不死鳥の騎士団
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アンブリッジは、双子の残した浮き立った空気に爪を立てるように、廊下という廊下を歩き回っていた。
生徒たちは、アンブリッジが近づくと口を閉じ、通り過ぎると前より楽しそうに笑った。「ずる休みスナックボックス」はナマエが思っている以上の売り上げがあったらしく、大量の生徒がアンブリッジの授業中に鼻血を出したり寝込んだりして医務室に駆け込んだ。マダム・ポンフリーは原因がわからないと言い張り、アンブリッジに問い詰められた生徒は「アンブリッジ炎です!」などと言って授業への出席を拒否していた。
ピーブズはいつにもなく張り切っていた。アンブリッジの頭上にふくろうの糞の混じった紙吹雪を降らせ、シャンデリアを落とし、生徒のレポートにインクをぶちまけ、思いつく限りの悪行を尽くしていた。スリザリンのモンタギューに至っては、ピーブズによって二階にある「姿をくらます飾り棚」に閉じ込められ、数日ののちに五階のトイレで発見された。
マクゴナガル先生はピーブズを叱るふりをしたが、叱る声はいつもよりもずいぶん遅れて、ほとんど意味をなしていなかったし、フリットウィック先生は、廊下の隅に残った小さな花火を消すのに、なぜかいつもの三倍も時間をかけた。
そんな空気の中で、クィディッチ・シーズンの最後の試合、グリフィンドール対レイブンクローの試合の日が来た。
五月最後の週末で、空は明るく、風もぬるかった。観客席では、ローブの袖をまくる生徒や、寮の色のリボンを杖に結びつけて振る生徒が目立った。ナマエはレイブンクローの席に座り、まぶしさに少し目を細めながら、グリフィンドール側の観客席を見た。
ハリーとハーマイオニーの姿がなかった。
ロンは三本のゴールポストの前で、いままでよりも気楽そうな顔をしていた。もはや、これ以上の失敗はないと振り切れたようにも見える。ジニーは箒の柄を握り、好戦的な様子でチョウを見上げていた。
「ハリーたちは?」
テリーが聞いた。
「知らない」
ナマエは答えた。本当に知らなかった。
あとから考えれば、ハリーたちはこの試合を見逃すべきではなかった。正直なところ、レイブンクローの生徒たちはこの試合の勝利を楽観視していた。主戦力のハリーも、フレッドとジョージもいない。
しかし、意外や意外、双子のプレッシャーから解き放たれたロンが、素晴らしい守備を見せた。ロンは、レイブンクローの得点をほとんど防ぎ切って見せた。ジニーがチョウの鼻先でスニッチを掴んだことで、チョウはかなり荒れていた。
その夜、城の中はグリフィンドールの勝利でやかましかった。競技場から城へ帰るまで、ロンは浮かれたグリフィンドールの生徒たちに肩車で移動していた。夕食の後、ナマエは男子トイレへ続く廊下の角でロンに出くわした。ロンは両腕いっぱいに菓子の包みを抱え、耳まで真っ赤にしていた。何人にも背中を叩かれたらしく、ローブの肩のあたりに白い粉砂糖がついていた。
ロンはナマエを見ると、少しだけ顔を硬くした。
「なんだよ」
「試合、見てた」
ロンの耳が、さらに赤くなった。
「そりゃ、レイブンクローだもんな。負けるところを見たわけだ」
「最後のセーブ……」
ナマエは言った。
「あれは正直、入ったと思った」
ロンは口を開けたまま、しばらく黙った。
「……そうか?」
「うん」
ナマエは頷いた。
ロンは、明らかに嬉しそうな顔をした。けれどすぐに咳払いをし、菓子の包みを持ち直して、なんともなさそうな顔をした。
「まあ、僕、ブラッドリーがフェイントをかましてくるような気がしたんだ。一か八か、僕は左に飛んだね。──やつの右だけどね──そして、まあ──ご覧の通りさ」
ナマエが口角を上げているのを見て、ロンは菓子の包みを一つ、ナマエの胸に押しつけた。
ナマエは包みを受け取った。それから、我慢しきれないようにニヤリと笑って言った。
「正真正銘、王者だな」
週明けの授業からは、先生方はもう宿題を出さず、試験にもっとも出題されそうな予想問題の練習に時間を費やした。試験に向かう熱っぽい雰囲気が、ナマエの頭からOWL以外のものをほとんど全部追い出そうとしていた。
古代ルーン文字学の授業では、ナマエはいつも一番前の席に座っていた。これまでと違うのは、隣にハーマイオニーがいないことだった。すぐ後ろの席に座っているのはわかっていたが、振り返る勇気はなかった。
この頃は、ナマエの方から話しかけるのが少し怖かった。嫌われたとは思いたくなかったが、許されたと思い込むほど図々しくもなれなかった。
もちろん、マリエッタの件についてはもう謝っていた。一度だけではない。ちゃんと謝ったつもりだったし、ハーマイオニーも、もういいと言ってくれた。けれど、それで二人の関係が元に戻ったようには思えなかった。廊下で顔を合わせれば挨拶はするし、授業で必要なことがあれば普通に話す。それなのに、会話の終わりにはいつも、薄い硝子板のようなものが二人の間に残り、ナマエはそれ以上何も言えなくなった。
だから、授業終わりにハーマイオニーがナマエに声をかけたとき、ナマエは驚いた。ハーマイオニーから話しかけられるのは、ずいぶん久しぶりのような気がした。そして、たったそれだけのことで、今日までの憂鬱な気分が一気に吹き飛んでしまった。
「ハリーと私、ロンの試合を見てなかったの。ハグリッドのせいでね」
ハーマイオニーは声をひそめた。怒っているような声音だった。
「巨人のところから帰って以来、傷だらけだったわけを、わたしたちに教えてくれる気になったのよ。一緒に森に来てほしいって言われて、断れなかった。それで……」
話は五分もかからなかった。
しかし、最後のほうになると、ナマエはハーマイオニーに話しかけられたときの幸福感をすっかり忘れていた。
「巨人の弟を、一人連れて帰って、森に隠してた?」
「そう」
ハーマイオニーが深刻な顔で言った。ナマエは言葉を失った。
「グロウプは約五メートルの背丈、六メートルもの松の木を引っこ抜くのが好きで、私のことは」
ハーマイオニーはフンと鼻を鳴らした。
「ハーミーって名前で知ってるわ」
ナマエは不安をごまかすかのように愛想笑いをした。
「それで、ハグリッドが追い出されたら、代わりに私たちがグロウプに英語を教えてやってほしいって、そう言うのよ」
「正気か?」
「ほんと」
ハーマイオニーは「数秘・高度な算術」の教科書をめくり、カバラに基づいた魔法生物の数秘術的な解釈図を睨みながら、イライラと言った。
「そう。私もハグリッドがおかしくなったと思いはじめてるのよ。でも、残念ながら、私もハリーも約束させられたの」
普段は気前のいいナマエにしても、協力しようと申し出る気にはなれなかった。ハーマイオニーを宥めるように言うのが精一杯だった。
「でも……試験が迫ってるんだぜ。それに、ハグリッドはまだクビになってないだろ?今学期一杯もつかもしれないし、そしたらグロウプのところに行かなくてすむかもしれない」
そうこうするうちに、五年生と七年生の間では、精神集中、頭の回転、眠気覚ましに役立つ物の闇取引が大繁盛し出した。
ハリーとロンは、レイブンクローの六年生、エディ・カーマイケルが売り込んだ「バルッフィオの脳活性秘薬」に相当惹かれていた。一年前の夏、自分がOWLで九科目も「O 」を取れたのは、まったくこの秘薬のおかげだと請け合い、半リットル瓶一本をたったの十二ガリオンで売るというのだ。
「やめとけよ、あいつは頭がいいんだ──ずる賢いって意味だ。あの薬は本当はドラゴンの爪の粉末を使うべきなのに、ドクシーの糞の粉を──」
ナマエがくどくど忠告したが、ロンは、卒業して仕事に就いたらすぐに代金の半分をハリーに返すと持ちかけていた。結局、ハーマイオニーが強硬手段に出て、薬の中身を全てトイレに流していた。
次の呪文学の時間には、フリットウィック先生から試験の時間割と詳しい説明がされた。
「先生」
パドマが手を挙げた。
「結果はいつわかるのでしょうか?」
「七月中にふくろう便が皆さんに送られます」
「よかった」
テリーがわざと聞こえるような囁き声で言った。
「なら、夏休みまでは心配しなくてもいいんだ」
ナマエは今年の夏休み、自分はどこで過ごすんだろうと考えた。チチオヤは新しい家を見つけるだろうか。それとも、シリウスのいるグリモールド・プレイスか、ウィーズリー家の隠れ穴か……。
夜も誰もが最後の追い込みで勉強していたが、大してはかどっているようには見えなかった。寝室の誰も口をきかず、やがて一人、二人とみな眠りに落ちていった。
翌日の朝食のときも、五年生は口数が少なかった。アンソニーは小声で呪文の練習をし、目の前の塩入れをピクピクさせていた。テリーは「呪文学問題集」を読み直していたが、目の動きの早いこと、目玉がぼやけて見えるほどだった。
朝食が終わると、生徒はみんな教室に行ったが、五年生と七年生は玄関ホールに屯してうろうろしていた。九時半に再び大広間に入ると、試験のために模様替えされていた。四つの寮のテーブルは片づけられ、代わりに個人用の小さな机がたくさん、奥の教職員テーブルのほうを向いて並んでいた。一番奥に、生徒と向かい合う形でマクゴナガル先生が立っている。全員が着席し、静かになると、「始めてよろしい」の声とともに、先生は自分の机に置かれた巨大な砂時計をひっくり返した。
ナマエも試験用紙をひっくり返した。特に詰まることもなく、羽根ペンはすらすら動いたので、ナマエはほっとした。
二時間後、昼食をとりながらアンソニーたちと問題について話していると、すぐに実技試験の時間になった。
アンソニーの名前が呼ばれた。一緒に呼ばれたハーマイオニー、ゴイル、ダフネ・グリーングラスとともに、待ち合いの小部屋を出て行った。
やがてナマエも呼ばれ、大広間に入った。
「トフティ教授のところが空いているよ」
扉のすぐ内側に立っていたフリットウィック先生が、高い声で言った。先生の指差した奥の隅に小さいテーブルがあり、見たところ一番年老いて一番禿げた試験官が座っていた。少し離れたところに別の教授がいて、ドラコのテストを半分ほど終えたところらしい。ドラコははっきりナマエを一瞥した。その瞬間、ドラコが浮かせていたワイングラスが、床に落ちて砕けた。ナマエはなぜか申し訳ない気持ちになった。
老教授はナマエに言った。
「さあ、まずは、このゆで卵立てを取って、コロコロ回転させてもらえるかの」
ナマエのテストはどの呪文も失敗なく、完璧に終えられた手応えがあった。その証拠に、老教授は「見事じゃった」とにっこりナマエを送り出した。
夜ものんびりしている生徒はいなかった。夕食後は談話室に直行し、次の日の変身術の復習に没頭した。ナマエは呪文学の出来を考えても、得意の変身術のテストにさほど危機感を抱かずに過ごすことができた。
次の日の変身術も、水曜日の薬草学の試験も間違いなくうまくいった。そして、木曜日、闇の魔術に対する防衛術だ。筆記試験は言うまでもなく苦もなく解答したし、とくに楽しかったのは、実技だった。まね妖怪追放呪文 を完全にやってのけたのは、ナマエにとって初めてだった。
父親の死体が現れた時、教室の空気が、すっと冷えた。玄関ホールで見学していたアンブリッジが、喉の奥で小さく音を立てた。咳払いにしては軽すぎる。笑ったのだ、とわかった。その瞬間、ナマエの指先から迷いが消えた。
「リディクラス」
チチオヤの体が、びくんと跳ねた。口から、大きないびきが漏れた。裂けていたローブは、よれよれの寝間着に変わり、片手には枕、もう片手には分厚い診断書が握られていた。チチオヤは床の上で寝返りを打ち、ひどく迷惑そうに片目だけを開けた。
「……症状は……嘘の咳払い、甘ったるい声、少女趣味。ならびに他人の不幸を笑うこと」
ナマエの後ろで、誰かが吹き出した。ハリーだ。
チチオヤは欠伸をしながらむくりと起き上がり、真面目くさった顔で診断書をめくった。
「恥を知ること……再診は不要」
遅れて、アンブリッジのことだと気づいた生徒の何人かが笑った。ナマエがもう一度呪文を唱えると、まね妖怪は破裂し、何千という細い煙の筋になって消え去った。
「上々、上々!ミョウジ、試験は以上じゃ」
試験官がにっこりしてそう言ったとき、少し離れたところで銀色の光がぱっと広がった。ハリーの杖先から牡鹿が飛び出し、大広間を端から端まで、堂々と駆けていく。ナマエは思わずそちらを見た。
「ほう、守護霊の呪文か」
ナマエの試験官も、顎髭を撫でながら目を細めた。
「ミョウジ、君もできるのかね?」
「はい」
ナマエは少しだけ背筋を伸ばした。ハリーの牡鹿ほど立派でもないかもしれない。けれど、白蛇はもう一度出せるはずだった。
思い出すのは、チチオヤの声だった。愛している、と言われたこと。まだ全部を許したわけではないし、わからないことは山ほど残っている。それでも、
夏休みになれば、今までよりもう少しましに話せるかもしれない。一緒に食卓につけるかもしれない。 今までより少しだけ、父親と息子らしくいられるかもしれない。
それは、はっきりした幸福というより、幸福になるかもしれないという期待だった。けれど、ナマエには十分だった。
「エクスペクト・パトローナム」
銀色の光が杖先から滑り出た。白蛇が細い体をくねらせ、ナマエの手首を一度だけ回った。試験官は、ほう、と興味深いものを見る目で身を乗り出した。
「素晴らしい!蛇の守護霊は初めて見たぞ……ふむ、珍しい。もっと熟練すれば、その蛇にいろいろなことをさせられるようになるじゃろう。励みなさい」
ナマエは試験場を出るまで、口元が緩むのを止められなかった。最初に見たときは少し不気味に思えた白蛇も、なんだかつぶらで可愛らしく思えた。
しかし、金曜日の古代ルーン語の試験からは、ハーマイオニーの情緒が不安定になってきた。
「どうだった?」
ナマエがウーンと伸びをしながら、何気なく聞いた。
「一つ訳し間違えたわ」
ハーマイオニーが腹立たしげに言った。
「エーフワズは協同っていう意味で防衛じゃないのに。私、アイフワズと勘違いしたの」
「まあ……たったそれだけなら大した減点じゃないさ」
ナマエは励ますつもりで言ったが、ハーマイオニーの怒りに触れてしまったらしい。
「たった!たったそれだけですって?」
ハーマイオニーはその後もハリーやロン、その他の話す人間全員に噛みついていたので、ナマエは話しかけるのをやめた。誰も噛みつき返すほど愚かではなかったので、ハーマイオニーは怒鳴る相手が見つからなくなると、騒がしい一年生を叱りつけてから荒々しく立ち去った。
「愛らしくてやさしい性格の女の子だよな」
ロンはハリーとナマエにだけ聞こえるようにそう言った。
週が明けて、魔法薬学、マグル学、魔法生物飼育学、数占いも問題なく終えられた。魔法薬学は少し難しかったが、少なくとも「E・期待以上」は間違いないだろうと思った。
水曜日には天文学の試験だった。試験は夜の十一時からで、星を見るのにはうってつけの、雲のない静かな夜だった。
ナマエは星座図に金星を書き入れようとして、校庭を横切る影に気づいた。
五人いる。先頭のずんぐりした歩き方は、望遠鏡越しに見てもアンブリッジだとわかった。こんな時間に、四人も従えてハグリッドの小屋へ向かう理由など、考えたくもなかった。
「何だ、あれ」
隣で、同じくアンブリッジに気がついたマイケルが耳打ちした。
ナマエは答えず、望遠鏡に目を戻すふりをした。試験官がすぐそばを歩いていたからだ。けれど、校庭にバーンと大音響がして、すぐにファングの吠え声が聞こえると、もう誰も星など見ていられなかった。
ハグリッドの小屋の戸が開いた。灯りを背に、巨大な影が浮かび上がる。次の瞬間、赤い閃光が何本も走った。
「やめて!」
ハーマイオニーが叫んだ。
「慎みなさい。試験中じゃよ」
トフティ教授が言ったが、その声を聞いていた者はほとんどいなかった。
失神光線はハグリッドに当たっているように見えた。だが、ハグリッドは倒れない。怒鳴り声が塔の上まで届き、ファングが小さな黒い影になって魔法使いたちへ飛びかかっていた。
そのとき、城の扉が開き、細い影が芝生を走った。
「マクゴナガル先生だ」
ハリーの声がした。
先生の制止の声が夜気を裂いた。
ところが、小屋の周りにいた四人が一斉に杖を向けた。赤い光が同時に走り、マクゴナガル先生の体を撃ち抜いたのだ。
それを見ていた生徒たちはついに悲鳴を上げた。先生は仰向けに倒れ、そのまま動かなくなった。信じられなかった。教師を、しかも無抵抗の人を、四人がかりで撃ったのだ。トフティ教授まで校庭に目を奪われ、「不意打ちじゃ、けしからん」と呟いていた。
「卑怯者!」
ハグリッドの怒声が響いた。彼はぐったりしたファングを担ぎ上げ、追っ手を振り切って校門へ走り出した。アンブリッジが最後に呪文を放ったが、外れた。大きな影は、そのまま闇に消えた。塔の上に、妙な沈黙が落ちた。
「……あと五分ですぞ」
トフティ教授が弱々しく言った。
試験が終わると、生徒たちは螺旋階段を急いで下りて、大声で今しがた見聞きしたことを話し始めた。
「あの悪魔!」
ハーマイオニーが怒りで震えていた。
「ハグリッド、ダンブルドアのところへ行ったんだよな?」
ロンが言った。ハリーが「たぶん」と答えた。
「……マクゴナガル先生が大丈夫だといいんだけど」
ナマエが言った。ナマエは、そのとき初めて自分の手の中で羽根ペンが折れていることに気づいた。いつ折ったのかは覚えていなかった。
アンブリッジに腹が立って、どんな罰を与えても十分ではないような気がした。
生徒たちは、アンブリッジが近づくと口を閉じ、通り過ぎると前より楽しそうに笑った。「ずる休みスナックボックス」はナマエが思っている以上の売り上げがあったらしく、大量の生徒がアンブリッジの授業中に鼻血を出したり寝込んだりして医務室に駆け込んだ。マダム・ポンフリーは原因がわからないと言い張り、アンブリッジに問い詰められた生徒は「アンブリッジ炎です!」などと言って授業への出席を拒否していた。
ピーブズはいつにもなく張り切っていた。アンブリッジの頭上にふくろうの糞の混じった紙吹雪を降らせ、シャンデリアを落とし、生徒のレポートにインクをぶちまけ、思いつく限りの悪行を尽くしていた。スリザリンのモンタギューに至っては、ピーブズによって二階にある「姿をくらます飾り棚」に閉じ込められ、数日ののちに五階のトイレで発見された。
マクゴナガル先生はピーブズを叱るふりをしたが、叱る声はいつもよりもずいぶん遅れて、ほとんど意味をなしていなかったし、フリットウィック先生は、廊下の隅に残った小さな花火を消すのに、なぜかいつもの三倍も時間をかけた。
そんな空気の中で、クィディッチ・シーズンの最後の試合、グリフィンドール対レイブンクローの試合の日が来た。
五月最後の週末で、空は明るく、風もぬるかった。観客席では、ローブの袖をまくる生徒や、寮の色のリボンを杖に結びつけて振る生徒が目立った。ナマエはレイブンクローの席に座り、まぶしさに少し目を細めながら、グリフィンドール側の観客席を見た。
ハリーとハーマイオニーの姿がなかった。
ロンは三本のゴールポストの前で、いままでよりも気楽そうな顔をしていた。もはや、これ以上の失敗はないと振り切れたようにも見える。ジニーは箒の柄を握り、好戦的な様子でチョウを見上げていた。
「ハリーたちは?」
テリーが聞いた。
「知らない」
ナマエは答えた。本当に知らなかった。
あとから考えれば、ハリーたちはこの試合を見逃すべきではなかった。正直なところ、レイブンクローの生徒たちはこの試合の勝利を楽観視していた。主戦力のハリーも、フレッドとジョージもいない。
しかし、意外や意外、双子のプレッシャーから解き放たれたロンが、素晴らしい守備を見せた。ロンは、レイブンクローの得点をほとんど防ぎ切って見せた。ジニーがチョウの鼻先でスニッチを掴んだことで、チョウはかなり荒れていた。
その夜、城の中はグリフィンドールの勝利でやかましかった。競技場から城へ帰るまで、ロンは浮かれたグリフィンドールの生徒たちに肩車で移動していた。夕食の後、ナマエは男子トイレへ続く廊下の角でロンに出くわした。ロンは両腕いっぱいに菓子の包みを抱え、耳まで真っ赤にしていた。何人にも背中を叩かれたらしく、ローブの肩のあたりに白い粉砂糖がついていた。
ロンはナマエを見ると、少しだけ顔を硬くした。
「なんだよ」
「試合、見てた」
ロンの耳が、さらに赤くなった。
「そりゃ、レイブンクローだもんな。負けるところを見たわけだ」
「最後のセーブ……」
ナマエは言った。
「あれは正直、入ったと思った」
ロンは口を開けたまま、しばらく黙った。
「……そうか?」
「うん」
ナマエは頷いた。
ロンは、明らかに嬉しそうな顔をした。けれどすぐに咳払いをし、菓子の包みを持ち直して、なんともなさそうな顔をした。
「まあ、僕、ブラッドリーがフェイントをかましてくるような気がしたんだ。一か八か、僕は左に飛んだね。──やつの右だけどね──そして、まあ──ご覧の通りさ」
ナマエが口角を上げているのを見て、ロンは菓子の包みを一つ、ナマエの胸に押しつけた。
ナマエは包みを受け取った。それから、我慢しきれないようにニヤリと笑って言った。
「正真正銘、王者だな」
週明けの授業からは、先生方はもう宿題を出さず、試験にもっとも出題されそうな予想問題の練習に時間を費やした。試験に向かう熱っぽい雰囲気が、ナマエの頭からOWL以外のものをほとんど全部追い出そうとしていた。
古代ルーン文字学の授業では、ナマエはいつも一番前の席に座っていた。これまでと違うのは、隣にハーマイオニーがいないことだった。すぐ後ろの席に座っているのはわかっていたが、振り返る勇気はなかった。
この頃は、ナマエの方から話しかけるのが少し怖かった。嫌われたとは思いたくなかったが、許されたと思い込むほど図々しくもなれなかった。
もちろん、マリエッタの件についてはもう謝っていた。一度だけではない。ちゃんと謝ったつもりだったし、ハーマイオニーも、もういいと言ってくれた。けれど、それで二人の関係が元に戻ったようには思えなかった。廊下で顔を合わせれば挨拶はするし、授業で必要なことがあれば普通に話す。それなのに、会話の終わりにはいつも、薄い硝子板のようなものが二人の間に残り、ナマエはそれ以上何も言えなくなった。
だから、授業終わりにハーマイオニーがナマエに声をかけたとき、ナマエは驚いた。ハーマイオニーから話しかけられるのは、ずいぶん久しぶりのような気がした。そして、たったそれだけのことで、今日までの憂鬱な気分が一気に吹き飛んでしまった。
「ハリーと私、ロンの試合を見てなかったの。ハグリッドのせいでね」
ハーマイオニーは声をひそめた。怒っているような声音だった。
「巨人のところから帰って以来、傷だらけだったわけを、わたしたちに教えてくれる気になったのよ。一緒に森に来てほしいって言われて、断れなかった。それで……」
話は五分もかからなかった。
しかし、最後のほうになると、ナマエはハーマイオニーに話しかけられたときの幸福感をすっかり忘れていた。
「巨人の弟を、一人連れて帰って、森に隠してた?」
「そう」
ハーマイオニーが深刻な顔で言った。ナマエは言葉を失った。
「グロウプは約五メートルの背丈、六メートルもの松の木を引っこ抜くのが好きで、私のことは」
ハーマイオニーはフンと鼻を鳴らした。
「ハーミーって名前で知ってるわ」
ナマエは不安をごまかすかのように愛想笑いをした。
「それで、ハグリッドが追い出されたら、代わりに私たちがグロウプに英語を教えてやってほしいって、そう言うのよ」
「正気か?」
「ほんと」
ハーマイオニーは「数秘・高度な算術」の教科書をめくり、カバラに基づいた魔法生物の数秘術的な解釈図を睨みながら、イライラと言った。
「そう。私もハグリッドがおかしくなったと思いはじめてるのよ。でも、残念ながら、私もハリーも約束させられたの」
普段は気前のいいナマエにしても、協力しようと申し出る気にはなれなかった。ハーマイオニーを宥めるように言うのが精一杯だった。
「でも……試験が迫ってるんだぜ。それに、ハグリッドはまだクビになってないだろ?今学期一杯もつかもしれないし、そしたらグロウプのところに行かなくてすむかもしれない」
そうこうするうちに、五年生と七年生の間では、精神集中、頭の回転、眠気覚ましに役立つ物の闇取引が大繁盛し出した。
ハリーとロンは、レイブンクローの六年生、エディ・カーマイケルが売り込んだ「バルッフィオの脳活性秘薬」に相当惹かれていた。一年前の夏、自分がOWLで九科目も「
「やめとけよ、あいつは頭がいいんだ──ずる賢いって意味だ。あの薬は本当はドラゴンの爪の粉末を使うべきなのに、ドクシーの糞の粉を──」
ナマエがくどくど忠告したが、ロンは、卒業して仕事に就いたらすぐに代金の半分をハリーに返すと持ちかけていた。結局、ハーマイオニーが強硬手段に出て、薬の中身を全てトイレに流していた。
次の呪文学の時間には、フリットウィック先生から試験の時間割と詳しい説明がされた。
「先生」
パドマが手を挙げた。
「結果はいつわかるのでしょうか?」
「七月中にふくろう便が皆さんに送られます」
「よかった」
テリーがわざと聞こえるような囁き声で言った。
「なら、夏休みまでは心配しなくてもいいんだ」
ナマエは今年の夏休み、自分はどこで過ごすんだろうと考えた。チチオヤは新しい家を見つけるだろうか。それとも、シリウスのいるグリモールド・プレイスか、ウィーズリー家の隠れ穴か……。
夜も誰もが最後の追い込みで勉強していたが、大してはかどっているようには見えなかった。寝室の誰も口をきかず、やがて一人、二人とみな眠りに落ちていった。
翌日の朝食のときも、五年生は口数が少なかった。アンソニーは小声で呪文の練習をし、目の前の塩入れをピクピクさせていた。テリーは「呪文学問題集」を読み直していたが、目の動きの早いこと、目玉がぼやけて見えるほどだった。
朝食が終わると、生徒はみんな教室に行ったが、五年生と七年生は玄関ホールに屯してうろうろしていた。九時半に再び大広間に入ると、試験のために模様替えされていた。四つの寮のテーブルは片づけられ、代わりに個人用の小さな机がたくさん、奥の教職員テーブルのほうを向いて並んでいた。一番奥に、生徒と向かい合う形でマクゴナガル先生が立っている。全員が着席し、静かになると、「始めてよろしい」の声とともに、先生は自分の机に置かれた巨大な砂時計をひっくり返した。
ナマエも試験用紙をひっくり返した。特に詰まることもなく、羽根ペンはすらすら動いたので、ナマエはほっとした。
二時間後、昼食をとりながらアンソニーたちと問題について話していると、すぐに実技試験の時間になった。
アンソニーの名前が呼ばれた。一緒に呼ばれたハーマイオニー、ゴイル、ダフネ・グリーングラスとともに、待ち合いの小部屋を出て行った。
やがてナマエも呼ばれ、大広間に入った。
「トフティ教授のところが空いているよ」
扉のすぐ内側に立っていたフリットウィック先生が、高い声で言った。先生の指差した奥の隅に小さいテーブルがあり、見たところ一番年老いて一番禿げた試験官が座っていた。少し離れたところに別の教授がいて、ドラコのテストを半分ほど終えたところらしい。ドラコははっきりナマエを一瞥した。その瞬間、ドラコが浮かせていたワイングラスが、床に落ちて砕けた。ナマエはなぜか申し訳ない気持ちになった。
老教授はナマエに言った。
「さあ、まずは、このゆで卵立てを取って、コロコロ回転させてもらえるかの」
ナマエのテストはどの呪文も失敗なく、完璧に終えられた手応えがあった。その証拠に、老教授は「見事じゃった」とにっこりナマエを送り出した。
夜ものんびりしている生徒はいなかった。夕食後は談話室に直行し、次の日の変身術の復習に没頭した。ナマエは呪文学の出来を考えても、得意の変身術のテストにさほど危機感を抱かずに過ごすことができた。
次の日の変身術も、水曜日の薬草学の試験も間違いなくうまくいった。そして、木曜日、闇の魔術に対する防衛術だ。筆記試験は言うまでもなく苦もなく解答したし、とくに楽しかったのは、実技だった。
父親の死体が現れた時、教室の空気が、すっと冷えた。玄関ホールで見学していたアンブリッジが、喉の奥で小さく音を立てた。咳払いにしては軽すぎる。笑ったのだ、とわかった。その瞬間、ナマエの指先から迷いが消えた。
「リディクラス」
チチオヤの体が、びくんと跳ねた。口から、大きないびきが漏れた。裂けていたローブは、よれよれの寝間着に変わり、片手には枕、もう片手には分厚い診断書が握られていた。チチオヤは床の上で寝返りを打ち、ひどく迷惑そうに片目だけを開けた。
「……症状は……嘘の咳払い、甘ったるい声、少女趣味。ならびに他人の不幸を笑うこと」
ナマエの後ろで、誰かが吹き出した。ハリーだ。
チチオヤは欠伸をしながらむくりと起き上がり、真面目くさった顔で診断書をめくった。
「恥を知ること……再診は不要」
遅れて、アンブリッジのことだと気づいた生徒の何人かが笑った。ナマエがもう一度呪文を唱えると、まね妖怪は破裂し、何千という細い煙の筋になって消え去った。
「上々、上々!ミョウジ、試験は以上じゃ」
試験官がにっこりしてそう言ったとき、少し離れたところで銀色の光がぱっと広がった。ハリーの杖先から牡鹿が飛び出し、大広間を端から端まで、堂々と駆けていく。ナマエは思わずそちらを見た。
「ほう、守護霊の呪文か」
ナマエの試験官も、顎髭を撫でながら目を細めた。
「ミョウジ、君もできるのかね?」
「はい」
ナマエは少しだけ背筋を伸ばした。ハリーの牡鹿ほど立派でもないかもしれない。けれど、白蛇はもう一度出せるはずだった。
思い出すのは、チチオヤの声だった。愛している、と言われたこと。まだ全部を許したわけではないし、わからないことは山ほど残っている。それでも、
夏休みになれば、今までよりもう少しましに話せるかもしれない。一緒に食卓につけるかもしれない。 今までより少しだけ、父親と息子らしくいられるかもしれない。
それは、はっきりした幸福というより、幸福になるかもしれないという期待だった。けれど、ナマエには十分だった。
「エクスペクト・パトローナム」
銀色の光が杖先から滑り出た。白蛇が細い体をくねらせ、ナマエの手首を一度だけ回った。試験官は、ほう、と興味深いものを見る目で身を乗り出した。
「素晴らしい!蛇の守護霊は初めて見たぞ……ふむ、珍しい。もっと熟練すれば、その蛇にいろいろなことをさせられるようになるじゃろう。励みなさい」
ナマエは試験場を出るまで、口元が緩むのを止められなかった。最初に見たときは少し不気味に思えた白蛇も、なんだかつぶらで可愛らしく思えた。
しかし、金曜日の古代ルーン語の試験からは、ハーマイオニーの情緒が不安定になってきた。
「どうだった?」
ナマエがウーンと伸びをしながら、何気なく聞いた。
「一つ訳し間違えたわ」
ハーマイオニーが腹立たしげに言った。
「エーフワズは協同っていう意味で防衛じゃないのに。私、アイフワズと勘違いしたの」
「まあ……たったそれだけなら大した減点じゃないさ」
ナマエは励ますつもりで言ったが、ハーマイオニーの怒りに触れてしまったらしい。
「たった!たったそれだけですって?」
ハーマイオニーはその後もハリーやロン、その他の話す人間全員に噛みついていたので、ナマエは話しかけるのをやめた。誰も噛みつき返すほど愚かではなかったので、ハーマイオニーは怒鳴る相手が見つからなくなると、騒がしい一年生を叱りつけてから荒々しく立ち去った。
「愛らしくてやさしい性格の女の子だよな」
ロンはハリーとナマエにだけ聞こえるようにそう言った。
週が明けて、魔法薬学、マグル学、魔法生物飼育学、数占いも問題なく終えられた。魔法薬学は少し難しかったが、少なくとも「E・期待以上」は間違いないだろうと思った。
水曜日には天文学の試験だった。試験は夜の十一時からで、星を見るのにはうってつけの、雲のない静かな夜だった。
ナマエは星座図に金星を書き入れようとして、校庭を横切る影に気づいた。
五人いる。先頭のずんぐりした歩き方は、望遠鏡越しに見てもアンブリッジだとわかった。こんな時間に、四人も従えてハグリッドの小屋へ向かう理由など、考えたくもなかった。
「何だ、あれ」
隣で、同じくアンブリッジに気がついたマイケルが耳打ちした。
ナマエは答えず、望遠鏡に目を戻すふりをした。試験官がすぐそばを歩いていたからだ。けれど、校庭にバーンと大音響がして、すぐにファングの吠え声が聞こえると、もう誰も星など見ていられなかった。
ハグリッドの小屋の戸が開いた。灯りを背に、巨大な影が浮かび上がる。次の瞬間、赤い閃光が何本も走った。
「やめて!」
ハーマイオニーが叫んだ。
「慎みなさい。試験中じゃよ」
トフティ教授が言ったが、その声を聞いていた者はほとんどいなかった。
失神光線はハグリッドに当たっているように見えた。だが、ハグリッドは倒れない。怒鳴り声が塔の上まで届き、ファングが小さな黒い影になって魔法使いたちへ飛びかかっていた。
そのとき、城の扉が開き、細い影が芝生を走った。
「マクゴナガル先生だ」
ハリーの声がした。
先生の制止の声が夜気を裂いた。
ところが、小屋の周りにいた四人が一斉に杖を向けた。赤い光が同時に走り、マクゴナガル先生の体を撃ち抜いたのだ。
それを見ていた生徒たちはついに悲鳴を上げた。先生は仰向けに倒れ、そのまま動かなくなった。信じられなかった。教師を、しかも無抵抗の人を、四人がかりで撃ったのだ。トフティ教授まで校庭に目を奪われ、「不意打ちじゃ、けしからん」と呟いていた。
「卑怯者!」
ハグリッドの怒声が響いた。彼はぐったりしたファングを担ぎ上げ、追っ手を振り切って校門へ走り出した。アンブリッジが最後に呪文を放ったが、外れた。大きな影は、そのまま闇に消えた。塔の上に、妙な沈黙が落ちた。
「……あと五分ですぞ」
トフティ教授が弱々しく言った。
試験が終わると、生徒たちは螺旋階段を急いで下りて、大声で今しがた見聞きしたことを話し始めた。
「あの悪魔!」
ハーマイオニーが怒りで震えていた。
「ハグリッド、ダンブルドアのところへ行ったんだよな?」
ロンが言った。ハリーが「たぶん」と答えた。
「……マクゴナガル先生が大丈夫だといいんだけど」
ナマエが言った。ナマエは、そのとき初めて自分の手の中で羽根ペンが折れていることに気づいた。いつ折ったのかは覚えていなかった。
アンブリッジに腹が立って、どんな罰を与えても十分ではないような気がした。
