」
ハリーは口を開いたまま固まった。やがて肩から手を離したが、ナマエが窓へ戻らないようにするためか、窓枠とナマエのあいだへ体を滑り込ませた。
「あんたって、結構疑り深いよな」
「君こそ、案外考えてない」
ナマエがドラコにのこのこついて行ったことを言っているのだろうか。廊下には開いた窓から風が吹き込み、ハリーの髪を乱していた。
「……まだ言ってなかった。ハリー、助けに来てくれてありがとう」
「罠だったろ」
「でも、俺はあんたのそういうところに助けられてきた」
ハリーは返事をしなかった。
チチオヤのことにも、触れなかった。それがナマエにはありがたかった。
二人はしばらく、窓辺に並んで立っていた。
ナマエはハグリッドの小屋から立ち上る煙を目で追いながら、口を開いた。
「夏休み、シリウスのところに行くか迷ってる」
「どうして?」
「えーと……」
ナマエが言い淀むと、ハリーは眉を寄せた。
「まさか、僕のことを気にしてるのか?」
「……まあ」
「どうして?」
「だって、シリウスはあんたの親代わり だ。俺のじゃない」
ハリーは呆れたようにナマエを見た。
「君は、僕がそんなことで嫌な顔をすると思ってるの?」
「違う、違うって。あんたの話じゃない。俺の問題だ」
ナマエは窓枠へ肘をついた。
「昔、親父が俺をほったらかして、よその家の子どもと会ってるのが本当に嫌だったから」
「そのとき、君はいくつだったんだ?」
「……少なくとも、十歳より前だな」
「僕がいくつかは知ってるだろ?」
「十五」
「もうすぐ十六だ、ナマエ」
ハリーはきっぱりと言った。
「君がシリウスのところにいたからって、僕は父親を取られた子どもみたいに拗ねたりしない」
「そこまでは言ってない」
「同じようなものだろ」
ナマエは少し黙り、やがて小さく笑った。
「ありがとう、ハリー」
「別に、君がダーズリー家へ来てくれるなら、それでもいいけど」
「俺が行ってもいいって、あんたのおじさんたちが言うなら行くよ」
ハリーは肩をすくめた。
「君なら、ダドリーとも仲よくやれるかもしれないね」
「どうして?」
「クラッブとゴイルを足して、二で割ったようなやつだから」
ナマエはハリーを見た。
「それ、計算する意味あったか?」
「ない」
ナマエは呆れたように笑ってから、言った。
「なあ、親父はあんたを信じてたんだって」
「……何を?」
「ハリーがヴォルデモートを倒すこと」
ハリーは落ち着かなそうに眼鏡を押し上げた。
「俺にも分かるよ」
ナマエは言った。
ハリーは何も答えなかった。窓の外は暗くなりはじめ、二人の顔がガラスにぼんやりと映っていた。
「……ドラコのことなんだけど」
ナマエが切り出すと、ハリーの表情が固くなった。
ナマエはどこまで話すべきか迷った。
「俺を必要の部屋に閉じ込めたのは、ドラコだ」
ハリーは息を呑んだ。
「やっぱり、マルフォイが──」
「でも、俺に神秘部のことを教えたのもドラコだ」
ハリーは開きかけた口を閉じた。
「俺の杖を取り上げて、行くなと言った。あんたたちを神秘部へ向かわせるために、俺を利用したのも本当だ」
「だけど、俺がハリーのところへ行こうとした時、あいつは最後まで黙っていられなかった」
「──まさか、それで許すのか?」
ハリーの声には怒りがあった。
「まだ許してない」
ナマエは答えた。
「だったら──」
「それでも、俺はやっぱり、あいつを諦められないと思う」
ハリーは黙った。
ナマエは窓に映る自分の顔を見た。泣き腫らした目は魔法で元に戻っていたが、その下にはまだ、眠れていない影が残っていた。
「マルフォイを信じるのか?」
「わからない」
ナマエは正直に答えた。
「また裏切るかもしれないし、次は止まらないかもしれない。でも、あいつが一度止まったことは、俺にとって結構重大なんだ」
ハリーは長いあいだ何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐いた。
「僕は、マルフォイを信用できない」
「知ってる」
「君がまた利用されるのも嫌だ」
「それも知ってる」
「でも、君に会うなとは言わない」
ナマエはハリーを見た。
ハリーは不満そうに眉を寄せていた。
ナマエはほんの少しだけ口元を緩めた。
「あんたも、何でも自分一人でやろうとするなよ」
「君に言われたくない」
「シリウスにも言われるぞ」
「最近、なんでか前よりうるさくなったんだ」
ハリーはそう言ったが、ちっとも嫌そうじゃなかった。
ハリーはローブの内側から四角い鏡を取り出した。何も映していない表面を、親指でゆっくりと撫でる。
「シリウスは、僕が父さんに似ているって何度も言ってた。顔だけじゃなくて、クィディッチのことも、規則を破るところも。最初は、それが嬉しかった。僕は父さんのことをほとんど知らなかったから、父さんを知っている人に似ていると言われるのが」
「……今は違う?」
「嬉しくないわけじゃない。でも、父さんの記憶を見てから、シリウスと言い合いになった」
ナマエはハリーを見た。
「父さんたちが、スネイプを大勢の前で吊り上げていた。理由なんて、シリウスが退屈していたから、それだけだった」
ハリーの声には、まだ飲み込みきれない苦さが残っていた。
「僕はシリウスに、どうして止めなかったんだって聞いた。シリウスは、昔のことだとか、スネイプだって闇の魔術を使っていたとか、父さんは十五歳だったとか言った。でも、僕には、そんなことは関係なかった。父さんがしたことを悪かったと言ってほしかったんだ」
「シリウスは言わなかった?」
「最初は」
ハリーは鏡を膝の上へ伏せた。
「僕が、父さんがあんな人だったなら、似ていると言われても嬉しくないって言ったら、シリウスは怒った。ジェームズはあんな一場面だけで決めつけられる人間じゃない、僕には分からないって」
「でも、次に鏡で話した時、シリウスは謝ったんだ」
ナマエは少し目を見開いた。
「シリウスが?」
「その顔、失礼だぞ」
「でも、珍しいだろ」
「僕もそう思った」
ハリーの口元が、ほんのわずかに緩んだ。
二人はその後、医務室に向かった。ジニー、ネビル、ルーナはすでに退院していた。
窓際の寝台ではロンが枕をいくつも背中へ積み上げ、退屈そうに『日刊預言者新聞』を読んでいた。隣の寝台では、ハーマイオニーが本を膝に載せている。アンブリッジが、天井を見つめたまま横になっている。いつもきちんとしていた薄茶色の髪はくしゃくしゃで、まだ小枝や木の葉がくっついていたが、それ以外は負傷している様子もない。
それを怪訝に眺めていると、ハーマイオニーがナマエを見るなり顔を上げた。
「ナマエ!」
ハーマイオニーは本を取り落としかけた。
ナマエが何か言う前に、彼女は毛布を押しのけて立ち上がろうとした。すぐに顔を歪め、寝台へ戻った。
「動くなよ」
ナマエは慌ててそばへ行った。
「まだ治ってないんだろ」
「私は平気よ。それより、あなたはどこにいたの?昨日から誰も見ていないって聞いたわ。怪我はない?顔色がひどいわ。座って。いいから、ここへ座って」
ハーマイオニーは早口で言い、寝台の脇に置かれた椅子を引き寄せようとした。
ナマエが自分で椅子へ腰掛けると、今度は彼の顔を覗き込んだ。
「目が腫れていたの?」
「もう直してもらった」
「誰に?」
「ダンブルドア」
「ほかには?頭は痛くない?昨日、ちゃんと眠った?」
「ハーマイオニー」
「何?」
「大丈夫だよ」
ナマエがへらりと笑うと、ハーマイオニーは口を閉じた。
ロンが新聞の上から二人を見ていた。
「僕にもそれくらい心配してくれたらいいのに」
「あなたはさっき、昼食を二人分食べたでしょう」
ハーマイオニーはそう答えながらも、ナマエから目を離さなかった。
ナマエは膝の上で両手を組んだ。何から話せばよいのか分からなかった。
ハーマイオニーは、ナマエに手を伸ばした。
途中でためらうように指が止まったが、ナマエの手の上へ重ねた。
「ごめんなさい」
「いや、えっと……何であんたが謝るんだ」
「昨日、あなたのところへ行かなかった」
「あんたは病人だろ」
「それでもよ」
ハーマイオニーの指に力が入った。
「あなたが連れ帰ってきてくれたのに、あなたなら大丈夫だと思っていたの。昨日だけじゃない。あなたはいつも平気な顔をするし、私が何をしても、あとで話せばわかってくれると思っていたから」
「実際、わかってるよ」
「そうやってわかってくれることに、私は甘えていたのよ」
ナマエは困惑してハーマイオニーを見た。頬はいつもより青白かった。
「あなたが私を好きだと分かっていたから、少しくらい後回しにしても、あなたは離れないと思っていたの」
「……俺、今、もしかして、別れ話をされてる?」
「違うわよ!」
ロンが居心地悪そうに新聞を持ち直した。
「僕、眠った方がいい?」
「起きてていい」
ナマエが言った。
「そうか。じゃあ、何も聞いてないふりをする」
ロンは新聞を逆さまに広げた。ハリーもロンの新聞を覗き込むふりをしはじめた。
ハーマイオニーはロンとハリーを見なかった。
「私は、あなたに同じことをしていなかったから」
ナマエはしばらく黙った。
ハーマイオニーが今、埋め合わせようとしていることに、ようやく気がついた。
「俺、ずっと後回しだった?」
ナマエが尋ねると、ハーマイオニーの顔が強張った。
「そんなつもりではなかったわ」
「うん」
「でも、そう感じさせていたなら──」
「感じてたかどうか、今はよく分からない」
ナマエは正直に言った。
昨日までなら、腹を立てていたかもしれない。ハーマイオニーの一番にはなれないのだと、意地の悪いことを言ったかもしれない。
今は、チチオヤが自分より先に選んだものを、いくつも知ったばかりだった。
「後回しにするなら、先に言って」
ナマエは言った。
ハーマイオニーが目を瞬いた。
「何を?」
「俺をホグズミードに誘う時、デートじゃなくてハリーたちもいるとか?」
ハリーは咳き込んだ。
ハーマイオニーが申し訳なさそうな顔をした。ロンにキスをしたことも言ってやろうかと少し意地悪な気持ちになったが、それは黙っておくことにした。
「……冗談だよ、別に俺はハーマイオニーに無理して欲しいわけじゃない」
「それは、私もよ」
ハーマイオニーの目は潤んでいた。ナマエは少し黙ってから、ハリーを見た。
「──俺たち、どうしたらいいと思う?」
「頼むから僕に聞かないで」
ハリーが顔を背けると、新聞で顔を隠しながら、ロンが言った。
「君たち、相性が悪いんじゃないか?」
ナマエはロンに杖を向けた。
「まだ入院していたいなら、そう言えよ」
「やめて」
ナマエは握られた手を見下ろした。
「今日は、ここにいて」
ハーマイオニーが言った。
「医務室に?」
「ええ。昨夜眠っていないなら、空いている寝台を借りればいいわ。マダム・ポンフリーには私から頼むから」
「俺、もう怪我はない」
「怪我をしていなくても、今すぐ一人になる必要はないでしょう」
ハーマイオニーはすぐに答えた。
その声には、優しさよりも焦りがあった。
ナマエには理由がはっきり分からなかったが、嬉しいことにも変わりなかった。
自分がそばにいたいと思うのと同じくらい、ハーマイオニーも自分をそばに置きたいのかもしれない。
そんなふうに考えた瞬間、胸の奥が少し軽くなった。
「じゃあ、夕食まではいる」
「夕食のあともいて」
「いつもは、そんなに俺のことを気にしないのに」
からかうように笑うと、ハーマイオニーの顔が傷ついたように曇った。
ナマエは言い方を間違えたと思ったが、どう直せばよいのか分からなかった。
ハーマイオニーはまだ手を離さなかった。
ナマエは、その温かさをもう少し感じていたいと思った。
しかし、ふいにシノビーの顔が浮かんだ。
──ナマエさまがお望みになるかぎり、決してお離れいたしません。
何の迷いもなく、そう誓った声。
ナマエは耳の黒石へ触れた。ピアスは壊れていない。
「どうしたの?」
ハーマイオニーが尋ねた。ナマエは手を引こうとすると、ハーマイオニーの指が反射的に握り直した。
半透明の長い衣が床を滑り、彼女の身体を通して、背後の窓枠がぼんやりと透けて見えた。
ナマエは足を止めた。
ホグワーツには、死んだあとも残っている者がいる。そのことを、今まで不思議に思ったことはなかった。
「レディ」
灰色のレディが静かに振り返った。その姿にナマエの胸が期待で膨らんだ。
「聞きたいことが──」
「あなたが聞きたいことはわかります」
彼女はナマエの言葉を待たずに答えた。
「あなたの父も、選ぶことはできたでしょう。でも、多くの魔法使いはそれを選びません」
「でも──いや、どうして」
「ゴーストは、死者が生き続けているものではありません。恐れや後悔を捨てられず、儚い生の擬態を選んだに過ぎません」
「だけど、レディはここにいる」
灰色のレディの身体が、窓から入る光の中で淡く透けた。
ナマエは床へ目を落とした。
「あなたは賢い。もうわかってはいるはずです」
灰色のレディはわずかに頷いた。
「理解していることと悲しんでいることは、別でしょう」
そう言い残し、彼女は石壁の中へ消えた。
廊下の反対側の窓から、ハグリッドの小屋が見えた。煙突から煙が上がっている。
チチオヤがハグリッドの小屋でルシウスの話をしたことがあった。
ルシウスがチチオヤの命をヴォルデモートに差し出したがっていることを理解しながら、取るに足らないことのように笑っていた。あの、チチオヤが──。
ナマエは気を逸らすように空を眺めた。チチオヤは、ナマエが動物もどきだと知らないままだった。いや、もしかしたらシリウスから聞いていたかもしれない。できることなら、一番かっこいいタイミングで打ち明けて、驚かせたかった……。そんなことを考えながら、窓に両手をかけ、片足を乗せた。
「ナマエっ!」
背後から切羽詰まった声が飛んできた。
ナマエが振り返るより先に、強い力でシャツの背を引かれた。窓枠から手が離れ、二、三歩よろめいたところを、ハリーが両肩を掴んだ。
「何をしてるんだ!こんなところから──いったい何を考えて──」
ハリーは息を切らし、ナマエの顔を覗き込んでいた。青ざめ、緑の目がひどく見開かれている。
ナマエはしばらく、その顔をぼんやりと眺めた。
「飛び降りるつもりじゃない。外に出ようとしただけだ」
「この高さから?」
「ハリー、俺なら飛べる」
ハリーは口を開いたまま固まった。やがて肩から手を離したが、ナマエが窓へ戻らないようにするためか、窓枠とナマエのあいだへ体を滑り込ませた。
「あんたって、結構疑り深いよな」
「君こそ、案外考えてない」
ナマエがドラコにのこのこついて行ったことを言っているのだろうか。廊下には開いた窓から風が吹き込み、ハリーの髪を乱していた。
「……まだ言ってなかった。ハリー、助けに来てくれてありがとう」
「罠だったろ」
「でも、俺はあんたのそういうところに助けられてきた」
ハリーは返事をしなかった。
チチオヤのことにも、触れなかった。それがナマエにはありがたかった。
二人はしばらく、窓辺に並んで立っていた。
ナマエはハグリッドの小屋から立ち上る煙を目で追いながら、口を開いた。
「夏休み、シリウスのところに行くか迷ってる」
「どうして?」
「えーと……」
ナマエが言い淀むと、ハリーは眉を寄せた。
「まさか、僕のことを気にしてるのか?」
「……まあ」
「どうして?」
「だって、シリウスはあんたの
ハリーは呆れたようにナマエを見た。
「君は、僕がそんなことで嫌な顔をすると思ってるの?」
「違う、違うって。あんたの話じゃない。俺の問題だ」
ナマエは窓枠へ肘をついた。
「昔、親父が俺をほったらかして、よその家の子どもと会ってるのが本当に嫌だったから」
「そのとき、君はいくつだったんだ?」
「……少なくとも、十歳より前だな」
「僕がいくつかは知ってるだろ?」
「十五」
「もうすぐ十六だ、ナマエ」
ハリーはきっぱりと言った。
「君がシリウスのところにいたからって、僕は父親を取られた子どもみたいに拗ねたりしない」
「そこまでは言ってない」
「同じようなものだろ」
ナマエは少し黙り、やがて小さく笑った。
「ありがとう、ハリー」
「別に、君がダーズリー家へ来てくれるなら、それでもいいけど」
「俺が行ってもいいって、あんたのおじさんたちが言うなら行くよ」
ハリーは肩をすくめた。
「君なら、ダドリーとも仲よくやれるかもしれないね」
「どうして?」
「クラッブとゴイルを足して、二で割ったようなやつだから」
ナマエはハリーを見た。
「それ、計算する意味あったか?」
「ない」
ナマエは呆れたように笑ってから、言った。
「なあ、親父はあんたを信じてたんだって」
「……何を?」
「ハリーがヴォルデモートを倒すこと」
ハリーは落ち着かなそうに眼鏡を押し上げた。
「俺にも分かるよ」
ナマエは言った。
ハリーは何も答えなかった。窓の外は暗くなりはじめ、二人の顔がガラスにぼんやりと映っていた。
「……ドラコのことなんだけど」
ナマエが切り出すと、ハリーの表情が固くなった。
ナマエはどこまで話すべきか迷った。
「俺を必要の部屋に閉じ込めたのは、ドラコだ」
ハリーは息を呑んだ。
「やっぱり、マルフォイが──」
「でも、俺に神秘部のことを教えたのもドラコだ」
ハリーは開きかけた口を閉じた。
「俺の杖を取り上げて、行くなと言った。あんたたちを神秘部へ向かわせるために、俺を利用したのも本当だ」
「だけど、俺がハリーのところへ行こうとした時、あいつは最後まで黙っていられなかった」
「──まさか、それで許すのか?」
ハリーの声には怒りがあった。
「まだ許してない」
ナマエは答えた。
「だったら──」
「それでも、俺はやっぱり、あいつを諦められないと思う」
ハリーは黙った。
ナマエは窓に映る自分の顔を見た。泣き腫らした目は魔法で元に戻っていたが、その下にはまだ、眠れていない影が残っていた。
「マルフォイを信じるのか?」
「わからない」
ナマエは正直に答えた。
「また裏切るかもしれないし、次は止まらないかもしれない。でも、あいつが一度止まったことは、俺にとって結構重大なんだ」
ハリーは長いあいだ何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐いた。
「僕は、マルフォイを信用できない」
「知ってる」
「君がまた利用されるのも嫌だ」
「それも知ってる」
「でも、君に会うなとは言わない」
ナマエはハリーを見た。
ハリーは不満そうに眉を寄せていた。
ナマエはほんの少しだけ口元を緩めた。
「あんたも、何でも自分一人でやろうとするなよ」
「君に言われたくない」
「シリウスにも言われるぞ」
「最近、なんでか前よりうるさくなったんだ」
ハリーはそう言ったが、ちっとも嫌そうじゃなかった。
ハリーはローブの内側から四角い鏡を取り出した。何も映していない表面を、親指でゆっくりと撫でる。
「シリウスは、僕が父さんに似ているって何度も言ってた。顔だけじゃなくて、クィディッチのことも、規則を破るところも。最初は、それが嬉しかった。僕は父さんのことをほとんど知らなかったから、父さんを知っている人に似ていると言われるのが」
「……今は違う?」
「嬉しくないわけじゃない。でも、父さんの記憶を見てから、シリウスと言い合いになった」
ナマエはハリーを見た。
「父さんたちが、スネイプを大勢の前で吊り上げていた。理由なんて、シリウスが退屈していたから、それだけだった」
ハリーの声には、まだ飲み込みきれない苦さが残っていた。
「僕はシリウスに、どうして止めなかったんだって聞いた。シリウスは、昔のことだとか、スネイプだって闇の魔術を使っていたとか、父さんは十五歳だったとか言った。でも、僕には、そんなことは関係なかった。父さんがしたことを悪かったと言ってほしかったんだ」
「シリウスは言わなかった?」
「最初は」
ハリーは鏡を膝の上へ伏せた。
「僕が、父さんがあんな人だったなら、似ていると言われても嬉しくないって言ったら、シリウスは怒った。ジェームズはあんな一場面だけで決めつけられる人間じゃない、僕には分からないって」
「でも、次に鏡で話した時、シリウスは謝ったんだ」
ナマエは少し目を見開いた。
「シリウスが?」
「その顔、失礼だぞ」
「でも、珍しいだろ」
「僕もそう思った」
ハリーの口元が、ほんのわずかに緩んだ。
二人はその後、医務室に向かった。ジニー、ネビル、ルーナはすでに退院していた。
窓際の寝台ではロンが枕をいくつも背中へ積み上げ、退屈そうに『日刊預言者新聞』を読んでいた。隣の寝台では、ハーマイオニーが本を膝に載せている。アンブリッジが、天井を見つめたまま横になっている。いつもきちんとしていた薄茶色の髪はくしゃくしゃで、まだ小枝や木の葉がくっついていたが、それ以外は負傷している様子もない。
それを怪訝に眺めていると、ハーマイオニーがナマエを見るなり顔を上げた。
「ナマエ!」
ハーマイオニーは本を取り落としかけた。
ナマエが何か言う前に、彼女は毛布を押しのけて立ち上がろうとした。すぐに顔を歪め、寝台へ戻った。
「動くなよ」
ナマエは慌ててそばへ行った。
「まだ治ってないんだろ」
「私は平気よ。それより、あなたはどこにいたの?昨日から誰も見ていないって聞いたわ。怪我はない?顔色がひどいわ。座って。いいから、ここへ座って」
ハーマイオニーは早口で言い、寝台の脇に置かれた椅子を引き寄せようとした。
ナマエが自分で椅子へ腰掛けると、今度は彼の顔を覗き込んだ。
「目が腫れていたの?」
「もう直してもらった」
「誰に?」
「ダンブルドア」
「ほかには?頭は痛くない?昨日、ちゃんと眠った?」
「ハーマイオニー」
「何?」
「大丈夫だよ」
ナマエがへらりと笑うと、ハーマイオニーは口を閉じた。
ロンが新聞の上から二人を見ていた。
「僕にもそれくらい心配してくれたらいいのに」
「あなたはさっき、昼食を二人分食べたでしょう」
ハーマイオニーはそう答えながらも、ナマエから目を離さなかった。
ナマエは膝の上で両手を組んだ。何から話せばよいのか分からなかった。
ハーマイオニーは、ナマエに手を伸ばした。
途中でためらうように指が止まったが、ナマエの手の上へ重ねた。
「ごめんなさい」
「いや、えっと……何であんたが謝るんだ」
「昨日、あなたのところへ行かなかった」
「あんたは病人だろ」
「それでもよ」
ハーマイオニーの指に力が入った。
「あなたが連れ帰ってきてくれたのに、あなたなら大丈夫だと思っていたの。昨日だけじゃない。あなたはいつも平気な顔をするし、私が何をしても、あとで話せばわかってくれると思っていたから」
「実際、わかってるよ」
「そうやってわかってくれることに、私は甘えていたのよ」
ナマエは困惑してハーマイオニーを見た。頬はいつもより青白かった。
「あなたが私を好きだと分かっていたから、少しくらい後回しにしても、あなたは離れないと思っていたの」
「……俺、今、もしかして、別れ話をされてる?」
「違うわよ!」
ロンが居心地悪そうに新聞を持ち直した。
「僕、眠った方がいい?」
「起きてていい」
ナマエが言った。
「そうか。じゃあ、何も聞いてないふりをする」
ロンは新聞を逆さまに広げた。ハリーもロンの新聞を覗き込むふりをしはじめた。
ハーマイオニーはロンとハリーを見なかった。
「私は、あなたに同じことをしていなかったから」
ナマエはしばらく黙った。
ハーマイオニーが今、埋め合わせようとしていることに、ようやく気がついた。
「俺、ずっと後回しだった?」
ナマエが尋ねると、ハーマイオニーの顔が強張った。
「そんなつもりではなかったわ」
「うん」
「でも、そう感じさせていたなら──」
「感じてたかどうか、今はよく分からない」
ナマエは正直に言った。
昨日までなら、腹を立てていたかもしれない。ハーマイオニーの一番にはなれないのだと、意地の悪いことを言ったかもしれない。
今は、チチオヤが自分より先に選んだものを、いくつも知ったばかりだった。
「後回しにするなら、先に言って」
ナマエは言った。
ハーマイオニーが目を瞬いた。
「何を?」
「俺をホグズミードに誘う時、デートじゃなくてハリーたちもいるとか?」
ハリーは咳き込んだ。
ハーマイオニーが申し訳なさそうな顔をした。ロンにキスをしたことも言ってやろうかと少し意地悪な気持ちになったが、それは黙っておくことにした。
「……冗談だよ、別に俺はハーマイオニーに無理して欲しいわけじゃない」
「それは、私もよ」
ハーマイオニーの目は潤んでいた。ナマエは少し黙ってから、ハリーを見た。
「──俺たち、どうしたらいいと思う?」
「頼むから僕に聞かないで」
ハリーが顔を背けると、新聞で顔を隠しながら、ロンが言った。
「君たち、相性が悪いんじゃないか?」
ナマエはロンに杖を向けた。
「まだ入院していたいなら、そう言えよ」
「やめて」
ナマエは握られた手を見下ろした。
「今日は、ここにいて」
ハーマイオニーが言った。
「医務室に?」
「ええ。昨夜眠っていないなら、空いている寝台を借りればいいわ。マダム・ポンフリーには私から頼むから」
「俺、もう怪我はない」
「怪我をしていなくても、今すぐ一人になる必要はないでしょう」
ハーマイオニーはすぐに答えた。
その声には、優しさよりも焦りがあった。
ナマエには理由がはっきり分からなかったが、嬉しいことにも変わりなかった。
自分がそばにいたいと思うのと同じくらい、ハーマイオニーも自分をそばに置きたいのかもしれない。
そんなふうに考えた瞬間、胸の奥が少し軽くなった。
「じゃあ、夕食まではいる」
「夕食のあともいて」
「いつもは、そんなに俺のことを気にしないのに」
からかうように笑うと、ハーマイオニーの顔が傷ついたように曇った。
ナマエは言い方を間違えたと思ったが、どう直せばよいのか分からなかった。
ハーマイオニーはまだ手を離さなかった。
ナマエは、その温かさをもう少し感じていたいと思った。
しかし、ふいにシノビーの顔が浮かんだ。
──ナマエさまがお望みになるかぎり、決してお離れいたしません。
何の迷いもなく、そう誓った声。
ナマエは耳の黒石へ触れた。ピアスは壊れていない。
「どうしたの?」
ハーマイオニーが尋ねた。ナマエは手を引こうとすると、ハーマイオニーの指が反射的に握り直した。
