不死鳥の騎士団
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ダンブルドアが出ていくと、シリウスがナマエの肩に手を置いた。扉が閉じてからもしばらく、シリウスは何も言わなかった。フォークスの雛が灰の中でかすかに鳴いた。
やがてシリウスはナマエの隣へ椅子を引き寄せ、ゆっくりと腰を下ろした。
「……君は以前、ハリーは私を父親のように思っている、と言ったな。覚えているか?」
「ああ、うん」
ナマエは少し考えてから頷いた。
「あの時の私は、その意味を正しく理解していなかった。父親を知らずに育ったのだから、ジェームズをよく知る私と一緒にいたがるのは当然だとな」
シリウスは椅子の背へ深くもたれ、しばらく天井を見上げた。
「だが、実際には逆だった。ハリーにジェームズを求めていたのは、私の方だった」
ナマエは黙ってシリウスを見た。
「アズカバンにいた十二年のあいだ、私の中では何も遠くならなかった。ジェームズもリリーも、私が捕まった夜も、すべて昨日のことのようだった。だからハリーに会った時、私は自分が失ったところへ戻れるような気がしたんだ。あいつが無茶をすれば嬉しかった。規則を破れば、いかにもジェームズらしいと思った。危険なことをしようとすれば、止めるより、一緒にやる方法を考えた」
シリウスは低く続けた。
「だが、ハリーが私に求めていたのは、一緒に危険へ飛び込む友人だけではなかった。自分が帰ってくるのを待っている大人を、あの子は私の中に探していた。そのことに気づくまで、随分とかかった。今になって少しは分かるようになったのは、君とチチオヤを見ていたからだ」
父の名が出ると、ナマエは少し俯いた。
「……父上は、手本になるような父親じゃないと思う」
「知っている」
シリウスは即座に言った。
「あいつが親として正しかったなどとは、私も言わない」
ナマエは少しだけ顔を上げた。
「チチオヤは、君のことになると、いつも自分のしたことを疑っていた。口ではいかにも正しいことをしたように言い張っていたがな」
「俺には、そんなふうに見えなかった」
「あいつは君の前では、何でも分かっているふりをしたがった」
シリウスの口元に、かすかな苦笑が浮かんだ。
「だが、一つだけ、チチオヤはよく分かっていた。君は自分とは別の人間だということだ。自分が正しいと思う道を、君も選ぶとは限らない。自分が恐れているものを、君も恐れるとは限らない。それでも、思いどおりにならない君を守りたいと思っていた」
「それを見て、私はようやく考えたんだ。ハリーはジェームズによく似ている。だが、ジェームズではない。ジェームズなら笑ったことに、ハリーは傷つくかもしれない。ジェームズなら喜んでついてきた場所へ、ハリーを連れていくべきではないこともある」
シリウスは一度言葉を切り、ナマエを見た。
「親友なら、危険な場所へ行くと言われた時、隣に並べばいい。だが、父親なら、その前になぜ行くのかを聞かなければならない。止めるべき時には、嫌われても止めなければならない。そして、勝手に決めてもいけなかった」
最後の言葉だけが、わずかに掠れた。
ナマエは膝の上へ目を落とした。
チチオヤは、最後まで何も相談しなかった。シリウスをハリーのもとへ行かせ、自分はルシウスの前へ残った。ナマエには一時間後に会うと約束して、帰れなくなるかもしれないことを伏せていた。
自分一人で考え、自分一人で選び、それが最善だと信じていた。
「もっと、父上に言ってやればよかったのに」
ナマエが言った。
「言ったさ。あいつは人の話を聞くような男ではなかった」
「知ってる」
「だが──」
シリウスはそこで口を閉じ、部屋の奥へ顔を向けた。
ナマエもつられて視線を追った。
ダンブルドアの机の脇、丈の長い銀色の器具が並ぶ陰で、重いカーテンの裾がわずかに揺れていた。最初は陽の光が作った影かと思ったが、耳を澄ますと押し殺したような小さな嗚咽が聞こえた。
「もう出てきてもいいだろう」
シリウスが言った。
「君がそこにいることは、ダンブルドアも知っていたぞ」
影の中で、何かがびくりと震えた。
「誰?」
ナマエが尋ねると、細長い耳が器具の向こうから現れた。続いて、大きな濡れた目と、痩せた小さな身体が恐る恐る姿を見せた。
「シノビー」
ナマエは椅子から立ち上がった。
シノビーは両手で口を覆っていた。声を漏らさないようにしていたらしいが、ナマエと目が合った途端、大きな目から新しい涙が溢れた。
「ナマエさま──」
掠れた声で呼ぶと、シノビーは床へ額を擦りつけるように伏した。
「シノビーは、お話を盗み聞きするつもりではございませんでした。けれど、チチオヤさまのお名前が聞こえて、それで、シノビーは……」
その先は泣き声になった。
「いつからそこにいたんだよ」
「チチオヤさまがお戻りにならないと知ってから、ずっとでございます。シノビーは、ナマエさまがお目覚めになるのを待っておりました……」
ナマエはシノビーの前へ膝をついた。
シノビーは床へ伏したまま、何度も首を横へ振った。
「シノビーは、チチオヤさまをお守りできませんでした。ナマエさまのおそばにもおらず、何一つお役に立てませんでした。悪い屋敷しもべ妖精でございます。どうか、どうか罰を──」
「やめろよ」
シノビーが床へ頭を打ちつけようとするのを、ナマエは両手で止めた。
「お前のせいじゃない。父上が、お前にも何も言わなかったんだろ」
シノビーは涙に濡れた顔を上げた。
「チチオヤさまは、シノビーへ、ホグワーツに残るようお命じになりました。ナマエさまがお戻りになれば、必ずおそばにいるようにと」
ナマエの胸が詰まった。
「それじゃ、今も父上の命令でここにいるのか?」
シノビーは激しく首を振った。長い耳が頬へ当たり、涙がいくつも床へ落ちた。
「違います。違います、ナマエさま。チチオヤさまは最後に、ナマエさまへお仕えするかどうかは、ナマエさまに聞けと」
ナマエは差し出された小さな手を見た。長い指も、薄い皮膚も、幼い頃から何度となく触れてきたものだった。その手を両手で包み、ナマエは言った。
「お前が俺のそばにいてくれるなら、これからも、ずっとそうしてほしい」
ナマエが言うと、シノビーは大きな目をいっそう潤ませ、何度も激しく頷いた。
「もちろんです、もちろんです。シノビーは、これから先もナマエさまのおそばにおります。ナマエさまがお望みになるかぎり、決してお離れいたしません」
声は涙で震えていたが、その返事だけは迷いがなかった。
シリウスは二人をしばらく見ていたが、やがて椅子へ浅く腰掛けた。
「夏休みのことだが」
ナマエが顔を上げると、シリウスは黒い髪を掻いた。
「君がよければ、グリモールド・プレイスへ来てもいい。あの家を気に入る人間がいるとは思えないが、部屋なら余っているし、シノビーも連れてくればいい。もちろん、モリーのところで過ごしたいなら、そちらでも構わない。今すぐ決める必要はない」
ナマエは返事をせず、ハリーのことを考えた。
ハリーは、またダーズリー家へ戻されるのかもしれない。シリウスとハリーが鏡を通して話していることは知っていたが、同じ家でひと夏を過ごせる機会があるなら、自分がそこへ入り込んでよいのか分からなかった。
「うん。ちょっと考えてもいい?」
「ああ、もちろんだ」
シリウスはすぐに答えた。決断を急かされなかったことに、ナマエはわずかに肩の力を抜いた。
「まあ、シノビーがいるなら、どこでもいいか」
ナマエがそう言うと、シノビーはまた泣き出した。今度は声を押し殺そうとして、かえって細い肩を大きく震わせている。ナマエはしゃがみ込み、シノビーの小さな両手を包んだ。節くれだった長い指も、薄い皮膚も、子供の頃から見慣れたものだった。
自分より激しく泣いている者がいると、不思議と頭が冷えた。
そして、ふと気がついた。
ナマエはこれまで、何度もこの手に口づけてきた。
幼い頃、迎えに来てくれた礼に。長く留守にしたあと、機嫌を直してもらうために。シノビーが自分の代わりに罰を受けようとした時には、そんなことをするなと言い聞かせながら、その手の甲へ唇を押し当てた。
その一つ一つが、もし呪いになっていたとしたら。
シノビーの忠誠は、本当にシノビー自身が選んだものなのだろうか。
ナマエは急に恐ろしくなり、包んでいた手を離しかけた。シノビーは逃がすまいとするように、今度はナマエの指を両手で握った。
さらに、別の記憶が浮かんだ。
レギュラスの部屋で泣いていたクリーチャー。その手を取って、自分はやはり口づけた。直後に銀の輪のピアスが砕けたのは、呪いを抑えきれなかったからではないのか。
ナマエはゆっくり顔を上げた。
「シリウス。クリーチャーは、どうしてる?」
あまりに唐突だったらしく、シリウスは片方の眉を上げた。
「クリーチャー?」
「最近、何か変わったことはなかった?あんたに何か話したり」
シリウスは訝しげな顔をしたあと、椅子の背にもたれた。
「あいつは気がどうかしてる。いつものことだ」
まだ話していないのか、とナマエは思った。
クリーチャーは、自分から言い出せなかったのかもしれない。あるいは、ナマエが取り戻すと約束したものを待っていたのだろう。
「あのさ、シリウス。クリスマス休暇の時、クリーチャーがレギュラスの部屋で泣いてたんだ」
シリウスは黙ってナマエを見た。
「俺、クリーチャーを落ち着かせようと思って……それで……」
口づけた、とは言えなかった。
「……訳を聞いたら、マンダンガスにレギュラスの形見を盗まれたって言ったんだ。だから、俺が取り返す。その代わり、あんたとちゃんと話をしろって言った」
シリウスの口元が険しく歪んだ。
「マンダンガスが、あの家から物を盗んだことは知っている。だが、レギュラスの形見だと?」
「クリーチャーにとっては、そうなんだよ」
「それで、君はあいつの頼みを聞いたのか」
嫌そうな顔だった。
クリーチャーへの嫌悪なのか、レギュラスの名を聞かされたことへの苛立ちなのか、ナマエには分からなかった。ただ、以前のシリウスならそこで話を終わらせていたはずだった。
けれどシリウスは、しばらく黙ったあと、低い声で尋ねた。
「何を盗まれた?」
ナマエはズボンのポケットへ手を入れた。
指先が煤けた金属に触れた瞬間、心臓の脈打ちを強く感じたような気がした。ナマエは一度手を止めたが、そのままロケットを引き出した。
金の表面は黒ずみ、緑色の石で形作られた蛇だけが、薄暗い光を返していた。
シリウスの目が細くなった。
「それは?」
「マンダンガスから取り返した」
ナマエは鎖を握ったまま、すぐには手放せなかった。
クリーチャーへ返すために持っていたはずなのに、いつからかポケットの奥にある重みを確かめることが習慣になっていた。
ナマエは指を一本ずつ開き、ロケットをシリウスの掌へ落とした。
シリウスは受け取った途端、顔をしかめた。
「妙な感じがするな」
「俺も、そう思う」
ナマエはロケットから目を離さないまま言った。
「でも、これをクリーチャーに渡しておいて。ずっと守ってたみたいだから」
シリウスは露骨に嫌そうな顔をした。
「君は私に、クリーチャーとレギュラスについて語り合えと言うのか?」
「話を聞くだけでいい。あいつはレギュラスのことを、あんたより知ってるかもしれない。チチオヤのことを俺よりシリウスが知ってるみたいに」
シリウスの眉間に深い皺が寄った。
それは、シリウスにとって決して聞きたい言葉ではなかった。だが、否定することもできないらしかった。
「分かった」
やがて、不承不承に言った。
「話しかける努力はする。聞くに堪えない悪態をつかれたら、その時は知らん」
「悪態くらい我慢しろよ。あんただっていつも言ってるだろ」
「誰に向かって?」
「だいたい全員に」
シリウスは不愉快そうに鼻を鳴らしたが、ロケットをローブの奥深くへしまった。
その重みが自分の手から消えると、ナマエは初めて、ずっと何かを強く握り続けていたような疲れを感じた。
足元では、シノビーがまだナマエのローブを握っていた。
シリウスはローブの上からロケットのある場所を確かめるように触れ、それから、ふと思い出したように口元を歪めた。
「そうだ。これは、君に言う必要はないとチチオヤに言われていたんだが」
「何?」
「チチオヤは、ミョウジ家の一族から勘当されている」
ナマエは思わずシリウスを見た。
「ハハオヤと結婚したからだ。あちらの家からすれば、マグル同然のスクイブの女を選んで、家を捨てたようなものだったらしい」
「父上が、そんなことをあんたに話したの?」
「一年以上、やつの家で暮らしていたんだぞ。話したくなくても、隠しきれないことくらいある」
シリウスは面白そうに鼻を鳴らし、少しも悪びれなかった。
ナマエは、目の前の男をまじまじと見た。
「秘密、ほかにも知ってる?」
「いくつかな」
「例えば?」
「教えない」
「今、一つ教えたじゃないか」
「これは特別だ」
シリウスはそこで話を打ち切るように腕を組んだ。
二人は、自分たちが言うより、ずっと仲がよかったのではないだろうか。
「何だ、その顔は」
「別に」
ナマエが答えると、シリウスは疑わしそうに目を細めた。
だが、もうその秘密を口止めするチチオヤはいなかった。
やがてシリウスはナマエの隣へ椅子を引き寄せ、ゆっくりと腰を下ろした。
「……君は以前、ハリーは私を父親のように思っている、と言ったな。覚えているか?」
「ああ、うん」
ナマエは少し考えてから頷いた。
「あの時の私は、その意味を正しく理解していなかった。父親を知らずに育ったのだから、ジェームズをよく知る私と一緒にいたがるのは当然だとな」
シリウスは椅子の背へ深くもたれ、しばらく天井を見上げた。
「だが、実際には逆だった。ハリーにジェームズを求めていたのは、私の方だった」
ナマエは黙ってシリウスを見た。
「アズカバンにいた十二年のあいだ、私の中では何も遠くならなかった。ジェームズもリリーも、私が捕まった夜も、すべて昨日のことのようだった。だからハリーに会った時、私は自分が失ったところへ戻れるような気がしたんだ。あいつが無茶をすれば嬉しかった。規則を破れば、いかにもジェームズらしいと思った。危険なことをしようとすれば、止めるより、一緒にやる方法を考えた」
シリウスは低く続けた。
「だが、ハリーが私に求めていたのは、一緒に危険へ飛び込む友人だけではなかった。自分が帰ってくるのを待っている大人を、あの子は私の中に探していた。そのことに気づくまで、随分とかかった。今になって少しは分かるようになったのは、君とチチオヤを見ていたからだ」
父の名が出ると、ナマエは少し俯いた。
「……父上は、手本になるような父親じゃないと思う」
「知っている」
シリウスは即座に言った。
「あいつが親として正しかったなどとは、私も言わない」
ナマエは少しだけ顔を上げた。
「チチオヤは、君のことになると、いつも自分のしたことを疑っていた。口ではいかにも正しいことをしたように言い張っていたがな」
「俺には、そんなふうに見えなかった」
「あいつは君の前では、何でも分かっているふりをしたがった」
シリウスの口元に、かすかな苦笑が浮かんだ。
「だが、一つだけ、チチオヤはよく分かっていた。君は自分とは別の人間だということだ。自分が正しいと思う道を、君も選ぶとは限らない。自分が恐れているものを、君も恐れるとは限らない。それでも、思いどおりにならない君を守りたいと思っていた」
「それを見て、私はようやく考えたんだ。ハリーはジェームズによく似ている。だが、ジェームズではない。ジェームズなら笑ったことに、ハリーは傷つくかもしれない。ジェームズなら喜んでついてきた場所へ、ハリーを連れていくべきではないこともある」
シリウスは一度言葉を切り、ナマエを見た。
「親友なら、危険な場所へ行くと言われた時、隣に並べばいい。だが、父親なら、その前になぜ行くのかを聞かなければならない。止めるべき時には、嫌われても止めなければならない。そして、勝手に決めてもいけなかった」
最後の言葉だけが、わずかに掠れた。
ナマエは膝の上へ目を落とした。
チチオヤは、最後まで何も相談しなかった。シリウスをハリーのもとへ行かせ、自分はルシウスの前へ残った。ナマエには一時間後に会うと約束して、帰れなくなるかもしれないことを伏せていた。
自分一人で考え、自分一人で選び、それが最善だと信じていた。
「もっと、父上に言ってやればよかったのに」
ナマエが言った。
「言ったさ。あいつは人の話を聞くような男ではなかった」
「知ってる」
「だが──」
シリウスはそこで口を閉じ、部屋の奥へ顔を向けた。
ナマエもつられて視線を追った。
ダンブルドアの机の脇、丈の長い銀色の器具が並ぶ陰で、重いカーテンの裾がわずかに揺れていた。最初は陽の光が作った影かと思ったが、耳を澄ますと押し殺したような小さな嗚咽が聞こえた。
「もう出てきてもいいだろう」
シリウスが言った。
「君がそこにいることは、ダンブルドアも知っていたぞ」
影の中で、何かがびくりと震えた。
「誰?」
ナマエが尋ねると、細長い耳が器具の向こうから現れた。続いて、大きな濡れた目と、痩せた小さな身体が恐る恐る姿を見せた。
「シノビー」
ナマエは椅子から立ち上がった。
シノビーは両手で口を覆っていた。声を漏らさないようにしていたらしいが、ナマエと目が合った途端、大きな目から新しい涙が溢れた。
「ナマエさま──」
掠れた声で呼ぶと、シノビーは床へ額を擦りつけるように伏した。
「シノビーは、お話を盗み聞きするつもりではございませんでした。けれど、チチオヤさまのお名前が聞こえて、それで、シノビーは……」
その先は泣き声になった。
「いつからそこにいたんだよ」
「チチオヤさまがお戻りにならないと知ってから、ずっとでございます。シノビーは、ナマエさまがお目覚めになるのを待っておりました……」
ナマエはシノビーの前へ膝をついた。
シノビーは床へ伏したまま、何度も首を横へ振った。
「シノビーは、チチオヤさまをお守りできませんでした。ナマエさまのおそばにもおらず、何一つお役に立てませんでした。悪い屋敷しもべ妖精でございます。どうか、どうか罰を──」
「やめろよ」
シノビーが床へ頭を打ちつけようとするのを、ナマエは両手で止めた。
「お前のせいじゃない。父上が、お前にも何も言わなかったんだろ」
シノビーは涙に濡れた顔を上げた。
「チチオヤさまは、シノビーへ、ホグワーツに残るようお命じになりました。ナマエさまがお戻りになれば、必ずおそばにいるようにと」
ナマエの胸が詰まった。
「それじゃ、今も父上の命令でここにいるのか?」
シノビーは激しく首を振った。長い耳が頬へ当たり、涙がいくつも床へ落ちた。
「違います。違います、ナマエさま。チチオヤさまは最後に、ナマエさまへお仕えするかどうかは、ナマエさまに聞けと」
ナマエは差し出された小さな手を見た。長い指も、薄い皮膚も、幼い頃から何度となく触れてきたものだった。その手を両手で包み、ナマエは言った。
「お前が俺のそばにいてくれるなら、これからも、ずっとそうしてほしい」
ナマエが言うと、シノビーは大きな目をいっそう潤ませ、何度も激しく頷いた。
「もちろんです、もちろんです。シノビーは、これから先もナマエさまのおそばにおります。ナマエさまがお望みになるかぎり、決してお離れいたしません」
声は涙で震えていたが、その返事だけは迷いがなかった。
シリウスは二人をしばらく見ていたが、やがて椅子へ浅く腰掛けた。
「夏休みのことだが」
ナマエが顔を上げると、シリウスは黒い髪を掻いた。
「君がよければ、グリモールド・プレイスへ来てもいい。あの家を気に入る人間がいるとは思えないが、部屋なら余っているし、シノビーも連れてくればいい。もちろん、モリーのところで過ごしたいなら、そちらでも構わない。今すぐ決める必要はない」
ナマエは返事をせず、ハリーのことを考えた。
ハリーは、またダーズリー家へ戻されるのかもしれない。シリウスとハリーが鏡を通して話していることは知っていたが、同じ家でひと夏を過ごせる機会があるなら、自分がそこへ入り込んでよいのか分からなかった。
「うん。ちょっと考えてもいい?」
「ああ、もちろんだ」
シリウスはすぐに答えた。決断を急かされなかったことに、ナマエはわずかに肩の力を抜いた。
「まあ、シノビーがいるなら、どこでもいいか」
ナマエがそう言うと、シノビーはまた泣き出した。今度は声を押し殺そうとして、かえって細い肩を大きく震わせている。ナマエはしゃがみ込み、シノビーの小さな両手を包んだ。節くれだった長い指も、薄い皮膚も、子供の頃から見慣れたものだった。
自分より激しく泣いている者がいると、不思議と頭が冷えた。
そして、ふと気がついた。
ナマエはこれまで、何度もこの手に口づけてきた。
幼い頃、迎えに来てくれた礼に。長く留守にしたあと、機嫌を直してもらうために。シノビーが自分の代わりに罰を受けようとした時には、そんなことをするなと言い聞かせながら、その手の甲へ唇を押し当てた。
その一つ一つが、もし呪いになっていたとしたら。
シノビーの忠誠は、本当にシノビー自身が選んだものなのだろうか。
ナマエは急に恐ろしくなり、包んでいた手を離しかけた。シノビーは逃がすまいとするように、今度はナマエの指を両手で握った。
さらに、別の記憶が浮かんだ。
レギュラスの部屋で泣いていたクリーチャー。その手を取って、自分はやはり口づけた。直後に銀の輪のピアスが砕けたのは、呪いを抑えきれなかったからではないのか。
ナマエはゆっくり顔を上げた。
「シリウス。クリーチャーは、どうしてる?」
あまりに唐突だったらしく、シリウスは片方の眉を上げた。
「クリーチャー?」
「最近、何か変わったことはなかった?あんたに何か話したり」
シリウスは訝しげな顔をしたあと、椅子の背にもたれた。
「あいつは気がどうかしてる。いつものことだ」
まだ話していないのか、とナマエは思った。
クリーチャーは、自分から言い出せなかったのかもしれない。あるいは、ナマエが取り戻すと約束したものを待っていたのだろう。
「あのさ、シリウス。クリスマス休暇の時、クリーチャーがレギュラスの部屋で泣いてたんだ」
シリウスは黙ってナマエを見た。
「俺、クリーチャーを落ち着かせようと思って……それで……」
口づけた、とは言えなかった。
「……訳を聞いたら、マンダンガスにレギュラスの形見を盗まれたって言ったんだ。だから、俺が取り返す。その代わり、あんたとちゃんと話をしろって言った」
シリウスの口元が険しく歪んだ。
「マンダンガスが、あの家から物を盗んだことは知っている。だが、レギュラスの形見だと?」
「クリーチャーにとっては、そうなんだよ」
「それで、君はあいつの頼みを聞いたのか」
嫌そうな顔だった。
クリーチャーへの嫌悪なのか、レギュラスの名を聞かされたことへの苛立ちなのか、ナマエには分からなかった。ただ、以前のシリウスならそこで話を終わらせていたはずだった。
けれどシリウスは、しばらく黙ったあと、低い声で尋ねた。
「何を盗まれた?」
ナマエはズボンのポケットへ手を入れた。
指先が煤けた金属に触れた瞬間、心臓の脈打ちを強く感じたような気がした。ナマエは一度手を止めたが、そのままロケットを引き出した。
金の表面は黒ずみ、緑色の石で形作られた蛇だけが、薄暗い光を返していた。
シリウスの目が細くなった。
「それは?」
「マンダンガスから取り返した」
ナマエは鎖を握ったまま、すぐには手放せなかった。
クリーチャーへ返すために持っていたはずなのに、いつからかポケットの奥にある重みを確かめることが習慣になっていた。
ナマエは指を一本ずつ開き、ロケットをシリウスの掌へ落とした。
シリウスは受け取った途端、顔をしかめた。
「妙な感じがするな」
「俺も、そう思う」
ナマエはロケットから目を離さないまま言った。
「でも、これをクリーチャーに渡しておいて。ずっと守ってたみたいだから」
シリウスは露骨に嫌そうな顔をした。
「君は私に、クリーチャーとレギュラスについて語り合えと言うのか?」
「話を聞くだけでいい。あいつはレギュラスのことを、あんたより知ってるかもしれない。チチオヤのことを俺よりシリウスが知ってるみたいに」
シリウスの眉間に深い皺が寄った。
それは、シリウスにとって決して聞きたい言葉ではなかった。だが、否定することもできないらしかった。
「分かった」
やがて、不承不承に言った。
「話しかける努力はする。聞くに堪えない悪態をつかれたら、その時は知らん」
「悪態くらい我慢しろよ。あんただっていつも言ってるだろ」
「誰に向かって?」
「だいたい全員に」
シリウスは不愉快そうに鼻を鳴らしたが、ロケットをローブの奥深くへしまった。
その重みが自分の手から消えると、ナマエは初めて、ずっと何かを強く握り続けていたような疲れを感じた。
足元では、シノビーがまだナマエのローブを握っていた。
シリウスはローブの上からロケットのある場所を確かめるように触れ、それから、ふと思い出したように口元を歪めた。
「そうだ。これは、君に言う必要はないとチチオヤに言われていたんだが」
「何?」
「チチオヤは、ミョウジ家の一族から勘当されている」
ナマエは思わずシリウスを見た。
「ハハオヤと結婚したからだ。あちらの家からすれば、マグル同然のスクイブの女を選んで、家を捨てたようなものだったらしい」
「父上が、そんなことをあんたに話したの?」
「一年以上、やつの家で暮らしていたんだぞ。話したくなくても、隠しきれないことくらいある」
シリウスは面白そうに鼻を鳴らし、少しも悪びれなかった。
ナマエは、目の前の男をまじまじと見た。
「秘密、ほかにも知ってる?」
「いくつかな」
「例えば?」
「教えない」
「今、一つ教えたじゃないか」
「これは特別だ」
シリウスはそこで話を打ち切るように腕を組んだ。
二人は、自分たちが言うより、ずっと仲がよかったのではないだろうか。
「何だ、その顔は」
「別に」
ナマエが答えると、シリウスは疑わしそうに目を細めた。
だが、もうその秘密を口止めするチチオヤはいなかった。
